第六十七話 乱戦スクランブル
ダンジョンから出た先は、なんとレイヴン本拠地のど真ん中。エンジェル目指して迫る大軍を、果たして退けられるのか――?
〜☆〜
「どど、どうすんのよ!?」
「んなこといわれても!」
右手に目を回し、戦闘不能状態へと陥ったデデンネをつかみながら、ラルドはレインとともに騒ぐ。
――デデンネが髭アンテナから電波を送信してから一分。
シルガの波動で明確に捕らえられる位置にまで、五十もの大軍は来ていた。
「なに、たかが五十。俺たちが本気を出せば一撃の下に倒せる」
「だから、こんな所で疲れてたら、後に控えてる四天王との戦いに負けるかもしれないだろ!」
フィレアの時は相手が空中に居て、あまり頻繁に攻撃を喰らうということは無かった。アリシアのときも、ラルドの人格が『俺』だったとすれば、そう苦戦する事もなく倒せただろう。
だがフルドは違う。高速の立体戦闘は、ラルド達を苦しめた。危うく、敗北する所だったのだ。
「四天王が俺たちの前に現れるとき、なんか段階的に強くなってる気がするんだよ」
「アリシア、フィレア、フルド。力量だけならばフルドが最も高かっただろうね」
「それも当たり前のことだ。敵がのんびりとこちらを待っていてくれているはずもない。鍛錬をつんでいれば、その分強くなるのは当たり前だろう」
「で、でも! じゃあどうするのさ!?」
「そこが問題なんじゃない! 今更強さのことに関して議論しても、意味はないわ!」
ミルとレインの声で、三人は再び頭を悩ませる。
迫る大軍は、後一分でこちらに到着する位置にまで到達している。流石のエンジェルも五十の大軍を相手に、無傷でいられるわけがない。
「散り散りになって逃げたとしても、合流が面倒だ」
「じゃあ固まって逃げるか? 罠にかかったらそこでおしまいだぞ。いつかの馬鹿鼠を思い出せ!」
「私のこと言ってんだったら爆裂の種脳みそにぶち込むわよ!」
爆裂の種を片手に、ラルドに詰め寄るレイン。しかしそんなことをしていても打開策を見つける事はできず、時間のロスへとつながるだけだ。
ヒイロを除いた全員が全員、焦燥に焦がされ――不意に、音が聞こえた。
「ッ、な、なにか聞こえるよ!?」
「向こうの方に土煙も……って、まさか!?」
「シルガ!」
「探知を終えた。……あれは間違いなく、敵だ」
「しかも先頭の五人はサイホーンに乗ってる! 多分、すぐに来ちゃうよ!?」
お得意の視力による所、先頭を走る五人はサイホーンに乗っているらしい。
サイホーンとは、知能をそのまま力に全振りしたような馬鹿で、しかしパワーは突進一つで石造の建物を粉々にしてしまうほど、強力で凶悪なものだ。
元から身体能力が高い化け物組や守るが使えるミルはともかくとして、フィリアやレインがまともにくらえば即お陀仏か、そうでなくとも骨折は確実だ。
「いやぁ! 神様仏様ー!!」
「祈っていても仕方あるまい。掬われるのは足元だけだ」
「んな哲学っぽい話してんじゃねーよ!」
緊急時のエンジェルっぽさが出てきて、これもよいとは流石に考えられない。
迫る恐怖。しかし打開策は一向に出ない。
土煙がどんどん大きくなっていく中、エンジェルはやるしかないと腹を括り――、
「――そうだ!」
「うおっと!? どうしたフィリア!?」
「な、なにか思いついたの!?」
「う、うん。……でもみんな、バラバラになっちゃうけどいい?」
「えっ、それはそれでちょっと嫌なんですけど。もっといい案ないの? 離れ離れになるよりは、多分纏まってた方がいいんじゃ……?」
「いや、それでいい。四天王が重要なんだ。逃げ回るのと戦闘するのとじゃ、疲労も段違いだからな」
フルドのときは全員が全快状態だったから倒せたものの、最後まで立ち上がる事をやめなかったラルドの体力が敵と遭遇して少しでも減っていたら、その時点で勝ち目はなかった。
しかし、走った事による疲労はいくらでも回復できる。
「よし……分かった。作戦を伝えるよ。まずは――」
