第六十八話 乱戦スクランブルA
気がつけば七百人もの大軍に取り囲まれていたラルド。ヒイロは敵の手中にあり、嘗てない脅威がエンジェルを襲う――?
〜☆〜
「“火炎放射”ァ!」
「“十万ボルト”!」
燃え盛る炎と迸る雷は、全くの同威力で相殺――とは行かず、電撃の方が上手だったのか、白みがかった炎を貫き、炎を放った張本人であるブーバーンへと向かっていく。
しかし、ブーバーンは避けようともせず、顔が裂けているのではないかと思える笑みを浮かべると、急に電撃がブーバーンを避けるようにして反れる。
「なっ!?」
意図せぬ電撃の行動に、ラルドは射線を元に戻そうとするが時すでに遅し。ドサイドンの体に直撃すると、何事も無かったかのように雲散。もちろん、ドサイドンには微量のダメージも通っていない。
「どうなってんだ!?」
「ハッ、それが知りたきゃ自分で考えろ! 敵がテメェの望みどおりの情報くれるわきゃねぇだろ! “大文字”!」
「くれる敵もいるにはいるだろ!」
両の手を合わせ放たれる白い大文字は、摂氏二千度の業火だ。当たればラルドは勿論、並みの炎ポケモンでも一撃で全身炭化だ。
そんな技をまともに受けるわけがない。ラルドは急いで横へ跳ぶと、大文字はラルドの横を通り過ぎて建物に直撃。壁を融解させると、爆発する。
その衝撃に建物は崩れ、破片も幾つか飛んできたが、“電気ショック”で砕くとブーバンへと向き直る。
“電光石火”を使って目にも留まらぬ速さで懐へと飛び込んだラルドは、ブーバーンに“メガトンパンチ”を放つ。
“電気活性≪アクティベーション≫”により上昇した素早さと力の前に、ブーバーンは反応する間もなく豪腕による一撃を貰うと、部下たちを巻き込んで吹き飛ぶ。
「がっ……!? くそっ、油断したぁ!」
「噂の“電気活性≪アクティベーション≫”って奴かな。あぁ、危ない危ない」
「はっ、油断大敵ってな!」
ブーバーンを殴った衝撃によって後ろへと移動したラルドは、今度は揺ら揺らと空中で滞空して戦況を窺うムウマージへと“十万ボルト”を放つ。
突然の攻撃にムウマージは反応できても動く事はできなかったようだが、その電撃も急に方向転換すると真逆とも言える位置に居たドサイドンに直撃。それも、ノーダメージなようだ。
ここまで解かり易くなってきたなら、流石のラルドも理解できる。
「やっぱり……たしか、『避雷針』って特性だったっけ。それか!」
「如何にも。電気技は我には効かぬ」
岩と地面タイプを併せ持つドサイドンは、しかしそれだけでは微量のダメージは通ってしまう。
そこへ『避雷針』という特性を持つからこそ、電気技完全無効に至るのだ。
「貴様に対して、我の存在はさぞ邪魔なことだろう。だが、簡単にやられはせぬぞ……“ストーンエッジ”!」
「っとぉ!」
ドサイドンが踏み砕いた地面の亀裂がラルドの足元にまで及ぶと、岩の槍とでも呼ぶべき物体がラルド目掛けて突き上げられる。
それを間一髪の所で避けると、ドサイドンとは反対方向にいるラルドへ向かって攻撃を仕掛けてきた下っ端相手に“十万ボルト”を撃つ。が、それもドサイドンへ吸い込まれるようにして方向転換する。
「ちっ、“メガトンパンチ”!」
電撃が使えないと分かると、ラルドは下っ端Aを“メガトンパンチ”――言い換えればただのパンチともいえる技で十メートル近く吹き飛ばすと、今度は背中に感じられた熱に反応して、慌てて“ディスチャージ”を放つ。
下っ端たちが一斉に放った“火炎放射”は、慌てて放たれたディスチャージと相殺。衝撃と煙を生むと、ラルド含めた全員の視界を阻害する。
「くそ、集団ってのはキツすぎる……!」
加えて電撃がほぼ無効だ。如何に強大な戦闘力を持つラルドとて、自身の持ち味ともいえる電撃を封じられては本気を出す事も叶わない。
早く煙が晴れる事を祈りつつ、いつでも攻撃に対処できるように身構えていると――背中に、強い衝撃が走った。
「がっ……!?」
爆発とともに消えていったソレは、間違いなくポケモンの技だった。
一体誰が、というより、一体どうやってという疑問が湧いたラルド。しかし、煙が晴れかけてきている今、そんなことを気にしていたら不意打ちの攻撃でやられてしまうかもしれない。
無駄だと分かりつつも、腕を振って煙を少しでも早く晴れさせようとしていると、いきなり眼前に“シャドーボール”が迫る。
「っ、“雷パンチ”!」
見知った攻撃に、ラルドは一瞬戸惑うも反応し、“雷パンチ”で相殺する。
晴れかけた視界が、再び黒煙に染まる。
「くそっ、このままじゃ視界が……って、まさか!」
もしかしたら、これも敵の策略なのでは?
