ポケモン不思議のダンジョン空の探検隊 エンジェル〜黒と白の12の翼〜







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第六章 レイヴン
第七十六話 か弱く強い兎さん
 逆転の秘策を何とか考え出したフィリア。ミルの防戦一方となっている現状を、果たしてその秘策で打破することができるのだろうか――?






〜☆〜



 地面を蹴り、走り出す。
 ツタージャという種族上、素早さに関してはクウコさえ叶わない、フィリアが唯一化け物組と並べるステータスだ。

 ミルもクウコも、フィリアが走り出した事に気付いたのだろう。クウコはフィリアに注意しつつ、ミルへの攻撃を止める事はなかったが、ミルは別だ。
 視力もよく、集中力もそれなりのミルだが、防戦と注意を同時にできるほどミルは器用ではない。迫る来る火球を飛びのいて避けると、フィリアの目前に顔面ダイブ。

「ぶっ!」

「っと……ミル、大丈夫?」

「ら、らいりょうふ……」

「あら、面白い」

 フィリアは緊急停止すると、ミルを急いで立ち上がらせる。クウコは隙を態々見逃してくれるような相手ではないからだ。
 現に今、絶対に避けられると分かったからか攻撃してこない。無駄にエネルギーを消費するのは、威力の高い攻撃を連射するクウコにとって痛手だからだろう。

「それにしても、こうして戦いに再参加するということは、私を倒す作戦は閃いたの?」

「それはもうバッチリとね。……ありがとう、ミル。君が時間稼ぎしてくれたお陰だよ」

「そ、そう? えへへ、もっと褒めてくれていいんだよ!」

「クウコ、君を倒させてもらうよ!」

「無視!?」

「あら、そんなことできると思って?」

「い、違和感なく省かれちゃってる……」

 華麗にスルーする二人に、ミルは突っ込もうか突っ込まないか悩む。だがよくよく考えると自分にツッコミスキルがないことを思い出し、やめた。

「できると思ってるよ。じゃなきゃ、こうやって胸張って言えないよ」

「あらそう。でも本当に思ってるの?」

「勿論」

「そうなの。じゃ、叩き潰して現実を見せてあげる」

 フィリアが自信を持っている作戦を、クウコはあっけらかんと叩き潰すと宣言。フィリアとクウコの知力は、今まで数多くの戦闘をフィリア以上にこなしてきたクウコにやや分がある。加えて、単純に武力で勝っているからだろう。油断している。
 今までなら作戦もなく、油断をされても打つ手はなかったが、今は違う。

 特に今フィリアが思い描いている作戦は、油断が大きな鍵となりうる。

「クウコ、君の油断はきっと、君にとって大きな敵になる」

 バッグに潜ませた“近づくための手段”は、引き寄せの玉の横にある。クウコに毛ほどだろうと油断がある限り、失敗はないだろう。
 緊張によるものか、はたまた暑さによるものか。どっちもだろう、汗が頬を伝う。

 心臓の鼓動がどんどん早くなっていき、呼吸が激しくなる。
 今から行う作戦の成否は、全てフィリア自身にかかっているのだ。

「ミル! とにかくクウコに攻撃!」

「うん、“シャドーボール”!」

 長かった攻防で、ミルのエネルギーも底が見え始めている。“シャインロアー”も、できて後一回程度だろう。
 黒いエネルギー弾は、クウコの前では塵芥に過ぎない。“神通力”で“シャドーボール”を内側から破壊すると余裕綽綽の笑みをミルに返す。

「こんなもの、私にとっては脅威じゃないわ」

「事実を突きつけられると、案外苦しい物だね」

「嫌だろうとそれが現実。現実はどうしようと変えられないわ」

「理想を夢見た方が若返るんじゃないかな?」

「理想なんて、あるはずないじゃない……!」

 フィリアの言葉に、クウコは一瞬凶悪な憎悪を見せたが、それをすぐに隠すと九尾に炎を灯す。

「何を騒ごうと、現実は変わらない。理想なんて、あるはずないのよ」

「リアルがあるんだ。理想だって、あるはずだよ」

「対極の関係であるものは、決して相容れないの。生と死が同じでないように、現実と理想も同じじゃない。現実に、理想なんてないのよ」

「……そうかい」

 現実と理想は相容れない――真実がどうであれ、クウコがそうだと決め付けているのだ。クウコの中では、理想とは嫌悪すべきものなのだろう。
 血を好むその性格といい、人の心を何とも思っていない性格といい、クウコは一体どれほどの狂気を味わい、どれほどの愛情を、崇拝をボスに向けているのだろうか。

