第七十四話 謎解きは戦闘の最中に
クウコの術の謎を解いたシルガは、ヒイロと共に戦闘不能となる。残されたミルとフィリアは、果たして最後の四天王クウコを倒すことができるのか――?
〜☆〜
「し、シルガ……ヒイロ……」
「これで、僕ら二人だけって訳だね……!」
最後にシルガが残した、謎を解く二つの鍵――クウコとヒイロ、そして恐らくはレインもつながっていた“道”とやら。そして、ミルだ。
ミルに関しては、恐らくあの術が効かないという点が攻略する為の鍵なのだろう。だが道とやらがなんなのか、フィリアは想像もできない。
「この子犬さん……まさか、私の術に気付くなんてね」
「波導使いだからこそ、君が発する見えざる術を探知できたんだろうね。だからこそ、ヒイロを君の呪縛から解くことができた」
「ただ解除するだけならまだしも、今のこの子の精神状態がどうなっているのか私は分からないわ。本当、厄介なことをしてくれたわね」
でも、とクウコは続ける。
「どちらにせよ、あなた達じゃ私には勝てない。子犬さんは私に勝つつもりだったみたいだけど、それは無理ね。術の謎を解いたところで、あなた達が防ぐ術はないもの」
「だけど術を解けば、正体不明じゃなくなる。それだけでも、精神面にはかなり嬉しいからね」
「あらそう。なら頑張って――そんな暇があれば、だけど」
クウコが、動く。
九尾を巧みに操り、まるで陽炎のように揺ら揺らと妖しげに動かすそれは、第二の四天王フィレアを思い出す光景だ。
そして、九尾の先に九つの火球が形成され――第三ラウンドが、始まった。
「“不知火”」
射出された七つの火球は、間近で見ると本当に強力だった。これを紙一重のところで避けていたシルガの回避能力は神業と称していいだろう。
フィリアはミルの“ポースシールド”ではこの火炎を防げないと分かっているので、回避に専念。二人は炎の範囲外へと走り、迫りくる火炎を無事に避ける。
「あら、読みどおりに動いてくれてありがとう」
「っ!」
だがそんなこと、クウコは予測できていた。
残る二つの火球を最大速度で打ち出すと、二つの炎はブレることなく二人の体目掛けて進んでいく。
「でで、“電光石火”!!」
「危ないねっ」
しかし火球一つ如き避けられぬ二人ではない。ミルは“電光石火”で、フィリアは横に跳んで攻撃を無事に回避する。
「あら、火球だけじゃ駄目かしら。ならこんなのはどう?」
“不知火”だけでは有効にダメージを与えられないと知り、クウコは次なる攻撃へと移る。
口から火の粉とともにあふれ出す火炎は、技の前兆に過ぎない。
「“火炎放射”かい!」
クウコの口内から放たれる紅蓮の一撃は、二人目掛けて進んでいく。
のた打ち回る蛇のように進む火炎は、ミルの視力をもってしても軌道の読み辛い、避け辛い一撃だ。
「ミル、“ポースシールド”!」
「わわ、分かってるよ! “ポースシールド”!」
エネルギーとバリアの三層からなる強固なバリアは、ミルの半分程度の力量しかない敵ならば、“オーバーヒート”等の強力な攻撃を一斉に放たれようとも防ぎきる事のできるものだ。
だがクウコの実力はミルを上回っている。渦巻く焔は一層目のバリアを難なく突破すると、二層目のバリアに激突。炎を散らしながらバリア内にいる二人を焼きつくさんと迫るが、何故か逸れると壁に激突して消えていった。
「あ、危なかった……危うくこんがり焼けちゃう所だったよ」
「ウルトラ上手に焼かれちゃったらたまらなかったね」
「軽口を叩き合っている暇なんてあるのかし、らッ!!」
いつもの軽口も、クウコは許すことなく怒涛の攻撃を仕掛ける。
九つの火球を生成、一秒足らずで発射すると、再び火球を生成する。
先ほどのものより威力は落ちるが、その分連射速度がアップしているようだ。一度防御すれば、その後バリアが砕けるまで打ち続けられるだろう。
だったら、防御しなければいい。
「攻撃は最大の防御、って言葉を知っているかい!?」
「人間如きの言葉なんて、知りたくないわ……ッ!!」
射出される火球は、まるでタネマシンガンの炎タイプで、かなり大きくなったバージョンのようだ。威力は一つ一つが岩石を貫く程。
