chapter1-奇跡の出会い
ep2 困惑
 
 有り得ない、という言葉はよく使われがちだ。
 自分では理解できないものに対し使われるのが一般的だが、しかしそれに“待った”を掛けたい。安易に有り得ないなどと使われると、腹が立って仕方が無い。

 使うのなら、例えばそう――ニンゲンがピカチュウになるだとか、そういうことに限って欲しい。

「なんで、なんで僕がピカチュウに……!?」

 黄色の肌色は、成るほど字面だけならニンゲンである自分に相応しい。けれど読み方が“オウショク”ではなく“きいろ”なら、話は別だ。
 付け加えるならば、これが肌の色ではなく、毛の色だということもニンゲンであることを否定する一因となっている。

「なんでって、あんたが卵からピカチュウとして生まれたからでしょ」

 ――卵から生まれたらピチューだろ!

 などと頭の中で突っ込んでおいて、実際にそれを口には出さない。混乱が大きくてそれどころではないのだ。

「待て待て、なんでこうなったんだ……!? 僕はいつもどおり、普通に生活して……普通に、生活、して?」

 こうなった理由は分からない。故にそれを探ろうと、僕は自身の記憶の底へもぐろうとし、そこでようやく気づく。

 今まで生きてきた軌跡が、脳というメモ帳に刻んだ足跡が――“記憶”が、自分から失われていることに。

「記憶が……ない!!?」

「きゃっ!?」

 突然大声を上げた僕に対して、フォッコは驚き思わず飛び跳ねる。が、僕はそんなこと眼中になかった。

 記憶が無い。自分がどうしてピカチュウになったのか、どうしてこんな岩場にいるのか、どうしてお腹が痛いのか――訂正、それはこのフォッコのせいだ。

 幾ら記憶のアルバムを捲ろうが、あるのは白紙のページだけだ。そこにはなにもない。あるのは唯一、自分がニンゲンだったということ。そして、

「僕の名前は、ハジメだ。それは、覚えてる」

 ピカチュウ――僕、ハジメの名前だけだった。

「でも、どうして……なんで、こんなことに?」

 白紙のアルバムは、やはり白紙なままだ。新しい何かが記述されているでもなく、『名前』と『ニンゲンだったこと』しか載っていない。後はこうして喋れている以上、言葉や常識はあるようだ。

 混乱しながらもできるだけ冷静を装い、ハジメは脳内で情報を整理していく。けれどどうしても記憶の消失が気にかかり、何故、何故、何故と自問の泥沼に段々と入っていって、

「ねぇ、あんた、本当に大丈夫……?」

 遅まきながら、隣のフォッコが若干ひいていることに気づいた。

「え、あ、ああ。大丈夫だ、うん」

「いや、いきなり記憶がないだとか叫んでおいて、そりゃないでしょ。見た所、傷だらけなのも気になるし。ねぇ、本当に大丈夫?」

「大丈夫……だと、思いたい」

 無論、大丈夫ではない。
 記憶が無い事実に対して、ハジメは今も混乱中だ。
 どれくらい混乱しているかと聞かれれば、五十%の確立で自分を攻撃してしまいそうだと答えるくらいには混乱している。

 しかしこのフォッコは他人だ。心配してくれて嬉しくはあるが、それと同じく警戒心もある。もしかしたらハジメを上手く懐柔して後々利用するつもりかもしれない。

 などと記憶がないが故の被害妄想を働かせながら、フォッコに疑念の目を向けつつ対応し、

「あっそ。じゃ、バイバイ」

「……は? いや待て待て待て!!」

 あっさりと背中を向けて去ろうとするフォッコを、僕は全力で引き止めた。

「なに? 大丈夫なんでしょ?」

「いやそうだと思いたいってだけだで、全然大丈夫じゃないよ!? 見て分からない!?」

「あー、嫌よ嫌よも好きの内ってやつ?」

「プラスルとマイナンくらい違うよ!?」

「分かりにくい例えね……」

 疑心暗鬼になっていたが一転、フォッコを行かせまいと留めるのに必死だ。ここがどこかも分からない以上、せめて少しだけでも情報を聞き出さなければ。

「というかアタシ、この先のダンジョンに用があるのよね。だからあんたに構ってる暇なんてなかったわ!」

「そ、そこを何とか!」

 最低でもここがどこなのか、そして人――否、ポケモンがいる町や村を聞き出さなければここで野たれ死ぬのは必至だ。それはどうしても避けたい。
 先ほどまでの疑心はどこへやら。必死の思いでフォッコを引きとめる。

「そ、そうだ。こんな傷だらけで、しかも記憶喪失のニンゲンを放っておくのか!?」

「いやあんたニンゲンじゃなくてピカチュウでしょ」

「しかも記憶喪失のピカチュウを放っておくのか!?」

「言い直されてもねぇ」

「困ってる奴を見捨てるなんて非人間的だぞ!」

「アタシ、ポケモンだから」

 傍から見れば漫才でも、当人からすれば必死そのものだ。余りにも稚拙な引き止め方は置いといて、ここでこのフォッコを逃せば訳も分からないまま飢え死にがいいところだ。そんなのは御免蒙る。
 情けに訴えかけるのは無理そうだと判断したハジメは、下手に出ることにした。

「お願いします! 靴でも何でも舐めますんで、へへっ……!」

「気持ち悪いんだけど」

「ならその重そうなバッグを持てと?」

「なにも入ってないんだけど」

「ならどうしろって言うんだ!」

「まさかの逆切れ!?」

 下手とはなんだったのか、ハジメは忘れて強気に出てしまう。思わずしてしまった行動に後悔して、ちらりフォッコの表情を覗き見る。
 すると意外や意外に、それほど不興を買ったわけではないらしい。変質者を見る目つきになったことを覗けば好感触だ。