気付いたときには時すでに遅し。このまま行けば、確実に煙は晴れることなくラルドの視界を遮り続ける鎖となる。
だが、そんなことではいつまで経っても七百人規模の相手を倒す事ができないどころか、本当に殺されてしまうかもしれない。
そんなのは御免だと、何か打開策がないか、ラルドは頭を回転させる。
「……! そうだ」
ラルドは妙案を思いついたといわんばかりに手をぽんと叩くと、早速行動に移す。
頬から微量の電気を放電させ、なるべく電撃を放出しないように細心の注意を払いながら、一気に解き放つ。
「“フラッシュ”!」
刹那、黒煙から光が漏れる。
雲の間から差すようにして漏れ出した光は、反応する暇もなく七百人が存在する部屋を、瞬く間に照らす。
その際、少し電撃がもれてしまったが、いつもは全方位十万ボルトだと考えれば幾分かマシだ。
激しい光に、親衛隊三人は勿論前にいた下っ端たちは全滅。後方の下っ端たちは無事だとはいえ、乗り越えてラルドを攻撃するにも親衛隊の三人も煙に巻き込まれていて、下手をすれば仲間内で争う事になってしまうかもしれない。
攻撃していいかも分からず、ひたすら煙が晴れることを待っていると――一人の下っ端の足元が、ボコッと盛り上がる。
それがなんなのか。下っ端は盛り上がりを調べてみようと、土の部分に触れた――瞬間。
「“リバースサンダー”!!」
叫び声とともに、天へと昇っていく雷が下っ端三人を纏めて倒すと、何度かの放電を終えて空気中に消える。
犯人を調べるまでもない――穴から出てきたその姿は、ほぼ一切傷を負っていない。精々、煙で汚れた程度の黄色い毛が薄っすらと帯電している。
「この……クソ英雄がぁ!」
「んな離れた場所から叫ばれても、全然怖くはないね! “暴雷”!」
両手に雷の球を作り出すと、それを一瞬で肥大化させて右左、両方向へと打ち出す。
暴れ狂い疾走する二つの雷球を止められるものなどいない。いたとしても、それはタイプ相性や特別な特性を持った者のみ。そもそも、英雄の一撃を止められる下っ端など、それこそ親衛隊レベルの強さだ。下っ端であった意味が分からない。
ラルド最強の遠距離攻撃に、下っ端は一気に十数名が倒れ、余波を受けて麻痺状態へ陥った者もいる。
それを、ラルドはブーバーンの笑みをなるべく真似た笑顔を浮かべつつ、鼻で笑った。
「確かに時間はかかるけど、倒せないってことはなさそうだな。おいおい、七百人で一人も倒せないとか、どうにかしてんだろ。一回組織の再編成申請したほうがいいんじゃねぇか?」
「貴様ァ……それ以上、我らを愚弄してみろ! ただではすま――」
言いながら、ラルドの背中を襲おうと飛び掛るデルビルを、ラルドはオーバーヘッドキックの要領で勢いをつけた“メガトンキック”によってけり返す。
岩をも砕く一撃が、顔面にヒットだ。どうなっているか、本人が目覚めたときが楽しみだと、ラルドは一笑する。
「ま、楽しいのは事実だけど。実際そうも言ってられないんだよな、状況的に。だからさ……さっさと倒れてくれよ。烏は精々、ゴミ漁りがお似合いだぜ!」
「……ッ、あの者を殺せ! 今すぐに!」
『おおォッ!!』
下っ端たちの雄叫びが上がり、親衛隊たちの怒りも上がっていく。
残るエンジェル――特にヒイロのことを気にしつつも、ラルドは笑顔を浮かべながら、残り六百八十一人となった敵を全力で相手するのであった。
〜☆〜
一方その頃、ミル達は。
「……駄目だな。馬鹿鼠と糞蜥蜴。両方の波動が、俺の探知で捉えられる範囲から消えている」
「ああもう! どこぞの馬鹿鼠みたいになったのはラルドだったじゃないかい! 作戦がパーだよ、本当!」
「ねぇフィリア。なんでそんな自然に私の悪口言えるの? ねぇ、こっち向いてよ。目、そらさないでよ! 悲しくなるじゃない!」
「レインは放っておいて……でも、ヒイロまでいなくなるなんて。珍しいよね」
