第七十話 それぞれの戦い
解放の限界時間が来たことによって体が動かなくなるほど弱り果てたラルド。超高熱の炎が命を燃やしつくさんとばかりに迫る中、音速を超えた衝撃波がラルドの命を救い――?
〜☆〜
――謎の衝撃波が炎諸共地面を吹き飛ばすと、遅れて礫や砂塵を巻き上げる風がラルド達を襲った。
それは先程の衝撃波ほどではないにせよ、弱ったラルドを空中へ巻き上げるには十分すぎた。抵抗する力もなく空に巻き上がったラルドは、重力に従って硬い地面へと降下していき――、
「陽炎より出でる神速の神子とは我輩のことだ!」
叫び、マッハ二と同レベルの速さで駆け抜けた疾風がラルドを背中に背負い、落下による衝撃を赤と黒で彩られた足で完璧に耐え抜いた。
土煙が上がり、目の前の現状をようやく認識する事を許されたブーバーンたちは、すぐさま現状を作り出した元凶たちを見る。
そして、その視線がとある一人のポケモンに向いた瞬間、ブーバーンとムウマージの体から血の気が引いた。
オーバーヒートを放ち、適度な運動で体も火照ってきたブーバーンは冷水でもかけられかのように体が冷え、ムウマージは宙に浮きながらも後ずさる。
「オイオイ……冗談キツイぜ、ったく」
「冗談じゃありませんね」
冷や汗を流しながら、二人は軽い口調で話す。しかし現状はとてもじゃないが軽く受け止められはしない。
マッハ二の速度の衝撃波を放った張本人――世界最強の探検家プリル・クリムが、桃色の体の、白い胸を張って変わらぬ軽い笑みを浮かべているのだから。
「ウィン、ラルドは保護できた?」
「ククッ、我輩のチカラならば容易いことよ……しかし最強のマスターよ。この者、かなり衰弱しきっておるぞ。そこの小童共では到底このような状態にできるとは思えん」
「ああ、そりゃあそうだよ。解放は一時間くらいやると疲労感半端無くて三日間文字通り動けないって言ってたもん。……だから、ここは僕に任せて。君は先に行っといで」
「感謝するぞ。音速を操りし者よ」
「やだなぁ。ウィン君、僕が操っているのは音速じゃなくて音だよ」
平然と。
ラルドが幾ら倒したとはいえ、それでも二百名は超える集団だ。なのに二人は平然と、片方は英雄を担ぐなり信じられない跳躍力でプリルの下へと降り立つと、二人で軽く談笑しあう。
異常、そんな言葉が似合っていた。
「……総員、撤退!!」
だからこそ、逃げなければならないとブーバーンは直感的に悟った。
先程の音速の衝撃波。事前情報どおりだとすると、プリルが得意とするのは“神速”を用いてやっと回避が成功する。そんな出鱈目な速さを持つ攻撃――音波系の中でも高威力を誇る、“ハイパーボイス”のはずだ。
ならばこんな所で立ち止まっていればただの的になりかねない。ブーバーンは撤退の二文字を叫びながら、全速力で出口へと向かって走る。
「あーれれ、逃げちゃうのかな……じゃ、ウィン君! 後は任せたよ!」
「安心されよ!!」
ブーバーンや他の下っ端たちが背中を見せて逃げているというのに、プリルは焦りもせず走り去っていくウィンに手を振る。
慢心しすぎだとブーバーンは心の中ではき捨てるが、それは今の状況では好都合。一気に走り去らせてもらうと、走る速度を少し速める。
「……さぁてぇと」
ウィンの姿が見えなくなるまで、約十秒。七百人もの下っ端たちがいてもまだスペースがある洞窟だ。未だ誰一人出口へと辿りつけては居ないが、あと数十秒もあれば一人は外へと出れる。そんな状態だ。
そんな状態なら、十分すぎる。
「君たちには、元とはいえ僕の可愛い可愛いギルドの愛弟子をあそこまで疲労させた業がある。償いきるには、七百ぽっちの命じゃ足りないよねぇ?」
問うような口調だが、呟くように言い放った言葉だ。誰一人拾うことのない声は、走る騒音によってかき消される。