フィリアは自身の中で思い描いた作戦を一から十まで、間違うことなく、それでいて簡潔にラルド達へと伝える。
それを聞いた四人の内の三人は若干顔を青ざめさせるも、それしかないと頷いた。
「じゃ、敵がこっちへ向けて攻撃した瞬間に作戦を決行するよ。分かったね?」
フィリアの言葉に、四人は頷く。
戦闘は避けたい。しかし、それではレイヴン壊滅作戦というもの自体が成り立たない。下っ端も立派な敵だ。
が、それでもエンジェルは四天王へと狙いを定めた。敵には逃げるという選択肢が常に残されている。もし下っ端を全滅させて転送し、残りの探検隊が来るまで待機していても、その間に逃げられる可能性の方が高い。
だからこその四天王を真っ先に討伐するという選択だ。
火山の暑さか、はたまた緊張による物か。シルガとヒイロを除く全員の体から、大量の汗が流れ落ちる。
一応水筒は持ってきているが、今はのむという行動をする意欲すら起きない。作戦に対する不安と緊張で胸が一杯になっている。
やがて、サイホーンたちがラルドでも視認できるほどに近づき、土煙が立ち込める中、一筋の炎がこちらへ向かって放たれ――、
「今だよ!!」
叫び声に、ミルは技を発動する。
――バトンタッチ。
敵味方問わず、最大で半径三十メートル内にいる者の位置をランダムで入れ替える凶悪ともいいがたい、微妙な技だ。
但し、運が悪ければ最悪の事態へと陥る。敵に囲まれる、なんてのもザラではない。
それでも使用者がいるのは、一か八かの逃亡の際に役立つ事があるからだ。
そしてそれは、エンジェルをも救った。
「なっ!?」
「お、おい! 一体どうなってんだ!?」
エンジェルが居た所に、六人の敵が強制的に入れ替えられて現れる。
突然の現象に何をされたかの認識すらできずに、放たれた幾多の炎に焼かれ、一瞬で戦闘不能状態へと陥る。
瞬間、残り四十四となった包囲網の中で、叫び声が上がった。
「――全員、逃げ延びろ!!」
〜☆〜
今回の作戦内容は、こうだ。
バトンタッチで敵が混乱している隙に、包囲網の外側へと逃げる。
幸い、火山であるここには隠れる場所など、それこそ山のようにある。
しかし、合流する際はどうするのか? それはシルガが担当する。
シルガの波動で六人の居場所を正確に導き出し、そこへ移動&合流。それを繰り返せば、無傷であの包囲網を潜り抜けたことになる。
が、油断は禁物だ。
敵が混乱するのも長くて数十秒。そのうちに包囲網を潜り抜けたとして、振り切るにはやはり苦労する。
加えて、合流した所を狙われれば必ず戦闘になってしまう。透明玉を支給されているので少しは大丈夫だろうが、ここは火山。影滝島のときと同じ様に、ガーディがうろついているだろう。
それをどうにかする手段は思いつかなかったが、仕方がない。あの短時間で思いつくのはそれこそフーディンやメタグロスといった種族だけだ。
「もしかしたら、戦ったほうがよかったのかもしれないけどな……ッ」
一人、額から流れ落ちる汗を拭いながら呟くラルド。
五十もの大軍だが、倒せない事はない。しかしその場合は疲労が尋常じゃないものになるのは、火を見るより明らかだ。
だからこの方法を選択したのだが、正解、というわけではなさそうだ。
何故なら、
「英雄が居たぞ! 他の奴は見逃してもいいが、奴だけは逃すな!!」
「「「おぉ!!!」」」
「俺狙われすぎィ!!」
三十名近い大軍に、追われているからだ。
「なんで俺だけなんだよぉ!!」
「奴を逃しては、今後我らの計画に支障がでる! いざとなれば、噴火時に道連れにする覚悟でいろ!」
「「「おぉ!!」」」
「そんな連携しなくてもォ!!」
もちろん、ラルド自身、自分がレイヴンに狙われている事は知っていた。
しかし影滝島のときを思い出すと、そこまで狙われていなかったはずだ。
「全解放持ちだから仕方ないけど、一体どこで知ったんだこいつら……!」
