ep3 お尋ね者――VSゴローン
――断崖の洞窟 B3F。
1Fを超え、2Fも何の問題もなく超えて、今は3Fだ。
歩き辛いし空気性も最悪だが、危険性は低い。
敵が襲ってくると聞いて若干身構えていたのも昔の話だ。一分も経ってないけど。
ダンジョンは危ないのよ!
そういってたフォッコも今やあくびをしながら歩いている始末だ。
「なぁ、本当に敵なんているのか?」
「今日は中々いないわね。いつもは奥までに二、三体とは会うんだけど……睡眠時間なのかしら」
「昼だよ?」
「ダンジョンに昼も夜もないわよ」
確かに。
洞窟内だと時間間隔が狂うのはニンゲンもポケモンも同じで当然か。
万が一にも備えて周りを見渡すが、やはり敵と思わしきポケモンはいなかった。
警戒するのも取り越し苦労、やるだけ無駄か。
そう判断した僕は、目の前を眠そうに歩くフォッコに話しかけることにした。
「なぁ、あんた……お前……君……?」
「呼びやすい呼び方で結構よ。あ、名前は教えないから。私ってそのへん用心する方なのよ」
「用心されるほどのにんげ……ポケモンじゃないんだが」
「念のためって奴よ。最近は知能的な犯罪者も増えてきたしねぇ」
その言葉にはなんだか実感というか、実際に苦労を味わわされているからこその嫌味みたいなものが感じられた。
犯罪者を取り締まる仕事でもしているのだろうか。というかポケモンにそういう職業があるのだろうか。
喋るポケモンといい、ニンゲンがいるのかどうかすら怪しいこの世界といい、困惑しっぱなしだ。
「じゃああんたで。あんたはここに何か落とし物したって言ってたけど、具体的になにを落としたんだ?」
「ああ……まぁ大事なものよ。バッジなんだけど、それがないと業務に差し支えるくらい重要なアイテムなの」
「バッジ?」
バッジ、という言葉に記憶の底が反応したようなしてないような……。
ダメだ、思い出せない。
「そ。こういった“ダンジョン”で動けなくなったら死活問題でしょ? いつ敵に襲われるか、とか。食料面だって心配よ」
「敵に関しては実感わかないけど、確かに」
「そこでバッジよ――バッジはあらかじめ指定した場所まで、持ち主を含めた最高四人までをテレポートさせるの」
テレポート。
空間転移、という奴だろう。知識としてそういった技があるのも知っている。
しかしそれを機械で行うとなると、高度な文明が背後になければなしえないだろう。ポケモンしかいない世界なのだろうに、随分と高度な文明を築き上げたものだ。
「ふーん……結構凄いな、ソレ」
「ま、原理的にはあなぬけの玉の応用ってだけなんだけどね」
いや知らんがな。
「そんなことより、あまりダンジョン内では喋らない方がいいわ。いついかなる時も敵が襲ってくると考えるべし――これが基本なんだから」
「へぇ」
いっても敵なんて全然見ないんだけどな。
そんなことを考えつつ、周囲をちらちら観察する。
ダンジョンとはいうが、普通の洞窟との違いはあまり感じられない。階段を下ると同じような空間が広がっているという不思議さはなるほど、『不思議のダンジョン』と呼ぶにふさわしいのだろうが。
あとはそう、やたらと物が落ちているのもそれっぽい。
青い玉やリンゴは勿論、先ほどは変な種すら落ちていた。気になって2つほど懐に忍ばせてはいるが、流石に食べる勇気は湧かなかった。
フォッコの話によると投げつけると爆発したり食べると眠ってしまうタネがあるらしいし、多分それなんだろうが。
「敵とやらもいないみたいだし、意外と大したことないんだな」
万が一出てこられたら歩くのにすら難儀する今の僕じゃ逃げることすらできなさそうなので出てこないでほしいが、出てこないとなるとそれはそれで物足りない。
そんなフラグ染みた考えをしつつ、最深部である階層へと足を進めていく。
――その背後を。
