第七十八話 羽ばたける黒翼
無事とは言い難くも、何とか全員生き残って帰ってこれたエンジェル。しかしヒイロの苦悩は晴れず、しこりとして残り――?
〜☆〜
きっと、困惑という言葉はこの時のためにあるのだろう。
そう思いたくなるほどに、目の前の光景は常軌を逸していた。
そう――、
「わーい、セカイイチパイだー!」
「あなたときたら、本当にセカイイチが好きなのね」
「プリルと言えばセカイイチだからねぇ」
「寧ろセカイイチがプリルでは?」
中央都市の連盟基地、その一室。
エンジェルに与えられた部屋に、何故かプリルとチャームズがいた。
「…………」
しかもめっちゃくつろいでる。
この鼻腔をふくろだたきするような暴力的な甘い匂いはセカイイチパイの匂いだろう。
甘いものは嫌いではないが、流石に限度ってものがあるだろう。そういいたくなる匂いだ。
「で、なんでいるんだ」
「あら、英雄じゃない。お邪魔してるわ」
「お邪魔しております」
「邪魔してるよ!」
「邪魔するなら帰って?」
「やだよ〜」
時刻は昼間の、恐らくは12時前。
ラルドは遂に全回復したので勘を取り戻すためにリハビリの訓練をした、その帰りだった。
「なして俺らの部屋に……」
「だって再開したっていうのに、お騒ぎ続きでロクに話せなかったじゃない? それに貴方はしばらく絶対安静だったし」
「色々と聞きたいこともありましたし」
「アタイらもアンタらと別れてからの話をしたかったしねぇ」
「がつがつむしゃむしゃがつがつむしゃむしゃ……ひんふぁふぉもはひふぉもはひー!」
「食べながら喋らないの」
お母さんと子供かよ。
そんなツッコミも空しく、プリルはがつがつむしゃむしゃ食べていた。
――食べかすが……。
いつの間にかラルドもお母さん的思考になっているが気づかない。
因みに原因はミルだ。グミですら食べかすが出るのはあれもう才能だろう。
「そういえば他の子たちは? 見かけないから勝手に入らせてもらったけど」
「倫理観って知ってる?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと鍵は念力で壊さず開けましたから」
「倫理観って知ってる?」
「アタイが蹴破ろうとも思ったんだけど」
「倫理観って知ってる?」
忘れていた。
先の集会でやたらチャームズが大人しかったから忘れていたが、チャームズはチャームズで頭のネジが一本しかないような連中だったのだ。
プリルはそもそもネジなんてないタイプ。
「はぁ……他の奴らは今頃都市にいるよ。俺もばくれつの種セールがあったから買いに走ったんだ」
「へぇ、幾つ購入したんだい?」
「100から先は数えてない」
「報酬金全部使ってないでしょうね……」
たかが3000ポケだ。ラルドの財布にとってしてみればじしんレベルのダメージでしかない。
大ダメージというツッコミは無視で。
「体は大丈夫? 治ったとはいえ鈍ってるんじゃないの?」
「あぁ。リハビリも兼ねて動いてきたけど、やっぱり鈍ってたよ」
「何ならアタイとやるかい?」
「や、流石にやめとく……」
なんだかんだチャームズは強敵だ。
やりあうには鈍りすぎて“電気活性≪アクティベーション≫”でも使わないとまともに戦うことすらできないだろう。
流石にそれでは疲れてしまうのでご遠慮願う。
「で、話って?」
「人魂火山での話もそうだけど、私達と別れてからの話も聞きたいわ! 勿論私達も貴方達と別れてからの探検のお話をしてあげる」
「そういわれても、チャームズと別れてからは大した探検はしてないぞ?」
そう、あれからラルドたちは大した冒険はしていなかった。
大冒険があったから疲れていたというのもあるが、何をしようか迷った結果いつもの探検に落ち着いたと言うべきか。
一応ダイケンキとエルレイドのお尋ね者ブラザーズを倒したり、ニョロトノとガマゲロゲとゲッコウガの蛙トリオからの果たし状を受けたりと色々あったが、そこまで印象に残るほどでもなかった。
「あの“隠された遺跡”へは行っていないのですか?」
「行こう行こうと思って結局行かないことってよくあるよね」
「だらしないだけじゃないかい」
それは言わないお約束だ。
