第六話:一段落
第六話 一段落
ギルドとは、いくつかの探検隊、もしくは探検家から構成される組織のことだ。ギルドは探検隊達に住みかや食事、仕事を与える代わりに、報酬のいくらかを受けとることで成り立っている。名があるギルドでは、依頼やお尋ね者の捜索願いなどが直接ギルドに届いたりするので、ギルドに所属することは探検隊をする上で大きなメリットになるのだ。
プクリンギルドは、名前の通りプクリンが運営するギルドで、かなり有名なギルドである。場所はさっきまでいた海岸の近くにそびえ立つ巨大な崖の上にある。崖と言っても階段状に岩が削られているので登るのにはそこまで苦労しない。
…そんなワケがなかった。階段の段数がとてつもなく多いし、何しろこの急斜面。一段一段、登るたびに体力が削られていく。これもプクリンギルドの実力の秘訣だろうか、などと考えながら、ようやく頂上にたどり着いたときには、俺の息は上がりっぱなしだった。隣のメアリーはまるで平気そうである。何故なのか。
「鉄格子…」
待ちに待ったプクリンギルドの入り口を前にして、メアリーが立ちすくむ。その理由は入り口を塞ぐように設置された鉄格子、ではなくそのすぐ手前の地面に張られた鉄網である。メアリーはここに乗るのが怖いのだ。彼女がこれまでギルドに入らず、探検隊になれずにいたのもこれが原因である。しかし、今回のメアリーは違う。
「この鉄網に乗るんだよ。…見ててね」
そう言ってメアリーは恐る恐る鉄網の上に乗った。しばらくして、鉄網の下の方から突然声が聞こえてきた。
「ポケモン発見!!ポケモン発見!!」
メアリーの体がビクッと震える。
「誰のあしがた?誰のあしがた?」
「あしがたは……あしがたは……エート……」
「どうした!?見張り番!ん?見張り番?見張り番のトニー!どうしたんだ!?応答せよ!」
「た、多分イーブイ! 足形はイーブイ!」
「なんだ多分って!?うーむ…仕方ない!まあいいだろう!入れ!」
ん?俺は??『よし。そばにもう一匹いるな。お前も乗れ』って言葉は?ゲームでは、見えもしない俺の存在に気づき声をかけてきたはずなのに、予想外の事態に焦ったのか俺に気づいてないようだ。メアリーが困ったような顔でこちらを見てくる。んー、まあいいか。
しばらくすると、鉄格子が上がり中に入れるようになったので、俺達は戸惑いながらも奥にあるはじごを降りてギルドにお邪魔した。
はしごを降りた先は広間になっていた。壁は岩がむき出しで、所々にツタが張っており、床は芝のようになっていて周りには草花が咲いている。
広間にはポケモン達がたくさんいて、仕事話や単なる世間話など、各々様々な会話を楽しんでいる。隣にいるメアリーはその光景に目を輝かし、楽しそうに声をあげる。
「すごーい!ポケモン達がたくさんいる!ここがギルドか〜、ワクワクするね〜」
「そうだなー」
などと適当に返事をするが、何といっても今まで画面の向こう側でしか見ていなかったギルドの“中”に、俺は内心ではメアリー以上に興奮していた。周りをキョロキョロしていると、バサバサと音を鳴らしてあるポケモンがはしごを登ってこっちにやって来た。…ぺラップだ。彼は登場するやいなやこう言った。
「さっき入ってきたのはお前達だな」
メアリーがピシッと姿勢を正して返事する。
「は、はい!」
「私はペラオ♪種族は見ての通りぺラップだ。ここらで一番の情報通であり、プクリル親方の一の子分だ♪勧誘やアンケートならお断りだよ。さ、帰った帰った」
ペラオと名乗るぺラップの冷たいあしらい方に、メアリーは焦って言い返す。
「ち、違うよ!あたし達、探検隊になりたくてここに修行しに来たの!」
その言葉にぺラオは目を丸くして驚いた。
「た、探検隊だって!?ほ、本当にかい?最近はギルドの修行が厳しいからって脱走者が現れるぐらいだっていうのに、珍しいな…」
「修行って厳しいの?」
「ふぇ!?そんなことないよ!探検隊の修行はとーってもラクチン♪よーし、早速登録しなきゃいけないな♪ついてきてね♪」
アザとらしいぞぺラオ。これにはさすがのメアリーも不審そうな顔をしてペラオを見つめている。まあ、彼女は元々鋭いけど。
鼻唄を歌いながら前を行くぺラップの後に続き、はしごで地下二階に降りた。地下二階は一階と違って割と静かな所だったが、プクリル親方の部屋の近くにある、壁をくりぬいて作られた窓が特徴的だった。特にメアリーはこれが気に入ったらしく、親方の部屋の前だというのにはしゃぎ倒してはさっきまで機嫌のよかったペラオを怒鳴らせた。
「親方様、ペラオです。入りますよ」
そう言ってペラオは扉を開けて中に入る。俺とメアリーも後に続いた。部屋の中では、縦長のピンク色の体にこれまた細長い耳を生やしたポケモン、プクリンが大きな椅子に座って待っていた。彼が恐らくプクリル親方だろう。うむ、ドンと構えた面構え、真っ直ぐ前を見据えた瞳。やはり親方というだけあって風格が感じられる。ペラオはかしこまった様子でプクリルに言った。