勿論、あたれば大ダメージは免れない。攻撃は最大の防御といっても、二人はこの連射を防ぐ術を持たない。
「防ぐ術は、ね――ミル!」
「“バトンタッチ”!!」
「なっ!?」
直後、三人の体が煙に包まれる。戦闘不能状態のシルガとヒイロはそのままだ。
バトンタッチとは、範囲内にいる戦闘続行可能のポケモンとランダムに位置を入れ替えるトリッキーな技で、まず使用者はいない技だ。
だが偶然にもミルは覚えていて、そしてそれをフィリアが利用した。
「しまっ」
「しゃ、“シャインボール”!」
煙に視界をさえぎられ、うろたえるクウコに光球がいくつも放たれ、至近距離で命中する。威力だけに関してはかなり高いミルの技が直撃し、クウコも無事ではすまなかった。
数メートルは吹き飛んだ後、地面を何回かバウンド。勢いを四足で強制的に殺すと、息を切らして立ち上がる。
バトンタッチ後、煙に包まれながらもクウコに技を当てることができたのは何故か。
それはクウコが移動する位置はミルとフィリアの居た位置しかありえず、また二人は近づいていたのでどちらかがクウコの位置へ移動しようとも、どちらかがいた位置に向かって攻撃すれば必ず当たる――という戦法だ。
「小癪な……ッ!」
「分かったけど避けられなかったよね。つまり君の反射神経はフルドみたいな化け物並みじゃないことの証明になる」
「……」
「それと、ずっと気になっていたんだけど……なんで、疑似解放をしないんだい?」
感じていた疑問を、フィリアは素直にぶつける。
「君が解放をしていれば、ヒイロとあわせて二人も解放していることになる。一方、こちらは手負いのシルガと僕らだけ。解放していたら、今みたいに反撃もされなかっただろうね。僕らは反抗する間もなく、倒されるはずだ」
「よく喋るのね」
「僕はお喋りだから。……で、答えてくれるのかな?」
「敵に教える訳がないでしょ? 謎は解くものよ。……隠すべき自分の能力を話すなんて、よっぽどの自信家か馬鹿じゃないとしないわ」
「そりゃそうだね。――なら、その秘密、赤裸々にしてあげるよ」
「は、裸にしちゃうの!?」
「ミル、そういうことじゃない」
ミルの天然ボケをスルーし、フィリアは思考を始める。
まず、謎なのはヒイロが倒れた事だ。シルガが手にまとっていた、微量の黒い波動――リオルならば使えないはずの、悪の波動と見てまず間違いないだろう。
シルガは普通のリオルとは波動の量や扱う技術が違う。解放もしていて、別に驚くことではない。
問題は、何故ヒイロがクウコの呪縛から解かれたか、だ。
(悪タイプの技で解けるってことは、“道”というのはエスパータイプ……でも、シルガは“道”は“何か”を運ぶためのものと言っていた)
道というよりは、管といったほうがいいのかもしれない。何かをヒイロに直接通し、それで操っていたのだろう。
だが、その何かが分からない。
「ミルに効かないってことは、ゴーストタイプ……でもゴーストタイプの技で相手を操る技なんてなかったはず……」
「フィリア! そっち行ったよ!」
「え、あ、うわっ!?」
考え事をしている最中は注意が疎かになることに繋がり、それを親切に見逃すクウコではない。巨大な火球を一つ、フィリア目掛けて放つ。
慌てて地面をけり、思い切り横っ飛びをすることで緊急回避を成功させるフィリア。しかし、まだ攻撃は終わらない。
続く技は、火の粉の如き小ささで放たれる炎タイプ版“タネマシンガン”といったものだ。一発一発は相性最悪のフィリアでも耐えられる程度だが、それが何十、何百個と連続して放たれたら、流石に耐えられない。
「ミル、クウコを止めるんだ!」
「えっ、うん! “シャインボール”!」
光り輝く球はクウコに向かって飛んでいくが、フィリアへの攻撃の半分を防御に回すことで光球を逸らし、どうやっても自分にあたらないと確信した所で、再びフィリアの攻撃へと移る。
クウコにとって、術の謎が解かれるということイコール、レイヴンの戦力や情報収集が落ちる事を意味し、それはボスの落胆へとつながる。
それだけはどうしても避けたい。だからこそ、今ここでシルガ諸共ここにいる全員を殺さなければならないのだ。
特に、シルガの次に頭が回り、シルガを超える情報量を持つフィリアには謎が解かれる可能性がある。