 きっと、フィリアでは永遠に分からないのだろう。

「……最後の四天王、神代空狐。君はここで、僕とミルに倒されるんだ」

「幻想を抱くのもいいけど、何事も程々が一番、よッ!」

 燃え上がる業火は、一度当たればタダではすまない。草タイプであるフィリアは、この弾幕の中、一度も触れずにクウコの目前へと行かなければならないのだ。
 難しいが、やらねばクウコは倒せない。

「……行くよ!」

「いらっしゃい。蛇さん」

 ミルの後方援護は、一回程度しか期待できないだろう。“シャインロアー”一発分のエネルギーは残さなければいけないのだ。この瞬間、フィリアは自分自身の能力だけしか頼れない。
 燃え盛る猛き炎の弾幕は、シルガでさえも回避に少し手間取ったくらいだ。フィリアが避けられるとは、普通は思わない。
 普通の状態のフィリアなら、の話だが。

「『俊足の種』……!」

 口に含むと移動速度が二倍になるその種は、一対一ならば多くの場合急激なスピード変化によって相手を惑わす為に使われる事が多い。
 そしてフィリアの思惑も、その例外ではなかった。

 急に速度が二倍になったら、クウコでさえ一瞬の惑いを見せる。その惑いは大きな油断を生み、敗因となる。
 更に一口、二口とクウコが慣れないうちに四倍速状態となったフィリアは、九つの火球を跳躍することで、全て避ける。

「空中じゃ身動きは取れないわ……!」

 だがクウコも、伊達に知能担当を名乗っていない。すぐに火球を一つ生成すると、速度重視で打ち出した。
 速度重視だが、それでもフィリアにとっては大ダメージになりうる攻撃だ。当たれば勿論、戦闘不能コースまっしぐらだ。

 そんな攻撃を、フィリアは――。

「“アクアテール”!」

「なっ!?」

 水を纏った尾の一撃――“アクアテール”によって、火球を破壊した。

「母さんの遺伝技、練習しといてよかった……!」

 フィリアの母親は、アクアテールを使える少し特殊なジャローダで、ツタージャであるフィリアにそれが遺伝したのだ。
 賭けだったが、それは見事に成功。クウコ相手には成功率が低すぎて使わなかったが、この結果はパーフェクトといえる。
 クウコは今ので、かなり動揺しただろう。そしてその隙が、唯一の好機だ。

「クウコ! 覚悟しろ!」

「こんな……この程度で、私は!」

 動揺し、追い詰められかけているのを理解したのだろう。クウコは怒り、先程の失敗を帳消しにしようと不可視の力でフィリアを拘束しようとする。

「怒りは視界を狭めるって、お母さんに習わなかったかい?」

「ッ……!」

 ハッと、クウコはミルの方を見る。
 だがミルは“シャドーボール”を生成している途中で、すぐにでも対処ができる状態で――そこで初めて、クウコは自分が引っ掛けられたのだと知った。

「しまっ――」

「君の技術、真似させてもらったよ」

 クウコの、ポーカーフェイスを保ちながらの引っ掛けは真偽を測りかね、厄介なものだ。それに比べればフィリアの技術などお粗末な物だが、クウコが自分の失敗にフィリアへ怒りを向けたことが成功の大きな理由だ。
 力をこめて地面を蹴って、フィリアはクウコの懐へ思い切り跳躍し、作戦を仕上げる。

「さぁクウコ。僕とともに、倒れてもらうよ……!」

「あなたの攻撃じゃ、私は……!!」

「そんなこと、分かってる、よッ!」

 すかさずバッグの中から“引き寄せの玉”を取り出し、砕く。その瞬間に不思議玉の効果発動。周囲の物全てを物体を通過し、引き寄せる。
 バッグの中身は例外だが、唯一バッグの中身から出ている“アレ”――即ち爆裂の種はその効果を受ける。