「珍しい、どころではない。奴は例え隕石が衝突しようとも、フィリアのためになら生きて見せる男だ。……つまり、奴のフィリアへ対する忠誠心を見る限り、そこまで危険なルートを通っているとは思えない」
「敵がヒイロを狙った、とも考えられるということかい。ラルドはま、除外しておこう」
ヒイロを狙う理由は分からないが、ラルドを狙う理由なら子供でも分かる。事実、この中で誰よりも子供なミルですら分かったのだ。
つまり、強いのだ。強いからこそ狙われる。
その強さが、時に世界を救い、時にチームを救い、時にミルを救ったりもしたのだが――離れていたら意味がない。
「とはいえ、時間は限られている。ここで悠長にプリルたちを待っていても仕方あるまい」
「でも、周囲どころかここら一帯に敵の影も形もないんでしょう? だったら待てばいいじゃない」
「駄目だよ、レイン。それじゃ駄目だ。敵にはテレポート、それも大規模なものが仕えるかもしれない、いや使えると僕は思っている。もしかしたら、いきなり七百の大軍の中央に転送されるかもしれないんだよ」
「うえっ、七百とか。切り抜けられた人は化け物って呼んでもいいわ、ソレ」
今現在、ラルドが絶賛七百人抜き中なのだが、それをこの四人が知るはずも、術もなかった。
どうするどうすると頭を悩ませ早二十分。フィリアたちの逃亡劇が始まってから数えると、一時間二十分。
エンジェルは最大の危機に直面しようとしていた。
「じゃ、ラルドやヒイロ抜きで戦う?」
「それでは、もし敵がフルド以上の化け物だった場合どうする。とてもではないが、俺ではお前らを守りきることはできん」
「ちょっと、フルド追い詰めたの、一応私のバブルボンバーのお陰なんですけど!?」
「なにそれ技名?」
「うん? いえ、単語つなぎ合わせただけの名称みたいなもんよ。大体、あれ技ってカテゴリーに入らないでしょ」
「発想は凄いと思うけどね。ま、本人がそうだと言うんならそうなんだろうさ」
バブル光線で爆裂の種を包むなど、とてもじゃないがフィリアでも考え付けそうに内、突飛な発想だ。
十人十色という言葉の通り、人は一人一人違うものだと改めて感じさせてくれる。それが一番強いのはラルドだろうか。
電気で体を自分の弄くるなど、普通の人なら怖くて仕方ないはずだ。それでもやってのけたラルドは、フィリアとは違った方面での天才という奴なのだろう。
だよね、とミルが相槌打って笑っていると、シルガが溜息をつきつつ言った。
「……今すぐ行くかプリルたちが来るまで行かないか。どうする?」
「……うーん。そこが問題なんだよね。君の波導でも、ここら一帯には僕ら以外いないって結論が出たんだろう?」
「ああ」
「なら、待ったほうがいいとは思うけど……でも、こんな一斉にいなくなるっていうのは敵の大規模テレポートの裏づけにもなる。四天王に逃げられたら終わりだよ」
「結局、そうなるのよねぇ」
敵には瞬間移動とも言える方法ですぐに逃げる事ができるが、エンジェルはそれをすることはできない。そもそも、そんなことができるのはメイリーの話を聞く限り、伝説ポケモンくらいだろうか。
「待つか戦うか。何れにせよ、プリルたちがくるまで残り四十分程度。……俺は、戦ったほうがいいと思うがな」
「なんでさ?」
「考えろ駄兎。俺たちと交戦しているところに、プリルたちがいきなり乱入してきたとして想像してみろ。相手も混乱するはずだ」
「そこを突くのかい?」
「その方がいいだろう。……集まれ玉を使った所で、あの二人は効果範囲を超えている。……フィリア、集まれ玉の最広範囲は?」
「ダンジョンじゃなければ、三十メートルだね」
「ならばそれ以上の距離の場所にいると考えるのが妥当か」
不思議玉はダンジョンだとその効力を最大限発揮することが出来る。
言い換えれば、ダンジョンでなければ劣化するという事だ。明らかに全フロアと道の距離を合わせたら三十メートルを超えるダンジョンではどのフロアにいても使用者の下に集まってくるのに、三十メートルという制限がついている時点で明白だ。