「あなた達如きに、ボスの計画は邪魔させないわ……!」
「自慢の知性も、怒っちゃったらお終いだよ?」
「知略を張り巡らせる必要がないからよ」
フィリアの挑発にクウコは乗る気配を見せずに、攻撃を仕掛ける。
広範囲に放たれる炎のマシンガンはその威力を衰えさせる気配を見せず、最弱といえど流石四天王、といった所だろうか。
アリシアのような防御壁も、フィレアのような飛行能力も、フルドのような立体戦闘も持たない、他人を操る事だけに特化したクウコはしかし、並みの探検隊なら一人で葬れる実力は持っている。
「だからこそ、私は四天王……ボスの右腕なのよ!」
「そう、かいッ……ミル、強いのお見舞いしてやって!」
「う、うん……“シャドーロアー”!!」
シャドーボールの数倍はあろう威力を持つ光線は、クウコへ向けて一直線に進んでいく。その威力は、火の粉が幾ら束になろうと叶わないほどだ。
クウコはそれを一瞬で理解すると、九つの“不知火”で迎撃。黒煙と爆風を撒き散らし、三人の視界は煙に隠された。
「よし、今の内に……」
黒煙に包まれている中、攻撃が来ない安心がフィリアの思考を少しだけ加速させる。
道――エスパータイプ、運ぶ物――ゴーストタイプ。
恐らくこれで間違いないだろう。ミルに効かないということは、ノーマルであるミルにゴーストは効果がないから。
だが、何のエスパータイプの技か。何のゴーストタイプの技かがまだ分からない。
それさえ分かれば、或いは攻略法が見つかるかもしれない。
最後まで、希望は捨ててはいけない。
「考えるんだ……クウコが、キュウコンが扱えそうなエスパーの技は……!?」
キュウコンは、祟りをかけるという伝説もある。そこから考えていくに、何かオカルト系の名前を取ったエスパー技だろう。
キュウコンが使うエスパーの技は――、
「神通力……?」
字面からして何かを通す役割を持ってそうだが、字面だけだ。
サイコキネシスの完全劣化と一部では言われているが、使うエネルギー量はかなり少ない。その量、なんとサイコキネシスの三分の一程度だ。
サイコキネシスという線もあるが、それだと強力すぎて可視できてしまう。エスパータイプの利点は可視できない所にもあるのだが、物体を浮かせたりするときにはどうしても強力でないとだめで、青白い光として実体化する。
見えない以上、“神通力”で間違いはないだろう。
「問題は、何を運んでいるか……って、もう煙が晴れたのかい」
思考を中断し、クウコからの攻撃を警戒する。
煙が予想よりも早く晴れた原因は、渦巻く炎のせいだ。“炎の渦”といわれる火炎の竜巻は、いとも容易く黒煙を吹き飛ばす。
やがて炎の竜巻は散り、幻想的な光景から一人、金色が現れる。
「こんな小手先の行動、無意味よ」
「一つの答えが出たという点を見るに、無意味ではなかったよ」
「答え……ああ、そこの子犬さんが言ってた“道”のことね。聞かせてくれる?」
「ああ……正体は“神通力”。それも、道という役目と“何か”を隠す役目の二つを役割を果たしているはずだよ」
「……ええ。確かに、そうね」
認めた。
これで、“道”の正体が神通力だとハッキリした訳だ。
後はその道を通るゴーストタイプの“何か”を突き止めれば、希望は見えてくる――、
「――だから、なんなのかしら?」
「……えっ」
「私とそこの子を繋いでいた道の正体が分かった所で、だからなんなのかしら。あなた達に悪タイプの技は使えない。それに、道を通る私の術の核とも言える物の正体を解明できない限り、連盟にいる七百人の僕は永遠に私たちの駒」
「まさか……フィレアが言ってた七百人って」
「私が操っているの。まぁ、もう繋がってはいないけどね。……だからこそ、この謎を解かれるわけにはいかないんだけど」
空気が揺らめき、フィリアはまるで世界が陽炎に包まれたかのように思えた。その原因はいまだに燃え盛る火炎の渦のせいなのだが、そんなことは分かっている。
分かっていても、揺らめくのだ。
「陽炎……フィレアを思い出さない? あのオカマファイヤーを」
「何を」
「確かにあなた達を倒すのに知略は必要ないわ。でも、もう飽きちゃった。だから早く終わらせたいの……ねぇ気付いてる? あなた、視線が私に釘付けよ?」
