ep4 加入、警備隊!
痛い。
すごく痛い。
ものすごく痛い。の三段活用。
なんて馬鹿なことでも考えてないとまともに立ってることすら辛い。ポケモンになったからといって、あんな馬鹿げた質量の“ころがる”をまともに喰らえばそりゃこうなる。
加えて、ゴローンを吹っ飛ばした時の爆発が多少なりともダメージになっていたらしい。なんか毛が焦げてる気さえする。
泣きたい。というか泣いてる。涙が流れてるよ今。
「大丈夫か、フォッコ」
それでも手を伸ばす。僕よりもほのおタイプのフォッコの方がダメージが大きいだろうし、僕まで倒れたらここでゴローンと共にいる羽目になるのだから。
いや、でも待てよ。
ころがるは連続で放つたびに威力が上がるんだし、ひょっとすると僕の方がダメージ大きいんじゃ……。
「――あ、あり、ありがとっ!」
なんてことを考えていると、フォッコが慌てたように手、というか前足を差し出してきた。
細い足だ。これでよく折れていないもんだと、こうしてポケモンになってみて、初めて実感する馬鹿げた耐久に感嘆の息を漏らす。
「さて、と。……正直こうして立ってるだけでも辛いし、歩いて長距離歩くのは結構しんどいんだけど」
「悪いけど、私もアナタを背負っていけるほど回復してないわよ。……それに、“アレ”もいるしね」
鼻先で示した先にいるのはゴローン――口内での爆裂に耐え切れず、目を回して横たわっているゴローンだ。
「そういや、あいつ僕たちのこと警備隊だとか何とか……いきなり襲い掛かってきたし、あれがダンジョンの敵って奴なのか?」
「違うわ。あいつは“おたずねもの”……普段はダンジョン外に住んでいる、犯罪者よ」
犯罪者。
ポケモンの世界でも法と秩序があるのか。
案外人間社会と変わらないのかもしれない。そう思いつつ、同時になるほど、と納得する。
「なんかやたら犯罪がどうたらこうたら言ってたけど、つまりお前はそいつらを取り締まる――“警備隊”ってやつで」
「そこのゴローンは私が捕まえ損ねたおたずねもの、ってワケ」
通りであんな見境もなく襲い掛かってきたのかと、僕はようやく納得がいったと満足気な表情を浮かべる。
ダンジョンの敵は理性を失っている者がほとんどだと言っていたような気がしなくもないが、それなのにあんな流暢に喋っていたのも外のポケモンだったからなのか。
加えて。
「道中で野性のポケモンが現れなかったのも、きっとあいつのせいよ。あんなのが徘徊してるんじゃ安心して外を出歩けないってもんよ」
「そうだったのか。……それには感謝だけど」
でもその結果がこの大ダメージならやっぱり感謝はナッシーだ。
「ま、あいつに関しては問題ないわ。バッジに登録できるのはチームだけじゃなくて依頼対象のお尋ね者も登録できるのよ。あいつの登録はまだ解除されてないし、楽々外に転送して――」
「壊れてるんだけど」
「…………」
「…………」
「……まぁ、うん」
結局。
あいつが目覚めないことを祈りつつ、二人で脱出して、保安官に通報する。
そういう感じで、僕らは『断崖の洞窟』を抜け出したのであった。
■□■ ■□■ ■□■
「オ尋ネ者“落石”ゴローンノ逮捕、ゴ協力アリガトウゴザイマシタ」
「いえいえ。どうってことないですよ、ふふん!」
「倒したの僕なんだけど」
ほとんど役に立ってなかったフォッコが胸を張って自慢しているのを横から突っ込みつつ、保安官――と呼ばれるジバコイルと、ゴローンを電磁力で捕縛する二匹のコイル挨拶をしていた。
あの後、無事にもよりの町――『トレジャータウン』とやらに辿り着いた僕たちは、保安官とやらに連絡して、ゴローンの身柄を確保してもらった。
「クソが……警備隊風情が俺サマを捕まえやがってぇ!!」
「ビビビ、ウルサイゾ!」
「キビキビ歩ケ犯罪者!」
グルルルル……なんてうなり声が聞こえてきそうなくらい、怨嗟の視線と罵声をこちらに浴びせてくるゴローンだが、捕まえられていると迫力もないというものだ。
襲われたときは心底恐ろしかったが、いざこうして安全圏から見下すとなると、檻の中の犬みたい――なんてドSみたいなことを考えつつ、
ジバコイルがフォッコを褒めているのを眺めていた。
「フォウサンハ余リ成績モ良クナク、ココラ一帯ノ治安モ危ブマレテイマシタガ……Cランクノオ尋ネ者ヲ捕エタノデスカラ、相応ノ評価ガ下サレルデショウ」
「嘘、まさか一気にマスターランク……!?」
「ソレハ調子ニ乗リスギデス」
倒したの僕だっつってんだろ。
なんて言っても意味はなさそうなのでもう黙っておく。
というか何故このフォッコは自分と相性の悪いゴローンを捕まえようとしたのだろうか。ピカチュウの僕と比べても、フォッコは敵の攻撃をこうかばつぐんで喰らうことを鑑みれば寧ろ僕より難易度が高そうだというのに。
ひょっとして馬……いや、やめておこう。
「“ノーマルランク”ニ変ワリアリマセンガ、後一ツ大キナ依頼ヲコナセバ“ブロンズランク”ニ昇格デキルデショウ。コレヲ励ミに頑張ッテクダサイネ」
「ゴールドランク!? やだ、私死にそう……」
「言ッテマセンガ」
マァイイデショウ、とジバコイルも面倒になったのかそのまま話を切り上げると、ゴローンの方へ歩み?寄る。
するとコイル二匹よりもなお強力な電磁力で100kgは下らないゴローンの体を浮かせると、
