第六十三話 待ち構えているもの
時速二百六十キロメートル以上というスピードで走行するゼブライカ車に乗り、無事に中央都市に着いたエンジェル。果たして、緊急召集の内容とは――?
〜☆〜
中央都市のモデルとなったニンゲン時代の町――その参考になった書物は、古い日記のようなものらしい。
それは、数枚の精巧な絵と共に、遺跡で発見された過去の物らしい。
書いている字は読めないが、恐らくはニンゲンが自分たちが滅んだ後の者達に、少しでも文明を育んでもらいたいという思いから残したものだと思われている。
「諸説あるんだけどね。今言ったようにニンゲンが残した文献という説が最も有力だけど、乱雑な字から単なる日記ではないか、という説もあるね」
「……書いた文字から筆者の気持ちを読み取る、とかは?」
「何千年も前の日記から思考を読み取るなんて芸当をできるポケモンなんていないね」
「即答!?」
「即答。……それに、例え遺すための書物だとして、もしかしたらトイレ行きたい、なんて思いながら書いてるかもしれないよ」
「否定……できない!」
ラルド自身、なにか文字を書く訳では無いが、重要な話をしているときにグミパン食べたい、なんて思う事もある。
それよりも、だ。
「技術都市っていうから、もっと進んだのを想像してたんだけど……思ってたのと、違うわね」
「そりゃァ、ここはまだ『中央都市』じゃねェからなァ」
は? と、真顔で言い切ったヒイロに、レインは思わず声を漏らす。
ここが中央都市でなければ、いったいどこなのか。もし違うのであれば、別れたゼブライカに抗議の手紙を出したい所だが――、
「疑問に思ってるね、レイン。なんでヒイロがそう答えたか。簡単さ。技術都市である中央都市を、円状に囲うようにして人間時代の建造物をモデルとして町が広がっているんだ。その中央に存在しているから、中央都市って訳さ」
「あれ? 大陸の中央だからじゃなかったっけ?」
「それもあるけど、名前の由来はこれが大きいね。因みに今歩いている煉瓦の町並みを過ぎれば、石造りに出る。そしてそれを過ぎたら、技術都市である中央都市の御出座しさ」
饒舌に語るフィリアに、ラルドは少し後退しつつ、町の想像図を頭の中で描く。
要は大きい輪の中にピッタリはまる輪をはめていく、と考えればいい。
その中央に位置するのが、中央都市というわけだ。
「でも、技術都市って言うけど、一体なんの開発をしてるんだ? 俺、そこらへんあんまり知らないからさ」
「さぁ? 僕も詳しくは知らないよ」
「俺もだなァ」
「……なぁ、お前ら王女と王子みたいなものなんだろ? なんか長女と長男だろ? みたいに言ってるけど、それはちょっと不味いんじゃないのか?」
「別にいいよ。王がいるわけでも無し。王女と王子というのは、まぁ家が一番を争っている状態だからね。比喩されているのさ。……それにもしそうだとして、肝心の王があれじゃ、国は纏まらないよ」
「おっと何気に酷い発言。ヒイロにだけど」
フィリアとヒイロを王女と王子と呼ぶ人は多いらしいが、それは所詮比喩とのことだ。一番上――最高を争っている貴族の娘と息子だからこそ付けられるものだ。
対立し合っている家同士。しかし最近になって争いの無駄がわかったのか、友好の印として互いに息子と娘を婚約させたらしい。
それに反発したのがフィリアで、逆に気持ち悪いぐらい素直に肯定したのがヒイロ。結果、フィリアは家出をし、ヒイロはそれを追いかける。
ラルドヒイロが初めて対決したときは、フィリアが来ると聞いて急いで帰還したと言っていたのを、ラルドは知っている。
「ま、開発はがんばっていると思うよ。でも極力自然を壊さないように、だろうけどね」
「断言しなさいよ」
「僕も知らないから、それはできないよ。でも、僕たちよりも凄い、それこそニンゲンたちを軽く超えるような頭脳の持ち主たちがいる技術都市の自然が壊されていない時点で、分かるよね」
例えばフーディンと呼ばれる種族のポケモンは、皆が例外なく、優秀という言葉では片付けられないほどの頭脳を持っている。
探検隊が使っているというのに、仕組みを説明できる者があまりいない探検隊バッジやトレジャーバッグも、そういった種族からして優秀な頭脳を持つポケモンが作っていることが多い。
無論、そうでないポケモンもいる。幾ら類稀なる頭脳を持つとはいえ、全知でも全能でもない。アイデアがなければ、物は生まれないのだ。
「……しっかし、それにしても、俺たちの所のトレジャータウンとはかなり違うよなぁ……石畳とか、煉瓦一つにしても」