「この……ッ」

「もう遅いよ――“エナジーボール”!」

 クウコの抵抗むなしく、ほぼ零距離から放たれた“エナジーボール”はクウコに直撃すると、フィリアも巻き込む爆発を起こし、衝撃波を生む。
 それは煙を吹き飛ばし、地面の小石を吹き飛ばし――引き寄せられた種を刺激する。


 ――直後に、爆裂の嵐が二人の身を襲った。




〜☆〜




 フィリアの作戦は、実に単純だ。
 幾らクウコとはいえ、認識外からの攻撃には対処できないし、認識した瞬間に攻撃されれば回避することはできない。シルガレベルでも無理だろう。
 だからこそ、物体をすり抜けて使用者の下へと道具を集める“引き寄せの玉”を少子、爆裂の種が来るタイミングを狙って“エナジーボール”を放つ。
 すると爆発に爆裂の種が誘爆し、クウコならば必ず倒れる大爆発が発生する――以上の簡単なことが、フィリアの作戦だ。

 簡単だが、確かなダメージを与える事ができ、戦闘不能へ追い込むことのできる方法だ。爆裂の種は防御力に関係なくダメージを与える。

「ふぃ、フィリア!?」

 そんな作戦だが、唯一であり最大の欠点がある。
 それは不意打ち故に、使用者を巻き込んでしまうというものだ。“守る”系の技を持っていたとしても、技発動直後に更に発動、なんてのは無理だ。
 作戦の内容を知らされていなかったミルは驚き、急いで駆け寄る。

 爆発によって黒煙の中から吹き飛ばされたフィリアの下へ急いで走ると、フィリアを身を揺らし、必死に呼びかける。

「フィリア! フィリア!」

 黒こげ――とまではいかずとも、あれだけの爆発をモロに食らったのだ。フィリアもタダではすまない。
 傷だらけでぐったりと倒れて、正にぼろぼろといった様子だ。捨て身の作戦によって返ってきたダメージは、予想以上に大きい。予想していなかったミルは、尚更酷いと感じた。

「な、なんでこんな……さっきの、なに?」

 フィリアの手元で何かが砕け散った瞬間、爆裂の種がクウコの斜め後ろからフィリアへ向かって飛んでいくのを、ミルは見たのだ。
 ただそれが何故かは分からない。目の前の惨状による焦りが、冷静さを奪っているのだ。これでは絶対に、答えにはたどり着けない。

「と、とと、とりあえず何かしなきゃ! え、えっと、オレンの果汁を……」

 ポケモンの治癒能力は高い。高いが、限度という物がある。
 フィリアが負っている重度の怪我は、その限度をオーバーしている。オレンの実や、“癒しの波動”等の回復道具や技で補助しないと、完治は難しい。

「どど、どうすれば……!?」

 が、ミルにそんな知識はない。オレンの果汁に包帯を浸せば怪我の回復が早くなるとはしっていたが、だからといって包帯を都合よく持っては居ない。
 どうすれば――無知による焦燥を、ミルにはどうすることもできなかった。