助かりたい、その一心で走り続ける下っ端たちの背中を見てプリルはふぅ、と肩をおろすと、
「だぁかぁら! 皆、とりあえず拉致っちゃうから覚悟してねぇ!」
直後、思い切り息を吸う。
体が破裂するのでは、と思わせるほど膨らむその姿はふうせんポケモンと呼ばれる理由が分かる。もしこれがヘリウムガスだったなら、今頃プリルは本当に飛んでいただろう。
だがこれは空気で、そしてとある技の前兆にすぎない。
「いくよ……!」
体を大きく膨らませるほどに吸い込まれた空気は、プリルの口内に一瞬で移動する。直後にプリルが口を開くと同時、吐き出した空気を声として放出する。
そう――“ハイパーボイス”だ。
「“ハイパーボイス”ゥ!!」
文字通り音速の衝撃波は、先程の炎を消し去った“牽制”とは段違いの威力を誇っていた。通り過ぎた地面は大きく抉れ、ソニックブームが洞窟内で反響する。
しかし真に恐ろしいのはその威力ではない。音速という、“神速”でも避けがたい速さにある。
プリルから放たれた“ハイパーボイス”は、一秒足らずで後方の下っ端たちを吹き飛ばすと、二秒目には全てのポケモンを吹き飛ばし出口のある壁と激突。壁を三メートルは抉ると、出口を落石で塞ぐ。
その速度は、正に一瞬。正に音速だった。声をあげることすら叶わずに散った下っ端たちは、皆が皆、瀕死の重傷を負っていた。
あまりにも強すぎる音によって鼓膜が破れた者。骨が折れて動けなくなった者。外傷は様々だが、唯一共通する点はその身に強大なダメージを負ったことだろうか。
親衛隊であるブーバーンさえもが地に伏せているのだ。下っ端程度が耐えられるわけもなく、親衛隊でも体力が満タンだとしても一撃で瀕死だろう。
ただ一点、ノーマルタイプへの抗体が凄まじいゴーストタイプさえ除けば、の話だが。
「……いや、驚きました。まさかこれほどまでとは」
未だに音がする感覚が残る耳を“念力”の類で抑えると、たったの一撃で二百名にも及ぶ下っ端たちを下したプリルを睨む。
ラルドでさえそれなりに三十分以上は時間が掛かってようやく倒せた四百名のうち、半分を一瞬で倒す。それは英雄の倍近く戦闘力がある証拠だ。
「私、戦闘力を甘く見すぎなことが多いですね、反省しなくては。ボスにも、クウコ様が負けたならあのプランを実行してもらいましょう」
「……あのプラン? なにかな、それ」
「秘密です。教えるわけにはいかないですからね。……では、私はここで」
軽薄そうな笑みを浮かべて、ムウマージは後退する。
プリルはそれを逃がさんと同じ距離を一歩詰めたが、ムウマージは更に大きく、裂いたような笑みを浮かべながら言った。
「――悪夢がアナタ方を襲うとき、この世は暗黒に閉ざされるでしょう。そのときを、どうかお楽しみに。探検家プリル・クリム」
「僕が君を逃がすとでも?」
「ええ、逃がします。何故なら、私の退路は直下にありますので」
言って、直後に下へ急降下でダイブするムウマージ。
地面への激突コースしかない行動に、プリルは眉を顰めながらも全速力で走り――、
「では、ごきげんよう」
ムウマージはそのまま、地面へと溶け込むように消え去っていった。
〜☆〜
四人を待ち受けていたのは、金色の体毛に覆われ、赤く妖しい瞳と九つの尾を持つきつねポケモン――キュウコンだった。
マグマがある場で、大きな円状の岩がフィリアたちにとっての足場となっている。マグマに入れない事もないが、入ったが最後骨まで溶かされジ・エンドだ。
マグマによって照らされたキュウコンは、全身の金色が薄く赤みがかっている。そして、それは四人も同じだった。
リングを出れば即終了。そんなリングの上で、フィリア、シルガ、ミル、レインのエンジェル四人とキュウコンとの戦いは幕を開ける――否、数が足りない。
