第六十一話 夏の終わりの怪談話
レジギガスを倒し、『莫大な財宝』を手に入れたラルド。チャームズとも別れ、それから数十日が経過して――?
〜☆〜
暑い。
もし、ラルドの思考を突き動かしている物を、一言で言うならばそれだ。
全身が沸騰しそうな暑さに、汗は運動もしていないというのに異常なまでに流れ、どれだけ水を飲もうが収まる事のない猛暑の脅威は、壁のない家に住むエンジェルを自らの全力を以って襲っていた。
「あ……あー!! 暑い、暑いよー!」
「実家に帰らせていただきたい……そしたら氷タイプのポケモンの冷気で涼めるのに」
「実家が金持ちでも、今のお前は金持ちじゃない。……俺たちと同じ苦しみを味わえー!」
「無駄に声を張り上げるな、鬱陶しい」
普段ならば心に深いようで浅い傷をつくるであろうシルガの言葉ですら、弱々しいものになっている。
ラルドはラルドで、一言一言が気力を振り絞っているかのように無駄に大きく、ミルは騒音といわれようが自身の感情を口に出したいのだろう、駄々をこねる子供のように叫び続ける。
フィリアもフィリアで、いつものように五月蝿いミルを注意する気力もラルドに容赦なく睡眠の種を投げつける気力すら残っていない。
「ホント、水が使えないって、夏に限っちゃ不便よねぇ」
「テメェを一目見て水使いだなんて思う奴ァ、この世にゃァいないと思うぜェ。テメェは間違いなく電気タイプだァ」
「見た目も実際も電気タイプ。でも扱うのは水タイプ……地面タイプには最悪ね」
エンジェル内でまともに動けるのは、水が使える特殊なピカチュウ、レインと炎タイプで暑さに強いヒイロだけだ。
レインはいつでも涼めるだけで、猛暑に関してはその脅威を分かっている。だが、炎タイプのヒイロには頭の中で分かっていたとしても、実感が湧かないので猛暑の脅威の一端すら理解できない。
「んな暑さ如きでへばってたら、この先やってけねェぞォ? 草タイプのフィリアは別だけどよォ」
「それ、フィリアに関しては寒さも暑さも例外って事で扱えていいよなぁ……」
草タイプの弱点には、炎も氷も入っている。植物が冷気にも、もちろん炎にも弱いのは分かっているが、こう優遇されていると世の草タイプが羨ましくなってくる。
とはいえ、自分が今すぐ草タイプになれる訳でも無い。唯一なれるとすれば、ラルドが時空間の事故で体がポケモンになってしまったあの時だけだが、過去に戻る事はできないし、そもそもあんな事故をもう一度体験しようと思うほど、ラルドはマゾじゃない。
「ねー、海いこーよ。海なら冷たいし、気持ちいーよ?」
「海の惨状、見えるだろう?」
「……うー! みんな、暑さに対して我慢しないのは駄目だよ! もっと我慢しなきゃ、私たちが海に入れないよ!」
「結局、自分が入れないからじゃねーか」
海――普段は波の音が気持ちよく、ミルのお気に入りでもあるのだが、綺麗な蒼はどこを見てもトレジャータウンの住人や探検隊で埋め尽くされていて、とてもじゃないが泳げそうにない。
もっとも、ラルド達がいるサメハダ岩の真下は、落石などで危険区域とされているらしいので、落石なんて恐れないという者は誰も居ない場所で泳げる。
しかし欠点はある。それは、区域の狭さと恐れというものを知らない子供が簡単に入ってくる、ということだ。
総合的な判断をすると、遠くの方へ行けばいいが、それだと疲れもある。なにより、泳げないラルドはどうすればいいのか。
「あーあ、吹雪の島でもなんでもいいから行きたい……でも寒いのもいやなんだよなあ……」
あまりの暑さに、溜息しか出ない今日この頃。
ラルドはせめてもの反抗として、意識を眠りの中へと沈ませようと目を閉じ――、
「――オマエたち! いるのかい!?」
――直後に聞こえてきた大声に、顔を思い切り顰めた。
〜☆〜
「探検隊連盟から、緊急召集?」
「そうだ。親方様は、先に行った。他にも数名の有名探検隊が、連盟へと集まっているらしい」
息を荒げ、あまりの暑さに大量の汗をかいている鳥――ペルーは、エンジェル宛の手紙を寄越しにやってきた。
文面は長ったらしい文章が続いており、要約すれば早く来い、ということだろう。
