第七十三話 赤と青
ヒイロに続きレインまで操られてしまい、シルガも大ダメージを負う。残されたミルとフィリアもクウコの狂気に心が折れ、全滅しかけるのだが、倒れたと思われたシルガが――?
〜☆〜
砕かれた地面が宙を舞い、落下して、新たに皹を作り出す。
波動を帯びた“はっけい”に高所からの落下の勢いをプラスした一撃だ。更に身体能力を100%使用できる解放を発動しているのだから、地面を砕くくらい訳ないというものだ。
幸い地面――というよりは巨大な岩石と言った方が適切だろうか。それはかなり大きいらしく、マグマが漏れ出してくる、という事態になることはなかった。
その代わり、マグマが近くになることで砕かれた中央部分だけがより熱され、高温の岩石へと変貌することになるが、気にすることはない。
それよりも――今の一撃で、シルガはミルとフィリアを守ることができたか、の方が気がかりだったのだが。
「無事、だったようだな」
「……し、シルガ?」
「なんで……無事なんだい?」
呆気にとられ、尻餅をついたまま問いかけるフィリア。
疑問まみれの顔は、心底疑問だらけだった。当たり前だ。
空中では足場はなく、シルガは飛行能力を持っている訳でも無い。しかも直前まで落下していたのだ。直撃の寸前、どうにかして技の直撃を回避したとしか思えないのだが。
「どうやって……?」
「簡単な事だ。フルド・ムルジム、奴が空中で足から炎を噴射する事で推進力を得たように、俺も波動でそれを行ったまで」
なるほど。フィリアは納得して、手をポンと叩いた。
空中で飛行することはできなくとも、移動する事はできる。エネルギーを噴射して空中で移動するというのは、フルドが実際にやっていた。
「あの馬鹿……戦闘以外では役に立たないくせに、戦闘でも……! フィレア以上の馬鹿ね」
「仲間の悪口を、言っていいのかい?」
「あなた達に現れた四天王の順番は、そのまま強さに直結するのよ。皆、私より弱いもの」
「……そうかい」
受け入れてくれるのはボスだけ――ボスという存在が何なのかは分からないが、恐らくクウコの精神的支柱はボスという存在だけなのだろう。
だからこそ、ここまで歪な存在になれるのだ。
「本当にうざったくて死んで欲しいくらいだけど……でも、子犬さん。自分の体を見てからものを言った方がよろしいんじゃ?」
「……」
苛立ちは一転、余裕へと姿を変える。
それもそうだ。直撃は免れたとはいえ、完全に回避した訳では無いのだ。
爆発の余波を全身に受け、天井へ思い切り打ち付けられたのだ。痛む背中を何とか耐えて動いているが、今も痛みで朦朧としている。
ハッキリ言って、解放も長くは続かない。
「あなたに比べて、こっちはまだ駒二つ。……そちらのお嬢さん達も、私一人で倒せる」
「くっ」
ミルとフィリアは、自分の弱さをかみ締める。
もし、自分たち二人でクウコを倒す事ができるのなら、クウコはもっと余裕をなくしていただろう。だが、二人が弱いせいでクウコは余裕を崩さない。
だがそんな後悔は今更マサラだ。結局、今のもち札でどうにかして、この状況を切り抜けるしかないのだから。
「はっ。貴様は一つ、大きな勘違いをしている」
「あら? それは一体、なにかしら?」
「駒二つと言ったな……貴様、まさか駒を操っているくせに、駒の状態を把握できないのか?」
「なにっ」
そこで初めて、クウコは驚いたように後ろを振り向く。
先程の余波で、クウコよりも体重の低いヒイロとレインは吹き飛ばされている。
剣を使って立ち上っているヒイロを見て、クウコは安堵する。恐らく初めての安堵ではないだろうか。シルガは注意深く、クウコを観察する。
そして二人目。レインへと視線が移った、その瞬間。
「……ちっ」
「残念だったな。貴様はレインの軟弱さを、把握できていなかった」