「モタモタしていたら、それだけ敵が逃げる時間を作っていることになる。早急に四天王の元へ行く必要がある」
「でも、どうやって? ここら辺にはいないんでしょ?」
ミルの問いに、シルガは頭を悩ませる――ことなく、自信満々な態度で即答した。
「ふん。だからお前は耳長兎なんだ」
「種族上仕方ないじゃん!?」
「黙れ。……俺たちが初めに出た、中央の場所。あそこを取り囲むようにして下っ端どもが見張っていたという事は、つまりあそこに何かがあるという証明になる」
「ミスリードの場合は?」
「もしそうだとしたなら、余程の策略家だ。地道に探すほかないだろうな」
下っ端の一人を倒して聞くにしても、肝心の下っ端が人っ子一人見当たらないのだ。中央に手がかりすらなかったとすると、八方塞だ。
この広い火山だ。その中から一人を探し出すなど、一体何時間かかるのか分かった物じゃない。
「じゃあ、行くしかないか。これ以上レイヴンを野放しにはできないよね」
「敵が裏方に徹している今が、俺たちが危険なく奴らを倒せる最大のチャンスだ。それが分かったなら、さっさと動け」
「きゃ、お尻蹴らないでよ!」
「ちーかーん! ちーかーん!」
「騒ぐ暇があるなら、少しは歩け」
痴漢痴漢と連呼するレインを放っておいて、シルガは一人先頭を歩く。
一体、四人を何が待ち受けているのか――それは、狐のみぞ知る事だ。
〜☆〜
――時同じくして、『英雄処刑場』。
七百という数字にまで達していた下っ端たちの数は、二十分という時間で既に六百に近くなり、九十名は倒しているはずだ。
ドサイドンの持つ特性『避雷針』も離れていればそれほど効力を発揮しないのが幸いで、それがなければ倒した数は半分にまで減っていただろう。
岩石をも打ち砕く拳は下っ端たちの顔面を打ち抜き、草原を焼き尽くす雷は下っ端たちを焦がす。
たった一人の英雄の猛攻は、未だ衰えることなく続いている。下っ端の炎如きでは逆に雷で焼き尽くしてしまうだろう。
もし今のラルドをエンジェルの誰かが見たならば、誰もが口を揃えて味方でよかったと言うだろう。それほどに、今のラルドは恐ろしく強かった。
親衛隊も勿論弱くはない。ラルドと一分でも渡り合えるという事は、それなりの強さを身に着けているということだ。
ただ、その相手が規格外すぎただけなのだ。
「“ディスチャージ”!」
「ぎゃあああぁぁ!?」
洞窟に反響して響く雷鳴は、それだけラルドが放った大放電“ディスチャージ”が協力である事を証明していた。
範囲攻撃である放電をさらに強力なものとしたディスチャージは、とどのつまりが電力の増強に過ぎない。
だからこその上位技なのだが、電気が多いが範囲は放電と変わらない。それはつまり、放電よりも“麻痺状態”へと陥る可能性を高めるということでもある。
実際、今の放電を耐え切ったヘルガーは、体を縛り付ける麻痺というなの状態以上に力なく地面に倒れると、ラルドの“メガトンパンチ”を鳩尾に一発、完璧に貰って後方へ目測十メートル近くは吹き飛び、目を回す。
「おいおいどうしたどうしたごみ漁り集団! まだ俺にダメージらしいダメージ一つ負わせてないってのは、問題大有りだよなぁ!? “十万ボルト”!」
数で攻めようと集団で襲い掛かる下っ端たちを、ラルドは敵の足元に十万ボルトを放つ事で中断させ、急いで“穴を掘る”で別の場所へと移動する。
これがラルドが選んだ戦法だった。
ドサイドンという天敵がいる以上、その天敵の近くで戦うのなど馬鹿の所業だ。とてもではないが、脳あるものが行う行為とは思えない。
だからこそ距離をとる。下っ端と比較すると厄介な親衛隊からは距離をとり、倒しやすい下っ端から攻撃していく。
「とはいえ、地震とかされたら終わりだからな。早めに出なきゃ……!」
そう、ラルドの唯一の心配はそこだ。
地震とは、ピカチュウという種族が唯一苦手とする地面タイプの攻撃だ。それも、地中にいる相手には威力が二倍になるという理不尽設定もついている。