爛々と光る敵意の眼差しが射抜いていることに、二人は気づく由もなかった。
■□■ ■□■ ■□■
断崖の洞窟、最深部。
驚異的な圧迫感のある、半径にしておよそ数十メートルそこらの広場のような場所に出た。
広場といっても四方が岩壁なので広々とした雰囲気は味わえないし、なんなら今にも壁や天井が迫ってきそうな感じさえするのだが。
その広場に出てきた途端、フォッコが辺りを隈なく探索し始める。
「確かここら辺で……落としたはず、なんだけど……」
広場といえどやはり洞窟。そこらに大小さまざまな岩石があった、とても一目で落とし物が見えるほど開けた場所とは言えなかった。
隠れて敵をやり過ごせそうなくらいには大きい。これでは探し物をするのも一苦労だろう。
それにフォッコの探し方も、同じところを隈なく探そうとして、却って時間もかかるし効率も悪い方法だ。あれでは一時間経っても探し終えるかどうか。
仕方がない。僕はフォッコに探し物の詳細を尋ねる。
「なぁ、落とし物のバッジってどんなんなんだ?」
「え? なんでそんなこと聞くのよ。……はっ、まさかネコババ!? 鼠なのに!?」
「違わい! 手伝うってことだよ!」
それに僕は(元)人間だ!
「そうねぇ……ま、いっか。手伝ってくれるのはありがたいもの」
「はぁ」
「えっと……こう、白くて丸くて……中央にピンク色の宝石みたいなのが埋まってるわ」
「白くて丸くてピンク色の宝石ね。了解」
球状のバッジ。恐らくはフォッコの鞄から落ちたんだろう。
そしてこの場所は若干床が傾いている。となると、転がって奥の方へ行ってしまった可能性が高い。
そして一目では見つかりにくいような場所――そこまで来れば、もう答えは出る。
「多分、ここら辺に……あった」
奥の方の岩の陰、そこを隈なく調べてみると、意外とあっさりバッジは見つかった。
白くて丸くて真ん中にピンク色の宝石が埋まってる。うん、これだろう。
拾い上げて、フォッコに声をかける。
「おーい、見つけたぞ」
「そんな戯言言ってないで早く探しなさいよ」
「いや見ろよ」
「もう、だからそんな戯……えっ、本当にあったの!?」
自分がちんたら探している傍らで、僕が速攻見つけられるわけがないとたかをくくっていたんだろうか。
まぁ奥の岩陰にあったんだ。あの探索法では見つけるのにさぞ苦労したことだろう。
「はい。バッジ」
「あ、ありがと……あなたって意外と頭が回るタイプだったのね」
「意外とってなに意外とって」
これでも頭は回る――とか言って、僕自身、自分のことは良く知らないのだが。
どうやら頭は回るらしい。ピカチュウとニンゲンの脳って違いあるのかな。もしかしてピカチュウの方が賢いんじゃないかな。なんて。
しかしこれでこのダンジョンにいる意味もなくなった。
あとは帰るだけだ。といっても、どこに帰るのか僕は知らない。
そういう意味でも重要なのは“これから”だろう。
何故僕はニンゲンからポケモンになったのか。
その謎を解くためにも、その前にまず衣食住を整えるためにも、やはり人――いやポケモンか――のいる場所へ行かなければならない。
「じゃ、バッジも見つかったし……帰りますか」
「ああ」
このフォッコについて行けば、ポケモンのいる場所までは行けるだろう。
そこから先は……見ず知らずに他人の世話を焼くとは思えないし、一人で行動しなければならないだろう。
こんな勝手の知らない世界でどこまでやれるかは分からないが、やってみるしかなさそうだ。
覚悟を決めつつ、バッジの機能によって僕はダンジョンを抜け――、
「じゃ、帰りましょうか。……歩いて」
「バッジの機能は!?」
訂正。
歩いて抜けることになりそうだ。
「し、仕方ないでしょ! あらかじめ登録した人しか転送できないんだから! なに、ここから一人で帰りたいの?」
「嫌だけど!」