目を回して動かない――戦闘不能状態に陥ったレインに、クウコは珍しく顔を歪ませて、舌打ちをする。
そもそもレインは後方支援に徹底するべき存在だ。それを矛だけではなく盾としても使ったのだから、この結果は当然と言えるのかもしれない。
本来ピカチュウの耐久力は貧弱なもので紙装甲といえるレベルなのだが、エンジェルにはあらゆる面で化け物のピカチュウが居る。
そういったことから、クウコも油断していたのだろう。
「これで駒は一つ……残るはヒイロと貴様だけだ」
「……そうね。たしかに駒は減ったわ……けれど」
クウコはおとなしく、現状を受け止めた。
ここでレインに文句を言っても仕方がない。ピカチュウは耐久力の低いライチュウの進化前で、最終進化形態ではないのだ。
耐久の心配はクウコもしていたが、シルガを倒したと思い込み、それが油断を招いた。
だが、
「それでもやっぱり、私の勝利は揺るがない。あなたは既に満身創痍の状態。残るお嬢さん方も、万一私一人になっても倒せる程度の弱者――私の勝利は、約束されている」
「約束された勝利など、この世には存在しない。最強は居ろうが、無敵は存在しない」
「あらそう。でも、それは屁理屈ね。だってそこのお嬢さん方では、例え私の術を跳ね除けられようと、そこの蛇さんは炎タイプと相性が悪いし……兎耳ちゃんは、守ることしか能のない負け犬だもの」
「……うぅ」
フィリアへの誹謗中傷は、フィリア自身も我慢できる。
だがミルへの悪口は、ミル自身痛感している事で――心に傷がつく。
「ま、私には関係ないわ。操りやすいこの子がまだ残っているもの」
「……なんでヒイロが操りやすいのか、冥土の土産に教えてくれはしないのかい?」
「残念。私、そんな優しい女じゃないもの。――行け」
体の芯まで冷えるような声が、そのままヒイロが駆ける合図となる。
二刀の内、一本を鞘に戻し、両手持ちとなってシルガの元へ走る。剣には燃え盛る紅蓮が、猛火によって通常よりも荒々しく猛る火炎が、渦巻いている。
「……これが、ラストチャンスだ。エンジェルが勝利するための、最後の」
「ガアァッ!!」
「その為にも、お前にはここで沈んでもらう。……確信を抱かせてもらうぞ、神代空狐!」
拳を固める。確信を抱くため、手品の種を暴くため。
剣を握る。目の前の宿敵を、己の炎剣で切り裂くため。
戦いが、再始動する。
〜☆〜
――時が経ち、バトルフィールドオンマグマ。
砕かれた中央部分の地面を飛び越え、シルガはヒイロへと波動を纏った一撃を加える。解放の恩恵もあって、そのパワーは岩石を軽々と破壊するほど。
だが力だけならばヒイロはシルガに勝っている。二刀をエックス状に構え、交差する部分で拳を受け止めると剣は燃え、シルガの肌を焼く。
その行動すら見切っていたシルガは咄嗟に腕を引くことでそれを回避。追撃を許さないよう、足で地面を砕いて飛礫を飛ばすと、すぐさま離脱。
空中で一度回転して、綺麗に着地。同時に地面を蹴り飛ばして、再び接近戦を仕掛ける。
「“不知火”!」
「っ」
超常現象――そう呼べる類の激戦に、クウコですらいつどこで援護射撃するのが正解なのか見極めかねている。それはフィリアとて同じだ。
シルガの素早く重い突きをガードしたヒイロは、二刀を巧みに扱いシルガを狙う。地割れすら作りかねない一撃は、しかしシルガに傷をつけることはできない。
剛と柔。双方の戦いは、正に互角といっていいものだ。
「ハァッ!!」
「ガァッ!!」
技名を叫ぶ事で動作のイメージを強化し、技を行いやすくする。そのために叫んでいたはずの技名が、今は聞こえない。
ただ目の前の敵を倒す事だけに集中し、敵の秘密を暴くために集中力すべてをヒイロに、シルガに、それぞれ使っているのだ。
眼光すら置き去りにするシルガを、ヒイロは持ち前の勘で察知。剣を振りぬき、その一撃は虚空を切り裂く。
