第一話:出会いと既視感
雷鳴が轟き、誰かが叫んでいる。頑張れ、もう少しだ、踏ん張れ。誰かがそう言っている。もうそんな言葉は聞き飽きた。大きな波には逆らえないと心の中では悟っているはずのに、なぜか皆その言葉を口にする。
「ねえ君、大丈夫?」
その声で俺は目を覚ました。ざらざらとした感触が顔に残る。どうやら砂の上に、うつ伏せで寝ていたらしい。
俺は声のする方に顔を向けた。耳の長い、ウサギのような犬のような動物がこちらを見ている。あー、イーブイか。え、イーブイ?
「もしもし?」
「え、ああ。大丈夫」
とりあえずそう答えた。答えたけど違和感。なぜ、イーブイがここにいてしゃべってるんだろうか。イーブイは空想上、というかゲームの中の生き物のはずだ。そいつが今、確かに目の前にいて自分に話しかけている。うん、分からない。夢の中か?知らぬ間に寝てしまっていたのだろうか。そもそも俺はさっきまで何をしていたのか…。ダメだ、思い出せない。
俺は立ち上がって辺りを見回した。どうやらここは海岸らしい。確かにさざ波の音が耳に入る。
足についた砂を払って俺は違和感に気づいた。足が黄色い。足だけじゃない、手も黄色、形もいつもと違う。
「あのー、君、ここで何してたの?」
イーブイが聞いてきた。返答に困る。イーブイは怪訝そうな顔でこちらを見ている。それにしてもこの感じ、どこかで見たような気がする。
「思い出せない」
そう答えるとイーブイは顔をしかめた。
「君、この辺りじゃ見ないけど、怪しいポケモンじゃないよね?」
「ポケモン?俺が?」
「…変なことを言うなぁ。あまり見たことないから自信ないけど、君、ピカチュウだよね?」
「ピカチュウ?」
そう言われてみれば、確かに身体は黄色いし形もおかしい。自分の身体をよく見るためにすぐそばの海に身体を向けて水にうつった自分の姿を確認する。
ピカチュウじゃあないか。
つぶらな瞳、細長い耳に頬の赤い電気袋。おまけにギザギザな尻尾までついてやがる。ピカチュウだこれは。衝撃、そして同時に既視感が、俺の脳を襲った。やはり、どこかで見たようなやり取り…。これは…もしかして…
「ねえ、どうしたの?もしかして、頭打ったりした?」
「イーブイ、危ない!」
「え?」
そう言い終わるか終わらないかの内にイーブイがこちらに吹っ飛んできた。あらかた予想できたので難なく受け止められた。倒れこんできたイーブイを抱えながら、俺は前で嫌な笑いを浮かべているポケモン達に目をやる。ドガースとズバットだ。
「うう…ありがと…」
呻き声をあげてイーブイは俺の胸から離れて自分にぶつかってきたドガースたちを睨み、こう言った。
「いきなり何するの!?」
「見れば分かるだろ?」
「お前にからみたくてちょっかいだしてんだよ」
相変わらず笑ったままの二匹。ズバットの方が懐から、何やら石のようなものを取り出して得意気に見せてきた。隣のイーブイの表情が硬直する。自分の身体をゴソゴソと確認し、やがて二匹の方に向き直って、
「それ…返して!」
小さい声でそう言った。このイーブイ、怯えている。足はブルブルと震え、その震えが声にも見てとれる。ドガース達もその様子に気づいているようで、声を出して笑っている。
「なんだよそのちっせー声」
「返してほしいなら取り返してみろよ?」
「う…」
イーブイはうつむいたまま動かなくなった。んー、確かにシナリオ通りだな。俺は震えるイーブイを見て、ドガース達の方を向いた。彼らもこちらの視線に気づき、憎たらしい目付きでこう言った。
「なんだ?見ねえ顔だな。やんのか?」
「ほっときな、ズバット。どうせこいつも意気地無しさ。いこうぜ」
二匹はそのまま、俺の横を通りすぎて去っていく。俺はあえて何も言い返さず、黙って二匹を見送った。
ある確信が、俺の頭の中にはあった。俺は隣でうつむいているイーブイの背中をポンと叩いた。ピクッと震え、少し涙目になってイーブイはこちらを見て言った。
「弱虫でしょ、あたし。あれ…自分の大切なたからものなのに。足が震えちゃって、取り返すこともできないなんてね」
俺を怪しいポケモン扱いしたり、警戒心の強いところがあるが、それもおそらくこの臆病さ故なのだろう。この状況で、「そうですか、まあ頑張って」なんて対応をする奴はさすがに男じゃないことは俺でも分かる。かけてやるべき正解の言葉はこうだろう。
「取り返しに行こう」
え、とイーブイはこちらを見た。驚きの表情が見てとれるが、そこにさっきまであった影はなかった。もう一押しだ。
「幸いあいつらは出口のない洞窟に向かっていった。追いかけて、奪い返すんだ。俺も手伝うよ。それとも、そこでうじうじして弱虫のままでいるか?」
イーブイはまた下を向いた。何か、ぶつぶつ言っているのが聞こえる。でも、それをわざわざ拾って聞いてやるのは彼女のためにもならないだろう。俺は黙ってイーブイのことをじっと見た。イーブイの独り言が止まった。
「あたし、取り返す。ピカチュウくん、手伝ってくれないかな?」
「お安いご用だ」
イーブイの目には、さっきまでなかった闘志がこもっていた。まだ不安要素はあるがひとまずこれで大丈夫だろう。俺はイーブイに笑ってみせた。
自分がピカチュウになってしまったこと。イーブイがそんな自分を助けてくれたこと。波の音響く海岸。ドガースとズバットの奇襲。そしてイーブイのたからもの。これらの要因が、俺にある考えを与え、そしてそれを確信に変えた。
何度も何度もやったことがあるから覚えてる。証拠なんてないけど、自信を持ってそう言える。
俺は今、ポケダンの世界にいる。