「ようこそ、エンジェルの皆さん。とはいっても、英雄は一人別の場所。もう一人のお仲間さんは、手中に収めてあるけどね?」
年上の女性が作る嘘で塗り固められた笑顔。その笑顔の裏にあるのは、間違いなく嘲笑と愉快という感情だ。
赤い瞳が四人を指す。しかし、四人の意識はそんなちっぽけでどうでもいいことになど、向きはしない。
四人の視線が釘付けになる先にあるものは。
「……ヒイロ……?」
赤い体に、クリーム色のお腹を持つヒトカゲ。だがそのヒトカゲは四人にとって馴染み深すぎる存在だった。
二つの剣を持つ、エンジェル内で言えば上から数えて三番目の実力を持つ、シルガとは対極の力に頼りきった剛と呼ばれる戦闘方法を得意とする剣士。
ヒイロ・ラリュートが、虚ろな目でこちらを見つめていた。
「……どういうことだい? ヒイロは、そんじょそこらのポケモンじゃ叶わないはずだ。もしかして、ヒイロを捕まえるために直接君が出向いたのかい?」
「あら、こんな状態のお仲間さんを見ても冷静を保っていられるなんて。……この状態、あなたたちは見覚え……少し違うわね。聞き覚えがあるはずよ」
「なにが……ッ?」
フィレアとはまた違った、気味の悪い声。心も体も、五臓六腑全てが見透かされているような。自分は操り人形にでもなっているのか、そう思える気味の悪さ。
妖しげな光を湛えた瞳は、まっすぐにフィリアを射る。
「最近、ここ近辺で目撃される不審者情報。あれ、実は元凶私なのよ。知らなかったでしょう? 当然よね。秘密裏に行動していたもの」
「……まさか、ヒイロにも同じ手を?」
「そ。私の能力を扱うに当たって、この子が一番適正高かったから。酷いわよ、この子。意思と責任の狭間で揉みくちゃにされて、心がとってもとっても病んでいたもの」
「だ、だからってどうやって操ったの!?」
「あら? 私は敵よ? あなた達が倒さんとやってきた、あなた達が対峙する最後の四天王――神代空狐。気軽にクウコと呼んでくれて構わないわ。どうせ英雄のいない、この子が敵になったあなたたちなんて、私でも肉弾戦で倒せるもの」
「……ほう、言うじゃないか」
キュウコン――クウコと同じく赤い、それでいて冷たい瞳で金色の狐を睨みつけるシルガ。
そんなシルガに、クウコは笑いながら言った。
「ああ、そうね。確かに子犬さんには私じゃ肉弾戦では勝てないわ。せめてあの石があればいいんだけど、私専用のはないものね。はい、そこでこの子を使います」
クウコは九尾のうち、一つをまるで生物かのように巧みに動かすと、同時にヒイロも操られた人形のように、少しぎこちない動きで右腕を上げる。
「今はまだ慣れてないからぎこちないけど、これも後数分すれば私の呪いにも対応してくる。そうなれば、私の操り人形も同然よね……ああ、そういえばなんで操れるかって訊いてきたわね。答えは簡単、だけど敵だから教えてあげないわ」
「……ならば、操作がぎこちない今がチャンスということか」
鋭い牙を見せて、笑うシルガ。
その言葉に、後ろの三人も身構える。今がチャンスということは、逆に言うと今以外にこれほど明確なチャンスはないということだ。
シルガは右手に波動を、ミルは口元に微弱な光を、フィリアは尻尾の先端部分に草エネルギーを、レインは鉄のトゲに電気を仕込むと、それぞれ一秒前後で動けるように目の前の敵に集中する。
そんな四人を見て、尚も不敵な笑みを見せるクウコ。九つの尻尾のうち一つを動かしながら、それに合わせて動くヒイロを見つめる。
やがて、今では慣れが足りないと感じたのか。溜息を吐くと――全ての尻尾の先端に、青白い炎を灯す。
「仕方ないわ。この子はまだまだ慣れていない――なら慣れるまで、私が時間稼ぎしておきましょう」
通称“鬼火”と呼ばれる、クウコが尻尾に灯す炎は殺傷性は皆無で、代わりに相手をほぼ確実に火傷状態にする効果がある。
