ep1 邂逅
――険しい谷間を、一匹のポケモンが通り抜けていく。
その名はフォッコ。きつねポケモンと呼ばれる、炎タイプのポケモンだ。
肩にバッグをかけている為か息をきらすが、それでも走り続ける。とある目的物の為、このフォッコはとある“ダンジョン”の奥地まで急がなければならないのだ。
「しかしまぁ、走ってると余計に荒れてるのが分かるわね……ここ」
フォッコにとって慣れ親しんだ道ではあるが、それでもこの場が険しいことに変わりは無い。こんな場所が唯一の道だというのだから、あの町はどうなっているのかと、長年悩まされてきた問題にどうしたものかとため息をついて――何か柔らかいものに引っかかり、その勢いのまますっ転んだ。
「ふ、ぎゃぁ!?」
荒れた道だ。当然、顔面からダイブすれば傷もつく。
あまり身だしなみに気をつかってはいないとはいえ、このフォッコは♀。あまり毛並みが悪くなると騒ぎ出す知り合いもいるし、風呂というのはタイプ上苦手なので体が汚れるのは御免なのだが――と、そこで先ほどの感触に違和感を覚えた。
「そういえばさっき、何かふにって感触したような……」
小石に躓いたにしてはあまりにも柔らかすぎる。気になって振り向くと、そこにいたのは。
「……え、ピカチュウ?」
黄色い体に赤いほっぺがキューティーな、全身傷だらけの電気鼠がそこにいた。
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――声が聞こえた。
生温い水中にいるような感覚の中で、それは確かに聞こえたのだ。
更に大きな声が聞こえると同時、意識が段々と浮上していく。覚醒し切らない意識でしかし、必死に手を伸ばして。
――直後に感じた腹部の激痛に、声をあげる間もなく飛び起きた。
「あ、がぁッ!?」
遅れて出た苦痛の声と同時、肺の空気が全て押し出される。
痛い。とんでもなく痛い。とにかく全身が痛い。今すぐ転がりだしたいほどだが、そこは脅威の精神力で何とか堪えた。
「痛、ッ……なんだ、一体何が起きた!?」
記憶が確かならば、自分は確かいつものように日常を過ごしていたはずだ。特に何事も起こらない、平穏無事な生活を送っていたはず。
昨日も安眠を貪ったはずで、断じてこのような崖下に放置されている訳が無い。
「ここ、どこだ……? それになんか、体も痛いし、感覚もおかしいし……」
精一杯手を伸ばしているつもりだが、体と地面が然程離れていない。おかしいとは思いつつ、とにかく状況を確認する為に起き上がって周囲を見回し、
「――やっと起きたわね」
「――は」
そこで見たのは、非常に奇怪な光景だった。
フォッコ、そうフォッコだ。クリーム色の体毛に、耳から飛び出た火炎のような赤い毛。円らな瞳を見ていると、攻撃力が下がってしまいそうだ。
それだけならば、何の異常も無い日常の風景。だがそのフォッコが喋るという異常事態に、思考は戸惑いで埋め尽くされる。
「な、ななな、なんでフォッコが喋ってるんだよ!?」
「はぁ? ……そりゃ別に病気って訳でもないし、喋るわよ。それよりあんた、大丈夫? なんか全身傷だらけなんだけど」
「い、いや待て、まず僕の質問に答えろ! なんでお前は喋ってるんだ!? というかなんでそんなに大きいんだ、僕最低でも一メートルはあるはずだぞ!」
人間の、それもそれなりに成長した自分とフォッコが同じ目線で話すことなどありえない。これが寝転がっているのならともかく、起き上がっているのだ。同じ目線など、それこそ向こうが非常に大きくなければ説明がつかない。
だが目の前のフォッコは、どの予想とも掠らない答えでこちらを驚かせてきた。
「いや、同じポケモンなんだから喋れるに決まってるでしょ。というか一メートルもあるピカチュウなんて、聞いたことも見たことも現在進行形でないわよ。あんた、寝ぼけてんじゃないの?」
「……はい?」
喋れる理由――同じポケモンだから。
何故そんな大きいのか――そもそもこちらが小さい。
ここから導き出される結論は、ただ一つ。
「まさか」
体を見る。するとそこには、見慣れた肌色ではなく黄色の体毛。
自分は黄色人種と呼ばれる人種だが、そんなレベルではない。黄色の絵の具をぶちまけたような黄色で、指も短い。五本はあるものの、人間のサイズと比べたらあまりにも短すぎた。
「い、いや、まさか」
それに先ほどから感じていた違和感。探ってみると、なんとお尻の上方に何かがついていた。振ってみるとそれは、間違いなく稲妻形の尻尾――知る限り、ピカチュウと呼ばれるポケモンについているソレに間違いない。
先ほど得た情報と、今得た情報を統合。そこから察するに、
「――僕、ポケモンになってるゥ!?」
これまで生きてきた人生全てを覆す事態が、起こってしまったのだ。