「サァ、コレカラ中央都市ノ保安協会デ貴様ノ身柄ヲ拘束サセテモラウ。処罰ハオッテ下サレルカラ覚悟シテオケ」
「嫌だああああああ!!!!!!! あのダンジョンの岩は格別おいしかったのにぃいいいいい!!!! まだムショで臭い残岩食べて暮らすのは嫌だああああ!!!!!」
――残岩ってなんだよ。
気になる疑問を僕に植え付けておいて、ジバコイルたちはふよふよとUFOさながらに空へ浮かんで、そのまま彼方へ消え去っていった。
あ、保安協会なんて場所があるなら人通りならぬポケ通りも多いよな……連れて行ってもらえばよかった。
いやそれよりも残岩ってなんだよ……残飯の岩バージョン? 新しすぎる。
「ま、でもこれで一件落着ってやつかな」
犯罪者を捕まえる手助けができて、僕もなんだか嬉しい。
隣を見るとほら、フォッコも満足感に打ちひしがれて――。
「あと一件で遂に私もゴールドランク、ゴールド免許……ふふふ」
「……」
ダメだこいつ。
昇格しか頭にない警備隊ってどうなんだ。
ポケモン世界にも汚い欲望ってあるんだなぁと思いつつ、僕はフォッコに声をかける。
「なぁ」
「ゴールド……ああなんて綺麗な響きなの……私の金色の体毛に相応しい響き……!」
「おい」
「ゴールドランクにもなればSランクどころか☆クラスの依頼も受けられるし、お金だって溜まり放題……! ああ見えたわ! ポケ持ちの未来が!!」
「願望が汚すぎる!」
それでも警備隊か!
僕が張り上げた大声に、ようやくフォッコも気づいたのか、「なによ今いいところなのに」と言いながらこちらに振り向く。
妄想にいいところも糞もあるかと言いたくなったが、フォッコは一応恩人だ。こうして町――といっても寂れているのか人は見かけないが――に連れてきてもらった以上、下手に出るしかない。
でもゴローンを倒したのは僕なのでやっぱりもうちょい強気にいけるかも。
「フォッコ」
「うっ……分かってるわよ。アナタがゴローンを倒したようなものだもんね……ポケは報酬の1割でどう?」
「落とし物のお礼か!」
大体ポケってなんだ。この世界の通貨か何かか。
分からないことだらけなのに更に新情報を追加されると頭がオーバーヒートしそうだ。
「ううっ、流石に二割はちょっと……家賃の滞納が……ああでも倒してくれたのはあなただし……ああああああああああ」
「……いや、別に報酬とかいらないから」
そう言ったとたん、フォッコの動きがぴたりと止まる。
そりゃこの世界でも通貨があるなら貨幣制度があり、ひいてはお金がないと何かを買えないシステムなのだろうが、別にそんなのは後からどうとでもなるだろう。
そんなことよりも、まずは。
「――ここまで連れてきてくれてありがとう。ここから先は僕一人で、っていうのは流石に厳しそうだから、他の人……じゃなくてポケモンが多くいる場所まで連れて行ってくれたらそれだけでいいよ」
ゴローンを倒して、それで僕はここまで連れてきてもらった。それでいい。
それ以上の見返りも少しは求めたいが、だからってフォッコが困る分まで求めるつもりはなかった。
「だから、そのポケって奴は別に――」
「――ああ、もう!!!」
急に、本当に急にフォッコが大きな声を張り上げた。
ここら辺は寂れていて静かなので、その分余計にバカでかい声量が耳を痛く刺激したように思えた。
フォッコは頭をふるふると揺らすと、溜息をついて、
「自分の馬鹿さ加減を自覚させられたわ。そうね、報酬は全部アナタにあげるわ!」
「……え、いや別にいいよ。さっき家賃がどうのこうの言って――」
「さっきのことは忘れて! 自分の馬鹿さに呆れて猛省したのよ!」
一体どうしたんだろうか。さっきまでは目がお金の形になるほど馬鹿になってうへうへ言ってたというのに。
「逆に私が媚びへつらってでもポケを頂かせてもらう立場――それを忘れて馬鹿なことを言って、ごめんなさい」
「え、うん」
急にへりくだった対応になられるとそれはそれで困るんだけどな。
どうしたものかと悩んでいると、フォッコが「それで」と話を続ける。
「それで、物は相談なんだけど……あなた、行く当てはないのよね?」
「あ、ああ、そうだよ。でも僕一人でも別に」
「ないのよね!? ……良かったぁ」
良くないが。
「それでそのぅ、物は相談なんだけど」
「なんだ」
反論したい気持ちを抑えつつ、フォッコの話を黙って待つ。
やたらともじもじしているのが、さっきまでとのギャップで気持ち悪い。ギャップ萌えならぬギャップキモという奴か。知らんけど。
けれどそのもじもじしている時間は、フォッコの「あーもう!」という言葉とともに理を告げて、
「――アナタ、私の警備隊に入らない?」
「……はい?」
アナタ。つまり僕。
ケイビタイ。つまり警備隊。
ニハイラナイ――に、入らない?
何を言っているのだろう。理解するのに数秒を要した。
けれど理解しても、僕はそれを呑み込むのにまた数秒を要してしまって。
理解したらしたで、今度は「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」なんてテンプレな感じで驚いてみたり。
「え――えぇぇぇ……?」
は、することなく。
前足を差し伸ばしてぷるぷる震えるフォッコを見ながら、僕はただただ動揺するのだった。