この暑い夏に一体何事かと首を傾げるラルド。だが、悩んだ所で情報がない。そんな状態で向こうの意図を知ろうなど、未来でも見えない限り不可能だ。
「……で? なんで俺たち? たしかに実力はあるけど、それでもアテにされるレベルじゃないと思うんだけど」
「ワタシが知ってると!? ワタシだって、親方様にエンジェルも呼んで来いって言われてきただけだよ!」
「んなこと言われてもよォ、テメェもこの惨状見て分かんだろ?」
「え……って、なに寝てるんだい! さっさと起きた起きた!」
「あ、テメェ! フィリアに乱暴してんじゃねェ!!」
「五月蝿いよー!」
騒ぐペルーとヒイロを、ミルは容赦なく非難する。
それでもやめない二人に、フィリアは小さくしたうちをすると、蔓でバッグから睡眠の種を取り出す。
「毎回毎回、こんなことでもしない限り収まらない君達には呆れるばかりだけど……ペルーも、同じ様なことをしている場合じゃないだろう?」
「くぅ……! オマエたちのほうが悪いというのに……!」
「すまんフィリア!」
態度が違う二者の行動に、フィリアは興味なさげに目もくれず、目を閉じる。
そんなフィリアに、ペルーの苛々はたまるばかりだ。
「あーもう! いいかい!? さっさと行くんだよ!?」
「分かってるって……お前も早く帰ったほうがいいぞ。このままじゃ、焼き鳥になるかも」
「五月蝿いねぇ! ……あ、そうそう。オマエたち、必ず急ぐようにな」
「分かってるって言ってるだろ」
「正確には、一時間後には必ず準備を終えていることだ。手配しておいた者が、お前たちの所に来るだろうからな」
そういうと、ペルーは別れの言葉も発さずに大慌てで翼を羽ばたかせて飛行する。大方、ギルドの深刻な赤字問題や書類などに追われているのだろう。ラルドは、変わらないペルーに息を漏らす。
「一時間、か。――にしても、緊急招集ってなんだと思う?」
ラルドは手に持つ手紙を見て、自身の疑問を口に出す。
探検隊とは、基本自由奔放な存在で、連盟が呼び出すことは珍しい。あったとしても、大戦争くらいだろうか。
その大戦争ですら、争いがあまり行われていない今の世界ではないと言える――、
「いや、唯一レイヴンだけが悪方面での組織活動をしてるけど……それでも、あんなのに一々頭を悩ませるか……?」
確かにレイヴンは、レイヴンの四天王はラルド達と戦い、その度にラルド達は辛くも勝利を収めてきた。
そう、この六人で十分に対抗できる存在だったのだ。解放やらすべてをつかって勝てる。
今のエンジェルが世界最高の探検隊レイダースやプリルと戦えば、十中八九負ける。つまり、その程度の存在なのだ。
「大体、そこまでレイヴンが問題視されるようなことをしていたか……お前らの意見を聞かせてくれ」
「俺ァ、なんか褒美でもくれんじゃねェかと思ってるがァ? テメェらの功績は城で聞いてたしなァ。世界を救った奴に対する礼が、今やっとできたって感じだろォ?」
「いや、それにしては遅すぎるよ。それに、褒美自体は貰ってたよ。ミルが絶賛落ち込んでるときに、川でおぼれた子供を助けた時と同じ様な賞をね」
「そんな、子供じゃあるまいし」
「私たち、子供なんですけど」
レインの的確な突っ込みに、ラルドはそうだったと気付く。
これだけの探検や戦闘をやっていると、どうしても精神面での成長はある。その再確認を、ラルドはする。
「確かに、俺たち子供だったな。十四歳……いや、まて。俺って、実年齢一歳にもなってない!」
「え?」
「俺、記憶喪失。しかもただの記憶喪失じゃなくて、俺って二重人格みたいなものだし……一歳じゃん!」
「……あァ!? テメェ、二重人格だったのかァ!?」
「それみたいなものなんだって。今のラルドは『俺』、違うほうのラルドはもっとおとなしくて戦闘もあんまり慣れてない『僕』がいるの。でも、ラルドは『僕』の記憶をちょっとは引き継いでるんでしょ?」
「常識とか、そういうのは引き継いでる。けど、『僕』の記憶は引き継いでない。どっかのゴーストデビルみたく、なんか俺を操作でもしてんのかな」