「親方様、この者達が今回新たに弟子入りを志願している者でございます」
「……」
「親方様…?……親方様?」
こいつ…寝てやがるな。そう言えばこのポケモンは目を開けたまま寝れるんだっt
「やあっ!!!!」
突然大きな声でプクリルがそう叫んだ。俺は慌てて背筋を伸ばした。
「僕はプクリル♪このギルドの親方だよ?君たち、探検隊になりたいんだって?」
「は、はい!探検隊になるための修行がしたくてここに来ました!」
「よーし、じゃあ探検隊のチーム名を登録しなくちゃ。君達のチーム名はなぁに?」
しまった、と言った顔でメアリーがこちらを見る。決めてなかったのかよ。いやそういえば、チーム名は俺が決めることになってるんだっけ。
名前……名前か…。
「……“リユニオン”、とかどうかな?」
意外にも、メアリーがチーム名を口に出した。“リユニオン”…英語で「再会」を意味するその言葉。
「何か、ふと思い付いたの。なんでかはよく分からないけど…」
無意識にリユニオンなんて言葉が出てくるものだろうか。しかしメアリーの言葉に嘘は感じられない。自分としてもなぜかこのチーム名がしっくりきた。
「俺は良い名前だと思うぞ」
「そ、そう?」
「決まったようだね。“リユニオン”、語呂が良い感じだし僕も好きだよこの名前♪よーし、じゃあこの名前で登録するね。とうろく♪とうろく…
たあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!」
プクリルが両手を上げてはちきれんばかりの大声でそう叫んだ。耳に激痛が走り、思わず顔がひきつる。部屋全体が揺れ、ペラオがバランスを崩して床に倒れ込んだ。意識が吹っ飛びかけたその直前で、プクリルの咆哮が止まった。
「おめでとう!これで今日から君達も探検隊だよ!僕から記念にこれをあげるね♪」
そう言ってプクリルは後ろから宝箱を取り出して俺達に渡してくれた。箱には「ポケモン探検隊キット」と書かれていた。宝箱を開けてみると、中には「探検隊バッジ」、「不思議な地図」、そして「トレジャーバッグ」が入っていた。「探検隊バッジ」とは自分達が探検隊であることを証明するバッジのことで、「不思議な地図」は自分達が冒険した場所が自動的に記されていく地図、「トレジャーバッグ」は気づけば容積が増えている謎のバッグである。
プクリルからそれらの道具の説明を受けた後、先程の咆哮で体力をすり減らされた俺達は、ペラオに部屋に案内されるとすぐに藁のベッドに倒れ伏してしまった。
「明日からお前達はさっそくここで修行することになる。朝は早いから今日はぐっすりと寝て疲れを溜め込まないようにしなさい。…じゃあな」
そう言ってペラオが部屋を去っていくのを背中で見送った俺達は、特に会話もなく数分間ぐったりと藁の上に寝そべっていた。
しばらくしてメアリーがむくっと起き上がり、こっちに話しかけてきた。
「ねえ、シン君…起きてる?」
「ん〜、どうしたー?」
「今日は色んなことがあったなぁ…って思って。シン君と会ったのも今日なのに、もうなんか全然そんな気がしないや。何でだろうね」
「今日はお互いに色んなことがあったからだろうな。一日が長く感じるのも無理はないさ」
「ううん、長くは感じないんだよ。むしろ短いくらい。ん〜、何て言えば良いのかなぁ」
短い…か。そんな気がしないこともないな。それもゲームでサラッと終わるような短さとは違う。何て言うかこう…密度のある短さ…うーむ、確かにメアリーが言葉につまる理由も分かるな。
今日は本当に色んなことがあった。よく考えればポケモンになってポケダンの世界に来ただけでも一大事だというのに、我ながらよくここまで対応できたなぁと思う。
なぜ自分は、この世界に来てしまったのだろう。それも記憶をほとんど残したままで。……どうせなら原作通り記憶を丸ごとなくしてここに来たかった。それならもっと純粋にこの世界を楽しめただろうに。……考えても無駄か。とりあえずシナリオからズレないようにすることだけを考えよう。この世界に来た原因を探すのは、無事ハッピーエンドを迎えてからでも遅くないはずだ。
「…シン君?」
しまった。考えすぎて返事を忘れる悪い癖が出てしまった。って、そんなことを考えてる場合でもない、ここは早く返事を…
「あたし、今日はすごく楽しかったよ。今までずっとつまらない日々の繰り返しだったのに、今日は初めて海岸の洞窟を探検して、ドガース達から宝物を取り返したし、ギルドに入門までしちゃった。それもこれも全部シン君のおかげだよね」
「ありがとう、シン君」
「…寝ちゃったかな?ん〜あたしも眠くなってきたなぁ。明日頑張ろうね、シン君。おやすみなさい…」
………返事するタイミングを見失ってしまった。