「仕方ないわね。ま、仕事柄助けるつもりだったんだけど」

「……? とにかく、ここがどこで、どこへ行けば人のいるところに出るのかだけでも教えて欲しい」

「教えてあげるわよ――但し、それには条件があるの」

 フォッコは前足を顔の前にあげ、器用にも指を立てて「いーい?」と、

「私はこの先にある『ダンジョン』に用があるの。ダンジョンっていうのは、そうね……とっても危険な場所、と思っておけばいいわ」

「ほうほう」

「そこで落とし物をしちゃったから拾いに行くわけ。で、その落し物はとぉーーーーーーっても大事な物だから一刻も早く行きたいわけ。お分かり?」

「おわかりおかわり」

「おかわりはないけど続けるわ――そういうことだから、貴方が付いてくるならともかく、そうじゃなければしばらくここで待っていて貰わなきゃならないの」

 ここでか。
 ちらり、周囲を見渡す。

 左右は断崖絶壁に囲まれており、恐らく表面の岩石は脆いのだろう。風が吹いただけ砂が舞い、小さいながら石が転がり落ちてくる。
 ふと遠くを見てみたら、少なくともピカチュウ程度なら押しつぶしてしまいそうな落石がちらほら見えたり見えなかったり――、

「ま、着いてくるのはオススメしないわ。ダンジョンはとっても危険な場所だから、アナタじゃ最悪死んでもおかしくは――」

「着いていきます!」

「えっ」

 だってこここわいんだもん。



■■■ ■■■ ■■■



 ――断崖の洞窟。
 
 僕がいた崖と崖に挟まれた道。そこを少し進んだ先にある崖の孔――そこにできたダンジョンだ。
 その浅さも相まって不思議のダンジョンとはいうものの凶悪なポケモンはおらず、ダンジョン外で生活しているポケモンが「ちょっくら引っ越すか」みたいな感覚で入ることも珍しくないらしい。
 故にダンジョンに慣れていない初心者には最適なダンジョン。

 とのことだ。
 ぶっちゃけダンジョンが何なのかすら分からない僕では説明を受けたところでちんぷんかんぷん、意味不明だ。

「いい? ダンジョンに落ちてる道具は基本安全だけど、中には害を及ぼすモノもあるの。勝手に拾うんじゃないわよ」

「はい」

 誰が好き好んでこんな洞窟に落ちているモノを拾うのか。
 というか歩きづらい。ピカチュウって歩きづらい。
 人間の時の感覚と違うんだろう。一挙手一投足に難儀する。短足ってレベルじゃねぇぞ!

「それにダンジョンには凶暴なポケモンがわんさかいるの。まぁここにいるポケモンなんて大したことないし凶暴性も低いから、早々大事には至らないと思うけど」

「はぁ」
 
 あっ、変な青色の玉が落ちてる。

「けど注意しないといけないのは『イシツブテ』ね。あんたは特に気をつけなさい。敵を見つけたら声を上げて知らせること、私の傍を離れないこと、分かった?」

「へぇ」

 うわ、林檎も落ちてる。
 ばっちぃ……。

「そして他には――」

 その後も続く講義を聞き流しつつ、僕はダンジョンを見渡す。
 ほとんど洞窟と変わらない。細い道を抜けたら大きな広間があって、の連続だ。
 もっと恐ろしい場所かと思っていたが、この分だと大丈夫そうだ。

「……ん? あれは……」

 ふと、視界に青色の物体が入る。
 あれは――そうだ、オレンの実だ。僕の記憶が参考なので不安だが。
 しかも地面の上じゃなくて葉っぱの上に落ちている。これなら食べられそうだ。

「さらには――」

 あのフォッコは講釈に夢中で僕を見ていないようだ。
 ……もしかしたらオレンの実を食べることで記憶が刺激されるかもしれない。
 僕はサッとオレンの実の近くまで行くと、気づかれないように盗る。

 ……ふん。
 手触りだけでは何とも言えないな。
 ここはひとつ、食べるしかあるまいて。

「いただきます」

 そうして僕は青い果実を一口、しゃりっとほおばる。

 ……おお、この何とも言えない味。
 甘くも辛くも苦く渋くも酸っぱくもなければ、しかしそれらの味があるともいえる。何とも言えない中途半端な味。
 
 なんだか懐かしいようで懐かしくないような、そんな味を堪能しつつ僕は二口目をかじっていたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい――!

 痛い!

「ああああああああ! 痛い! なんかすごい痛い!」

「中にはオレンの実によく似たオレソの実、なんていうのあって――ってどうしたの?」

 フォッコの問いかけに、僕は痛む体に耐えながらも必死に答える。

「な、なんかこの木の実を食べたら急に体が! 体の節々が! 60間近の老人が張り切って運動した翌日の筋肉痛みたいに!」

「ああ、それが今まさに説明した『オレソの実』よ。食べたらダメージを受ける木の実で、オレンの実によく似てるわ」

 そういうことは先に言ってくれ!
 なんて言っても聞き流していた僕が悪いのだが、そんなことを考える暇もなく、僕は初めて味わう『ダメージ』に悶絶しつつダンジョンの危険性を改めて確認した。





「私の講義を聞き流していた罰よ、ふふん」

 憎たらしい、その笑顔……!

■筆者メッセージ
こちらも久々に

休んでる間に超ダンが発売されたのは痛かった
六世代ポケダンの先駆けにはなれなかったよ…
ものずき ( 2018/05/05(土) 20:35 )