ヒイロにとっては衝撃の事実でも、周りにとっては既に知っていることだ。
『僕』が出てきたのは、思い当たる中で対アリシア戦が真新しいが――最近はめっきり姿を、人格を現さなくなっていた。
「――そんなことより、だ。一時間。今ので時間くったから、後五十分くらいか。それに間に合うように、さっさと準備だ準備!」
そんなことはどうでもいいと手を叩くと、ラルドは各々に指示を与える。
残された時間は一時間だけ。それだけだと、今から最終決戦にでも挑むようだが、実際はただの召集だ。
それに準備といっても、必要な物は大体バッグに入っている。オレンの実といった木の実系も、ガルーラおばちゃんの倉庫。このトレジャータウンに居座る探検隊たちからは、なんでも倉庫と呼ばれている場所から、いつでも取り出せる。
召集ということもあって、恐らくは全員が雑談か用事をこなした後の観光目当てでお金を引き出すか、だろう。
探検隊として、それはいいのか――答えの出ない、問題化すら定かではないことに、ラルドは心の中で悩むのであった。
――一通り準備を終えると、全員、ほぼラルドの予想通りの動きをしていた。
ミルはギルドメンバーに自慢を、シルガはやることがないので家で眠り、フィリアも同様で、ヒイロはフィリアの寝顔でも観察しているのだろう。
レインは鉄のトゲの値上げの噂に頭を悩ませて歩いているのを、先程見た。
ならばラルドはというと、
「連盟から緊急招集!?」
「マジかよ!」
「あぁ、大マジだぜ。羨ましいだろ?」
ギルドメンバーやエンジェルを除けば、恐らくこの町で一番気兼ねなく話せるであろう存在――チームカマイタチの三人に、ミルと同じく自慢話をしていた。
目を輝かせ、ラルドの話を聞いているカマイタチの目は心なしか光っている気がした。無理もない、連盟から直接、それも緊急招集だ。
探検隊連盟が探検隊に干渉するのは、ルール違反をした者達の罰則といった、規律を乱した物へ対することしか少ないといわれている。
ルールなんかは除外するとして、有名で実力もある探検隊でない以上、連盟から直接干渉なんてほぼされないのだ。
それが、緊急招集の域にまで来れば、探検隊なら目を輝かせて当然だ。なぜなら、ラルドの手に握られているちっぽけな手紙は、それだけで実力ある探検隊と連盟から認められた“証”なのだから。
「くそっ、俺たちも有名になりたい……!」
「無理だろ。だってこいつ、頭おかしい能力持ちだぜ?」
「そうそう。全解放だっけ? そりゃあ実力の百二十%出せたら、有名になるはずだ」
「いや、確かに全解放は俺だけだけどさ。解放はそうでもないぜ? 俺のチームのヒイロ、解放してたし」
「ああ、あいつか。でも俺の思い浮かべていたヒイロとギャップが凄いんだよ。俺、王子様って聞いてたのに」
「俺も俺も。あれだろ? 子供ながらにして大人顔負けの天才剣士、って奴」
王子――そう呼ばれているヒイロと、実物では大きくイメージが違う。
どうやら、ヒイロは若くして剣の才能に溢れ、努力も怠らない剣士らしい。元々、剣とは自身の中にあるエネルギーをうまく扱えない人達が、自衛の手段として作り出した武器だ。当然、自衛として扱うためそれなりの威力がなければならない。
だからこそ、単純かつ強力な剣や身を防ぐ盾というものが、元々強力な戦闘能力を持ったポケモンという生物の中で編み出されたのだ。
それを、ヒイロは豪く気に入ったらしい。
「俺たちも剣じゃないけど爪や鎌で戦ってるし、気があうと思ったんだけどなぁ」
「あいつはバケモンだ。俺たちじゃあ、叶うはずがねぇ」
「俺も苦戦したからな」
「お前でも苦戦するなら、俺たちゃ瞬殺だ」
「だな」
笑いあう二人に、ラルドも強ち間違っては居ないと頷き肯定する。
流石に瞬くあいまに殺されるほど、ヒイロは強くも速くもない。だがカマイタチがいっぺんにかかった所で勝てる未来がないというのは本当だ。
解放や、火飲みなどという頭のおかしい技まであるのだ。極限まで高められた剣の一撃は、恐らく鋼をも両断するだろう。
「それに、お前んとこって王女までいるって話だろ? あのツタージャの」
「いいよなぁ。お前ら、金持ちだろ?」