「じゃあ人魂火山での出来事は? 結局私たちは事後処理で終わっちゃって、なんにも活躍できないのよねー」
「アタイも、もうちょい暴れられると思ったんだけどねぇ」
「ふふ、実は私も……」
「そうは言われても、俺たちだって必死だったんだぞ? こんな雑談のお茶請けにできるほど生易しくなかったんだが」
「あら、探検隊なら腕の二、三本落としたくらい笑い話にできなきゃダメよ?」
「俺、カイリキーじゃないんで」
いやカイリキーでも笑い話にできないだろうけど。
実際俺の戦闘スタイルは手が主体なので手がなくなると探検活動にも差し支えるだろう。想像するだけで悪寒がしてきた。
おかんみたいなカロスはプリルの口を拭っていた。
「でもそうだな……流石に700相手に大立ち回りはきつかった。放電にだって有効範囲るし、遠距離になればなるほど威力が落ちて相殺されやすくなるし、色々対処法も考えなきゃな……」
数がいる、ということはそれだけで倒しづらいということである。
そして多くを倒すにはそれだけ多くの技を使わなければならないということでもある。
つまりはそれだけ、多大な消耗を強いられるというわけだ。
「結局、電気活性≪アクティベーション≫じゃ身体強化に落ち着くしな」
身体強化はなるほど、バトルにおいて重要な要素だ。
しかし単に身体能力に優れているだけでは数の暴力に対して劣勢に陥ってしまう。やはり電撃を用いなければ範囲攻撃はできないのに、電撃を用いればそれだけ消耗するという悪循環――、
「あら、そんなことで悩んでたの?」
と、思考のドツボに嵌っていると、カロスの声が聞こえてきた。
しかもラルドの悩みをこともなげに言ってしまう様子を見るに、解決法を既に知っているというのか。
「じゃあ、カロスは何かいい案があるっていうのか?」
チャームズは歴戦の探検家だ。当然ラルドより経験値は多く、それだけ危険な状況への対処法も知っているということである。
しかしミミロップとピカチュウでは種族としてあまりにも差がある。
だというのにこの自信満々な表情、さぞや優れた名案があるのだろう。
果たしてどんな案なのか。耳を立ててじっと待つ。
そうしてカロスの口から、今まさに、打開策が放たれんと――、
「逃げればいいのよ!」
「期待した俺が馬鹿でした!」
ずっこけた。
逃げられたなら苦労なんてしなかった。
それができる状況でないというのもあるが、逃げた先で仲間と合流しても疲弊した隙を突かれるのでは、という不安もあったというのが一番だ。
「歴戦の探検家だろ……」
と、悪態もつきたくなるというものだ。
そんなラルドにカロスは「心外ね」と返す。
「間違ったことは言ってないつもりだけど? 要は敵に追い付かれることなく、かつ仲間の手助けに向かえる力――そう、『すばやさ』! あなたに足りていないのはソレ!!」
「!!!!!」
不意に電撃が奔ったような衝撃を受けた。
10万ボルトくらいだろうか。いやこの感じは13万ボルトくらい――なんて馬鹿なことを思いつつ、ラルドは成程、と考える。
確かに「素早さ」を強化しようと考えたことは今までなかった。
電気活性≪アクティベーション≫がそれに近いが、それにしたって身体強化の結果、素早さも上がったというだけだ。改のように特化しようと考えたことはなかった。
何故か。“高速移動”や“電光石火”という技を覚えているのが大きいだろう。何せ一時的とはいえ超加速を得られるのだ。
ピカチュウという種族上、力が足りないと感じることは合っても素早さが足りないと感じることはあまりなかったし、そういう意味でも「素早さ」というのはラルドの意識の外にあった。
「素早さ、か」
ピカチュウという種族は素早さが売りだ。小回りの利く体長と素早さで相手を攪乱する。その上で足りないパワーをラルドは求めてきた。といってもラルドはパワーも化け物並なのだが。
けれど、それではやがて行き詰る。
パワーを強化する術が電気活性≪アクティベーション≫や解放という身体に多大な負荷がかかる方法な限り、ラルドは長期戦に不利になり続けるのだ。
しかし素早さがあれば、長期戦そのものから逃げ出すこともできる。
それにフルドとの戦いでもラルドは素早さの不足を痛感していた――つまり。
「素早さを上げる特訓……!」
どうすればいいかは分からない。
