第五十話 紅い疾風もやがて止み
フルドのとの高速戦闘を繰り広げ、苦戦するもラルドの技で、何とかフルドに大ダメージを与える。だが追い詰められたフルドは、遂に切り札を――?
〜☆〜
「シャアアアァァァアアアア!!!!!」
雄たけびとともに、鋭い威圧感がエンジェルを刺す。
たいした音量ではないはずなのに、フルドから発せられるあまりの気迫に、エンジェルは動けなかった。いや、それだけではない。
フルドの姿形が、先程までバシャーモの姿だったフルドは、あの謎の光に包まれた瞬間から、似てはいるが別物――進化のような変化を遂げていた。
「んだァ!? あの姿は!?」
「俺もよく分からないけど、あいつが持ってた石になにかがあるらしい! ……気をつけろ、こうなったら、進化みたいなパワーアップをしてるぞ」
「進化?」
「ああ。奇跡の海で戦ったギャラドスも、丁度こんな感じで変身したんだ。姿も、能力も変わって」
あのギャラドスの一撃は、かなりのものだった。
アクアテールの一撃は地面を薙ぎ払い、ギガインパクトはバーストパンチでやっと跳ね返せたくらいだ。
そんな変化を遂げたギャラドスがあれほどまで強かったのだ。元から強いフルドが、生半可な強さになっているわけがない。
「……とにかく、今は倒すしかない。行くぞ!」
「おう! “エアスラッシュ”!」
しかし相手は、後一発暴雷を当てれば倒れるほど弱っている。
ラルドのステップトリーダーもまだ残っているので、そこまで脅威では――と、そんな甘いことを考えていたラルドだったが。
「シャアアアァァァアア!!!!!」
「!? “雷パンチ”だとォ!?」
「……あ!」
ヒイロの放ったエアスラッシュを、フルドは雷パンチで打ち消す。それは相性から考えた行動だったのだろう。
だが、ラルドがさっき放ったステップトリーダー――この解除方法の一つに、電気でラルドとその者を繋ぐ電気を狂わせるという方法がある。
今のフルドの行動は、正にその解除方法の一つを見事にやってくれたのだ。
「ま、不味い。あいつの雷パンチで、もう解除された!」
「ハァ!? 早すぎだろォ!?」
「しょうがないだろ! お前のエアスラッシュが原因だ!」
「二人とも、そんな無駄な争いをしている場合じゃ……!」
「シャアアァァ!!!」
そんな二人の隙を狙ってか、フルドがこちらへ向かって“飛び跳ね”た。
その行動に驚く二人だったが、冷静になると、それを迎え撃った。
「“十万ボルト”!」
「“十字火”!」
雷と炎、二つのエネルギーは、まっすぐフルドへ向かって飛んでいく。
フルドはそれを、ギリギリまで引き付けると――両の手で掴み、逸らした。
「はぁ!?」
「幾ら解放してるっつっても、これは反則じゃねェかァ!?」
「なら、俺たちも解放するしかあるまい……解放!」
「ちっ、解放!」
「やるしかない、か。解放!」
改めて敵のパワーアップの異常さを確認した所で、三人は遂に解放をする。
シルガは蒼いオーラを身に纏い、ヒイロは真紅のオーラを身に纏い、そしてラルドは翡翠の瞳と、翡翠のオーラをその身に纏う。
化け物組の、全力の状態だ。
「シャァ……!」
それは向こうも分かっているのか、鋭い瞳は、更に鋭く。全身がより引き締まり、いつでも動ける状態になる。
正直言って、向こうに雷の一撃でも当たってしまえば、その時点でフルドは倒れるだろう。つまりエンジェルの勝ちだ。
しかしフルドのあの速さが、更に強化されているのだ。もしかしたら、ステップトリーダーも当てられないかもしれない。
エンジェルの勝利条件は攻撃一発、フルドの勝利条件はノーダメージで六人全員を倒すということだ。
「……! “十万ボルト”!」
ラルドが放った電撃とともに、第三ラウンドの幕があける。
十万ボルトはまっすぐフルドに向かっていくが、フルドは当たる直前脚を地面に踏み込み、地面を砕き、その破片で電撃をブロックする。
「より一層、化け物レベルの脚力になってるな……!」
フルド最大の武器は、脚力だ。