ゆえに、今の状況は、本来ならばドサイドンというポケモンが居る時点でやってはいけない行為なのだが――如何せん、ドサイドンから見ればラルドは常に自身から離れていて、そんな状態で地震を放つなど味方殺しにつながってしまう。
上記の理由もあって、ラルドは初めて“穴を掘る”作戦を決行しているのだが――、
「……っとォ!?」
「外したか」
それでも、下っ端が伝えれば問題は無くなる。下っ端もなるべく跳躍する事でダメージは減らしているが、それでも受ける物は受ける。
要はこの、ラルド命名地震戦法は味方の体力少しと引き換えにラルドに大ダメージを与えるかもしれない、というとんでもないギャンブルだ。それをそう何回もやるわけにはいかない、というのも決行する理由の一つにはあった。
「それでも危ないのは事実だし、一刻も早く倒さないと……!」
一歩間違えれば大ダメージの危険があるのはラルドだけだ。それも、もし穴を掘るで脱出せざるを得ない事態になってしまえば、その瞬間ラルドの敗北、或いは劣勢が予想される。そんな展開にだけはなりたくないのだ。
「そのためにも、早く倒れてもらうぞ……!」
エンジェルのほかのメンバーのことが気になってしかないヒイロは特に、だ。
影の中へと消え去る、なんて不可思議現象に巻き込まれたのだ。十中八九、敵の手中だと考えていい。
だからこそ、絶対に早く決着をつけなければならないのだ。
頭部と腰から炎が噴いている、体の上半分は黒、下半分はクリーム色の体毛に覆われたヒノアラシの進化系であるポケモン、“マグマラシ”がラルドへと“火炎車”を仕掛け、直撃する瞬間――、
「“解放”!」
凶悪なエネルギー波がマグマラシを襲い、悲鳴すら上げられずに遠く離れた洞窟の壁へと、超高速で叩きつけられる。
マグマラシだけではない。すぐに空気中へと消えていくはずのエネルギー波によって、密集していた下っ端たちは倒れるまではいかずとも、その身に深いダメージを負う。
翡翠の瞳とオーラを纏った英雄は周囲を一瞥すると、鋭い稲妻のような眼光を向けて言い放った。
「さぁ、本気タイムと行こうぜ! レイヴンの下っ端さん達!!」
小さな体から、とてもではないが出ているとは思えない威圧感に、この場に居る誰もが息を呑む。ラルドは、不完全燃焼な闘志を完全燃焼させる。
死刑執行人たちと英雄の戦いは、まだまだ始まったばかりだ。
〜☆〜
――中央に手がかりがあるのではと歩き出して十分。
エンジェルが階段を出て、初めて現れた場所に到着した四人は、早速分かれて建物の内部を調べていた。
「それにしても、乱雑な造りねぇ。中央都市とはホント、比べ物にならないわ。悪い意味で」
「そりゃ、噴火が最低でも一ヶ月に一回のペースで行われるからね。一々丁寧にしていても、材料や時間の無駄遣いだよ」
ただ分かれて調べるとはいえ、中央周辺の建物は少ない。その上に狭い来たものだ。自然と調査時間は少なくなる。
レインとフィリアが同じ建物を捜索しているのもそのためだ。五分程度でもう残す所二箇所になっている。
「あー……探しても探しても、あるのは作業道具ばっかりじゃない」
「敵の目的の一つにはジュエルも入っているからね。掘り出すための道具は必要だろうさ。……それよりも、気になる物を見つけたよ」
「えっ、本当!?」
驚くレインに、フィリアは気になるものを見せる。
それは一枚の紙だった。皺ができていて、黄ばんでいることから昔に書かれたものだと分かる。しかし、それが置いてあったのは分かりやすい机の上だ。
如何にも取ってください罠ですよ、と言わんばかりの危険性を醸し出していたが、手がかりになるものだと手に取り、危険はないことは証明された。
「後は書かれている内容だけど……大きさ的に、メモかな?」
フィリアが見ている面には何も書いていないので、こっちが裏なんだろう。もう片方の手で紙を反転させると、書いてある文字を朗読する。
