第七十一話 人形遣い
ヒイロを操られ、ラルドも解放で身動きが取れない。エンジェルは最大の危機に陥るが、光明とも言える存在であるシルガが残る。四人対二人の中、遂に最後の四天王戦が始まり――?
〜☆〜
――勝負の合図となったのは、先制の“波動弾”だった。
クウコの顔面直撃で放たれた波動弾は、かなりの威力でダメージを負わせると、爆発の衝撃でシルガは後退。地面に着地すると同時、操られたヒイロの剣の一閃によって斬られそうになる。
が、手首に向けて飛来した鉄のトゲを回避する為に手首を急に動かし、それによって剣先がずれ、シルガを掠めるだけという結果になる。
感情だけは残っているヒイロは、忌々しい目で元凶である鉄のトゲの投擲者――レイン・コキュートを憤怒に満ちた目でにらみつける。
「あらやだ。怒っちゃやーよ」
「殴りたくなる」
「あ、ちょっと! 傷ついたんですけど!」
怒りを言葉にして騒ぐレイン。シルガは溜息をつきながら、レインの頭を軽く叩く。
軽く、とはいえシルガの力はラルドやヒイロほどではないにせよ、一般と比べればかなりある。そんな軽くとレインの常識である軽くとは、当然違うわけで。
「いったい!」
「五月蝿い」
「君達、ヒイロが操られているんだから、もうちょっと真剣にならないのかい……?」
言いながら、フィリアは緑の球体。“エナジーボール”をヒイロの足元に当て、行動を一時停止させる。
頭頂部にできた痛みを擦って和らげようとするレイン。効き目はなく、気休めだ。
涙目になるレインの耳元に、シルガは顔を近づけると、
「――今回のお前の役目は、ただただ観察する事だ」
「……はい?」
「お前は敵の動きの違和感を感じる事が得意だ。未来世界で、お前に助けられた事は幾度となく存在する」
「そりゃ私様がいたからこそ今のあんたが存在しているわけだけど、そりゃまたなんで?」
「敵がキュウコンであるにもかかわらず、ヒイロを操れたという事は何かからくりがあるはず。そこを見つけろ、ということだ」
最低限の説明を終えると、混乱するレインを置いてシルガは足元を蹴り、一人で再び最前線に戻っていく。
“波動纏装”――波動を纏って全体の攻撃力及び防御力を上昇させるシルガ独自の技だ。
この状態でははっけいがそのまま岩をも砕く一撃と化す。
柔の戦法を得意とするシルガがこの状態になったときの恐ろしさは、言うまでもないだろう。
操られたヒイロの、いつもと比べ遥かに劣る剣術を目にして、シルガは溜息をつきながら剣の横に、まるでガラス細工に触れるかのように繊細に手を置くと、力を誘導して逸らし、がら空きのお腹に“波動掌”、波動を纏ったはっけいを叩き込む。
「がっ……!?」
吹き飛ぶ事はなくとも、その身にこめられた圧倒的なパワーによってヒイロはお腹を反射的に抑え、苦痛に顔を歪める。
掠れた吐息がこぼれる中、第二撃がヒイロの顔面を襲う。
「喰らえ……ッ!!」
黒い膝が、ヒイロの顔の中心を打ち抜く。
膝蹴り。ただの膝蹴りのそれは、確実なダメージをヒイロに与えた。
今度こそ耐え切れぬ激しい痛みに襲われ、ヒイロを腹部から手を離すと顔に移動させる。
反射的な行動は、クウコの操りきれる限界を超えて隙を生み出す。ようやくヒイロの状態に気付いたクウコが腕を強制的に操るが、シルガの方が一歩早かった。
右手は弓を引くようにして、左手は右の腰辺りへと移動させる。
両手から上下、丁度半分の距離に集まる揺らぎは、やがて蒼き光へと変化を遂げて淡い光を放ち始める。
段々と集まっていき、一つの丸い球体へと変化した蒼い光は、つかんだ手から離された弦の如き両腕から押し出すように放たれると、
「“波動弾”」
全てを穿つ弓のように、ヒイロの体に直撃。青白い爆発を引き起こすとともに、膝蹴りとは比較にならない大量のダメージを与えた。
「ッ、ガァ……!?」
強力な一撃に、身を引き呻き声をあげるヒイロ。
尻尾の灯火は痛みに揺らぎ、持っていた剣が汗に滑って落ちかける。
すんでのところで掴みなおすも、その元となったのは反射的行動ではなくクウコの操り。つまりは強制的なものだ。
「……ッ」
「分かったか、糞蜥蜴。お前と俺との格はあまりにも違いすぎる。剛と柔、どちらが強いなんて話は良く聞くが、どちらか片方が片方と互角の力でなければ意味がない」
操られているヒイロは、自由に喋る事ができない。
喋ろうという意思を奪われている、という訳では無い。ただクウコが邪魔だからと封じているだけだ。
意思を奪われていない、ということは、当然感情は一ミリたりとも縛られていないわけで。