その脚力は今までの通り、かなりのものだ。今の状態のフルドの全力の一撃を貰えば、恐らくミルのポースシールドすら易々と貫通されるだろう。
今の防御方法も、フルドの脚力があってこそ、初めて成せる技だ。
「ハッ! それでも俺たちにゃァ、勝てねェよッ!」
「……シャァッ!!」
ヒイロが放ったエアスラッシュを、フルドは雷パンチで薙ぎ払う。自身の弱点タイプということも有ってか、やはり対処方法はあったらしい。
それを見て、ヒイロはちっと舌打ちする。残る技は、ほぼ全てフルドには効果いまひとつだからだ。
「……“波動弓モルフォス”」
遠距離でも生半可な攻撃じゃ効かない。そう見たシルガは、波動で形成された弓、波動弓モルフォスを作り出す。
揺ら揺らと揺らめく波動の弓を、シルガは思い切り引き絞る。すると矢がでるであろう場所に波動が形成されていき、それはどんどん大きくなる。
そして、一気に解き放つ。
「“散弾波動弓”!」
「! シャアァァッ!!!」
解き放たれた波動の矢は、途中で何度も分かれ、まるで雨のようになってフルドへ向かって進んでいく。
廃坑の縦も横も、全ての逃げ場をなくして迫るその矢を、避けるなど全体攻撃でもない限り、無理だろう。だが。
「ッシャアアアアァァァァ!!!!」
「!?」
「あれは……“炎の誓い”!?」
フルドは拳を地面に叩きつけると、炎の柱を地面から噴出させ、その柱分のだけ矢をかき消す。
そして矢が迫るその瞬間、身を横にしてその隙間を通り抜けると、波動の矢をやり過ごす。
「化け物かよ、あいつ……ッ」
「実際、そうなんだろ。……ん?」
ラルドは動き出したフルドを見て、少し違和感を覚える。
パワーアップしたから先程より速くなっている、それは分かる。だが、今のフルドは、今の矢をやり過ごす前よりも速くなっている気がしたのだ。
「……まさか、な」
「なにをぼーっとしている。行くぞ!」
「“龍の怒刀”!」
「シャァッ!!!」
龍の怒りを纏った剣は、フルドのブレイズキックがクリーヒンヒットし、宙を舞い、そして落ちる。
しかしヒイロにはもう一つの剣がある。剣を両手で持つと、渾身の斬撃をお見舞いしようと、
「ッシャアアァァァ!!!!」
「!?」
したが、フルドは本当にいつの間にか、と錯覚するほどの速さで跳躍していて、ヒイロの剣は見事空振る。
「ちっ! 避けやがったか」
「気をつけろ。俺でも見切れん」
「分かってるよ。おーい! ミル、フィリア、レイン! お前らは大人しく守るの中にいろよ!」
「分かってるよー! “守る”!」
フルドが立体移動に移ったら、女子陣は守るで安全確保。残る三人で迎え撃つという形での戦法だ。この戦闘についていけないのだ。仕方がないだろう。
「クソッ、あいつ速すぎじゃねェかァ!?」
「まさかここまでとはな」
「……あれ?」
シルガでさえ見切れないのは、解放と変化でまだ説明がつく。
だが、この……ラルドが先程から感じている、なにかの違和感はどう説明すればいいのだろうか。
天井、地面、壁、地面、天井、地面、壁……と、どこへ移動しているのかわからないフルドをその目で捉えようとしていると、その疑問が、とある特性とともにハッキリと浮かび上がってくる。
「あいつ、まさか……速くなってる!?」
さっきから感じてはいた。いきなり速くなっている事に、ラルドは電光石火か高速移動かと思っていたが、今違うとはっきりした。
高速移動も電光石火も、必ず発動前には溜めが必要だ。なのにフルドのそれは、前触れなしに加速する。
「今更なに言ってんだテメェ!」
「そういうことじゃない! さっきから、段々と速くなってるんだ!」
壁を蹴る音の感覚は、今まではほぼ一定間隔だったのに、今では蹴った音が鳴ればまたすぐに蹴っている。すぐにの差がどれほどのものかは分からないが、途中途中不自然に音の間隔が短くなっていっているのは、恐らくフルドが速くなっていっているからだ。
「そして、それが可能となる方法は唯一つ――特性“加速”だろうな」
「加速ゥ?」
「一定時間たつと、自らの速度が上がっていく特性だ。……五分に限界まで上がり、そして五分切るとまたゼロへと戻り、またそれの繰り返しという特性だ」