「……ッ!?」
炎の渦が消えると同時に、フィリアは身の危険を感じて横へ飛ぶ。
直後、クウコは裂けているのかと見間違える笑みを浮かべ、一尾に炎を灯らせて、言った。
「残念、嘘」
「な……!?」
先程、ミルの注意でフィリアが咄嗟の緊急回避をした時点で、クウコはフィリアが咄嗟の回避に横っ飛びを選択する事も、右か左か前か後ろか、それを知っていた。
そこまで誘導したら、後は攻撃するだけだ。火球を完成させると、速度重視で打ち出す。メラメラと燃え上がる火炎の球は、そう易々と避けられる状態ではない。
加えて、フィリアは今緊急回避直後で体勢を立て直しきれて居ない――つまり、チェックメイトだ。
「さようなら、蛇さん」
迫りくる火炎をよける術は、フィリアにはない。
焦燥からか、それとも炎熱によるものか、フィリアの頬を伝う汗が熱により蒸発して――、
「でで、“電光石火”!!」
臆病兎の突撃が、フィリアを吹き飛ばした。
「っ!!」
「“守る”!」
直後、緑のバリアが展開され、寸前まで迫っていた炎を防御。爆発と共に炎が弾けるも、フィリアには一切被害が及んでいない。
その代わり、ミルの電光石火のダメージがあるが、火球直撃よりはマシだ。
咳をしつつも、フィリアはゆっくりと立ち上がった。
「……ありがとう、ミル」
「あ、危なかった……大丈夫?」
「大丈夫、だよ。それよりも、あっちを気にしなきゃ」
痛むお腹を抑えて、クウコを見る。
ミルもフィリアに体当たりするのではなく、フィリアを抱えるなりして一緒に回避すればよかったのだが、そこはミル。いざというときでも残念っぷりは発揮される。
いつもならここで緊張感をある程度緩められたのだろうが、今に限って、できない。
「この戦い、負けるわけにはいかない……!」
ラルドは居らず、頼りの化け物組は全滅。その上、レインまでもが倒れてしまっているのだ。負ける可能性は十分すぎるほどある。
だが、そうだとしても勝ちの可能性を信じて戦うしかない。そうでないと、ここにいる五人が最悪死んでしまう。
「流石に避けられたかしら。当然よね、注意したんだもの」
「……」
「でも次は注意なんてしないわ……正真正銘、生きるか死ぬかのコロシアイ」
「僕達は、君を殺す気なんてないけどね」
「あらそう。でも、私はやる気満々、よ!」
九つの火球が生成され、同時に放たれる。
速度も威力も申し分ないが、まっすぐにしか進まない火球など不意打ちでもない限り当たりはしない。フィリアは軌道を予測し、ミルは火球の範囲外へと離れ、それぞれ回避を試みる――が。
「逃げるも避けるも、もう無理よ」
「……ッ!?」
「えっ!?」
クウコの瞳が妖しげに光ると同時、火球の周りに青白い光がともる。
火球自体が放つものではないそれは、恐らく“サイコキネシス”の光だろう。二人を操る必要がないと踏んだクウコは、惜しみなく強力な技を使う。
予測不能の動きをされ、フィリアは急いで後ろに方向転換。ミルは向かい来る四つの火球を“シャインロアー”で相殺して、難を逃れる。
だがフィリアは、五つの火球を相殺する技は持っていない。
「まさか、サイコキネシスで火球を操ってくるなんてねっ」
「ただ火球を放つだけじゃ、避けられちゃうもの」
「避けさせてくれたほうがよかったんだけど……ミル、ポースシールドの用意!」
「えっ、なんで!?」
「いいから早く!」
逃げるにも、このままでは追い詰められてマグマプールへダイブだ。それだけはなんとしてでも避けたい。
フィリアはトレジャーバッグから不思議玉を取り出すと、ミルが発動準備完了の合図を叫んだ瞬間、それを思い切り叩き割った。
直後、フィリアとミル、クウコの三人の体が煙に包まれた。
「わっ、なに!?」
「入れ替え戦法、大成功……ってね」
“場所換え玉”――バトンタッチと同じ効果を持ち、ランダムで居場所を変えるものだ。バトンタッチと同じくダンジョンに持っていく人は少ないが、需要はある。
今回のように、“守る”が使える仲間がいるなら、仲間に攻撃を防いでもらうという使い方もできる、意外と便利な物だ。
「……って、あれ。ミル、ポースシールドは?」