電気活性≪アクティベーション≫以上の増強法なんて考え付きもしない。
それでも、光明は見えた。
「素早さについては考え付きもしなかった……! カロス、ありがとう!」
「どういたしまして」
強くならなければならない。
今以上の素早さ。解放した俺をなお超える素早さ。
きっとこれからの戦いを乗り越えるうえで、それは重大な要素となるのだ。
思わぬ光明に笑みを浮かべるラルドを見て、カロスもまたにんまりと笑みを浮かべると、
「じゃ、お礼ついでに鍛えてあげる!」
「え? いや、それはちょっと……体も鈍っ」
「おっ、それはいい考えだね! アタイが一丁揉んでやるよ!」
「私も同行させていただきましょう。主観ですがラルドさんは私のようなエスパー系との戦いに不慣れとお見受け致します。この機会に慣れていただけたら幸いかと」
「わーい! トモダチ同士で特訓だー!」
「え、いや……えぇ……?」
やる気になりだしたチャームズに、ラルドは困惑しつつも悪寒を感じて後ずさりする。
しかしそうは問屋が卸さない。すかさずメイリーが念力で捕縛すると、ラルドはそのまま風船のようにふわふわ浮きながら地獄の特訓へと連れていかれることになった。
〜☆〜
――明けて、翌日。
中央都市の探検隊連盟本部、その会議室にて。
ボロボロのピカチュウとその他大勢が一堂に会していた。
「ラルド、大丈夫?」
「この見た目で大丈夫だと思うならお前の目には別世界が映ってる可能性が高いな」
「ぷぷっー! なにその顔、というか見た目! デスカーンにでも攻撃した?」
「レイン、テメェ……!」
いつもの日常会話。
しかしそれも、時と場所が違えばあまりにも違和感が濃くなるようで。
ごほん、と咳払いの音が響く。
「……チーム『エンジェル』。一応、報告会は前日にある程度済ませたとはいえ、これも立派な報告会だ。私語は慎むように」
「す、すみません! ほらラルドも謝って!」
「そうよそうよ」
「お前が言うか。……あ、すみません」
『レイヴン討伐作戦』。その作戦に参加した探検家、並びに探検隊が一同に会するこの会議。
しかしやっていることは前日に行われた報告会に不参加だった当事者数名――ラルド始めとする重症人も交えた細かいすり合わせのようなものだ。
無論、そのラルドたちこそが深い立場にいた人物である以上、これはどうしても必要な会議なのだが。
「オウオウ『英雄』さん方よォ! 折角グレン様が直々に注意されたっつーのに、なんだその謝り方は! 普通は土下座して謝るモンだろうがッ!!」
「あら、そんなはしたない真似は品格を下げるだけですわ。品格を下げる。それはその人の価値を下げる行いであり、ひいては謝罪の価値を下げる行い……許しを請う豚に成り下がれというのはいただけませんわ」
「知るか死ね!!」
「まーまー二人とも。ここは私の顔に免じて矛を収めて収めてー」
「然り。我ら『禍を齎す黒き翼』を討つ者達が言霊を交わす場において、怒りなどという下等な感情に染まりし言霊は不要だ」
「僭越ながらワタクシが意訳させていただきますと「怒って話し合いを中断させるのはやめようよ!」ですね! はい!」
「……頭が痛くなるな、これは」
グレンが頭をぽりぽり書きたくなるのも納得できよう。
良くも悪くも、というか悪くも悪くも名のある探検家というのは個性が強いもので。
それがいかんなく発揮されると、こうなる。
「でも、報告会として前回ので十分だったんじゃない? エンジェルが体験した出来事は粗方話し終えてもらったし……あと話すとなると、英雄さんのお話くらい?」
「あ、俺?」
「ラルドからのお話はボクら聞けてなかったもんねー」
話を振られて少しだけ戸惑うラルドだったが、すぐに平静を取り戻すと当時の話を始めた。
といっても、そんなに価値のある内容でもないのだが。
「期待されるほどの内容じゃないけど……建物の中から出てみたら、いきなり敵がわんさかいる場所にいたんだ」
「それで頑張って応戦したけど体力が尽きてやられそうになったところを、ボクが颯爽と助けに来たってわけー?」
「わけー」
ラルドが気づかぬほど隠密に、しかし高性能で行われた空間転移。
十中八九、例の『ワープ』とみて間違いないだろう。
