第五十六話 最後の間へ
ヒイロが倒れ、苦戦をするエンジェル。鉄壁の肉体を持つレジスチルを、ラルドは一体どのような作戦で倒すのか――?
〜☆〜
レインから放たれた赤い電磁波が、“けたぐり”によってよろめいたレジスチルの右足に、寸分狂わず命中する。
それは麻痺を狙っての電磁波ではなく、電磁波N――磁石のNと同じ性質を持つ電磁波だった。
赤い電磁波はレジスチルの右足に纏わりつくと、全ての電気がレジスチルの足へと吸い込まれていく。
レジスチルの鋼の体は、思った以上に電撃を引き付けるらしい。
「当てたわよ!」
「見りゃ分かる! よし……今度はシルガ、頼むぞ!!」
「分かっている」
電磁波が命中した事を確認すると、今度はシルガがレジスチルの前へと出る。
相手が何をしてくるのか、それが分からないレジスチルは、とりあえず目の前の敵を倒そうと至近距離での“アームハンマー”を繰り出す。
高い威力を誇る代わりに、自らの素早さが落ちるそれは元々素早くないレジスチルにとってはノーリスク・ハイリターンで済む。
――しかし、シルガ相手にそんな攻撃は通用しない。
「こんなもの、見切りを使わずとも――」
硬い腕が振り下ろされシルガへと命中――すると思われたが、寸前、シルガは重心を右にずらし素早く体を捻ったため、本当に擦れ擦れのところで避ける。
「――避けれるぞ?」
「レジ、ジ、レジスチル」
レジスチルの点が、ピコピコと点滅する。
シルガの本領が、今発揮されたのだ。
攻撃を受け流し、或いは避け、その隙を的確に突く。相手の攻撃を受け流すどころか、それを利用して体勢を崩す。
一見すると、訓練をつんだものならば誰でもできるように見える。いや、実際にできる。
しかしその動作一つ一つに無駄がないというのは、才能がないと無理だ。
波動を扱え、また動体視力も優れているシルガだからこそできる芸当なのだ。
「動きが遅い。“けたぐり”」
「ジ」
重い相手に本領を発揮するけたぐりが、再びレジスチルに直撃する。
片膝をつくレジスチルに、まだまだとでも言わんばかりの攻撃が続く。
「“波動掌”、“ローキック”」
「レジ、スチ、レジスチル」
体勢を崩したレジスチルの顔面に波動掌を叩き込み、のけぞった瞬間に右足へ“ローキック”を当てる。
ローキック――格闘タイプの技で、素早い動きで相手の足元を蹴り、素早さを下げる。
勿論足は鋼鉄なので、そこまでのダメージは入らない。
「レジ、レジスチル」
「ほう、アイアンヘッドか。“見切り”!」
素早い攻撃を繰り出すシルガに、レジスチルは体全体を使った“アイアンヘッド”で反撃する。
鋼エネルギーを纏った鋼鉄の頭突きは、かなりの威力を誇り、あたれば一撃で重症を負うだろう。
あたれば、の話だが。
シルガはそれを、至近距離だと言うのに見切りを使って避ける。
「中々いい判断だ。……おい、馬鹿鼠! 顔面には有る程度通るぞ」
「そうか。よし、俺の読みどおり!」
「後――どれくらい痛めつければいい?」
「……ちょっと震える程度」
「了解」
それだけ言うと、シルガは戦闘へ戻る。
これはシルガとレジスチルの一対一の戦いだ。援護射撃はない。
「“けたぐり”、“ローキック”!」
「レジ、スチ」
しつこく右足を狙うシルガに、レジスチルは反撃するも、その素早さの前に攻撃が当てられない。
これが、レジスチル及び前の二匹の弱点だ。
前のレジアイス、レジロックはほぼその場から動かなかったため分かり辛く、また然程印象に残らなかっただろうが、レジアイスが動いたのを見たラルドは、記憶に残っていた。
つまり遅いのだ。歩く早さも、一つ一つの行動、すべてが遅い。
それは、最高レベルの硬さを誇っていて、更に自らが動かずとも強い技を扱える二匹なら問題ないことだっただろうが、レジスチルは違う。
動くからか、全包囲攻撃も強力な攻撃も持っていないのだ。
強力な攻撃も、あのスタンプか足を伸ばして攻撃する、一撃必殺レベルの攻撃だけだ。それも、余程じゃない限り当たりはしない。
アイアンヘッド、ラスターカノン、その他いろいろあるだろうが、それら全てが素早く、そして回避に関してはエンジェルでも随一の実力を持つシルガにあたる事はほぼないと言ってもいい。
「そして、まだあるんだよな」
遅い、というのは、ヒイロが言った共通点から見つけ出した弱点だ。
今ラルドがしようとしていることは、共通しているのかしていないのか、分かりはしないが――レジスチル相手には有効だろう。
「いけシルガ! 渾身の一発、ぶちかませぇ!!」
「気楽に言ってくれるな。……だが、俺もそろそろ飽きてきた頃だ」
「レジ、ジ、レジスチル」