「高速移動とは似て非なる……まぁ単純に言えば厄介な特性だ」
何故こんな事をラルドが知っているのかというと、偶々だ。
偶々どこかで聞いて、そして覚えたのだ。偶然にもほどがあるが、今はそれをきにしている場合ではない。
相手の特性が加速となれば、かなり厄介だ。もし途中でいきなり加速したら、こちらは不意の速度上昇に対処できず、そのままノックアウトという可能性もある。
「いきなり厄介になりやがって……!」
今のフルドの姿は、黒と赤で構成された色の脚に、常に炎の紐のようなものが噴出されていて、さらにそれを振り回してこちらを近づかせない。
対処方法は、ほぼないだろう。
「ここまでくれば、どうしようもないな」
「だが攻撃を一度でも当てれば、それで奴は倒れる」
「はっ、こっちが圧倒的に有利な条件下で、負けるわけがねェ! “業火霊”!」
「“十万ボルト”!」
「“波動弾”……ちっ、やはり当たらないか」
確かにこちらは攻撃を当てればその時点で勝ちと思ってもいいが、あちらの速度は十二分にこちら側の攻撃が当たらない程の速度だ。
それに、偶に後ろから支援がくるが、それも一瞬で見切られて避けられる。
「ああくそっ! どうすりゃいいんだ!」
「テメェの放電も、無理だろうしな……地道にやってくしかねェ」
「それしかない、か」
「私たちも援護するよ!」
「僕も微力ながら、手伝わせてもらうよ」
「私も、ちょっと試したいことがあるのよね」
後ろの方で固まっていた女子陣も、このままでは埒があかないと思ったのか前線へ出てくる。
レインもなにか策があるようで、バッグから何かを取り出している。
「……ッシャアアア!!!!」
エンジェルが全員集まり、フルドもさらに気合を入れたのだろうか。叫び声を上げ、強力な脚力で縦横無尽に跳び回る。
一瞬で壁から天井へ、天井から地面へ、地面から壁へ、壁から壁へと跳び回るその速度は、本当に捉えられない程の早さだ。しかし神速よりは確実に遅い。
「……シルガ。クイックショットは?」
「警戒されている。先程、やろうとしたが邪魔された。最初の事を覚えているのだろう」
「んじゃ、レイン。その試したいことって?」
「爆裂の種を利用したものよ。……ちょっと危なっかしいけどね」
そういって、レインは爆裂の種を両手一杯に持つ。ざっと十五個くらいだ。
それを見て、ラルドはなんとなくレインがしようとしていることを察する。爆裂の種を使い、尚且つレインがやる事といえば、ラルドの今考えていることしかないだろう。
「じゃ……レイン。準備ができれば言えよ」
「オーケー」
「よし! んじゃはじめるぞ! “十万ボルト”!」
「“シャドーピンボール”!」
「ッシ!!!」
強力な電撃も当たらなければ意味を成さず、天井を削って終わる。
次にミルの、跳ねるシャドーボール、シャドーピンボールを放つとそれはフルドを狙って跳ね返る。だが、それはフルドの異常な反射神経によりすべて避けられ、雲散する。
「“枝垂桜”!」
「ダブル“エアスラッシュ”!」
「“波動連弾”!」
「シャアアアアッ!!!!」
フィリアの斬撃も、二つのエアスラッシュも、波動弾の連射もフルドのブレイズドロップによってすべて防がれる。
その衝撃を利用しフルドは再び縦横無尽に移動する。そして、
「シャァッ!!」
「!? いきなり!?」
「くそっ、離れろ!」
「シャアッ!!!」
ラルドの声を、あざ笑うかのように素早く動くフルドはミルの前へ一瞬で移動すると、ミルの足元を的確に蹴る。
「“ローキック”!?」
「きゃ――」
「シャァッ!!!」
脚をけられ、バランスを保てなくなったミルはこけてしまう。その隙を狙わないフルドではない――が、自分に攻撃されると分かっているならば別だ。
フルドが地面をけった瞬間、一瞬遅れてラルドのメガトンキックが、先程までフルドが居た場所を横切る。
「ちっ! はずしたか!」
「あ、危なかった……ラルド、ありがとう」
「ああ。お前も油断するなよ! “電気ショック”!」