「私も、長い事トレジャータウンで過ごしてたから、久々だとやっぱり違うなぁ、って感じる!」
「中央都市、と呼ばれるだけはあるということだ」
シルガの一言に、ラルドもミルも肯かざるをえない。
誇り一つ落ちていない、というのはさすがにないが、ゴミや汚れが少ないというのは事実だ。
見れば、店もたくさんある。カクレオン商店のように様々なものを取り扱っているのではなく、林檎や木の実を扱っていたり、探検に必須な道具を扱っていたり、と。
トレジャータウンとはまた違った楽しさが、ラルドの高揚感をより一層掻き立てていた。
「なぁなぁ。中央都市まで何分かかる?」
「三十分ぐらいだろォなァ。このペースだとよォ」
「ふーん……ところでさ、お前ら、顔ばれてんじゃないか?」
「ばれていたとしても、その時は化け物組におんぶでもしてもらって逃げるさ」
「そんときゃァ、俺がフィリアを背負うぜェ!!」
そういい、豪快に笑うヒイロ。
道行く人々からは、急に笑い出した事で奇妙な目で見られ、中には「どこかで見た事がある」なんて言葉も聞こえたが――そこはやはり王子というべきか、言わないべきか。普段から考えられるイメージとはかけ離れすぎていたのか、皆が皆、そのまま素通りしていった。
「よかった……それにしても、三十分か」
気付かれなかった事に安堵するが、三十分という時間を考えてみると、案外長いことが判明する。
たしかに未知の町に足を踏み入れ、その文化や風習を知る事は楽しい。中央都市の場合、風習などはないが、道中にある露店などが興味をそそる。
「やっぱ、連盟まで走っていきゃあよかったな……おっ、コイキング焼きだ」
「本当!?」
「ほかにも、ユキカブリ特性木の実、なんてのもあるわよ」
「おー! 美味しそう!!」
「定番の木の実アイスクリームもあるね」
「大きさはバイバニラで!」
様々な店の食べ物を買うミル。
ユキカブリ特性木の実とは、ユキカブリの体に生る実のことだ。一年に一回限りだが、集めていけばそれなりの数は手に入るだろう。
コイキング焼きは、どこかの誰かが偶然に作り出した食べ物の事だ。中に木の実で作り出したクリームが入ってて、味の種類はそれこそ数百パターンもある。
木の実アイスクリームは木の実で作ったクリームを食べるというものだが、冷たいからなのか、夏の暑さが酷い今、かなりの行列ができている。
「コイキング焼きと木の実はいいけど、アイスクリームは却下だな。暑いのに一々並んでられるか」
「そうだね。中央都市は幾分かマシとはいえ、それでも暑い。それにラルドは走ってきたから、より一層暑いんじゃない?」
「その通りだよ。もう汗だくで……風呂に入りたい」
「どーせ、また熱すぎるだの、冷たすぎるだの言うんでしょ。もう濡れタオルで我慢させたいくらいよ、あんたの我侭」
「仕方がないだろ、しょうがないだろ! 俺だって好きで言ってんじゃないんだよ!」
「明らかに自分の好みに合うようにやらせてるじゃない」
「そんなことより、ラルド! ポケ頂戴!」
「……いや自分の使えよ!」
「忘れちゃった!」
ミルの発言に、はぁ? と思わず聞き返してしまうラルド。
仕方がない。幾らなんでも、所持金が零というのはありえない。迷子になりやすいミルが万が一にでも迷子になってしまった場合、果たしてどうやって飢えを凌ぐのか。
一日もあれば再会は簡単だが、そこまでミルが我慢していられるかどうかが問題だ。
「なぁ、お前の頭の中身ってどうなってるんだ? お花畑?」
「ええっ!? ポケ忘れただけで!?」
「……今更なにを」
「シルガまで!?」
ボソッと呟いたシルガの言葉を、目だけではなく耳もいいミルは逃さずキャッチする。
とはいえ、それに反論することはできないだろう。現に、頭の中で幾つもの反論材料を浮かべているも、口には出せていない。
「……ま、ポケくらい貸してやるよ。何ポケだ?」
「えっと……コイキング焼きが二百ポケで、木の実が百五十ポケ!」
「三百五十ポケか。ほら……言っとくけど、貸しだからな?」
「分かってるって! じゃ、買ってくる!」
嬉々とした表情で店へと向かうミルに、ラルドもまた笑みを浮かべる。
三百五十ポケだけとはいえ、やはり笑顔を浮かべてくれるのなら、ミルでなくても、こちらも嬉しくなってしまう。
ラルドは、まるで子供を見守る保護者のような目で、笑顔で木の実を買うミルを見ていたのであった。
因みにこれは余談だが。
「ろ、ろるおー! ふぉいふぃんふひょひ、ほってー!!」