「なら文句言わない! ほらさっさと行く!」
そういって、フォッコはずんずん一人で歩いて行く。
あれだけ高説垂れた機能が使えないことを突っ込まれて逆切れしたのか。それは流石に怒りんぼにも程がある。
四足歩行のフォッコと二足歩行の僕では歩幅は勿論、そもそもピカチュウの体に不慣れなのもあって歩く速さからしてだいぶ違うので、ついていくのも難しい。
思わず転びそうになるのをなんとか制止しつつ、必死にフォッコの後を追う。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
それでもやはり距離はどんどん離されていくもので。
制止の願いを口にした――まさにその瞬間のできごとだった。
フォッコが、宙を舞った。
「いっ――!?」
正に突然、正に唖然。
完全に意識の外にあった出来事に、僕のみならず、フォッコですらこの事態を呑み込めてはいないだろう。
何故、何故、何故。
疑問の答えは、案外すぐに現れた。
「――ざまぁみさらせ、警備隊共!!」
それは、岩だった。
優に1mはあろう岩石は、しかし岩石な見た目とは裏腹に軽快な笑みを浮かべていた。
岩石から生えるは、同じく岩石の腕――それも四本。
僕の知識に間違いがなければ、そのポケモンの名前はゴローン。
がんせきポケモン、ゴローンだった。
「か、はぁっ」
たいあたりか何かなのか。巨岩の一撃ではねられたフォッコは宙を舞い、そのまま後方の壁に叩きつけられる。
戦闘不能になったかどうかは分からないが、少なくとも無事では済んでないだろう。
「フォッコ!!」
「次はお前だ、電気ネズミィッ!!」
心配して駆け寄ろうとした僕を、そうはさせるかとゴローンの巨体が迫る。
“たいあたり”――いや違う。
「“ころがる”だっけか!」
記憶がおぼつかないので確証は得ないが、多分そうだ。
回転しながら爆走するゴローンを、何とか紙一重で回避すると、僕はそのまま近くの岩陰に隠れる。
「なんなんだ、あいつ……!」
僕に避けられたとみるや、ゴローンはすぐさま方向転換すると近くの岩を無差別に破壊して回る。
岩石の体だ。あわよくば岩に当たって目を回さないかと期待したが、そうは問屋が卸してくれなかった。
ゴローンは岩々を壊して進み――僕の隣にあった岩を粉微塵に粉砕した。
「やばい……やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!」
あんなのまともに轢かれたら死ぬ。いや今の僕はポケモンだから耐えられるのか。
分からない。分からないから、絶対に当たるわけにはいかない。
が、
「どうすりゃいいんだ、あれ……」
そこら中の岩を砕きながら爆走するゴローンは、多少勢いは落ちているがそれでもなお速い。あてずっぽうながら、あと少しで僕が隠れれいる岩にも行きつくだろう。
それまでに何とか策を――なんて考える暇もなく。
「そこかァッ!!」
「なぁっ!?」
隠れていた岩が、砕かれた。
まさかの展開に、慌てて回避行動に移るが一歩遅かった。
直撃は免れたものの、砕かれた岩の破片が僕の体を容赦なく打ち付ける。
「ぐっ……い、ってぇ!!」
ただでさえ何故か体の節々が傷だらけで痛むと言うのに、こんな攻撃を受けていては体力も底をつきかねない。
痛みに顔をゆがめていると、好機とばかりにゴローンが突っ込んでくる。
「死ねェッ!!!」
「死ぬ、かァッ!!!」
真正面からダンプカーが迫ってくるがごとし威圧感。
避けられない。そう直感したと同時、僕は――後方に思い切りジャンプした。
瞬間、世界が揺れた。
「――――ッ」
声すら上げられない。交通事故に遭うのはこういう感じなのだろう。そう思えるほどの痛みと衝撃だった。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
