第五十一話 戦の後には休憩を
フルドの圧倒的な速さにより、一時は倒されるエンジェルだったが、ラルドの策によってなんとか逆転勝利を収め――?
〜☆〜
――くらい。
辺りは暗く、なにもない。なにも、空気すら感じられない。
悪夢と呼ぶには相応しい、いや、正に悪夢そのものだ。なにも感じ取れない、なにもない。ただ暗闇がどこまでも続く。
その暗闇を、俺は、『僕』は、俺は――
「ラールド!! 起きて!!」
「へぶっ!?」
お腹に強烈な一撃が決まり、俺は飛び起きる。比喩ではない。
「あ、おきたんだね」
「お前が起こしたくせに……! 白々しいな!」
「え? なんて?」
こいつ!
「この期に及んでまだ白を通すとは。ミル、恐ろしい子……! でもないから、ほら、ちょっとお腹出せ。爆雷パンチだ」
「や、やめて!」
じりじりとにじり寄る俺から、遠ざかるように後ろへ下がるミル。しかし背後には壁が。
「観念しろぉー、お縄につきやがれ!
「ごめんなさい!」
と、どうやら両手にかなりの電撃を纏わせた俺を見て、遂に観念したようだ。
……しかし、手が痛いな。足も、体も。
「って、そうだ! なんかちゃっかりと日常パートになってるけど、フルドは!?」
「知らん。……俺も、気付いたらここにいた」
「私も」
「私も!」
「僕もだね」
「俺は……なんかどっかから落ちて、んで起きた」
なるほど、分からん。
まぁ……いいだろ。とりあえず無事なんだ、それだけで十分だ。もしかしたら、壊されたと思ってたバッジが、実はまだ使えててそれを俺が偶然押したのかもしれない。
「で、今は何時?」
「十時」
「なるほど」
だからこんなにも暑いのか。納得。
夏もそろそろ終盤へ差し掛かっているというのにこの暑さ、太陽でも接近してんじゃないかと言いたくなるほどだ。
「あぁー……肝試しに出掛けたはずが、とんだことになった」
「ホント。私、あいつにやられたところがかなり痛むのよね……今日は私休暇とるわね」
「俺もだ。あいつの一撃、かなり響きやがった。しかも筋肉痛だ」
「僕は、まぁ比較的軽症だからね。まぁでもちょっと休んでおこうかな」
「俺は休むぞ。筋肉痛が酷い」
「私も」
筋肉痛多いな、と思ったけど俺もだった。多分、解放の影響だろう。十分超えてたか。
激戦を繰り広げた翌日ということもあってか、皆疲れている。勿論、俺もだ。
ということで、今日は臨時休暇にするか。
「でもなぁ……俺、筋肉痛だけしかないんだよな。後は体の節々がちょっと痛むくらいか」
回復力の速さは化け物レベルだと自負しているが、やはり昨日の戦いはかなりのものだったのか、完璧には治っていない。
それでも歩けるレベルではある。
「んじゃ、俺はテキトーにその辺を散歩してくる。皆も、早く体を治せよ」
「行ってらっしゃーい」
「ついでになにか買っとけよー」
「僕はりんごで」
「私もー」
「自分で買いに行け!」
シルガを除いた全員が五月蝿くなってきたので、俺は急いで家から出る。
はぁ……今日はそんなにいい日じゃなさそうだ。
「お、英雄じゃねぇか。どうした? なんか疲れてるみたいだな」
散歩を終えて、暇をもてあましていると、カマイタチの面々が話しかけてくる。
というかこいつら、いつ探検に出掛けてるんだろうか。俺がここにいるときには、ほぼいるぞ。
「いや、ちょっと昨日、かなり強い奴と戦ってな。危うく負けるところだった」
「ハァ!? お前が負ける!?」
「んな奴がこの町に着たら、この町は壊滅状態だな!」
「そりゃあいえてるな」
……信じてないな。まぁ、この町で一番強いのはプリルだろう。だがその次に強いのは俺だろうからな。
仕方ないといえば仕方ないか。
「おお、英雄。それよりも特種ニュースだ」
「なんだよ」
「実はな……この町に、あの有名な探検隊、マスターランクチームの“チャームズ”がくるって噂だ」
……チャームズ? なんだそれ、俺が知ってる探検隊の中にそんなチームあったか? いや、俺自身の知識が乏しいからな。いるんだろう。
レイダースには及ばないと思うが。なんていったって、マスターランクの上の、星二つだ。ギルドマスターに最も近いチームとして有名だからな。
「なぁ、チャームズってなんだ? 俺、レイダースしか知らないんだけど」
「ハァ!? お前、チャームズも知らないのか!?」
「男も女も魅了する、魅惑の探険家だぞ!?」
「いや知らんがな」
魅惑とか言われてもな……俺、そういうのには興味ないし。恋愛なんてするだけ無駄だろ。面倒くさい。
「で? どれだけ凄いんだ? マスターランクって言うんだから、相当強いんだろ?」
「強いどころの話しじゃねぇよ。あのレイダースに並ぶくらいの強さだぜ?」
「……え?」
レイダースといえば、プリルが世に送り出した探検隊の中でも最高と呼ばれる探検隊だ。
そんな探検隊と並ぶ……?