「一方的な甚振りを拒絶するならば、今すぐ白旗あげて降参しろ」
「……ッ!?」
ヒイロの表情が、憤怒に歪む。
その行動に驚いたのは、他ならぬクウコだった。
突然の行動、しかしそれは制限されていた範囲外での行動だった。
ヒイロは表情に出やすいタイプだ。そこから他人の感情の機微に気付く事ができるシルガ相手には致命的だとクウコはそれを縛った。
「ちっ、まだ本来の実力で互角な相手と戦うには慣れきっていないわね」
「それは残念だったな。なれる前に片付けられるぞ、この程度ならば」
言いながら、片膝をついているヒイロの顔に足を置き、体重を乗せて蹴る。
シルガの全体重と力が加わった一撃は、それほどのダメージは存在しなかったが、距離をとるには十二分なものだった。
背中から地面につき、息を吐くヒイロ。」
その表情に宿る感情は一つ。悔しさだけだった。
「……ならば、これで!」
ヒイロは慣れるまで置いておく。そう決めたクウコは、八尾に青白い炎をともらせ、いっせいに発射する。
だが一度よけた攻撃だ。“見切り”で機動を先読みすると、苦労せずに炎を避ける。
「ッ、まだよ」
が、避けたほぼ一秒後に、再び炎が迫る。
驚いたシルガは一瞬反応が遅れて、直撃しそうになるが“波動解放≪バースト≫”、波動纏装に使っている波動を放ち、それを防ぐ。
クウコがメインウェポンに使っている“不知火”の真骨頂。それは連射のきく代物だということだ。
燃える蒼炎は全てを焼き尽くす威力を持つ、それが連射できるとなれば、鬼に金棒だ。
シルガは厄介な攻撃に舌打ちをすると、直後背後からの攻撃――クウコに放たれた三つのエネルギーがシルガを通り過ぎてクウコに向かっていく。
「“不知火”」
だが、九つの炎によって防がれる。
起きた爆発は間近にいたシルガの頬を少し焼くが、たいしたダメージにはならず、煙が晴れると同様にほぼ無傷のクウコが居た。
「うーん。不意打ちは無駄か」
「距離があったからじゃない? それか速さが足りなかったか」
「そ、そんなこと言ってたらヒイロがとらわれのお姫様になっちゃうよ!?」
「ミル、落ち着きなさい」
あわあわと慌てるミルを抑えて必死に宥めるレイン。
今の攻撃は、どうやら支援攻撃だったらしい。支援、という単語は不必要かもしれないが。
「……次はもっと強力な攻撃でやれ」
「分かってるよ。クウコは僕たちと離れすぎている。距離があるから対応も簡単だ。だからこそ、メインは君に任せるよ」
「理解している」
クウコ戦で最も厄介な存在は、クウコの目の前に位置する真紅の剣士。ヒイロ・ラリュートだ。
まだクウコがヒイロを操る事に慣れていないとはいえ、それでもその筋力はそのまま残っている。早い話がシルガが与える一撃とヒイロが与える一撃というのは、そもそもダメージの大きさが違う。
柔を得意とするシルガが解放を使って更なる攻撃力を得て、最強の回避能力と併用してリオルとは到底思えないような強さを持っているように、ヒイロもまた、解放の恩恵を受ければ岩石を軽く一刀両断できるパワーを持てる。
それに加えて、ヒイロは“火飲み”という、自身が一度体外に放出した炎エネルギーを体内に取り込み、肉体を活性化させるという技も編み出した。
接近戦の力勝負でヒイロを渡り合えるのは、エンジェル内ではラルドだけだろう。
「うふふ……余所見をしてていいのかしら?」
「ッ」
シルガが後ろの三人に言葉を告げた直後、クウコの“不知火”による八発の炎がシルガに迫る。
青白い火炎はシルガの蒼い体を焼きつくさんと高速で飛来するも、全てがシルガお得意の“見切り”による軌道予測で避けられ、後ろの三人へと向かっていく。
その際、何か大きな叫び声がどこかの耳長兎の声で聞こえてきたが、悲鳴がなかったのだから問題はないのだろう。
「やってくれる」
「それはそっちだって。この子、仲間なんでしょう? なのにこんなに手酷く扱っちゃって、可哀想」
「生憎だったな。俺は仲間とて、敵になれば容赦しない。それがたとえ、操られていたとしてもな」
赤い瞳の視線は、まっすぐにクウコへと突き刺さる。
齢十五にして、ここまで冷酷になれるシルガを、人はどう見るだろうか。
多くの人が、こんな性格になってしまったのを嘆き、悲しむだろうか――シルガからしてみれば、そんなものはただの偽善だ。
冷酷だからこそ、時には正しい判断ができる。冷酷だからこそ、感情に左右されない。
冷酷だからこそ仲間を守れる場合もある。それが何故分からない。