 そして現実は、そんなミルを待ってはくれなかった。

「……え?」

 どこからか、声が聞こえる。
 甲高く、それでいて低く、そう遠くはなく、近くはない場所で。

 まるで喜ぶような、声がする。

「……ぁ」

 爆発によって所々でマグマが噴出し、そこだけがまるで地獄のようだった。
 そんな地獄に一人、ぽつんと立っていた。

「――本当、危なかった」

 狂気を携えし、紅き金色の悪魔が。

「な、なんで……!?」

「だって、そこの蛇さん。バッグの中身を気にしてたもの。見ては無かったけど」

「でも、確か爆裂の種は、あなたの見えない所から……」

「ねぇ、あの蛇さんの推理、覚えてる? 神通力によってつながってるっていった。あの推理」

 クウコ自身も認めた推理は、正解だったはずだ。道となる神通力で祟りを運ぶ、祟りに関しては認めておらず真偽は不明だ。
 だが一体、それがどうしたというのか。

「そ、それが何?」

「分からないの? 神通力で繋がってるってことは、当然私は繋がってる人がどこにいるのか分かるの。そしてそこの蛇さん、ピカチュウの子の所でちょっとの間留まってたの」

「……さ、さっきの爆裂の種って、まさか……!?」

「あら、やっと飲み込めた? そう、鼠さんのバッグから取り出したものよ。……あの鼠さんの場所で少しの間止まってたから警戒はしておいたけど、正解だったみたい」

 神通力でつながっているということは、当然相手の場所も分かるという事だ。
 そしてそれは、操られていないフィリアにも繋がっていたのだろう。ミルは何らかの理由で術にかからないらしいが、フィリアは別だ。抗体が強かったから、なのかは分からないがとにかくかからなかった。
 その結果がこれだ。

「ま、防御といっても“サイコキネシス”で爆風を撥ね退けたくらいだし……完璧には防ぎきれなかったみたい。ま、それでも気にする必要ないけど」

「そんな……フィリアの頑張りが……」

「ゴースに自爆ね。無駄どころか、ハイリスクだけが帰ってきちゃった」

 くすっと、決死の覚悟でクウコと相討ちになっても、それでもクウコを倒せるのならと挑んだフィリアの頑張りを、クウコはたったそれだけの動作で否定した。
 それがミルにはとても悔しくて――でも、自分には何もできないと知っていて。

「決死の覚悟も水の泡。その身に負った傷は、自爆の証……可哀想に、ね」

「……ふぃ、フィリア……!」

「早く治療してあげないと酷いわね、その傷は。ま、私はあなた達を殺すつもりで……当然、戦いはまだ終わっていない」

「ひっ……!?」

 九尾が幽鬼めいた、緩慢な動きで揺れ動く。戦闘は、まだ終わっていないのだ。
 猛火の球体が九つの尾の先に生成され、陽炎を生む。恐ろしい悪夢のような光景は、勿論夢ではない。

 悪い、現実だ。

「可哀想に、可哀想に……自分の身を捧げても意味が無かったなんて……本当に、可哀想」

「な、なんで……?」

「なんで? なんで、同情してるのかってこと? 分からないでしょうね。当たり前よね。だって、私のことをあなたが知ってるはずないもの」

 血を好み、ボスをやらを狂気的に愛し、人を操る事に全く忌避感を覚えず、元凶の癖して同情する。
 分からない。ミルはクウコが分からない。この狂気を、この恐怖を、理解する事ができなかった。

「さぁ、あなたで最後。終わらせましょう、兎さん」

「こ、来ないで!!」

 先程までクウコと、例え防戦一方だったとはいえ戦っていたミルだったが、フィリアが倒れた途端に不安がこみ上げてきて、戦えなくなる。足が震え、歯が震え、心が怯えている。これは駄目だと、本能が察知している。
 逃げろ逃げろと、臆病な自分が叫んでいる。

「あ……あ……」

「楽しい時間だったわ。英雄が居たら、私が確実に負けていたけれど……さようなら、小さな小さな兎さん」

「ひ――」

 静かに歩み寄る悪魔は、九つの業火を放つ。揺らめく陽炎が、まるで死後の世界へ誘っているようだった。
 強制的な押し売りの“死”は、断る事のできない誘いだ。燃え上がる火炎を凝縮した九撃は、ミルではとても耐えられない。

 炎という形でミルを迎える死は、決してよけられない――。

「ば、“バトンタッチ”!!」

 ――ことは、なかった。
 死にたくない。本能レベルの欲求は助かる道を見つけ出し、その道を歩む。“バトンタッチでクウコと立ち位置を入れ替えたミルは、無事に攻撃をよけられた事にホッっと安心する。
 だが安心するのも束の間。爆発と同時に舞い散る炎が、全てクウコに吸収されていく。

 “貰い火”――炎タイプの技を吸収、自らの糧とし炎技の威力を上昇させるその特性は、自らの攻撃に対しても発動された。

「あら、抵抗するの? 無意味なのに」

「うぅ……」

 爆風を撥ね退け、煙を吹き飛ばしながらクウコはそういう。
 今のクウコの体力なら、ミルの“シャインロアー”一発で倒れるだろう。クウコもそれに関しては警戒しているが、肝心のミルが当てる為の作戦を思い浮かべることができない。