解放に関しては、条件が不明とはいえヒイロが行っている事からそれほど特別な物では無い事が分かる。
だが全解放は別だ。ラルドのみに許された特権で、ディアルガ戦のみ発動する事ができた最強の能力。
しかし発動条件不明な上、下手をすれば体が壊れかねない代物だ。そうポンポンと出せる物じゃ無し、そもそも条件が分からないので出来もしない。
「って言ったって、どうせ信じちゃくれないだろうし、そもそも俺がエンジェル内で一番強いのは事実だし……」
考えれば考えるほど、敵がラルドを狙うのはいたって正当なものだと気付く。
ラルドだって敵の一番強い四天王から倒す為に、こうして下っ端たちを野放しにしているのだ。
「でも、このままじゃ俺の疲労がマッハ……!」
オレンの実で回復できるのは体力であって肉体的疲労ではない。
一体、体力と肉体的疲労になんの違いが有るのかと問われればラルドは答えられる自信ははない。しかし、一度体験するとそうだな、と思える。
つまりはエネルギー消費を抑えるため、そして敵が逃げ出さないようにと走っている今の状態は、エネルギーの代わりに疲労を蓄積していっていると言ってもいい。
戦闘の方が遥かに精神的、肉体的疲労を蓄積しやすいとはいえ、このままでは肝心の戦闘のときに足手まといになってしまうのでは、という思いが強い。
こうなればピーピーマックスによる強制回復をアテにして、大放電“ディスチャージ”を放つというのもいい。
が、それをすると負けた気がしてしまいそうなので、やめておく。
「くっそ、しつこいな……!」
考えている間に三十秒は経っているだろうが、一向に振り切れる気配がしない。寧ろ近づいてきているのではないかと思えるくらいだ。
高速移動でも使っているのかと、そろそろ鬱陶しくなってきた頃――、
「……! ヒイロ!!」
ヒイロが見えた。
ぼーっと道をあるくその姿は、一見隙だらけ、何見しても隙だらけだった。
「あんの馬鹿……おい! 早く走れ! 集団リンチからの処刑ルートにマッスグマ、間違えた。まっしぐらだぞ!」
叫ぶが、ヒイロはぴくりとも反応しない。
苛立ちが積もるラルド。いつものヒイロならば、とっくに走り去っているだろう。それこそ、ラルドを置き去りにする速さだ。
「いい加減に――!?」
ヒイロとの距離が目測でも二十メートルかと思えるほどに近づいた、その瞬間。
「し、沈んで……ッ!?」
比喩ではない。
ヒイロの体は、地面へ溶け込むようにして、沈んでいっているのだ。
離れて、ヒイロの体は遠ざかってそう見えているのならばまだ分かる。が、今のラルドはヒイロに近づいていっているのだ。地面から浮かび上がっているように見えこそすれど、沈んでいるように見える事はありえない。
だがそう考えているうちにもヒイロはどんどん沈んでいっている。ヒイロも、まるで眠っているかのように微動だにしていない。
近づき近づき、手が届くかと思えるほどまで近づき。
「ヒイロ……ッ!?」
掴んだものは、影の中へと消えていくヒイロ、という情報だけだった。
――三十分後。
護身用にと持ってきた、光の玉によって逃げ出す事に成功したラルドは、建物の中で一人、思考をめぐらせていた。
「……ヒイロ……」
影の中に消える。
常人ならば、幻影を見せられたと思うだろう。それほどに信憑性もない、ラルドですら見ていなければ敵の罠かと勘ぐってしまう。
だが、ラルドは信じた。
「フィレアのときと、同じだ」
フィレアを連盟へ出そうとしたとき、ラルドは一瞬の睡眠を終えて、謎の黒い何かが消え去っていくという謎の現象を残して、フィレアは姿を消した。
「逃げてたと思ったら、こんな謎に直面するとは……それにしても、影か」
この世界にはゴーストダイブという、消えたと思ったらどこからともなく現れて攻撃する、なんて不可思議技があるが、それ以上に不可思議だ。
影というのは、光を遮った結果できる暗闇の領域、つまりは光がなければ存在し得ないものだ。