「とはいえ貴様に俺が理解できるはずもない。大人しく、その顔を醜悪に変えられるのをまて」
「それは嫌よ。私、まだまだ人生長いもの。……でもそうね、あなたが私に勝ったら、考えない事も無いわよ? ――“不知火”」
再び発射される八つの炎。しかし、今度は発射から二秒で再び八つの炎が同じく発射される。
不知火の真骨頂である連射。それの活用だろう。時間差で訪れる十六つの炎はシルガを飲み込む勢いで迫り、地面を焦がす。
それに加えて、
「ガァッ!!」
雄たけびを上げながら、猛進する剣士が一人。
両剣を抜刀し、尻尾の炎から火の粉が舞い散る速度で走るヒイロは、剣に炎を纏わせる。
「さ、この危機をどう打開するの? 見せて頂戴、子犬さん?」
戻ってきた余裕の笑みに、シルガは頭に血が上る。
しかし、それをこの戦闘中に出すわけにもいかない。溜息を一つつくと、冷静に目の前の炎の弾道を予測し、
「“波動連弾”」
即座に生み出した十の波動弾で十の炎を見事に相殺すると、残りの六つを難なく避ける。
そして、最大の難敵でもあるヒイロの攻撃は――、
「“神速”」
「ガホッ!?」
超高速の一撃、“神速”によって隙だらけの腹を殴りつけ、吹き飛ばす。
二本の剣に纏っていた炎は散り散りになって消えていき、ヒイロは足で地面に着地。なんとか堪えるも、耐え切れなかった痛みで片膝とついてしまう。
「たちなさい」
だが、クウコの命令によって痛みを無視して立ち上がる。
これこそ、クウコの操りによる恩恵最大の効果。痛みもなにもかもを無視して操られる、自壊と引き換えに得られる最悪の効果だ。
例えば目潰しをして足止めをしようとしても、目が潰れようとも相手を倒そうと向かってくる。故に、小細工は通用しない。
「ちっ、面倒くさい」
「あら、それを攻略して見せるのが、あなたたちの役目でしょう?」
「それについては同感だ、ふっ!」
地面を砕くほどの脚力でクウコのもとへと向かっていくと、当然のようにヒイロが目の前を塞ぐ。
一刀だけを天に掲げてているその体勢は、間違いなくシルガを一刀両断するつもりなのだろう。が、そんなものにあたるほど、シルガは馬鹿ではない。
「ガァッ!!」
「甘い」
クウコの一尾とともに振り下ろされた龍の怒りを纏った一撃、“龍の怒刀”はシルガの頬を掠める、という結果になった。
一刀両断ということは、つまりまっすぐに振り下ろすということだ。後はその軌道さえ予測すれば、不知火の連弾を避けるよりも簡単だ。
「この程度で、俺にダメージを与えられると思うな……“波動掌”!」
「グゥ!?」
剣を避けたシルガは、すきだらけのヒイロの顔面に“波動掌”を叩き込もうと、右腕を弦のように引く。
直後、撃ちだされた弓矢の如き速さで放たれた波動掌は、ヒイロの顔面を捉え――、
「ガァッ!!」
「!?」
触れる刹那、ヒイロの口から叫びとともに放たれた業火、“火炎放射”によって技は中断され、シルガは右手にダメージを負う。
青色の右腕は焦げ、掌に至っては火傷状態になってしまっていた。
「ちっ……!」
舌打ちをして、シルガは後方へ跳躍。砕けた地面の破片がヒイロの足止めとなる。
「……慣れてきた、か」
「どうでもいいけど、アンタ。私を踏み台にしようとしたでしょ」
「していない」
「嘘つけ! 避けなかったら顔を踏まれてたわよ!」
怒鳴るレインに、耳を塞ぐシルガ。
――冷静に、癒しの種を食べながら目の前の状況を確認する。
ヒイロの咄嗟の行動と思える一撃は、おそらくクウコが意図して放たせたものだ。事実、クウコの一尾は振り下ろされた後、直後に突き出すように前に出ていた。
その後一秒もたたず、火炎が噴出された。
「大丈夫かい、シルガ」
「ああ、心配するほどのことではない。……だが」
「だが? なに、なにかあるの?」
「敵はヒイロを操る事に、そしてヒイロもまたクウコの操りに慣れてきている。このままでは、苦戦は必至だ」
「じゃ、どうすんのよ。……“シーストライク”!」
迫ってくるヒイロに、レインは水の一撃を放つ。
予想外の一撃に困惑しつつも、ヒイロは一刀両断。水を断ち切った。
「ちょ、あれどうなってんの!?」
「だから言っただろう。あれが本来の奴の力でもあり、臆することなく最善を選び続けるクウコに操られている結果だ」
ヒイロに知恵がついたらどれだけの戦力になるだろうか、とラルドが言っていたことを、何気ない日常の中からひねり出して思い出す。
力と勇気が備わっているヒイロに、フィリア並みの知力があればどうなるか?