「シャァ!!」
普通の攻撃じゃダメだと分かったラルドは扱いやすい電気ショックを放つ。それは威力はないが速度はかなりのもので、フルドは避けようとするが電気ショックを操る事で、掠りそうになる。
「よし!」
「シャァッ!?」
これにはフルドも驚いているのか、驚愕の表情を浮かべている。勿論エンジェルは見えないが。
これで希望が少し出てきたのか、エンジェル全体の士気も向上し、フルドは若干押され気味となる。
そして、五分が経過し、互いに疲労が目立ってきた頃。
「――準備オーケーよ!」
「よし! ぶっ放せぇ!!!」
「シャァッ!!!」
「行くわよ……!」
レインが爆裂の種を放つと同時に、種は泡に包まれる。“バブル光線”だ。
それは拡散すると、フルドの動きを阻害する。しかしフルドはそんなことを気にせずに移動し――
――内一つに当たると、それは連鎖的な爆発を引き起こした。
それは強大な音と煙を引き起こすと、しばらく周りの情報をシャットダウンする。
そして、煙と音が晴れる事には、フルドの姿はどこにもなかった。
「……ッ!」
「やった、のか?」
「当たり前よ」
「……これは、凄いね」
「当たり前よ。私の新技だもの」
バブル光線で爆裂の種を包み込み、それを発射する。
そんな技を考えついたのは、レインが偶然知った、とあるポケモンの特徴からだった。ゲコガシラというポケモンで、小石を泡で包み、それを放つ。そういう戦い方をするポケモンだという。
「んで、バブル光線に気をとられてるから、中に爆裂の種があることには中々気付かないと」
「特殊技で防がれたら終わりだけどね」
どうやら、フルドは気付かずに当たってしまったようだ。
これでもう安心だ。
「流石に、実は避けてました、なんてないよな?」
「ないだろ」
「ラルド、そんなに耐えてて欲しい?」
「いや、違うけど……」
だが流石にないだろうと思っている。あんな広範囲爆発だ。避けられるものなど、それこそ神速レベルでないと無理だろう。
守るも持っていなかったようで、これで無事に倒せ――と、ラルドはあたりを見回し、気付く。
フルドの姿が、無い事に。
「――」
急いで振り返るラルド。その顔は、焦りに満ちていて、
「みん――あ」
振り返ったときにはもう遅い。
「シャアアアァァァアアアッ!!!!!!」
全身が傷だらけで、血も出ていて、たっているのもやっとだろうと思うほど、疲労を蓄積していて。
しかし少しの揺らぎもない、その姿。
「フルド、なんで……!?」
「シャアッ!!!」
「ッ!? が……ッ!?」
瞬間。
フルドはヒイロの目の前まで、反応できない程の速度で移動すると、残りの力を振り絞った一撃――“起死回生”を繰り出した。
体力が少なければ少ないほど威力が底上げされるそれは、フルド自身のダメージと相まってかかなりの威力となり、ヒイロを軽々と吹き飛ばした。
「ヒイロ!?」
「シャアアアッ!!」
「なんで、お前がまだ……!」
それに関しては、なんとなくだがラルドは分かっている。
体力を、どれだけの攻撃を受けても残りわずかで残す技、“堪える”だ。間違いない、フルドの体力を考えれば、そう考えるほかない。
そして、最低の体力で放たれた最高の攻撃は、ヒイロを楽々と戦闘不能に追い込む。
「シャアアッ!!!」
「! “リーフブレ――」
そして、次の瞬間。
足に炎をまとわせると、そのまま回し蹴りをして、フィリアを吹き飛ばす。
フィリアはその強烈な一撃に倒れ、壁に激突してずるずると落ちる。
「お前……“雷パンチ”!」
「シャァア!!!」
それを止めようと、ラルドは雷パンチでフルドを殴ろうとしたが、ギリギリで避けられる。
「また跳びだしたよ!?」
「不味いな、今ので全体の士気がかなり落ちたぞ……!」
「いえ、まだ種は残ってるわ。さっきのをもう一度やれば……!?」
「! れ、レイン!」
レインがバッグへ手を入れたのを見て、またあの技をやるのを直感的に感づいたのか。フルドはレインの前へ移動する。
そして、拳に力を入れると……!