 ――八方塞だ。

「抵抗したって無駄よ、か弱いか弱い兎さん。結局弱者は弱者。そこの蛇さんは知恵が回る子だったけど、それでもまだ子供。知能戦が少なかったから、神通力で居場所を探られる、なんて発想を思いつきもしなかった」

「でも、なんでそれなら……あんな、態々追い詰められたの?」

 作戦の一部始終を完全に予測はできていなかっただろうが、何かを企んでいるとは知っていたはずだ。それを知れば、ミルですら疑問に感じてしまう、あの状況。
 クウコはああ、と呟くと口角を上げ、薄気味悪い笑顔を作りあげて言った。

「――だって、その方がより絶望するじゃない?」

「……え?」

「ようやく倒せた。ようやく勝った。ようやく戦いが終わる――そんな希望をぶち壊し、絶望へと叩き落す。楽しいじゃない? ……ま、避け難かったのも事実だけれど」

 フィリアが化け物組と唯一並べるのがスピードだ。そのスピードから成る超高速の突進は、さしものクウコでさえ対処し辛いのが事実だ。
 だがそれも、全方位に攻撃をするなり対策はあったのも事実だ。それでも防ごうとしなかったのは――クウコが、誰よりも悪夢を求めているからだ。

「さぁ、兎さん。あなたも終わりよ。できるだけ早く倒してあげるから、安心していいわよ。その後の安全は、保障できないけど」

 邪悪な笑みを浮かべ、凶悪な牙をちらつかせ、陽炎のように揺らめく九尾がまるで、ミルを地獄へと誘っているかのようだった。

 例え世界を救った英雄のチームともてはやされようと、例えそれに見合うだけの実力があろうと、所詮はまだ子供だ。
 それを補いあう絆――そしてそれを誰よりも意識し、皆を支えようと努力するラルドが及ぼす影響力は、肉体、精神共にエンジェルの支柱といっても過言ではない。

 そのラルドと分断され、ヒイロが敵に操られただけでここまで絶望的なっ状況に陥るのだ。エンジェルのメンバーは皆が皆、激戦を潜り抜け、勝ち抜いてきた猛者だ。
 その猛者を打ち破る、正しく歴戦の猛者と呼ぶにふさわしい存在――そんなクウコを、ミル程度が一人で倒せるはずがない。

「さぁ、さぁ、さぁ」

 点る九つの炎は肥大化し、やがて一つの火球となる。しかもその大きさは先程までの比ではない。
 燃ゆる紅蓮の炎は鋼すらも溶かしつくしてしまいそうなほど強力で、とてもじゃないがイーブイという種族が耐えられるようなものではなく、絶えてしまいそうだ。

 貰い火の力でこれだけ強化された火球“不知火”は、たかだか守るをエネルギーで包んだだけのバリアで防げる代物ではない。ならばシャインロアーで相殺するか――否、それでは回数制限もあり、何よりミルのエネルギーは残り僅か。ピーピーマックスがない今、勝つためにはシャインロアーはなんとしてでも残さなければならない。

 つまり何らかの秘策がない以上、この状況は正に詰みだ。

「……あ、あ……」

 相殺は、無謀。
 防御は、不可能。
 攻撃は――方法の糸口すら、つかめない。

「もう、無理だよぉ……」

 ミルには、ラルドのような強さがある訳でも無い。
 ミルには、シルガのような冷静さがある訳でも無い。
 ミルには、ヒイロのような力強さがある訳でも無い。
 ミルには、フィリアのような英知がある訳でも無い。
 ミルには、レインのような狡賢さがある訳でも無い。

 突出した才能もない。ミルが唯一自慢できた防御も、クウコには通用しない。単純な威力だけなら破壊光線と同等レベルの攻撃も、そう何度も放てる訳でも無い。
 もうミルに残された手札は、ない。