「甘い!」
直後、ヒイロの背中を打撃が襲う。手加減無しの一撃は、さしものヒイロも耐え切れずに片膝と両手をつく。
「ガッ!?」
「まだ、だ!」
シルガは地に足つくと、瞬間足を振り上げる。狙うは緋色の顎――脳震盪を狙った攻撃は、強烈なダメージをヒイロに与える。
残念ながら脳震盪にはならなかったが、ダメージは十分だ。シルガは距離をとろうと、地面をけり――、
「ガ、アァッ!!!」
直後、燃え盛る紅蓮の斬撃をその身に浴びる。
「ぐぅっ……!?」
目を背けたくなるほどの痛みが、叫んで叫んで痛覚をなくしてしまいたくなる極上の痛みが、シルガの全身を駆け巡る。
腹部の切り傷が原因で発生する脳の危険信号は、耐え難いものだ。
だがシルガはそれを耐え、ヒイロから距離をとることができた。
「……く」
だとしても、その痛みは耐えがたいもの。耐えられたとしても、その痛みがなくなる訳では無い。継続する痛みが、シルガの冷静を欠けさせる。
両者だけといっても差し支えのない第二ラウンド。その戦闘時間は、既に十分を過ぎていた。
十分と聞けば短いが、しかしこの二人の戦闘はそれこそ異次元的なものだ。余波で岩石が砕けるようなやり取りを何度もして、ダメージを与えていく。
二人の体はもう、限界寸前だ。
「がぁ……ふっ……!」
そして、シルガの体はヒイロよりも酷い。
数々の攻撃を受け、その身に蓄積するダメージは多い。今この瞬間も、膝をつきたくなるような疲労と痛みがシルガの体を蝕んでいる。
だが――“あの技”でクウコの術のカラクリを解くまで、倒れるわけにはいかないのだ。
「……よくここまで戦ったものね」
「ハァッ、ハァッ……!」
「でも、あなたの体はもう限界。……私の本領は発揮できなかったけど、結果よければすべてよし。あなたを倒すために考えてきた二十通りの作戦はおじゃんになっちゃったけど、まぁ気にしないわ」
妖しげな瞳をたずさえて、クウコは尻尾でヒイロを操りシルガの元まで歩かせる。
クウコの術は分からない部分が多すぎて、フィリアであってもその謎は解明できない。キュウコンは目を合わせる事で生物を操る、なんて伝承もあるにはあるが、成功例は聞かない。
やがてヒイロがシルガの目の前まで来ると、シルガは応戦するために拳を握る。しかし、あの鋭く早い突きが、遅く鈍い一撃と化していた。
そのせいで、簡単によけられてしまう。
「ぐっ」
「あなた自身、もう終わりたいでしょう? こんな苦しい戦いは、もう終わらせたいでしょう? だから終わらせてあげるわ――あなたの、あなた達の敗北という結果でね」
クウコが尻尾を振り上げると同時、ヒイロの片腕も上がる。
片方の剣を振り上げたヒイロの姿は、さながら死刑執行人のようだ。剣から噴出す紅蓮の炎が、そのイメージをより強調している。
後ろの二人はシルガの危機を救おうと技を放つが、クウコの“不知火”
「解放の恐ろしさは十分理解できたわ。私はほかの三人とは違うから、どんなものか体験した事はないし、間近で見た事も無かったけど……ええ、私が恐怖するに値する素晴らしい力だったわ」
「……」
「でも、あなたはここで私が殺す。あなたのお仲間さんの手で。……ボスの悲願のために、死んでもらうわ。子犬さん」
クウコの尻尾が、静止する。
同時にヒイロの振り上げた腕も静止し、正に死刑執行直前といった所か。
クウコの尻尾が振り下ろされたと同時――それが、シルガの人生の終着点だ。
「……確かに、俺にできることは少ない。ヒイロを倒す事は、できないだろう」
「あら、自分でもまけを認めるの」
見下したかのような、実際見下した笑みは妖艶とは程遠い、嗜虐的な笑みだ。
勝利を確信しているのか、警戒すらしていない。自分の勝利が、ここまでエンジェルに対して優勢を保ち続けた故に確実な物だと信じて疑わない。