「分かったから、落ち着け。落ちそうなの分かるから落ち着け!」
木の実とコイキング焼き、それぞれをおまけでもう一つ貰ってきたミルが、持ちきれなくて慌て、結局コイキング焼き一つが無駄になったのであった。
〜☆〜
――ミルのコイキング焼き騒動から、三十分が経過した。
既に石造りの建物が多いエリアは通り抜け、中央にある技術都市。通称、中央都市へと、ラルド達は足を運んでいた。
前二つの住居エリアと中央エリアの賑わいは歴然の差、とまではいかないが、やはり中央エリアの方がにぎわっている。
それもそのはず。中央エリアには上質な物を取り扱う店が多いだけではない。エンジェルが知る中では、ドクローズといったあくどい探検隊たちが生まれないよう、探検隊にとって常識とまでされるルールを作り出した探検隊連盟と、それに加えて救助隊連盟の本部まであるのだ。
最近ではわくわく冒険協会という、冒険そのものを楽しむ者達を支援する組織までできたのだ。
以上のこともあって、中央都市の賑わいは、トレジャータウンの数十倍もある。
「……ここが、正真正銘の中央都市、か」
「凄い……すっごく高い建物もあるよ!」
ミルが指、というより視線で指したのは、白い煉瓦で造られた、ホエルオーを縦にした長さよりも少し大きいのではないかという、巨大で圧倒的な塔だった。
それを見て、フィリアはああ、と言って、塔の正体を話す。
「あれは、総本部みたいなものだよ。中央都市は技術都市だけど、同時に連盟本部や協会本部がある場所でもある。中央都市を、さらに三つに分けて探検隊エリア、救助隊エリア、冒険隊エリアに分けて、技術者たちはこの塔の上で日夜研究に励んでる、って訳さ」
「よく噛まずに喋り続けられるよな」
「慣れの問題だね」
一体、ニートがどうやったら会話に慣れるのか――浮上した疑問はしかし、フィリアのこれ以上触れるな、というオーラによって飲み込む。
「総本部……ということは、探検隊、救助隊、冒険隊連盟が話し合う場所でもあるのか?」
「鋭いね、シルガ。その通りだよ。……ま、僕達は探検隊連盟から呼び出されたわけだし、さっさと探検隊エリアに行こうか」
総本部、技術者たちが集う場所でもあり、三種の連盟が話し合う場所でもある塔。
しかし、今、エンジェルが目的とする場所は探検隊連盟の本部だ。興味はそそられるが、緊急招集を蔑ろにするわけにもいかない。
フィリアの先導のもと、五人は連盟本部へと進んでいく。
途中、ミルが見た事もない食べ物に釣られたが、そこはフィリア。得意の話術というほどでもない、帰るときにはもっと買えるよ、という言葉によって逆に意気揚々と進むようになる。
鉄のトゲ等の探検隊用道具の大安売り、というものにレインがつられ、それはシルガが無言で天誅を下した後、引きずっていく。
普段はなんだかんだで常識人なレインでさえ騒ぐ鉄のトゲの安売りだけではなく、やはり心のどこかで浮き浮きとした気分になっているからなのだろう。
――十分後。
石畳の上を数十分歩き、ラルド達はようやくたどり着く。
煉瓦エリアと同じく煉瓦でできた、全体的に赤い建物。しかし煉瓦だけではない。白い柱は、煉瓦の赤さと自身の白さをより強調していて、なによりも驚いたのは、大量の硝子があることだ。
町で一番大きな建物がガラガラ道場であるラルド達にとって、それはあまりにも大きすぎた。
「す……凄げー!! 俺が何百人いても入れるんじゃないか!? これ!?」
「そういう風にできているからね。残念ながら、ギャラドスといった大きなポケモンは入れないけど……それでも、大きいだろう?」
「私たちの町とは大違い……中央都市って凄いね!」
「本当。まるで、別の世界に来たみたいだわ……」
「実際、俺たちニンゲンの町並みを真似ているんだ。別世界という訳では無いが、俺たちにとっては見慣れないだろう」
「ハッ。んなもんで驚いてたら、人生で何回驚かなきゃァいけねェんだよォ」
ヒイロが感動するラルドとミルに悪態つくが、それを気にしている余裕すらないほど、感動に心を焦がしている。
まるでどこかのお城だといわれても信じられるような建物は、しかし探検隊連盟に与えられた“本部”でしかない。
先程見た塔とは、又違った建物に、二人の子供心は擽られるばかりだ。
「さっきの塔もロマン溢れる構造だったけどさ、やっぱりこういうのもいいよな!」
「分かる! 高いのもいいけど、大きいのもいいっていうか……」
「分かってくれるか、ミル! やっぱりお前は俺の最高のパートナーだよ!」