「後は、そうだな。ワープに関わることで一つ。ヒイロが敵にさらわれる瞬間を、俺は眼前で見てたんだ」
「……あァ!?」
ヒイロが驚きの声を上げる。本人もまさかラルドが見ていたなどとは思ってなかったのだろう。
しかし、その反応でラルドは合点がいったと自分の中で納得する。
「黒い『影』に呑み込まれるようにして消えていったんだ。ヒイロはその時茫然自失として、俺の呼びかけにも応じなかった」
「ふむ……確かミル・フィーアの報告にもあったな。四天王を名乗るキュウコンが影の中へ逃げ込んだ、と」
「は、はい。その時に、えと、ボスがどうたらこうたらって……」
「つまり、一連のワープの犯人はレイヴンのボスによるものだという可能性が高いということでござるか」
黒い影によるワープ――あまりに特殊すぎるその転移法は、それだけレイヴンのボス特異性を表していた。
そして、報告はそれだけではない。
「そして一つ。俺は結構近距離でヒイロに呼び掛けてたんだけど、その時ヒイロは何の反応も返さなかった。返せなかったのか、返さなかったのか。疑問だったけど、今のヒイロの反応で前者だと確信できたんだ」
「つまり『敵の手により返事できない状態にさせられた』と?」
「そして、そんな状態を俺たちは一度体感している」
フィレア・イグニル。
四天王が一角、オカマのファイヤーを倒した時、ラルドはハッキリとそれを体感したのだ。
寝て、起きる。その感覚を。
「みんなは一瞬意識がなくなったって言うけど、俺はその感覚を『寝て起きる』感じだって思ったんだ」
「……あー、そんなこともあったね」
「でも私たちはそんな感じしなかったわよ? アンタ一人だけしか感じてないなら只の勘違いって線も――」
「――いや、いい線いってるかもしれん」
勘違いではないかと一蹴するレインに否、とシルガが声を上げる。
「敵はそいつを重要視している。その重要視する要素の一端が『敵の干渉への抗体』だとすれば、どうだ?」
「一理ある、ね」
つまり、こうだ。
ラルドはみんなが意識がなかったというその状態を『すいみん状態』だったのではと言う。
ならばあの時のヒイロも、『すいみん状態』だったのではないか、と。
「仮にこれら一連の事態をボス一人が引き起こしてたとすれば、敵のボスは――『影を媒体とした空間転移ができる睡眠のエキスパート』……こういうことになる」
「うむ……メイリー・ホーン。エスパータイプとして、意見を仰ぎたい」
「……私個人の意見としては、催眠術だけならそれに特化したポケモン――例えばカラマネロのような種族が更に鍛え上げれば、不可能とは言いません。が」
「が?」
「影を媒体としたテレポート。これも合わせるとなると、到底考えが及びません」
そう、問題はそこだ。
これがサイコパワーによるテレポートなら、『テレポート』という技を鍛え上げたのだと推測できる。或いは不思議の玉による行為でも、納得はできる。
しかし敵は『影』による空間転移を行っている。これは技ではない、特定の種族にしか成しえない行為であることの証明だ。
それだけなら寧ろ特定が用意になる材料なのだが、残念ながら、こちら側はそんな行為ができるポケモンの情報を持ち合わせていなかった。
「催眠術に特化したポケモンと影によるテレポートを行えるポケモン。これらが別種なら、少なくとも催眠術に関しては種族の検討も付くのですが」
「謎は深まるばかり、か」
こうして会議は煮詰まった。
以降もアブソルであるロフィの知識を基にそういった能力を持つ伝説のポケモンはいないかとか、考古学を営むハニービにそういった知識はないかとか、色々話しをしたものの、ヒントすら掴むことはなく。
最後の報告会は、謎を深めるだけで終わることとなった。
〜☆〜
時を同じくして。
闇に染まった洞穴で、奇しくも『ソレ』は始まっていた。
「で、あれだけ偉そうに言ってた貴方も負けたってワケ?」
「……ええ」
「オーホッホッホッホ! ザマァないわね子狐ちゃん! アタシたちのことを散々罵ってたのは誰だったかしら!?」
「やめろ、見苦しい……お前も敗者だろう」
「アァ!?」
岩の祭壇を囲むように、四体のポケモンが会話を交わしていた。
といっても煽りあいにつぐ煽りあいのようなもので、話し合いというより罵りあいと言った方が相応しい様相だが。