だからこそ、
「――それは、違うぞ」
「……何か言った?」
「それは違うと……そう、言ったんだ」
見下した顔で、シルガの言葉の意味が分からないのか、クウコは疑問を浮かべていると誰が見ても分かる顔つきに変わる。
だがやがて無意味だと知ると、シルガを鼻で笑い、言った。
「この絶望的な状況……悪夢のような最後を迎えることは、もう確定しているの。あなたが最後の力を振り絞って剣を避けても、この子は私に操られたまま。戦力が減り、脅威も減る……ボスも、あんな計画は必要ないと分かるでしょう」
「それは、どうかな……?」
「戯言も度を過ぎれば面白くない……まぁいいわ。何にせよ、あなたを倒せば私の勝利は確定する――さよなら」
死刑宣告に等しい言葉が放たれ、同時に尻尾が振り下ろされる。
死刑執行の合図。それと寸分狂わぬタイミングで、切れ味抜群の剣も振り下ろされ――、
「“エナジーボール”!」
「“シャドーボール”!」
二つの球体が、執行を邪魔した。
威力よりも速度を重視したそれは、シルガの首の皮に剣が触れた瞬間、本当にギリギリのところでヒイロの剣を吹き飛ばし、遅れてやってきた紫色の球体がヒイロの体を吹き飛ばす。
それを行った人物は――勿論、ミルとフィリアだ。
「間に合った、かな」
「よ、よかった」
「……ちっ」
処刑を邪魔されて、クウコは分かりやすく顔を歪ませる。
だが、今回はミルとフィリアに注意を払っていなかっただけだ。今度は、ちゃんと注意する。
さもないと、今この瞬間もこの戦いを見ている“ボス”が軽蔑してしまう。
「まぁいいわ。次はちゃんと当てる……私が、私の手であなた達を潰す。ボスの為にも」
尾でヒイロを強制的に動かすと、吹き飛んだ剣は取りに行かせずにそのままもう一度、シルガの元まで歩かせた。
今度はクウコの注意が、視界に入る物すべてに及んでいる。先程のような邪魔は、もうできないだろう。
「ふぃ、フィリア! 次はどうするの!?」
「今考え中だよ……!」
フィリアの思考は今までにないほどに回転している。
だがどうする。二人よりもクウコの方がシルガに近い。例え“電光石火”だろうと、ミル程度の速度ではシルガに到達する前に迎撃されてしまう。
攻撃は、使えない。
「不味い……!」
ラルドならば、“高速移動”と“電光石火”の併用で、とんでもないスピードでヒイロをシルガから遠ざけるだろう。物理的に。
だが、晴れでない今フィリアに超人的なスピードはない。ミルもそうだ。
この状況を打開する策など、どこにもない。
そしてフィリアが悩んでいる間も、ヒイロは止まらない。空ろな目をしたまま、操られるがまま、抵抗しようともしない。
フィリアの精神年齢はまだまだ幼く、少し大人びた子供程度だ。膨大な知識とシルガには劣るがかなりの思考速度から天才だといわれてきたが、中身はまだ子供。
故に、仲間の死が近づいているという焦燥感によって思考が上手く回らない。
何が天才だろうか。フィリアの思考は、ネガティブ方向へと向かっていく。
「そこの蛇さんも、操りやすい状態に陥っちゃってるわ。焦りは油断を呼ぶ。油断大敵なのに――ああ、これは人間の言葉だったわね。吐き気がする」
「ハァッ、ハアァ……!」
「もう邪魔は入らないわ。今度こそ、さようなら」
多少呼吸はマシになったものの、ヒイロの剣を避けられるかといったら答えはノゥ、だ。剣を避ける術など、もうありはしない。
だがどうということはない。そもそも、シルガは避けようと思ってすらいない。
チャンスは、敵を倒すチャンスはここしかないのだから。
呼吸を安定させ、右手に力をこめる。瞳を開き、顔を上げる。
赤い眼は、確かにヒイロを睨み付けていた。
「……それが、貴様の限界か」
「……何を言っているのかしら」