「私も、分かってくれるのはラルドだけだと信じてたよ!」
羞恥心が欠片もないのか、連盟本部の目の前で抱き合う二人。
普通の者が見れば、仲がいい兄妹、もしくは恋人に見えているのだろう。事実、通行人は微笑ましい目で二人を見ている。
そんな、周りを気にせずに騒ぐ二人を見て、フィリアは溜息を一つ零すと、
「色々突っ込みたい所はあるけど……静かにしないと、睡眠の種を口の中に入れちゃうよ?」
『すいませんでした』
瞬間、騒ぐ二人はフィリアに向かって星の光の速さで土下座をしていた。
額を地面にこすりつけ、二人は打ち合わせでもしているんじゃないかと疑ってしまうほど、綺麗にタイミングよく、その稲妻のような尻尾と茶色く、先が白く染まった毛の尻尾を振っていた。
自らの威厳を捨ててまで謝る二人に、もう少し恥や矜持はないのかと問いかけたいフィリアだったが、今更すぎることを思い出すと、出掛かっていた言葉を引っ込める。
「はぁ……本当、君たちがリーダー副リーダーだということを思い出すたびに、胃が痛くなるよ」
「酷い!」
「そんなことをいう子に育てた覚えは無いぞ!」
「育てられた覚えもないからね。ほら、さっさと中に入るよ」
ラルドの珍しくもないボケを、フィリアは完全にスルーして本部の入り口へと向かう。それに続いてヒイロ、シルガ、レインの順に、本部へと歩き出す。
遂に現れたスルースキルの所持者、フィリアに、ラルドはなす術もなく勝手に完敗すると、ミルを連れて歩きだしたのであった。
「いやぁ……やっぱり、中も大きいな。流石本部」
「……あれはなんだ?」
「ああ。天井のあれ? あれは光の玉を色々弄って作った照明だよ。……最も、弄るのが難しいから大量生産できなくて、連盟本部やあの塔くらいにしか使えないんだけどね」
連盟本部。
外観もさることながら、内観もやはり凄かった。
様々なポケモンが居て、様々な道具があって、天井には未知なる照明が吊るされている。
シャンデラと呼ばれるポケモンを模して造られたと思われる照明は、どこか豪華な雰囲気を醸し出していて、子供心をいとも容易く擽った。
一階に見られるのは、ギルドと同じく依頼やお尋ね者ポスターを貼っておく掲示板だ。しかし、その量はプクリンのギルドとは雲泥の差である。
そしてやはり、探検隊連盟の本部だけあって、探検隊の数は尋常じゃない。他の用事で来た人もいるだろうが、少数だ。
正に探検隊連盟本部――と、ラルドは改めて思った。
「さ、色々遅れたから急がないと。主にどこかのお馬鹿二人組みのお陰でね」
「ラルド、私たちのお陰だって!」
「ミル、流石にそのポジティブさにはついていけない……」
などと雑談をしつつ、奥にある階段へと向かう。
道中、フィリアから説明を受けたラルドは、その内容を思い出す。
一階は依頼を受理したり、御飯を食べる場所。その他にも施設はあるが、利用目的は大体これだと言っていた。
二階は連盟から認められた特別な探検隊と連盟に属する者達しか入れない、今から向かう場所も二階だ。
三階は、フィリアもあまり知らない場所だ。連盟の中でも更に限られた者しか入れないとだけは聞いていたらしい。
「緊急招集、か」
二階へ続く会談へと歩く中、気になる部分を考えてみる。
緊急招集。過去にあった例で一番大きいものといえば、隕石落下の件だろうか。しかしそれは世界の存亡をかけることだけあって、探検隊連盟のみでやっていたわけじゃない。加えて、隕石から世界を救ったのは救助隊だ。
「ま、どうでもいいか。どうせついたら分かるよな」
それに緊急招集されているのに、探検隊のほとんどが緊急招集について何も言っていない事から、この召集が秘密裏に行われている事は大体予想できる。
――だとしたら、カマイタチに喋っちゃった俺って不味いんじゃないか?
「……いやまぁ、気にするほどでもないか」
緊急招集された意味がそれほど重大でないことを祈りつつ、ラルドは歩く。
そうして、探検隊で溢れかえったスペースから何とか脱出すると、目的の場所が近づいてきたからなのか、自然と歩幅が大きくなる。
「――」
緊張に心臓の鼓動が早くなり、歩く速度も同じく上がる。
やがて、五人を先導していたフィリアを追い抜くと、ラルドは一歩一歩、その足で会談を踏む。
息を呑み、汗が噴く。しかしそれを止めようとは思わない。否、思う余裕がない。
高鳴る鼓動を胸に、ラルドは二階へと続く階段を上り終え――
――待っていたのは、青と赤のポケモンだった。
次回「緊急招集の意味」