「えっと……クウコ様の下へ行くには正面の建物を入って右手にあるスイッチを押す……って、なんだいこれ」
「敵さんがご丁寧にも説明文くれるなんてラッキーじゃない」
「そうかな。罠の可能性も捨てきれないけど」
「んなこと一々言ってたらなんでもできないわよ。慎重と臆病は似て非なるものよ、フィリア」
「なんで君はそういうなんでもないようなところでいいことを言うんだろうね。……でもまぁ、一理あるかな」
罠だ罠だと手がかりを捨てていては、たどり着けるものも辿りつけなくなってしまう。特に今は、たとえ罠の危険性があれど、貪欲に情報を求めなければならない。
「……よし、一旦集合だ。二人はあっちにいるから、僕らも行こう」
「分かったわ」
覚悟を決めて、フィリアはシルガとミルが探索している正面の建物へと足を運ぶ。レインも否定することなく了承するとフィリアの後を着いていく。
乾燥した地面はマグマによって熱され、ツタージャであるフィリアにとっては少々苦しいものだが、気にしている場合ではない。
「おーい、シルガ、ミル!」
建物に入って二人の名前を呼ぶと、建物の内部を隅から隅まで探っているシルガは小さく声を上げて返事。ミルは飽きていたのか床に寝転んでいたが、二人の顔を見ると起き上がり、飼い主を見つけた忠実な犬のように尻尾を振りながら走ってくる。
尤も、走るほど距離は離れていないため直に立ち止まったが。
「フィリア、レイン! 聞いてよ! シルガったら、私が話しかけてもお前の目は視力だけか、って言うだけで話そうともしてくれないんだよ!」
「それはミルが悪いとして。シルガ、何か見つかったかい?」
「奇妙なスイッチが一つ。お前たちの右側にあるだろう」
素っ気無い態度で言うシルガ。しかし、それで十分だ。
フィリアは右側を見ると、デコボコした岩で出来た台の上にスイッチがついてある。果たしてスイッチを押せばどうなるのか、加えて疑問を言うならスイッチを押す事で作動するのは一体なんなのか。気になるところだが、態々壊してまで確認するほどのことでもない。
「これだよ、シルガ」
「……何が」
「これが、四天王の下へ行く為の鍵さ」
言うと、シルガはそうか、と一言で済ませるとスイッチのある台へと歩く。
着くと、数秒スイッチを見る。すると首に手をあて、目を細める。
これを首ではなく口元に当てれば、完璧に探偵だが、シルガは首を触ったほうがいいのだろうか。そんなどうでもいいことを、フィリアは思った。
「これを押せば、四天王の所へいけると?」
「このメモに書いてあったし、間違いないんじゃない?」
「ならば押すか」
――え? と、フィリアは思わず声を漏らした。
普段のシルガならば、罠の可能性を考慮して少しの間悩むのではないかと予想していたのだが、どうやらその限りではなかったようだ。
迷うことなくスイッチを押すシルガ。なにが起きてもいいように、三人は身構えると――緑の光に包まれて、シルガが突然消えた。
比喩ではない。まるでテレポートを使用したのではと疑うほど、綺麗さっぱり跡形もなく消えていた。
ただ一つ、テレポートとは違う点を言うならば。
「……探検隊バッジと、同じ?」
スイッチを押すと黄色の光とともに使用者を指定した場所に戻してくれる万能アイテム探検隊バッジ。原理を説明すると、穴抜けの玉を改良してそれを半永久的に使えるようにした、というものだ。その仕組みまでは流石に分からないが。
ともあれ、これで敵が探検隊連盟と密接な関係にあるという確信が更に持てた。
「さらにこれを押したら四天王の下へいける、とすれば……本当、敵が誘っているようにしか思えないね」
どの道、シルガ無しでは心もとない戦力の三人だ。追うしかないと、腹を括る。
スイッチを押すと、フィリアを緑の光が柱状になって囲む。直後、一瞬の浮遊感を覚え、目の前の景色が暗闇に染まる。
果たして、フィリア達を待ち受けるのは一体――
次回「乱戦スクランブルB」