ほぼ、と言ったのは火傷が効かない特性及びタイプがあるからなのだが、その無効化できる炎タイプであるヒイロは現在敵の操り人形だ。
シルガは身構えながら、態々鬼火を選択した事を問うた。
「……なぜ鬼火を選んだ。癒しの種を食えば、そこで火傷状態は回復できるぞ」
「ふふ、私が鬼火を選んだのか理解できないってこと? ま、当然よね。あなた達は私の戦い方を知らないもの」
「そのうざったい喋り方をやめてから、真実を言え」
「いやね。これは私に染み付いたもの。言わば私自身の、私だけのもの。それを否定するなんて、誰にもできやしないこと……そうね。あなたが見破ったら、教えてあげる」
「……ならば、お望みどおり見破ってやろう」
赤い瞳が、同じ赤い瞳を睨む。
マグマに照らされた二人は、互いが互いの動きを全力を持って観察し、いつ動いても対処できるようにする。
ましてや、シルガは神速を不完全ながら扱えるリオルだ。余裕綽々といった態度で四人をイラつかせてきたクウコも、こればかりは警戒せざるを得ない。
互いが互いを警戒し、互いが互いを睨み合う。
そうしてできた静寂を、打ち破ったのは――
「“神速”」
シルガだった。
不完全ながらも、その速さは正に神の如し。青い弾丸のようなスピードで向かっていく姿は、見るだけでも苦労を要する。
それに対して、クウコは九本のうち八つの尻尾を操り己が眼前へと動かすと、
「“不知火”」
青白い八つの炎を、一気に解き放つ。
しかしその軌道はシルガならばすぐさま見切れる程度のものであり、事実、シルガは滑らかな動きで炎の合間を潜り抜け、見事に炎の連撃を回避する。
してやったり。そんな言葉が似合う笑みは、シルガにとてつもなく似合っていた。
攻撃をよけたら、後は距離をつめて攻撃するだけ。
両手に青白いエネルギー、波動を纏わせつつ、シルガはクウコの元へと走りより――、
「ッ!?」
――シルガの首を斬る勢いで放たれた刃を察知し、神速の反動を無視して後方へと思い切り跳んだ。
着地の瞬間、地面を削り土煙が舞い、足に傷ができたが気にするほどでもない。
それよりも気になるのは、たった一つだ。
「……何故、そこまでスムーズにそいつを操れた」
「当然、慣れたからに決まってるじゃない? 私、こう見えて演技は下手だから、いつなれたかはわかるんじゃない?」
そういって、笑みを崩さないクウコ。
とはいえ覚えがある訳でも無い。過去にあったという伏線を思い出すため、シルガはフィリアよりも回る頭で考え、気付く。
「炎を発射しなかった一尾――保険かと思っていたが、直前にヒイロを操っていた物と同じだったな」
「正解。そして演技が苦手というのもうそ。あなたが気付かないよう、保険と思わせる必要があったから、最初から動かさなかったの」
勝負に必要な物は、実力だ。実力がない者は弱肉強食という自然のルールによって淘汰され、強者のみが生き残る。それはいつの世でも変わらず世界を縛り付けている。
だが、その強者たる理由は、なにも腕力や技の良し悪しで決まる物でもない。
力、勇気、知恵――あらゆる能力があり、それを鍛えていく事で生物は強者足り得る。才能、というのも大事だ。
今回の短く簡単な、ヒイロを動かせないとシルガに思い込ませていたのも、保険だと思わせるに値する材料が揃っていたからだ。
「……なるほど」
後ろからそれを見ていたフィリアは、敵の戦い方を理解する。
フィリアとて、今のヒイロの動きに驚いた。それはつまり、フィリアですら騙されたということで。
「狡猾、頭脳明晰、戦略――それらを兼ね備えている、知能派四天王。それが私、神代空狐」
「自分で自分を知能派と称して、恥ずかしくはないのか?」
「事実だもの。実際、あなたは完璧に完全に騙されたでしょう?」