「残念だが、鈍間は俺が一番得意とするタイプだ。硬いのは苦手だが、俺の今の役目は貴様の足を弱らせる事……それくらいなら、できる」
シルガはそういうと、自らの足に波動をまとわせる。
そして、レジスチルが放った“馬鹿力”を、完璧と言ってもよい程のタイミングでよけ、そして、
「行くぞ――“けたぐり”!」
「!!??」
波動を纏った、最高威力のけたぐりは、見事にレジスチルの足で一番弱い箇所を的確に抉る。
流石のレジスチルも、これには耐えられなかったのか、両膝をつく。
その隙を逃すエンジェルではない。
「いまだレイン!!」
「オーケー。行くわよ!!」
レインの手から、青い電磁波が現れる。
それと同時に、レジスチルの右足が、段々とレインの方へと引き込まれていく。
「レジ、ジ……レジスチル?」
突然の現象に、レジスチルは混乱してしまう。といっても、状態異常ではない。
いきなりのことで、頭がパニックにでもなったのだろうか。それでもこの異常事態に両膝をついたままだと危険だと思ったのか、ふらふらながらも何とか立つ。
たって――その瞬間、右足が勝手に上がる。
「!!?」
いきなり片足だけで地面に立つ事になり、自らの重さもあってかバランスをとれなくなったレジスチルは、背中から思い切り倒れる。
その重さは尋常ではなく、勢いもつけていないのに地面へめり込んでしまう。
「ジ、レジ……」
「無駄だぞ。お前の重さは頭おかしいし、だから厄介だった……それが、まさか敗因になるなんてな?」
重いというのは、それだけ武器となる。
搦め手を使ってこないとは、つまりそれだけ突破口が増えない。そのままの状態ということをラルドは考えていた。
だが、突破口は増えないだけで、ちゃんとそこにあるのだ。
今回の場合、重さという武器が、逆にレジスチル自らの首を絞めたのだ。
レジスチルはなんとか起き上がろうとするも、それだけの力がないのか、唯一埋まっていない腕を振るだけに終わる。
「……ねぇ、これで終わりなの?」
「いや、まだ倒さないとだめだろうね」
「私、レジアイスに続きかなり役にたった自信はあるけど、流石にそれは無理ね」
「そうだろうな。貧弱な鼠には無理なことだ」
「さりげなく俺を馬鹿にしてないか? ……ま、ここは俺に任せてくれ」
そういうと、ラルドはレジスチルの元へと向かう。
レジスチルはそんなラルドを見て、なんとか抜け出そうと滅茶苦茶に暴れる。が、けたぐりが最高威力になるほどの重さだ。そう易々と抜け出せるわけがない。
「……さ、倒れてもらうぞ。レジスチル」
「ジ、レジ」
レジスチルの点が、点滅する。
滅茶苦茶に暴れるレジスチルを、十万ボルトで動きを止めるラルド。
そして、一瞬硬直したレジスチルの顔面に手を置き、すぅっと息を吸うと、
「最大電力、“暴雷”――!!」
「――」
大きな声とともに、身を焦がすような電撃が辺りを照らした。
〜☆〜
「……やったか?」
「それフラグな。……やったぞ。流石に至近距離でのあれは、レジスチルも耐えられなかったみたいだ」
「その前の、ヒイロの攻撃やシルガの連続攻撃もあったからだろうね」
「勿論、私の頑張りが一番だけどね!」
「かっこ悪いよレイン」
「……」
顔を手で隠し、身を縮めるようにするレイン。
そう――終わったのだ。鋼鉄の番人、レジスチルとの戦いが。番人と侵入者の戦いが、今終わったのだ。
戦闘の緊張感が解かれた今、エンジェルはいつも通りに戻る。いつもどおり、日常の風景が、この場所には似合わずあった。
レインが隅の方へ体を隠すように移動し、ミルがそれを指摘し、フィリアが微笑。ヒイロは階段の方で寝転びながらそれを見て笑い、シルガは笑っているのか分からないほど、小さく笑い、ラルドは大笑いで指差しながらそれを見ている。
今ここに、一時的ではあるもエンジェルの日常が取り戻された瞬間であった。
「馬鹿だ! こいつ馬鹿だ!」
「言ってやるな。本人も気にしているだろう」
「あんたらふざけてんじゃないわよ! 後ろから刺すわよ!?」
「ほう?」
「出来る訳ないじゃない!」
自分で言い出し、自分で否定するレインに、一同は笑いを隠しきれずシルガでさえも笑みを浮かべている。
と、そこで思い出す。
「……ねぇ、そういえばチャームズのみんなはどこ?」
「そうだね……負けて、ダンジョンを緊急脱出したのか。それとも――」
ミルがチャームズの安否を問い、フィリアがそれに対して答えを出そうと、口を開いて言葉を紡いでいると、ふと、レジスチルの後ろに光る何かが三つ並んで現れる。
その中から現れたのは――傷がなく、気を失った状態のチャームズだった。