「シャアアアァァァッ!!!」
「“爆裂パンチ”!? ……って」
強力な拳が、レインのお腹を捉え、そのまま吹き飛ばす。
“爆裂パンチ”は当たったものが確実に混乱するという物で、命中は低いがかなり有用な物だ。
だが、レインはレベルが低く、防御も低いので、その一撃で倒れてしまう。
「かはっ……」
「レイン! “十万ボルト”!」
「シャッ!!」
先程から、ものの数十秒で一気に形勢が逆転してしまっていた、
フルドは本当にもう一度、電気ショックの少しでも当たってしまえば倒れてしまうほど弱っているが、それでもエンジェルは攻撃を当てる事ができない。
混乱するエンジェルをあざ笑うかのごとく、フルドはどんどん加速していき、そして、
「シャァッ!!!」
「――ぐっ!?」
その速度を上乗せした、高威力の格闘技、“馬鹿力”を受けたシルガは、かなりの勢いで吹き飛んで倒れる。
そのまま起き上がるわけもなく、これでもう残り二人。しかも、やる気は今の短い攻防ですっかり奪われてしまっている。
「……くそっ」
「ら、ラルド、どうする?」
「仕方ない。こうなったら、強制転送……」
と、バッグからバッジを取り出し、ボタンを押そうとすると、
「シャァッ!!」
「ぐっ!? ……バッジが!?」
ブレイククローにより、バッジは引き裂かれて壊れる。
これでもう、帰還は不可能に近くなってしまった。
「やるしかない、か」
「う、うん」
「シャァアアアアア!!!!」
雄たけびを上げるフルドを見て、ラルドは最後の覚悟を決める。同様に、ミルもいつでも体を動かせるよう構える。
――そして。
「“十万ボルト”!」
「“シャインボール”!」
「シャァアアアァアッ!!!」
最終ラウンドの幕が開く。
二人の攻撃は、想像通り、フルドに避けられて地面に直撃する。勿論、フルドにはなんのダメージも通っていない。
「シャアッ!!」
「ぐおっ!」
壁を蹴り、ラルドを狙ってフルドは高速のブレイククローを繰り出す。
それは、確かに強いとは言えないが、移動中に攻撃しているので速度は落ちず、避ける事も叶わない。手数でダメージを稼ぎにきたのだ。
「んなもので、やられるか……! ミル!」
「うん、“守る”!」
ミルは自身を緑色のバリアで包み込み、ラルドはそれを見るとすぐに電気袋から電気を放出する。
「“ディスチャージ”!」
「シャァアッ!!」
辺りを巻き込む大放電、しかしフルドの速度の前にはやはり意味がないのか、天井や壁を少し削っただけだ。
フルドは放電がやむと、すぐに地面を蹴ってラルド達を狙う。
「シャァアアッ!!!」
「ッ、“雷電パンチ”!」
「シャッ!」
「えっ、ギリギリで上に!?」
フルドはラルドを狙って、ブレイズキックを繰り出す。ラルドはそれを相殺しようと、雷電パンチで迎え撃つ。しかしフルドは目の前で地面を蹴って天井へ移動する。
狙うは、攻撃が空振り、無防備なラルド。
「ら、ラルド!」
「しまっ――」
ラルドは急いで体勢を立て直そうとするが、もう遅い。
フルドは天井を蹴ると、炎を纏った踵落とし、ブレイズドロップを――
「――“ポースシールド”!」
「シャッ!?」
直前で、ミルのポースシールドが、ギリギリでブレイズドロップを防ぐ。
勿論、そうなるとフルドは空中で、しかも無防備なわけで、
「一気にチャンス到来か……!」
電撃をチャージするラルド、その両手には、手が焦げるほどの雷が纏われている。
フルドもそれを見て、何とかその場を脱出しようとする。
「はっ! 空中で身動きが取れないだろ! ざまぁみやがれ!」
そしてラルドから放たれた二つの雷は、今にもフルドを引き裂かんとばかりに射出され、
「――シャァッ!」
フルドがいない場所を、通り抜けていった。
「……なっ!?」
先程まで空中にいたフルドは、何故か既に地面にいる。
何故――と、そこで思い出す。
戦いの序盤、こうしてフルドが一度空中にいて、チャンスと思ったのだが、フルドは足から炎を噴出させることで空中移動を可能にしていた。
