プロローグ side P
――繰り広げられる激戦は、三十分もの間続けられていた。
荒く、整備などされていない自然そのままの崖の上で、一人――いや一匹が、相対する三匹相手に苦戦を強いられている。
司令塔と思わしきポケモンはほぼ垂直と言って差し支えない崖の淵で指示を出し、一匹は遠距離からの援護、そしてもう一匹は近距離で攻撃と、隙の無い陣形で襲い掛かる。
一方、もう一匹は孤立無援ながらもよく戦っており、寧ろ三匹の戦線を崖の淵にまで追いやるほどの抵抗を見せている。種族特有の素早さとトリッキーさを活かしたその戦い方は、さながら流麗に舞う忍者のようだ。
「くそっ、くそっ!」
数では勝っている。だというのに、目の前のポケモンは一向に倒れようとしない。そこから来る焦りに、自然と罵倒の言葉があふれ出た。
「――」
相対するポケモンが、まるで諭すように話しかけてくる。
だがその言葉に乗るわけにはいかない。いかないのだ。
「今更、もう遅いんだよッ!!」
このままでは埒が明かないと、司令塔は地を蹴り走り出そうと構える。
その構えから繰り出される技は“でんこうせっか”。雷の如き速さで繰り出される体当たりは、速さに関してはピカイチだ。
これによって敵の動きを一瞬封じ、その隙をついて攻撃をする。その魂胆から攻撃を繰り出そうと足に力をこめ――、
――不意に、石が転がり落ちる音がした。
それは戦闘音にかき消されるほど微弱で、でも司令塔の耳にはしっかりと入ってきた、不吉な音。
不安が胸中を支配し、急いで飛びのこうと更に力を込めたのが悪かったのだろう。まるで予めそうなることが決まっていたかのように司令塔のいた地面は崩れ、そのまま崖下へと重力に倣って落ちていく。
――死という概念が、形を伴って『――』に襲い掛かる。
無縁だと思っていたわけではない。覚悟が無かったわけでもない。
何れは迎える、不可避の終焉だ。だからせめて覚悟だけはと、そう思っていたはずなのに。
体が震える。動悸が激しくなる。あまりの恐怖に、自身の死を視界に納めたくないと目を瞑る。
『死』とは、全ての生命に等しく訪れる終わりの名だ。それに抗うことは誰一人として出来ず、どんな英雄も、神でさえも否定できない恐怖の象徴。
そんなものに、恐れぬことなどどうしてできよう。
死にたくない。生きていたい。まだ人生を謳歌していたい――まだこの命を、失いたくない。
そんな恐怖が渦巻く中、最後に彼が見たのは、自身に伸ばされたであろう手だけだった。