「やったけど、何も来なかったから解除したよ」
「って、ことは……なるほど」
晴れた煙の中、ふわふわと重力に逆らって浮遊し続ける五つの火球。
そのすぐ後ろ、鼻が触れているのではと思うほどに近い場所に、クウコはいた。
「寸前で止めたのかい」
「もしやと思ったのが正解だったわ。てっきり、そこの兎さんの“バトンタッチ”かと思ったんだけど」
「それじゃミルが僕と入れ替わったとき、困るじゃないか。僕は草タイプで、君に有効打は与えられないんだ」
「なるほど。つまりはそこの兎さんから倒せばいいのね」
首を動かし、クウコはミルを凝視した。
ミルの行動、呼吸、全てを観察して理解して、作戦に有効活用する。
生まれ持った頭脳だけではない。こうした観察眼も優れているからこそ、戦闘力が低いながらもフルドより強いとされているのだ。
「ふぃ、フィリア!」
「ミル、僕が謎の解明を終えるまで、クウコの注意をひきつけておいてくれないかい?」
「わ、私が!?」
「戦えるのはミルだけなんだ。頼むよ」
「で、でも私は……」
クウコを見て怯え、しかしフィリアの頼みも断れず、再びクウコを見て怯え。
普段なら笑えるような動作も、今この瞬間は油断や隙を招くだけだ。
「仲間内で揉めていないで、少しはこちらの事も気にして欲しい物だわ――“不知火”」
「来たよ!」
「選択肢はいだけ!? ……って、ぽ、“ポースシールド”!!」
光とバリアの三重層は、強固な防御力を誇る。
だが先程の五つとあわせ、合計十四つもの火球を防ぎきることはできなかった。六発目で二層目のバリアは砕かれ、八発目で全てのバリアを貫かれた。
「あ、わわ、“電光石火”!」
残る六個の火球を、ミルは咄嗟の“電光石火”で何とか回避。足を掠めるも、どうやら火傷にはならなかったらしい。
直後ろで聞こえる爆発音は、一歩間違えれば自分に直撃していたという事実の恐ろしさを強化し、この暑いというのに悪寒が走る
「あら、避けられちゃったわ……でも、今度ははずさないわぁ」
「ひぅっ!」
クウコの嗜虐的な笑みに、ミルの恐怖ゲージは振り切ったらしい。歯が震え、筋肉が一瞬硬直する。鼓動も、明らかに速度を増していた。
「ふぃ、フィリア! まだなの!?」
「まだまだかかりそうだよ!」
「しょんなぁ……!?」
術の最大の謎は、“神通力”の道を通る“何か”だ。
ゴーストタイプだろうとフィリアは検討しているが、しかしそのような技は存在しない。糸人形のように操られていた事から、催眠術の類だろうが――、
「そんなゴースト技、無かったはず……」
怪しい光、というのを応用しているのかもしれないが、あれは混乱だ。それをどう改良した所で、混乱以外の効果はありえない。
ハートスワップという技で精神を入れ替える、という効果を発生させたポケモンは過去にいたらしいが、キュウコン如きにできる芸当ではないだろう。
「じゃ、なんなんだろう……?」
ゴースト系の言葉を思い浮かべ、解決の糸口を探る。
恨み辛みに幽霊悪霊呪詛怨念――どれだけ思い浮かべても、閃きを得ることはできない。
そうこうしているうちにも、ミルはどんどん追い詰められていく。
守るとポースシールドは別の技だが、ポースシールドの中核であるバリアは守るのバリアだ。つまり、連続発動は運次第。
ポースシールドで防げる火球の数は六つ。残る三つは、電光石火なりで回避しなければならない。ミルの攻撃は簡単に回避され、或いは相殺されて防がれる。“シャインロアー”ならば大ダメージを与えられるだろうが、防がれては意味がない。
ジリ貧――正にそんな状態に、今ミルは陥っていた。
「“シャドーロアー”!」
「“サイコキネシス”」
黒色の咆哮も念動力の前では形無しか、簡単に操られ、逆にミルへと向かっていく。
ゴーストタイプなのでそこまで痛手ではない物の、だからといってそう易々と受けるはずがない。ミルは慌てて“電光石火”で回避すると、次なる攻撃を――
「残念、お終い」
「えっ!?」
まるでミルが“電光石火”を使用して、今居る場所で停止すると分かっていたかのような的確さで、“不知火”の火球を放つ。
もう一度回避しようにも、電光石火をもう一度発動するには時間が足りない。その前に、速度重視で放たれた灼熱が、ミルの毛を焼き尽くすだろう。