ここは火山。光源が多数存在するため、ヒイロの影ができるのは当たり前だ。その影の中に沈んでいく、というのは当たり前ではないが。
何がいいたいかというと、影がなにかを飲み込むというのはありえない、ということだ。ゲンガーという種族は影の中に出入りできるらしいが、ヒトカゲも出来るとは聞いたことがない。
思えば最初から歯車がずれていた。
ゼブライカへ向けて放った電撃ではないのに、ゼブライカへと直撃して先行してしまい、待つよりも攻めた方がいいと攻め込み、こうして逃げ回っている。
なんだろうか――どこかに何かが感じられて、気味が悪い。
「ああくそっ! 動きたい!」
掻き毟り、叫ぶ。
きっと、最後は上手く行くんだと信じて。
〜☆〜
気付いたら、敵に囲まれていた。
話も聞かずにぼーっとしているうちに、作戦が始まったんだろう。捕まる物かと剣を振り、急いで駆けた。
走って走って、ようやく気付いた。
一体、どうやって合流するのか。
シルガが波動で探知でもするんだろうと思っていたが、時間が経てど駄犬は来ず、敵を切っては投げきっては投げ。
いつしか、迷っていた。
それでもどうにかなると半ば傲慢な程の自信を抱き、一歩を踏み出した。
そのときだろうか。
暗闇が、辺りを一面を染めたのは。
「――っ、ここは……!?」
目が覚めると、そこにあったのは岩の天井。
起き上がると、そこにあったのは光を放つマグマ。
そして、一人のポケモンだった。
「……テメェ、誰だァ?」
低く、ドスの聞いた声で睨む。
これだけで並大抵のポケモンならば怯えるが、目の前のポケモンはどうやらその対象外だったらしい。苛立ちを覚える笑みを浮かべると、こちらへ近づいてくる。
「あら、お目覚めかしら? か弱い王子様?」
「……俺が、か弱いだァ? いや、そもそもテメェは一体……」
右手で柄にふれ、いつでも抜刀できるように体勢を整えようとした瞬間だった。
「……ッ!?」
「動かない、でしょう? 当たり前よね。私が今、そう命じたんだから」
一体、と口を開こうにもぴくりとも動かせない。まるで唇が黒い鉄球になったかのような重さに、やっと体の異常に気付く。
まず、体が動かせない。
目も動かせず、呼吸も出来ず、自分の強力でも振り払えない何かの力に縛られているかのようだ。
「驚いているでしょう? 当たり前よね。分からないんだから」
一歩、また一歩と、金色の体毛をもつポケモンはヒイロへと近づいてくる。
妖艶な笑みを浮かべ、妖気を湛えた瞳をむけて。
「テンメ、一体、なんの……!?」
「あら、動けるの? 流石ね。流石、英雄と渡り合える人。でもだからこそ分からない。なんで縛られているか。なんで振りほどけないのか」
赤い瞳は、暗殺者のように鋭く、冷たかった。シルガには一歩及ばないが、匹敵している。
そして、ヒイロもこれほどまで近づかれれば、正体が分かる。
金色の体毛に、赤い瞳。大きな九つの尻尾を持つ、きつねポケモンのキュウコンだ。
「テメェ、四天王だろォ?」
「正解。分かるに決まっているわね。そう、私の名前は神代空狐。気軽にクウコと読んで暮れてかまわないわ。私の下僕」
「下僕だァ? ……いや待て、それよりもその名前……北の奴かァ?」
「そ。私の出身は北の、ニンゲンという劣等種族の文化を色濃く受け継いだ糞みたいな村よ」
淡々と、蔑んでいるように感じられるニンゲンという言葉すら淡々と放つキュウコン――クウコは、しかし瞳には激しい憎悪を孕んでいる。
「分からないでしょう? 当然よね。教えてないんだもの。何故自分の体が動かないのか。でも安心して。忌々しい探検隊が来るまで、あなたには何もさせないわ」
「なんだとォ……!?」
「理解できないでしょう? 当然よね。あなたが理解するには言葉が足りていないもの。ま、要するに囮という訳」
「……ハ」
いつの間に。
そんな疑問が、ヒイロの中に湧いた。
とはいえ、薄々感づいてはいる。しかし、方法が分からない。