「貴様には言っていない――そこの、軟弱蜥蜴に言っているんだ」
僅かどころではない。後ろでシルガをどう助けるか悩んでいたミルやフィリアでさえも思わず思考を中断してしまうほどの怒気が、その言葉には含まれていた。
シルガの中に眠る激情は怒りへと化し、激怒へと化し、憤怒へと化す。
それは、間違いなくヒイロへ向けられた物だ。
「それが貴様の限界かと聞いているんだ、ヒイロ・ラリュート」
「ガ……アァッ!?」
シルガの言葉に、ヒイロは意味が分からないのか疑問を顔に浮かべる。
「他人に操られるがまま、抵抗もせずに堕ちていく。楽だろう、さぞかし楽だろう。波に逆らわず、流されるがままの状態は」
「ガアアァァッ!!!」
今のヒイロに、少しだけ残る理性が、それを自分に対する悪口だと認識する。同時にヒイロは激憤し、剣を持つ手に更なる力をこめる。
それでもシルガは、ヒイロを見つめる。
「俺は貴様が好きではない。だが嫌いでもなかった。何故なら、貴様には一つの信念があったからだ」
「ガ、アァッ!!」
シルガが言葉を紡ぐ度に、ヒイロが怒りに叫び、苦しみに胸を抑える。
クウコですら予期せぬ事態に、しかしシルガは気にせず続ける。
「答えろ。貴様の限界は、この程度か。たかだか九尾の狐如きに曲げられる程度の信念しか持ち合わせない、貧弱蜥蜴だったのか」
「ガ、ァ」
「だとすれば――俺は貴様の事を、嫌悪する」
信念とは、まげてはいけないものだとシルガは思っている。
例え困難があろうと、不可能が立ちふさがろうと、その結果が自分という存在の消滅だったとしても。
それでも信念とは、まげてはいけないものなのだ。
「貴様もそれが分かっているはずだ。だからこそ、今までフィリアに尽くしてきたんじゃないのか」
「グルゥ……!」
ヒイロの後ろで、クウコが焦りながら尻尾を動かし、何度もヒイロを操ろうとするも、決してヒイロはそれに従わない。
「狐如きに操られ、貴様は信念を曲げた。だがまだ取り返しはつく。何も消滅するわけじゃないんだ」
「グゥ……!!」
「くっ……早く殺しなさい!」
「答えろヒイロ。貴様は――お前は、臆病者で、軟弱者で、見せ掛けだけのハリボテなのか!?」
「ガアァァッ!!!」
暴れ、頭を抑えて苦しむヒイロ。
その原因はシルガの言葉だ――だが直接的な原因は、それじゃない。
「この……ッ。こうなれば、私が直接」
「まだ貴様の出番ではないぞ――悪の波動!!」
そういいながら突き出したのは、先程から力をこめていた右手だった。
黒い、とても黒い波動。正しく悪の波動と呼ぶべき、しかしそう呼ぶには少々ひ弱な黒い波動を纏った拳が、ヒイロのお腹を突く。
それはとても遅く、弱く、しかし確かな重みがあって。
「ガ……ぁ……」
ヒイロの膝が、つく。
解放が解除され、火飲みによる活性化も効果切れだ。
そしてそれは、シルガも同じだった。
「も、う、限界、か」
その身に刻む幾多の傷から来る痛みは、歯を食いしばって我慢する。
最後に後ろを向いて、伝えるために。
か弱い仲間に、希望を与えるために。
「フィリア、ミル、良く聞け……!」
「な、なんだい!?」
「こいつと、クウコは、ある“道”でつながっていた。レインも、同様になぁっ」
「み、道って!?」
「何かを、操る対象に運ぶために、こいつは道を作った」
「この、黙れ!!」
クウコの九尾に火が灯る。それは同時に、クウコの焦りを示していた。
シルガは自分の推理が当たったことに口をゆがめ、最後に言った。
「いいか、謎を解く、鍵はっ。俺の先程の行動とミルにある!」
「“不知火”!」
シルガとヒイロ、二人に炎が迫る。逃げる術は、もうないだろう。
だがもうシルガが言い残す事は何もない。あとはただ、祈るだけだ。
仲間の、勝利を。
――直後、爆発が二人を襲った。
次回「謎解きは戦闘の最中に」