「ま、“守る”!」
“ポースシールド”を発動する暇もないと、ミルは低い知能をフルに使ってそれを理解すると、最速で行動できる“守る”を使用。
迫りくる業火を防ぎきると、バリアを解除。幾度もの急停止や運動、エネルギーの減少によって、ミルの息が上がり始める。
「……あら、大丈夫? 諦めたほうがいいんじゃなくて?」
「いやだよ!」
「一生動かずにすむようにしてあげるけど?」
「フィリアみたいにはなりたくない!」
「さりげない毒舌をこめるのはやめてくれないかい……」
フィリアの言葉はミルに届かず、ミルはバッグからオレンの実を取り出して食べた。
体力が回復していく感じに、ミルの心が安堵感で一杯になる。同時に体が軽くなり、傷も少しだけだが癒える。
「まだまだいける……けど、フィリア早く! この人怖いよ!」
「あら、怖いなんて失礼ね。あなたの血肉を貪ってやろうかしら」
「フィリア!!」
「洒落になってないからね……まだかかりそうだよ」
「まだぁ!?」
ミルの驚く顔がおかしかったが、笑うわけにはいかない。無駄なことに思考を邪魔されたくないのだ。
術を解くために必要な答えは二つ。“道”の正体と、“何か”の正体だ。
道に関しては“神通力”という結論が出て、クウコもそれを認めている。だがその程度では、別にどうということはないらしい。
七百人も操っているのだ。それが切断されたら、レイヴンは情報網の全てを失うことになる。ということはつまり、一定時間操られたら“道”と切り離されても操られ続けるのだろう。
「まるで、呪いかなにかだね。祓い方を知りたいよ」
もしかしたら、ヒイロやレインも既に操られ続けている状態にあるのかもしれない。元々、あの術はクウコが操らずとも操られている人自身の意思や感情で動くのだ。理性は少々なくなっているが、それ以外はあまり変わって――、
「……あれ」
流そうとした思考が、流す前に引っ掛かる。
今、どこに引っ掛かったのか。
「……意思や感情は、変わりない……いや違う。意思は変わってる」
ヒイロの一番はフィリアだったはずが、クウコの言いなりになっている。
だが、シルガが説得したとき、ヒイロはたしかに動揺していた。精神状態が揺さぶられたのだろうか。
いや、違う。
「意思、感情、知識。このうち、ヒイロは意思を……」
意思を、どうされていた?
「曲げられていた。それも、僕とクウコを入れ替えたように」
その弊害で、理性はどうなった?
「ほとんど失われていた……でも、シルアが説得したら、多少は戻ったはず」
この術において、重要な要素は?
「操る相手の精神状態……しかも、弱い精神に限るはず」
ミルもおかしかったが、それでも操られなかったという事はミルには効かない、つまり“何か”はゴーストタイプであるということ。
そして精神状態によって操れるようになるまでの時間、もしくは操れるかどうかが分かれる技は、ない――
「……技は、ない。なら、技じゃない……?」
ゴーストタイプらしきもので、技ではなくて、尚且つ恐らくキュウコンだけが使えるオカルトじみた力。
そこから導き出す答えは、たった一つしかない。
「なるほど。そういうことだったのか……キュウコン伝説は本物だったし、祟りの効果が同一だなんてことはない」
そうだとしたら、尻尾で操っていたことも頷ける。
あれは尻尾で操っていたのではなく、“尻尾から何かを出していた”のだろう。
尻尾を動かしていたのは、現在進行形で操っているという錯覚を抱かせたるためだ。
「でもそうだとしたら、ミルが操られないことの理由が分からない……技じゃない以上、効くはずなのに」
解明できた謎により生まれた謎は、フィリアには解けない。
だがそんなことはどうでもいいだろう。解けたということ自体が、恐らくクウコを精神的に追い詰める切り札となる。
見れば、ミルが今もフィリアのためにクウコとの戦いを一人で続けている。臆病者のミルが、勝利を信じて、フィリアを信じて戦っているのだ。
この切り札は、勝利のためにある。
「謎解きは、終わった」
ならば次にやる事は、一つだけ。
――逆転劇の、始まりだ。
次回「天才の本領」