「考えても無駄ね。あなたじゃ、どうやっても謎の解明にはたどり着けない。ボスの手腕は最高だもの」
「なにがァ……ッ!?」
「大人しく眠っておきなさい、剣士さん。あなたが一番、操りやすいんだから」
睨み付けても動じず、クウコは引き込まれるような笑みを浮かべる。
それを見ていると、段々段々、視界が黒く染まっていって――、
「――英雄さん。残念だけど、あなたは一時退場よ」
〜☆〜
「……遅い」
あれから約三十分が過ぎた。
暇だからと一秒を数えて千八百秒。逃げ始めてから計算すると、一時間は越えている。
シルガの探知能力の高さを知っているからこそ、この時間はあまりにも長いものだと分かってしまう。
一体なにがあったのだろうと、覚悟を決め、ラルドは立ち上がって建物の外へと一歩踏み出す。
「……えっ」
思わず、声が漏れた。
何せ、そこに居たのはシルガでもなければ、エンジェルの誰かでもない。
総勢百人の、炎ポケモン達だったのだから。
「え、ちょ、待って……」
どうなってるのと口を開こうにも、どうなっているかを答えてくれるような敵ではないと、ラルドは知っている。
とはいえこの状況を理解する事はできない。一体全体、どうなっているのか――、
「ハッ、こいつが英雄か?」
「小さすぎやしませんかねぇ……ま、どうでもいいですけど」
「如何にも、この小さな塵芥が英雄だ」
「……あ?」
思考をオーバーヒート寸前まで回転させていると、集団の中から三人のポケモンが出てくる。赤と黄色を基調としたポケモンと、黒っぽい紫が体色の魔女のようなポケモン、そして鎧のように硬いと思われるからだを持った、それぞれブーバーン、ムウマージ、ドサイドンと呼ばれるポケモンだ。
「塵芥だかなんだか知らないけど、一体どうなってんのか説明してもらいたいな。なんで、こうなってる?」
「……知らぬのも無理はない。ボスの手腕は見事な物だ」
「話が通じないってのも珍しいな」
笑いながら言うも、ラルドの戦闘態勢は解かれることはない。
目の前の三人は、明らかにラルドを包囲している他のポケモン達より強そうだ。これが話しに聞く、親衛隊という奴なのだろう。
「ハッ、どうでもいいけどよ。こいつを殺しゃあ、俺たちボスの親衛隊になれんだろ?」
「あなた、フィレアの親衛隊ですからね。私はアリシア様のでよかったですよ」
「フルド様で、我は満足しているのだがな」
「……フィレアにアリシアにフルド?」
言われた順番こそ違うも、その三人は間違いなくエンジェルを苦しめた四天王たちの名前だ。
アリシアにフィレア、フルド。何れも強力な技や戦闘方法でラルド達を苦しめてきた。この火山にも最後の四天王がいるはずだ。
そのためにもラルドはこんな所で立ち止まっているわけには行かない。
周りを見れば、目の前の三人を除けば下っ端が百人程度。少し厄介だが、解放なしでもなんとかなる量でしかない。
ラルドは溜息をつくと、
「俺がここにいるからって、全戦力傾けるとか馬鹿だろ。それに、お前ら含めた百三程度のポケモンなんて、本気出せばちょこっと時間はかかるが倒せるぞ?」
肩を竦めながらそういった。
それも事実だ。解放を出せば、十分程度で片がつく。範囲攻撃であるディスチャージでも使えば、それだけで十人のポケモンは倒せる。
「加えて、俺はモンスターハウス処理係だ。多対一なんて日常茶飯事すぎだ」
頬の電気袋から放電を起こしつつ、ラルドはリーダー的な役割を担っているであろう三人を睨む。
たしかに解放を使えばすぐに倒せるが、それでも体が痛み出す十分という時間が必要な事に加え、無駄に疲れたくはない。
出来ればこれでどこかへ行ってくれないかと、期待しながらも余裕の笑みを浮かべると、ブーバーンの元から裂けているように広い口がより一層裂ける。
「キッ……ハハハハハッ!!! こいつ馬鹿だ! 全戦力は間違っちゃいねぇが、百三程度!? んな訳ねけだろカスが!」
「……!?」
そんな馬鹿なと、改めて周囲を見渡す。