骨の五、六本は折れているんじゃないか。そう思えて仕方がなかった。
だが、ゴローンの上の方に当たることで、ひき殺されるような事態だけは避けられた。地面に打ち付けられて肺の中の空気が全部出たが、ミンチよりはマシだ。
痛む体にムチ打って、なんとか起き上がり、ゴローンの姿を見る。
すると、
「ん、だぁ!? ハマって、動けねぇ……!?」
どうやら勢いよく壁に激突してしまったからか、埋まって動けないらしい。
腕も三本は埋まっているので一本で抜け出そうと頑張っているが、恐らく抜け出すのに1分くらいはかかるはず。
「チャンス、だぁ……っ!」
無論、倒せるチャンスではない。
逃げ切るためのチャンスだ。
「ハァ……ハァ……ッ」
痛む体に鞭打って、這ってフォッコの方へ進む。
まだ倒れたままだ。きっと助力は期待できない。
「――――」
つまり、どうしようもない。
フォッコを背負って帰るのは無理。フォッコを置いて帰るのは論外。ゴローンをかっこよく倒して目覚めたフォッコににやりと笑って見せる。
うん、無理だ。
「フォッコ、起きてるか……!?」
ゆさゆさと、金色の体を左右に揺らす。
ダメだ。全く気付いてない。なんなら目を回してる気さえする。
――仕方ない、か。
僕は諦めて、フォッコの鞄の中をまさぐった。
「……あった」
バッジだ。
これを使えば、ダンジョンの外に抜け出せるのだ。
バッジを色々弄ると、ボタンのような部分があるのを見つけた。
きっとこれが脱出装置とやらだろう。押せばフォッコは助かる。
僕は助からないが。
それでも、二人してやられるより一人だけやられる方がいいに決まってる。
「死ぬなよ、フォッコ」
そう言って。
僕はボタンを押して――、
…………。
……。
いやあの。
押したんですけど?
「嘘やん」
さっきの“ころがる”でバッジが壊れたんだろうか。
フォッコの体は言葉通りに転送されることなく、そこにあるままだった。
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
嘘だろ。
このままでは二人とも天国へレッツゴーだ。レッツゴーピカチュウ&フォッコだ。
見ると、ゴローンも既に抜け出しつつある。
どうしようもないとはこのことか。再びゴローンの巨体が迫る前に、取れる残りの選択肢は――、
僕だけ、逃げる。
「そんなこと」
できるわけが、なかった。
額に手を当てて、僕は思考の海に沈んでいく。
「思い出せ、ボク」
フォッコの説明を。
取れる選択肢を。
この場で選べる最適の解法を。
考えろ。
考えろ。
考えろ――!
「――ぁ、れ」
「ッ!?」
その最中、フォッコの口から声が漏れる。
起きたんだろうか。だとすれば戦力が上がって助かるのだが。
「フォッコ、大丈夫か!?」
「ぅうん……頭がグラグラするし、足元がおぼつかないわ」
歩くのは何とかなりそうだが、走るのは厳しそうだ。
つまり逃げの選択肢は取りづらい、ということ。
「……起きたてで悪いけど、ゴローンがすぐにも襲ってくる。どうにかする方法はないか?」
「……私だけバッジで逃げるとか」
「壊れてるよ」
「じゃあ……諦める。現実は非情なのよ」
「諦めが早すぎる!」
ころがるはフォッコには効果抜群だ。その直撃を受けた直後なのだから、そりゃ意識も朦朧とするだろう。
となるとやはり僕がどうにかするしかない。
「ッ……技は無理、体術なんて絶対無理」
ピカチュウの体で出来ること――考えるが、電撃くらいしか思い浮かばない。
そもそもこの体に慣れてないからか、ほっぺに力を入れても電気なんて出てこない。そもそもほっぺに力を入れるなんてどうすればいいのか。
考えろ。考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。