「いや……あいつらの家からの仕送りとかないからな? それに貧乏ルートまっしぐらになりそうなんだよ」
ヒイロを連れ戻しに来ないのは、恐らく修行だとか言って誤魔化してきたのだろうと推測する。
フィリアにいたっては自分自身の意思で家出してきたのだ。なんでも家に縛られて生きるのは嫌、ということだが、ラルドから言わせればニートの癖になに豪そうなことを言ってやがるという言葉しか出ない。
貧乏ルートまっしぐら、というのも可能性の話だが本当だ。
この前まで三十万ポケもあると思っていた貯金も、数ヶ月も経たないうちに三万ポケも減ってしまったのだ。
無理はない。人数が増えたとはいえ、探検できる数が比例して触れるというわけでもない。
例え報酬が六百ポケの依頼を、体力を振り絞って十回連続でこなしたとして、それでも六千ポケだ。多いように見えるが、ミル――つまり子供目線からみた大金の所詮三倍程度。復活の種を全員分買うと、一気に千二百ポケまで下がる。
人数が増える。依頼をもっとたくさん受けなければ金が減っていく。が、こなせる回数というのはやはり決まってくる。
嫌なループだ。
「あーあ。探検って、こんなにも現実的だったっけか……?」
厳密には探検にかかる費用なのだが、そんなことはどうでもよかった。
少なくとも、ラルドが当初抱いていた探検隊の感想は、『なんとなく楽しいもの』だったはずだ。それが、いまやそれなしでは生きられないことはないが、かなり好きな部類に入っている。
私、この人のものになっちゃった。なんて冗談が頭の中で行われるくらい好きといえる。ふざけてると言われれば反論はできそうにもないが。
「んな時化た面すんなよ。そうだ、お前覚えてるか? 『人魂火山』のこと」
「……人魂、火山?」
それはなんとも怖そうな名前だ、と夏の暑さと悩みによってオーバーヒート寸前の頭を動かすと、なんとか思い出す。
少し前にも訊いた、たしか――幽霊スポットなダンジョンだっただろうか。耳にした時、ラルドは一笑した記憶があった。
「ああ。あれか」
「そうそう。そこでさ、また新しい話題だよ」
「……どーせ、ゴーストタイプの仕業に決まってるのに」
「まだ聞いてもねぇだろ。……実はな、あそこで夜な夜な虚ろな目で歩く人が、度々発見されてんだよ」
「ふーん」
「興味ぐらい示せよ!」
確かに虚ろな目で歩く人に実際であったら恐怖の一言だが――言葉だけで怖がるなど、余程雰囲気が出来上がってでもいなければ、どこぞの耳長兎でもない限りありえないだろう。
大体、虚ろな目で歩いているといえば犯罪の臭いしかしない、というのがラルドの推論だ。大方、催眠術で操られているかゴーストタイプが乗り移っているのだろう。催眠術で人を操って自分は遠くから指示を出すだけ、そんな犯罪が多数存在しているのが、残念ながらこの世界の現状だ。
光ある所に影あるとは言うが、些か光と比べて多すぎではないか――と、ラルドは多すぎる悪事にウンザリする。
「犯罪臭ぷんぷんするから、早く真相を突き止めたほうがいいぞ」
「ちぇ、ノリがねぇなぁ」
「だな」
「お前ももうちっとノリの乗れよ。こいつの父ちゃん、海苔屋のノリ子だぜ?」
「ノリノリうるせーなぁ!」
ただでさえ冷却必須のオーバーヒートヘッドが、このままでは完全燃焼ではち切れそうだ。と、ラルドは暑くなってきた体を冷やすため、乾いた喉に黄色グミジュースを流し込む。
ちなみに、グミジュースの味をどう表現すればいいのか分からないがもし表現するならば、それは『自分の好みの味』だ。
グミというのは、タイプと色が一致していると絶対にそのグミがおいしいと感じてしまう。たとえあらゆる食べ物が嫌いな人でも、だ。
そんな悪魔のような、天使のような食べ物のジュース版を飲みながら、ラルドは考える。
今回の緊急招集の理由、だ。
今までも、招集なら何度かあったはずだ。緊急だから珍しいだけで、例えば歴史的に価値あったり、人間時代から残されてきた遺跡なんかを探索するために名のある探検隊を連盟が募る。そんなことは、大して珍しくも無かった。