「……」
「これは……傷がない?」
「ここで、気を失ってるってこたァ……十中八九負けたんだろうなァ」
「でも傷がない、ってことは、つまりこれは……」
「番人の洞窟の力、ということだろうな」
レジスチルに負けたという事は、あの鋼鉄の体による重い一撃を受けたという事だろう。それも、一撃ではないはずだ。
となれば、骨の一本でも折れていたとして、おかしくはないはずだ。
なのに、傷一つないということは、このダンジョン自体の特性だろう。
「お、起きないけど……どうするの?」
「オレンの実でも食べさせてやるか。オレンの実、まだ結構あるからな」
「ほとんど食べていないからな」
ほとんどオレンの実がなくなっていないのを確認すると、ラルドはオレンの実を自身のトレジャーバッグから三つ取り出す。
あれだけ激しい戦闘をしていたというのに、オレンの実が少しも傷つかず入れた時とほぼ同じ状態なのは、トレジャーバッグ七つの不思議の一つだ。
ラルドはチャームズの前へ行き、膝をついてオレンの実を食べさせようと――寸前、カロスの体がぴくりと動く。
「!」
「う、動いたよ!」
「死んではいないし、意識が戻っただけだよ」
「……波動も増えた。意識を取り戻しているようだ」
シルガの波動感知能力は、相変わらず便利だな――と、ラルドはそんなことを考えつつ、カロスを見る。
すると、カロスは手を地面について起き上がり、あたりをキョロキョロと見渡す。
「こ、ここは……確か、レジスチルってポケモンに負けて」
「それを、俺たちが倒して助けたんだよ」
「……あなた達は……そう、そうなのね」
ラルドの一言で、意識を取り戻したてのカロスは回らない頭で全てを悟る。
そう、自分たちはまけ、目の前にいる英雄、いやエンジェルに助けられたのだと。
それが分かると、カロスはふっと笑みを零す。
「そう……私達、三連敗もしちゃったのね」
「ああ。当たり前、だけどな」
「なんて自信。……でもそれが、現実になっちゃった訳ね」
マスターランクチーム、チャームズと世界を救った英雄がリーダーのチーム、エンジェル、そのうち三人に分かれた二チーム同士の戦い。
それらは全て、エンジェル側の勝利に終わったのだ。
「……痛、くない……ですね」
「うぅ……アタイたち、確かあの鋼鉄のポケモンに負けて……」
「あら、気がついたのね」
「……カロス。それに、エンジェルの皆さん。……そう、私達、助けられたのですね」
メイリーも、カロスと同じ様に周りを見渡し状況を把握する。
ただ唯一、ニンファは分かっていないようだ。
「え? え? アタイたち、どうなったんだい?」
「もう、ニンファったら。……私達は、負けたのよ。それも、二回も」
「レジスチルに、エンジェルに……マスターランクチームと呼ばれ、私達も少し調子に乗りすぎていたのかもしれません。まさか、後輩に負けるとは」
それも、チャームズは結成から十年は経っているが、エンジェルは一年にも満たない。
チャームズの二人は改めて、世界を救った者達の実力を知った。
「さてと、私達は負けたし、普通なら強制転送されるべきなんだけど」
「されてなかったな」
「ま、これもこのダンジョンの特性なんでしょ。緊急脱出もできない、負けがそのまま死と直結する」
「そんな所で、私達は負けてしまったのですか。助けていただき、本当にお礼を言います。有り難うございました」
「ええ、そうね。……それで、本来ならここで私達は探検終了じゃない? でもね、助けてくれたお礼に……あなたたちを、手助けしようと思って」
「手助け?」
「そ。四人以上の探検は禁止されてるけど、別にこんな所まで監視の目が届く訳じゃないわ。それに、なにより面白そうだもの。ね、いいでしょう?」
カロスの提案、というよりお願いに近い言葉に、ラルドは悩む――ことはなく、一も二もなく、こう答えた。
「いいぜ。探検は楽しくやりたいからな!」
満面の笑みでそう答えるラルドを見て、カロスは微笑を浮かべる。
「ふふっ、そういうと思ってたわ。さ、メイリー、ニンファ! エンジェルのフォロー、やるわよ!!」
「……カロスは、いつもこうなんですから」
「でも、アタイは好きだよ。カロスのこういうとこ! それに、アタイもこの子達といっしょに探検したかったしねぇ」
「よし、決まりだ! お前らも、これからはこの三人を加えた九人で探検をやるぞ。多いけど!」
「多すぎよ!」
レインの的確すぎる突っ込みに、全員が笑う。
戦いは終わり、そしてまた始まるのだ。
この番人の洞窟はまだ終わらず、九人でそれに挑む。
いざ、最後の間へ。
次回「番人たちとの戦い」