「言っとくがな、オレ様はあんなゴミクズに負けたとは思ってねぇからな! 天気だ……あの島の天候さえなければ勝ってたんだ!!」
「それこそ見苦しい。場所など関係ない。ただ結果があるのみ、だ」
「ま、どこぞの脳筋さんは自分お得意のフィールドで負けちゃったものね」
「それは貴方もでしょう」
「は?」
凍てつくような視線が金色のキツネを射抜く。
しかしキツネはあっけらかんとした様子でその視線を受け流すと、テーブルの中央に蠢きだした『影』を見て、
「それに、今はそんな下らない言い争いをしている場合じゃない――ボスの御前なのだから、ね」
「……ちっ」
「……ふん」
「いい子ぶっちゃって……あの雑魚イーブイごときに負けた癖に」
悪態をつきつつ、三人はその怒りを鎮めていく。
『ボス』とやらの存在がそれほど大きいのだろう。やがて先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返ると、その『影』は人型を形成し始め、
――緑の眼光が、暗闇に爛々と浮かぶ。
『……よく集まってくれた。四天王の諸君』
「ボスの為ならば当然のことです」
敬うように四人は頭を下げると、ボスと呼ばれた『影』は口を開く。
『さて、彼の「英雄」らに我が四天王は遂に全員負けてしまった訳だが……何故だか分かるか?』
「それは……と、時の運です! もう一度やればあんな奴ら!」
「あら、貴方の御自慢の防壁は完璧に破られたでしょう。英雄だけでなく、解放持ちに貴方が勝てるとは思えないけど」
「そうよ! というかそれを言うならアタシの方よッ!! 忌々しいあの雨……! あの島の天候さえなければアタシは奴らを倒せていた!!」
「何度同じ言い訳を繰り返せば気が済むのだ、フィレア。我らが何故負けたか、そんなのは明白だ――“奴らより弱かったから”に他らなぬ」
『その通り』
『影』の言葉に、三体は何も言えぬと口をつぐむ。
『全解放を持つ“英雄”だけが脅威ではない。“人”の力で解放を成し遂げたリオルとヒトカゲ、そしてそれに付き従う者達……個々の力を上回ろうと、集まれば強大な力となる。オマエ達はそれに負けたのだ』
四天王――アリシア、フィレア、フルド、クウコは何も言えず、ただ黙って『影』の言葉を受け止める。
アリシアは英雄の拳に敗れ。
フィレアはチームワークに敗れ。
フルドは負けてなお戦う執念に敗れ。
クウコは、理解によって敗れた。
『だがワタシはそれを責めはしない。戦って勝つ? 確かに重要だ。だがそれよりももっと重大で崇高な任務こそが、我々『レイヴン』には重要だ――そしてオマエ達は、それを見事に達成してくれた』
「……ボス」
『いくら負けても構わん。最後に嗤ってさえいればいい。そういう意味では、彼らと対峙したのは良い経験値になる……敗北は、次に活かせば勝利となる』
「ぼ、ボス……っ!」
『影』は不敵に笑う。手駒の中でも最強を誇る四天王が全員敗れて、それでもその表情を愉快にゆがめていく。
なぜならそれは敗北ではないから。なぜなら計画は順調に進んでいるから。
なぜなら――勝利に近づいているのは、『レイヴン』なのだから。
『氷の洞穴。絶海の孤島。旧き炭鉱。そして火山。オマエ達に長く苦しい調査を続けてもらった甲斐があった』
『影』の黒衣が翻る。懐から取り出されたのは、純粋と言う言葉がこれ以上なく似合う透明な結晶だ。
見る者すべてを魅了する透き通った水晶――それが、一瞬で黒に染まる。
『“闇の結晶”。今までジュエルを無理矢理変質させることでしか作れなかったが、ようやく最高純度で造れるようになった。オマエ達が最適な鉱石を見つけてくれたお陰だ』
「そ、そんな……ボスが礼を言うことでは……」
『――今ようやく、我が計画の準備は整った』
『影』が解けていく。
闇より暗く、黒より黒く、ただ邪悪を極めた『影』の本体が露となる。
ソレは、“黒”だった。
その黒の首回りを覆うようにして“赤”があり、“赤”から生える“白”が炎のように揺らめいていた。
その“黒”の名前はダークライ。
悪夢を魅せる幻のポケモン――そして、『レイヴン』のボス。
『“星の停止”を、再び起こそう』
最終決戦の、序章が始まった。
次回「悪夢の始まり」