プロローグ side F
「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
荒い呼吸を繰り返しながら、二匹のポケモンが谷間を駆け抜けていく。
そのポケモンのうち、一匹の名はゴローン。がんせきポケモンと分類されている。
その分類にたがわず、その見た目はまんま岩石だ。
たまに山で腹いせに岩を蹴ったらゴローンだった、なんて経験を誰しも一度はしたことがあるのではなかろうか、と。
そのゴローンを追いかけるもう一匹――フォッコのフォウは、そんなことを思いつつ四本足を必死に働かせていた。
「お、追いかけてくるんじゃねぇ!!」
「うっさい! さっさと捕まりなさいよ“お尋ね者”!」
フォウの叫び声に聞く耳持たずと言わんばかりに、ゴローンは前へ前へと逃げていく。
本来フォッコとゴローンではすばやさが違いすぎてすぐ追い付いてしまうのだが、ゴローンは転がって逃げている。
故にフォウの脚でも中々追い付けないのだ。
「止まりなさい! 貴方は不法に危険ダンジョンに侵入したばかりか、周辺住民の物品を盗んだり落石を引き起こしたりした立派なお尋ね者――“警備隊”として見過ごせないわ!」
「ンなこと知るかってんだ! 俺ァただ生きるために仕方なく……!」
「犯罪者の常套句ね! 聞く耳持たないわ!」
「その耳は飾りかキツネェ!」
転がりながらどう喋っているのか。
不思議に思うもすぐに振り払うと、構わずフォウは走り続ける。
ただでさえ整備もされていない谷間の道だ。走るだけでも一苦労だというのに、ゴローンはそんなのお構いなしに転がって逃げている。
これではとても追いつけない。
――それどころか……。
ちらり、ゴローンの先にある洞穴を見る。
その穴の先は“不思議のダンジョン”になっている。そこに逃げ込まれたら、捕まえられる可能性はぐっと低くなってしまう。
「このっ、止まりなさい!」
走りながら、フォウは耳からひのこを出す。
が、ゴローンには効果いまひとつ。呆気なく転がるの勢いにはじき返されると、そのまま止めること敵わず。
「ざまぁみさらせ!」
ゴローンの巨体は、転がりながら不思議のダンジョンへと入っていった。
■□■ ■□■ ■□■
「はぁ……まさか取り逃がすなんて」
あの後。
ダンジョン内を隈なく捜索して、最奥まで進んだがゴローンの姿は見つからなかった。
当然だろう。ゴローンは岩に擬態できる。洞窟系ダンジョンに逃げ込まれたら見つけることなんてできやしない。
「本当、馬鹿なことしたわ」
とぼとぼと、意気消沈しながら谷間を歩いて行く。
荒々しい道の凹凸が痛い。ロクに整備もされていないのはもう本当にどうにかした方がいいと、多分ここに来るたび思うんだろう。
「これでお尋ね者を取り逃したのは何度目かしら……いっつもあと一歩まではいけるのに」
言って、これまでの失敗を思い出して再びブルーな気分になる。
警備隊として意気揚々と初任務に臨んで失敗、次も次もそのまた次も肝心なところでツメが甘くて敵を取り逃がす。
結果、このザマだ。
警備隊歴1年になるというのに、未だノーマルランクの域を出ていない。
「…………はぁ」
もう何度ついたか分からない溜息をついて、とぼとぼ帰路を歩む。
どうすればいいんだろう――一向に出ない答えを求めて早1年。そろそろ自分の才能のなさを痛感するのを通り越して、諦める頃だ。
「ホント、やめちゃおうかしら」
――警備隊。
かつては増え続ける一方だった不思議のダンジョンが、ようやく減少の傾向を見せ始めた昨今。
それまでダンジョンからの物資を得て生活していたポケモンがそれを得られなくなり、犯罪をおかして“お尋ね者”になるケースが続出した。
犯罪の抑止、被害の防衛。
救助隊や探検隊、冒険隊といったあくまでダンジョンやそれに類する場所だけを守る組織ではなく、日常の場所の警備に特化した存在。
それこそが警備隊であり、フォウが子供の頃から憧れていた組織なのだ。
――だというのに。
未だ成果らしい成果をあげられていないのだから、笑えるにも程がある。
「このバッジも、返却する時が来たって感じなのかしらね」
子供の頃から夢見ていた警備隊になれたものの、このままでは寧ろ治安の悪化を招くだけだろう。
こんな無力な自分に警備隊の資格なんてない――ネガティブが極まりに極まり、バッジの返却にまで考えが及んだ。
その時だった。
「……あれ?」
バッグをまさぐっても、バッジが見つからない。
まさか。そう思ってひっくり返してみるが、出てくるのは木の実のカスだけ。
つまり、
「まさか――落としちゃった!?」
叫び声が。
辺り一帯に、うるさいほど反響した。
そのお陰で。
運命の出会いを果たすことになるなど、その時の自分は、まだ知る由もなかった。