答えは簡単。
「ガアァ!!」
「来たよ!」
話し合う隙すら逃さず、徹底的に攻撃する。
ヒイロの“炎の斬波”は全てを飲み込み傷つける。何度も使用された技は適正と威力が上がるといわれているが、ラルドの十万ボルト同様、ヒイロのこれもかなりの威力を誇っている。
「ぽ、“ポースシールド”!」
咄嗟に、ミルはエネルギーと守るの三重バリア“ポースシールド”で炎の斬波を防ぐが、その威力を完全に防ぎきる事はできず、あっという間に砕けてしまう。
「え」
全てを切り裂く炎の渦は、飲み込んだものを圧倒的切れ味の斬撃で裂く。
「くそっ」
小さなつぶやきも、すぐに火炎の燃え盛る音に消え。
矮小な四つの存在も、炎の中へと消え――。
〜☆〜
――同時刻、レイヴン基地の一室では。
寂れ崩れかけた家の中でも大きな家の一室、そこに寝かされた一人、その名は英雄エメラルド。
荒かった呼吸は今では落ち着きを取り戻し、ピクリとも動かなかった体は、呼吸とともに浮き沈みを正常に繰り返している。
簡潔に言うなら、もう危険領域からは脱し、順調に回復へと向かっていた。
「……うん。呼吸正常、脈も安定。体力を取り戻しているよ」
「そうか」
暗がりの中で二人、最強の探検家プリル・クリムと最速の探検家ウィン・マグシムが話をしていた。
ラルドの身の危険が取り払われたかどうか、という話だが、プリルが確認した限りでは安心らしい。ウィンは安堵の息をつく。
「あれ、珍し。君が交友の深くない人に安心するなんて」
「それとこれでは理が異なる。齢十四ながらに英雄と呼ばれる若葉をここで枯らしていい道理はない、それだけの話」
「いや、君は相変わらず分かりにくいよね。……ま、僕達はここで探索班の報せを待つだけだ」
「だが到着から既に三十の刻は経過している。災厄察知――災厄と運命を共にせし者がいてこれだけの長い時を待つことになるとは。……見つからぬ、ということも考えられる」
「人魂火山自体が広いからね。どうにかなると思うけど」
そういって、肩を竦めるプリル。
あの後、下っ端たちを一斉に転送しようにもそれができず、かといって一人ずつ転送するというのも時間がかかりすぎるので、七百人もの敵を放置してラルドの回復を優先してレイヴン基地と思われる廃墟の並び、その一軒を拠点にし、ラルドを寝かせて早数十分。
数ヶ月前、ラルドが三日間動けなくなるといっていた状態が、オレンの実を食べさせて横にさせただけで、もうここまで回復している。
それにはラルドが持つ圧倒的なまでの回復力と、そして自身も気付いていない適応力の高さにあるのだが、そんなものに気付ける程生物止めている二人ではない。
ラルドの回復速度に異常を感じつつ、その異常を上回る安堵感が胸の奥に広がっていた。
「英雄が、まさかこのような状態に陥るとは……解放、というのはそれほどのカタストロフィを秘めているのか」
「解放というのは身体能力を完全に扱いこなす能力だ。その反動と思ってくれたら分かりやすいかな」
といいつつ、プリル自身解放について詳しくは知らない。
そもそもが謎の能力だ。一体それは何を原動力とし、何がきっかけで発動できるのか。未来の知識を持つシルガであっても解明不可能な能力は、プリルの知識を総動員した所で何かが分かるという訳がない。
「どちらにせよ、今はレイヴンを倒す事だけが目的だよ。余計な思考はやめとこ」
「そうだな。この煉獄の中、探検隊の中でもトップクラスの戦士が揃っているのだ。災いを運ぶ奴らであっても、迂闊に刃を向けようとは思わんだろう」
「そうだね。僕達は、報告を待っていればいいし、のんびりしとこ♪」
「怠惰を貪ると申すか。なるほど、適した行動だ」
「じゃ、僕はセカイイチでも食べとくね!」
そういって、プリルはバッグからセカイイチを取り出して齧る。余程お腹が空いていたのだろうか、貪るといっていい勢いだった。
(本当に――無事に帰って来てね、五人とも)
翡翠の瞳は、黒煙と炎に染まる大空を見上げていた。
次回「赤と青」