探検する――それが探検隊の本職なのだ。最近では、ラルド達エンジェルやを始めとした面々の活躍によってダンジョン化は抑えられているが、それでもあるのだ。
星の停止を防げただけでもいいのだが、人間、というよりポケモン、上を乱したらキリがない。星の停止の次はダンジョン化を、その次は、なんて欲望に限りはない。
それにお尋ね者や救助は、主に救助隊の役目だ。探検隊もそれを主な仕事しているが、本来の役目とは外れている。
その点では、自分たちのせいで探検隊志望の新人たちが減るのではないかという、感じるだけ無駄な罪悪感がラルドの心を蝕み――そこで、初めて気付く。
「……今、何時?」
「お前が入って来て、もう四十分は経ってんじゃねぇの?」
ラルドが準備にかけた時間は、ガルーラおばちゃんとの雑談を含めると二十分はある。それにプラス四十分となると、
「遅刻だぁ!!!」
〜☆〜
「あ! ラルド、おそーい!」
「よっ、『僕』でも『俺』でも遅刻常習犯の鏡!」
「『僕』もそうだったのかよ……って俺はそんなに遅刻してないんだけど! 後、遅刻してごめーん!」
二足歩行で走りながら手を合わせて謝るラルド。とてもライトな口調でふざけてると思われがちだが、ラルドなりの怒られるであろう雰囲気をぶち壊すor和ませるための手段だ。二足歩行なのは、これから連盟本部へ行くということもあって身だしなみはともかく清潔さだけは何とかしようとした結果だ。
「遅れた――ってぇ!?」
走り、荒い息遣いを直そうと態度待った瞬間、ラルドはソレを見た。
ラルド達が入っても、なおスペースがあまりそうなくらいに広い馬車。木製で、見た目とは裏腹に頑丈だ。
車輪は鉄製で、見た目どおりの硬さを誇っている。
それを引くのは、黒をベースとした色の、白い模様に雷を思わせる鬣と尻尾を持つ、ライデンポケモンのゼブライカだった。
「で、これなに?」
「あァ? テメェ、ゼブライカ車も知らねェのかァ?」
「改めて言うけど、お前王子の癖に口悪いよな……ねぇ、お前分かってる? アイアム記憶喪失! ヘイ、リピートアフターミー! アイアム記憶喪失!」
「意味の分かんねェこと言ってんじゃねェよ」
「これが、ジェネレーションギャップか……で、本当になんだよ。ギャロップ車なら知ってるけど。後、馬車」
過去と未来でのジェネレーションギャップに嘆きつつ、質問を投げかける。
ギャロップ車というのは、馬車のギャロップ版と考えてもらえばいい。強靭な足腰でどんな障害物でも乗り越える跳躍力は、ラルドの口から虹色に輝く嘔吐物を出現させるほどだ。
一度、中央都市にある連盟本部へ、存在抹消されたラルドとシルガが再びよみがえったために再度リーダー&メンバー登録しなおすために出掛けた際に利用したのだが、ゼブライカ車というのは聞いたことがない。
「ゼブライカ車というのは、ちょっと高級な分、かなりのスピードを誇る。言ってみればギャロップ車の上位互換だね」
「その分、給料も高いので、ゼブライカに生まれた事がこれほど嬉しかった事はありません」
「喋れたんだ……って、その生き方、正しく馬車馬だな」
もっと働けの意味で捉えられがちだが、実際は一途なことを言うと知ったときの驚愕は大きい。
『俺』が知るはずがないが。
「ではお乗りください。中央都市へは、恐らく一、二時間でつくでしょうから」
「二時間、か」
ラルドが奇跡の海まで全力疾走して一時間だ。そう考えると、なんという速さだろうか。計算してみると、ラルドの全力疾走の三分の二程度はある。
「速いなぁ。……よし、みんな! 乗るぞ!」
「おー!」
踏みしめた床は、とても固かった。
触れたときから思っていたが、木製とはいえこの馬車は硬い。ゼブライカのスピードに耐えるためだろうか、少なくともギャロップ車ではこんなに硬くは無かった。
車輪が鉄製なのも、それが理由か。険しい道を超高速で走るのだ。木製では、いくらなんでも壊れてしまう。
ゼブライカは後ろをちらりと見て、最後の一人が乗ったのを確認すると出発の合図として、声を上げる。
二人のゼブライカが身を屈め、一気に飛び出し――
直後、稲妻のような速度で走る二人に、馬車が大きく揺れた。
次回「中央都市」