考えて――不意に、ぽとんと、何かが落ちる音がした。
「っ……これ、は?」
拾ってみると、それはダンジョンで僕が拾った“タネ”だった。
なんだ、ただのタネか。そう思った次の瞬間、僕の脳裏に閃光が奔った。
待てよ、と。
「……フォッコ。これが何か、分かるか?」
「そ、れは……“ばくれつのタネ”よ。投げつけたら爆発して、口に入れたら火を噴ける……の」
「そうか」
それなら、自分でもまだ扱えるだろう。
所持しているのは2つだけ。口に入れたら火を噴ける、というのは怖いし自爆する可能性もあるので却下。
となれば自然、取りうるのは一つ。
「投げつけて、その隙に――」
逃げる、と言いかけてやめる。
フラフラで、フラフラダンスを踊っているのかといいたくなるフォッコが走って逃げられるわけがない。
加えて、ちらりと見れば。
「は、ァッ!! ……ケッ、やっと抜け出せたぜぇ!」
ゴローンも既に、脱出を完了していた。
「ッ……!」
すぐにでもこちらに照準を定め、“ころがっ”てくるだろう。
その前に何か策を思いつけ。考え出せ。ひねり出せ。
体術も技も何もないなら、せめて“頭”を使って生き残れ。
「じゃあ――早速死ねや、警備隊共ォ!!」
「ッ!!」
しかし数秒の猶予もなく、ゴローンは“ころがる”でこちらをひき殺さんと迫る。
あのさっきは跳ね飛ばされるように受けたからよかったものの、まともに受ければ総重量100kgは下らない巨体に潰されてお陀仏だ。それだけはいやだ。
迫る巨体。襲い掛かる絶望。
どうしようもない死を目の前に、僕は。
――タネを、眼前に放り投げた。
「なにをっ」
回らない頭ながらも、それが悪手であると分かったのだろう。フォッコは声を上げる。
ころがっているゴローン相手じゃばくれつのタネといえども弾き飛ばされるのがオチだ。そのまま自分達もやられてアウト、では話にならない。
しかしもうそこまでゴローンは迫ってきている。
もうだめだ。フォッコが諦めて目を瞑ったその瞬間。
爆発が、ゴローンの巨体を宙へと浮かせた。
「な、にィ――ッ!!?」
100kg以上もなんのそのと言わんばかりに、巨体は宙を舞いながら、僕とフォッコの壁に思い切り激突する。
それも勢いよくぶつかったから、さっきみたいに埋まってしまう。
簡単なことだ。
防げないなら、“避ければ”いい。
ころがるの勢いを利用して、天高く飛んでもらえば当たることはない。
「読み通り、んでェッ!」
壁に埋まってもがいてるゴローンだが、“ころがる”は連続して出さなければ威力は低い。さっきより早く出てくるだろう。
だからその前に走って、ゴローンの口に押し込む。
「これでも食っとけ、岩石野郎!!」
「なにを――むぐぅ!?」
何を? 勿論、“ばくれつのタネ”だ。
口に入れれば火を噴ける。それは逆に言えば、口を閉じておけば行き場を失った火が口の中で暴れまわるということ。
「ひゃ、ひゃへ――」
やめろと、口にする間もなく。
ゴローンは口内の爆発に耐え切れず、あっけなく目を回した。
「――――」
何をするのよ、と言うつもりだった。
頭が未だうまく回らない自分でも分かる悪手。そのはずだった。
それなのに。
目の前のピカチュウは、技を使うことすらなく、たった二つのばくれつのタネを使って私が逃がしたゴローンを倒してしまった。
「あ……」
体中ボロボロで、息も絶え絶えで。
自分と同じくらい傷だらけだろうに、それでも。
自分を見捨てて逃げることだってできただろうに、それでも。
それでも彼は、私を見捨てずゴローンを倒したのだ。
「……ああ」
胸が高鳴る。心臓の鼓動が体中に響き渡る。
ドキドキなのか、ワクワクなのか。恋なのか、興奮なのか。
違いは分からない。けれど。
「――大丈夫か、フォッコ」
差し出される手を見て。
この人となら、きっと最高の警備隊になれると。
私はそう、思った。