訂正はない。それが真実だ。
答え合わせをした後に簡単だったと思えても、その場で解けなければ意味はない。それに敵がいつもいつでも答え合わせをしてくれるとは限らない。
クウコは笑みを浮かべながら、揺ら揺らと炎揺らめく一尾を振って、
「それに、ね。知ってる? 私、まだ一尾の炎を使ってないのよ?」
「!」
直後、青白い炎が一直線に放たれる。
速度を重視されて放たれた、先程の炎よりも小さなそれは、不意打ちに適していた。
突然の攻撃に、しかしシルガは対応する。
炎が目の前に来た瞬間、後ろへ転がり炎を受け流す。
炎は後ろの三人へ襲い掛かるが、ミルのシャインボールによって相殺。爆発が起き、少しの間シルガが孤立する。
だが、後方支援が一時なくなったくらいでやられるほど、シルガは柔ではない。起き上がった隙を狙い撃ちするヒイロの剣を横から殴って逸らすと、その衝撃を利用して回し蹴りを横っ腹に決める。
「ふっ!」
「ッ……!?」
痛みに顔が歪むヒイロ。このことから、多少の感情はあると推測できる。
だがそれで躊躇するわけもない。敵となれば情はかけない。姿勢を低くし“ローキック”を見事に直撃させると、至近距離での“波動弾”で吹き飛ばし、距離をとる。
「この程度か」
「……ッ」
つぶやいた瞬間、ヒイロの顔が憤怒に染まる。
どうやら操られていても、多少どころか感情は健在らしい――ならば。
「こちらとて、知能戦は得意だ」
にやり、普段のシルガからは想像もできないような悪戯な笑みを浮かべる。
クウコは訝しげにシルガを見つつ、九尾に不知火――青白い炎を灯すと、うち一尾でヒイロをたくみに操って技を放つ。
“炎の斬波”――炎の渦に斬撃を仕込み放つ、ヒイロの得意技だ。
全てを飲み込む勢いで放たれた一撃は、しかしシルガの“見切り”による行動の事前察知によって回避。“神速”でヒイロの隣に高速で移動すると、耳元で囁いた。
「――牽制にすらなっていないぞ、貧弱蜥蜴」
「!」
それはシルガが悪戯心をこめて贈る、挑発の言葉。
常人なら不快には思うが怒りにまでは発展しないような言葉も、感情がそのままのヒイロにならば、常人が思う以上の効果を発揮する。
一瞬、クウコが驚愕に表情を歪ませると、ヒイロがシルガの胴を狙って発熱する剣を薙ぎ払う。
シルガはそれ、えびぞりになって避けると、バック転で距離をとる。
「なるほど。感情が高ぶると、貴様の操りも一時解除されるらしい」
「……時間経過でどうにでもなることよ」
クウコの余裕が、初めて崩れた。
先程まで浮かべられていた笑みは消え去り、爛々とした深紅がシルガを射抜く。
「ならば、簡単な話だな」
「……?」
時間でどうにもなるならば、その時間以内に倒せばいい。
実に簡単で、子供でも分かる理屈だ。
「簡単すぎる。簡単すぎるぞ、その制限は――そして貴様は、俺ばかりに注目していていい存在ではないだろう?」
「ッ!?」
驚くクウコの視線は、一瞬シルガから外れて後ろの三人の下へと動く。
だが三人は攻撃の体勢こそとっているが、とてもクウコに不意打ちをする体勢には思えない。
何の冗談だと、八つの尻尾の炎を発射しようとして、気付く。
目の前に迫る、青い弾丸に。
「視線誘導。手品がばれた事で焦った貴様の落ち度だ。おとなしく一撃を受けよ」
「しまっ――」
気付いた所でもう遅い。
勝ち誇った笑みを浮かべていたクウコは、初めてその顔を驚愕に歪ませる。
金色を突く青い波動の一撃――それが、最後の四天王、神代空狐との戦闘の合図となった。
『――最凶の試練を用意しなければならないか。その最後の審判を下そう、エンジェルよ……!』
そして、決戦フィールドの岩の影もまた。
最終試練への切符をエンジェルが手に入れるか。その顛末を、見届けようとしていた――。
次回「人形遣い」