「ランクこそ違えど、チャームズの強さはレイダース級だって話だ。ま、チャームズは依頼をあまり受けないらしいからな」
「強く、賢く、美しく! 狙った宝は逃がさない! そんな華麗な姿に、俺たちはいつしか魅了されていったんだよ!」
「チャームズ……なるほど、本人たちもそれっぽいな」
チャーミングとか、そういう意味だろう。となるとチャームズの奴らはとんでもなく寒い奴らの可能性が浮上してきた。
まぁいいか。所詮は噂だ。そんな一々町へ移動するたびに噂されるような奴らが、こんな辺境の地にあるトレジャータウンなんてこないだろ。
そんなことを考えつつ、俺は黄色グミ100%を飲み干す。
「ま、どっちみち興味ないからな。どうでもいいや」
「ちぇ、お前とはいいジュースが飲めそうだったのに……そうそう。英雄、聞いたか?」
「なんだよ。まだなにかあるのか?」
「ああ。ほら、西のほうにある火山地帯、知ってるか?」
「……?」
「知らないみたいだな。そこには、巨大火山とか闇の火口とか、そういう火山系ダンジョンが多いらしいんだよ」
だからなんだよ。
「おい、その目はなんだよ……でな、そこで新しいダンジョンが発見されたみたいでよ」
「本当か!?」
新しいダンジョンと訊いて、俺は一も二もなく身を乗り上げる。
最近、どうも探検に行き詰まりというか、そろそろ新しいステップを踏み出そうとしていたのだ。理由は、手ごわいと感じるダンジョンが少なくなってきたからだ。
「名前は、えーっと……ヒトダマかざんだっけ?」
「“人魂火山”?」
「なんでも、夜な夜な人魂が出るらしいぜ……って、信じてねぇな」
「そりゃあ」
幽霊なんて、ほぼ全てがゴーストタイプの仕業といえる。それに、幽霊目当てで昨日散々な目に合わされたのだ。
当分、幽霊という二文字は見たくない。うちのゴーストデビルも見たくない。
「まぁ、情報ありがとうな。いつかその火山とやらも攻略するよ」
「ああ。お前はこのトレジャータウン期待の新人だからな。よろしく頼むぜ」
「新人か……まぁ確かに新人だな」
一年も探検隊をやっていないというのに、もうこんな所まで来てしまった感がある。
思い返せばいろいろあったな……あんなことやこんなこともあったが、かなり懐かしく思える。
と、俺はその場を後にすると、プリルの元へ向かう。
聞きたいことができたからだ。
「おーい。プリル、いるか?」
「あれ、ラルドじゃない。久しぶりー♪」
「またセカイイチを盗み食いしてるのか。ペルーに怒られるぞ」
「大丈夫だよ♪」
「あぁ、そう……」
ギルドへ到着し、親方の部屋、と書かれたネームプレートが掛けてある部屋のドアを開けると、プリルがセカイイチを食べている所だった。
ペルーには同情するが、まぁプリルのこれはもう矯正できないだろう。セカイイチ依存症のようなものだ。
「で、訊きたいんだけどさ。これ見たことあるか?」
「んー?」
そういって、俺はプリルに、ギャラドスから盗ったあの石を差し出す。
「これだ。なんか、進化みたいなパワーアップする道具? なんだけど」
「んー……これは」
「み、見た事あるのか!?」
プリルは石を手に持つと、360度いろいろな方向からその石を見る。
そして、なにかが分かったのか、手をぽんと叩くと……!
「分かんない」
「意味ありげな動作するなよこの馬鹿!」
一瞬期待したじゃねーか!
「でもね、どこかで見た気がするんだよね。これ、貰ってもいいかな?」
「なんでだよ」
「中央都市に、凄腕の情報屋のトモダチがいるんだ。その子に頼めば、多分なんか分かるよ♪」
ぺ、ペルーも気の毒に……情報屋として、プリルに頼りにされていないなんて。
ちなみに中央都市中央都市いわれているが、実際は東よりだ。中央ではない。
西の中央都市と呼ばれる都市もあるようだが……まぁ、中央都市ほど発達していないので、あまり人は居ない。
「……ま、頼むよ。じゃぁ俺はこれで」
「あ、待って! ……はい、ラルドにもこれを上げちゃうよ! トモダチトモダチー!」
「ありがと」
別れ際に、プリルから貰ったのはセカイイチだ。大きくて甘いそれは、かなりの美味しさだった。
プリルに礼を言うと、俺はギルドを後にし、家へと帰る。
「うーん……謎が色々と出てきたな」
何故、レイヴンが連盟に潜んでいるのか。
何故、レイヴンがジュエルを狙っているのか。
何故、レイヴンがあの石を持っているのか。
一つ目に関しては単純に情報操作やら、最終的に連盟をパニックに陥れるための罠とかそんな所だろう。
二つ目に関しては、これは分からない。エネルギーがどうたら工たらとか何とか。
三つ目は……どこかで偶々手に入れたのだろうか。
「ま、俺は普段どおりにやってくか。とりあえず、フルドみたいなスピードタイプが出てきたときのためにも、素早さ増加の電気活性《アクティベーション》でも考えておくか」
俺はセカイイチを食べ終えると、背伸びをする。
――確かに、分からないことだらけだが、それでいいのだ。世の中のすべてを分かっているなど、つまらない事この上ない。
「でもまぁ、今日は休暇だからな。ゆっくりと体を休めるか」
俺は階段を下りると、家へと入る。
エンジェルの日常は、まだまだ続く――
家に帰ったら、皆が酸っぱさに悶絶してました。
次回「強く、賢く、美しく!」