「絶望してる? この世が悪夢みたいだって思ってる? 希望が一切絶たれたって、そう思ってる? ……思ってるでしょうね。じゃなきゃそんな、私好みの顔はできないわ」

「ひっ……」

「理解できない狂気に、危機の絶望に、未知の悪夢に、生物は必ず怯える。そしてその際に生まれる恐怖こそが、私と、ボスが望むもの……絶対的な悪夢!」

 分からない。
 炎に揺れる空気で歪む、凶悪な笑みの理由が、言葉の意味が。
 クウコが発する何もかもが、常人であるミルには理解できなかった。

「狂人に対抗できるのは、同じくどこかおかしい人だけ……常人は大人しくやられるだけしかできないのよ」

「……」

「そう怯えないで。ちゃんと、あの世であなたのお仲間さんたちと会わせてあげるから――」

 迫る金色の狂人を前に、成す術のないミルは諦めるほかなかった。
 そもそも、こんな化け物相手に敵うはずが無かったのだ。
 仮にレイヴン征伐隊が来ると知っていたとしても、あの速度で走るラルド達を追跡できたとは思えないし、エンジェルの速度ならなお更だ。

 そんな予定外の事態を利用し、これほどの悪魔的作戦を実行に移し、成功させたクウコにミルが敵うはずもない。
 そんな諦めの二文字が、ミルの脳内を支配していた。

(諦めるしか、ないよ……)

 目の前の狂気に、立ち向かえる気がしない。
 たった一人で、一体自分になにができようか。
 例え反抗しても、その後に同じ結末を辿るだけだ。いや、もっと悲惨な最期を迎えるかもしれない。

 転ぶと分かっているのに転ぶか、失敗すればさっきよりも痛い結果がまっているが、成功すれば助かる――だがその成功のための手段がない。
 そんなつらくて苦しい選択、ミルには到底できない。転ぶと分かっていて転んだほうが、ずっとマシだ。

(そうだよ……私程度が命をかけたって、意味ない)

 シルガがヒイロと相打ちになり、レインは倒れ、フィリアも敗れ、ミルの中で大きな精神的支柱となっていたラルドも今は居ない。
 もうミルに、味方は居ない。たった一人で、この悪夢と戦わなければならない。

「……本当、何であなた如きに、私の祟りが効かなかったのかしら」

「……え?」

「私の、唯一無二の、絶対的な存在意義である特別なたたりを、何故あなた程度が耐えられたのかしら……あれはあなたみたいなのほど良く効くのに」

「……」

「あなたみたいな、他人に頼らないと生きていけない、他人に依存して、変わった気になって、結局ほとんど変われて居ない……そんな他人任せにこそ、これは効くのに」

 クウコの祟りは、一番をクウコが乗っ取る――そういう効果だ。
 その一番は何でもいい。憎しみの対象でも、愛の対象でも、信頼の対象でも、忠誠の対象でも、一番を乗っ取る事ができる。

「一番がないなんて、ありえない。一番大切な人のいう事を聞けないなんて、ありえない……ありえないのよ……」

 凶悪で醜悪な笑みは崩れ、まるでミルを憎悪するかのような瞳で睨んでいる。
 祟りにかかると同時、掛かってしまった物は一種の催眠状態に陥ってしまう。
 クウコ以外は敵だ。クウコだけが味方だ――一番を乗っ取られてしまえば、もう終わりだ。

「一番、を……」

「……まぁ、例外は度々いるけど、あなたみたいなのが抵抗できるのが不思議ってだけよ。現にあのリオルの子は、少し難しかったし……ツタージャの子も、まぁ一番が集団だったから、倒すほうが早かったみたい」

 クウコの話を聞く限りでは、益々分からない。
 ミルの中での一番は、もうすでに決まっている。二番はよく分からないが、一番はもうすでに決まっているのだ。

「一番大事なら、その人のいう事は聞く物。一番大事なら、ほかを切り捨てるくらいわけない……なのに、ねぇ」

「……あなた、は」

「効果がなかったのは残念だけど、消すんだもの。どうでもよくなるわ……じゃあね、兎さん」

 九尾に点る炎が、更に勢いを増す。
 その光景が、地獄への誘いが、恐怖の体現が。

 ミルには怖く、なくなっていた。

(あ、れ……?)