見える限りでは百だ。それに、これよりも多いとなるとシルガたちが加勢に来ることはまず間違い――ないと結論を出して、初めて気付く。
あれだけあった建物が、一切合財なくなっていることに。
「ちょ、どういうことだ!?」
「やぁっと気がついたか馬鹿めが!」
「そうですよ。ここは先程まであなたのいた場所ではありません。ここは別名“英雄処刑場”。つまりはあなたの処刑場です、英雄エメラルド」
「なっ……処刑場!?」
処刑場。という単語は、ラルドにとって最悪の象徴だ。
何故か。それは未来世界で殺されかけた場所もまた、同じく処刑場だったからだ。
しかし、未来の処刑場とではつくりがなにもかも違うし、集団リンチを絵に描いたような状況で行われる物でもない。
「ボスは貴様を嫌っている。出来れば早急に殺したいくらいな」
「でも、実験を試したいからできないんだよね。でもま、この程度で負ける奴は試す事もできないし」
「……百人程度で、本当に俺を倒せるとでも?」
焦燥感と怒りで、拳が知らぬ間に固められていた。
余裕綽々な笑みでラルドを見つめる三人に、自然と“電気活性≪アクティベーション≫”が発動し、
「百人? 違うな。ああ違う。んなちっぽけな訳ねぇだろ。七が抜けてるぜ、英雄さんよ」
ブーバーンの言葉に、体の力が抜けた。
言葉の意味を理解しかけたからだ。
「……百十人ってことか?」
「おいおい、んな馬鹿じゃねぇだろ? 七百人だよ、七百人!!」
今度こそ、理解した。
周りにいるのは、百という数すら小さく見える、七百という数のポケモンが集まっていて。しかし同時に疑問も湧く。
一体、七百という数のポケモンを、どうやって集めてきたのか。
「どうやって、この数を集めた?」
「お? 混乱しねぇとは、流石だなぁ。いいぜ、教えてやる。ボスのお力のお陰だよ! ま、これだけじゃあ分かんねぇだろうけどな!」
大砲のような右腕をこちらに向け、高笑いをあげるブーバーン。気持ち悪いと称される類の顔が裂けるように笑うというのは、なんとも気持ちの悪いものだ。
背中に走る悪寒を、なんとか抑えラルドは三人に問う。
「……なんで俺を集中的に狙う?」
「それはもちろん、あなたが一番の脅威だからですよ。クウコ様も、フルド様ほど強くはありませんし」
「……貴様が戦闘に加わった瞬間、クウコ様の負けは確実なものとなる。あの方の重要性は、戦闘力ではないからな」
「だぁかぁら! テメェをここで抹殺、出来なくても体力を半分以上減らす! それが俺たちの役目!」
「……」
うかつ、としか言いようがない。
ラルドがエンジェル内で一番強いというのは、自身も含めて六人全員の共通認識だ。そしてそれは、恐らく周りも同じ。
加えて全解放持ちのラルドだ。自由に使う事ができないとはいえ、もし偶然にでも発動した際には、ディアルガですら止められない力を持つ事になる。
だからこそ、狙ったのだ。
「一つ、聞かせてくれ」
「あ?」
「俺たちが現れて、一時間……答えろ。どうやって七百人も集めた」
ラルドは今の状況を理解していない。
なにせ、ラルドが潜んでいた建物以外のすべてが消えていたのだ。理解はできない。
だが、事前に基地消失という謎の事態が起きていたことを知っているからこそ、ラルドはこの事実を受け止める事ができたのだ。
だが、その謎が分からない。
「あーあー。近頃の若者ってのはいけないねぇ。知らない事をなんでもかんでも教えてもらえると思ってんのかねぇ?」
「……要約しようぜ、キモフェイス」
「テンメェ……いいぜ、いいなぁ! 聞きたきゃ、自分で聞きだせ木っ端英雄!!」
「交渉決裂か。なら、倒して聞き出してやるさ。ブタブスキモイの三拍子揃ったキモメン野郎!!」
大砲の如き右腕をこちらに向けて、炎を収束させるブーバーン。
右手左手、両方に電撃を纏わせ、周囲を睨み見渡すラルド。
ラルドを見て戦闘体勢に入る、親衛隊と思われる二人。
乱戦の幕開けは、炎と雷の衝突だった。
次回「乱戦スクランブルA」