 何故だろうか。先程までは身の毛もよだつ恐怖が、その欠片すらなくなっていた。
 なんでだろうか、何故だろうか。
 ミルにはよく分からない。よくは分からないが、きっとそれは――、

「……寂しかったんだ」

「ッ!?」

 ――狂気を、理解できたからだ。

「ずっと異常だったから、ずっと拒まれてたから……一番の人に、その寂しさを埋めてもらえて、嬉しかったんだ」

「な、にを……!?」

「だから一番にこだわって、ボスって人を一番大切にして……でもそれじゃ、駄目だよ」

「分かった風な口を……あなたみたいな、他人がいなきゃ何もできないような子供が、私は一番大嫌いよ……!」

「それはあなたも同じだから……あなたもボスって人がいないと何もできないからだよ」

「……ッ」

 それはミルだって同じだ。何もできない――ことはないが、今はもう皆が、ラルドがいない生活など考えられない。それほどに、この生活に慣れきってしまっている。
 だがクウコとミルでは、決定的に違う部分がある。

「――あなたはただ、言い成りになってるだけだよ。そんなんじゃ、たとえ一番でも、大事にしてるって言わない」

「く……ッ」

「本当に大事なら……その人を安心させなきゃ駄目だから、その人が居なくなって壊れちゃったら、駄目だから」

 シルガがいなくなって、ラルドがいなくなって。
 空虚な毎日を過ごしそうになっていたミルだからこそ、クウコに共感できる。理解できる。

 そんなミルだからこそ、クウコの間違いを否定できる。

「だから私は戦うことに決めたよ。あなた達の悪事を止めて、あなたが間違ってるって認めさせるためにも」

「分かりきったような口をォ……叩くなァ!!」

 クウコからもれ出る憎悪はエネルギーとなり、瘴気となって体に纏わりつく。
 クウコはほかの三人と違って、擬似解放ができるほどの肉体は持ち合わせていない。だがほんの少しだけのリミッターならば、はずす事は可能だ。

「大体、こんな絶望的悪夢的な状況で! あんたなんかに何が出来る訳でもない! 絶対的な絶望的結末しか、あなたには待ち受けていないのよォ!!」

「できるよ。努力すれば、がんばれば、未来だって変えられる……あなたに立ち向かう勇気を私が持てたんだ。それくらい、できるよ!」

「どれだけ力を持とうと! 人は変われない! 私がそうだったように!!」

「それは……それは違うよ!」

 臆病だったミルが、四天王相手に、こんな絶望的状況で立ち向かうことができたのだから。きっとクウコも、変わろうと思えば変われるのだ。
 それを証明するためにも、

「私は負けない! あなたを倒して、皆で一緒に帰るんだ!」

 力の限り叫んだ後、ミルは急いで後ろを向き、クウコにお尻を向ける。
 そうして息を吸い込み、体内から口元にエネルギーを出し、収束させ、一つの光の束にする。

「いきなり背を向けて、今更降伏しても遅いわよォ!!」

「降伏じゃないよ、これは――」

 近距離から放たれた紅き炎は、威力、速度、共に申し分ない。ミルの足ではよけられないし、ミルの攻撃では相殺しきれないだろう。
 だからこそ、知恵を振り絞る。突飛な発想ではない。大それた閃きでもない。

 ミル一人じゃない。仲間から培った知識で、ミルは勝つのだ。

「――勝利宣言だよ!」

 直後、ミルとクウコの位置が入れ替わる。
 煙と共に入れ替わった両者の立ち位置は向きそのままで換わっている。つまりさっきとは逆に、クウコがミルに背を向けている状態で。

「しまっ」

「“シャインロアー”!!」

 放たれた光の奔流は、優しさが詰め込まれた叫びと共に、クウコを飲み込んでいった。





次回「ハッピーエンドじゃないけど」

■筆者メッセージ
八月の十六日くらいが最終更新日ですので、もう二ヶ月以上はたちますでしょうか。お待たせしました最新話です!
やれテストだの、やれ文化祭だの言い訳はできますが所詮言い訳です。本当にすいませんでした。
今後も本作品、および別作品共に宜しくお願いします!

次回「ハッピーエンドじゃないけど」次回もお楽しみに!
ものずき ( 2014/10/19(日) 22:41 )