そして今の二人は、驚きで身動きが取れない。
「シャアアアァァァッ!!!!」
「……!」
フルドは一瞬で二人の後ろへたち、足に炎を纏わせる。
その姿を、二人は見る事しかできず、
「ら、ラルド!」
「逃げ……」
「シャアアアァァァッ!!!!」
強烈な炎の回し蹴りが、二人を勢いよく蹴り飛ばした。
〜☆〜
その場を一般人が見れば、何の冗談だといいたくなるだろう。
時の破壊を防ぎ、星の停止から世界を救った英雄、エメラルドが率いる、かなりの実力を持つチーム、エンジェル。
それがたった一人、たった一匹のポケモンによって、全員倒されてしまったのだから。
「シャァア……」
謎のパワーアップを遂げ、姿が変わったフルド。その姿は、戦闘により適したものとなっている。
その進化と擬似開放を併合し、フルドはエンジェルを倒した。
「……シャアアアァァァァッ!!!」
その雄たけびは、自身の勝利を叫びか。理性を失ったフルドに訊く事は不可能だが、十中八九そうだろう。
フルドは辺りを見回すと、再び雄たけびを上げる。自身の勝利を何度も何度も確認し、その度に雄たけびを上げる。
そして一頻り叫ぶと、フルドは出口へ向かって歩き出し――不意に振り返る。
「……ハァ、ハァ」
「シャァ……」
立っているのだ。先程、フルドの攻撃に直撃し、吹き飛び戦闘不能となったはずのピカチュウが。
荒い息を繰り返し、血を口から吐き、解放もきれ、しかしそれでも立っているのだ。
「……シャァ」
「う、ぐっ」
しかしそれも、残りの力を振り絞っての行動だったのだろうか。すぐに倒れてしまう。それを見て、フルドは再び入り口へ向かおうとする。
だが、そんなこと、ラルドは許さない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……待て、よ」
「……」
「待てって、言ってるだろォ……!」
残り少ない体力で、残り少ない力を振り絞り、ラルドは匍匐前進でフルドの元まで移動する。
その姿は弱弱しく、少し風が吹けば倒れてしまいそうだ。
「……シャァ」
そんなラルドを見て、フルドはなにもしなかった。
理性はないはずだが、武士の情けだろうか。理性はなくとも、そういった情は少し残っているのか。
しかし――そんなもの、ラルドは必要としていない。
「この、やろ……!」
だが、今のラルドではフルドになにか攻撃する事もできず。
ただ情けなく、少量の電気を纏った頬を擦り付ける事くらいしかできなかった。
「……」
その電気も、フルドにダメージを与えるほどのものでもなく、またフルドの体力も時間がたち、だんだんと回復している。
もう今のラルドに、勝ち目など残されていない。
「――いや」
「……シャァ?」
そのつぶやきは、フルドの耳にしっかりと届いた。
「まだだ、まだ……お前を殴るまでは、俺は……負けない」
「……!」
「まだ、負けるわけにはいかないんだよ……!」
ラルドは立ち上がる。残り少ない力を振り絞り、バッグからオレンの実を取り出して食べる。
何がそこまでラルドを駆り立てるのか――それは、皆を守れなかった罪悪感と、フルドへの怒り。そして何よりも、皆を守れなかった自分に対しての怒りだ。
「シャアァッ!!」
「ふぅ、はぁっ、はぁっ」
しかし、このままでは確実に勝てない。
相手のスピードに、今のラルドがついていけるはずもない。
「シャアアアァァァッ!!!!」
フルドはせめて一瞬で倒してやろうと、武士の情けか拳を固める。
そして、ラルドの元へと跳躍――しようと、力をこめた瞬間。
「……シャァアッ!?」
「やっと、気付いたか」
自分の体が、動かないことに気付いた。
先程まで動いていたのに、何故……と、フルドは困惑する。勿論、ラルドのせいだ。
先程ラルドがした、頬をなすりつける行為。あれは威力は低いが相手を確実に麻痺状態にさせる、“ほっぺすりすり”だ。
そして麻痺状態では、素早さががくんと落ちてしまう。
「しゃ、シャア……!?」
思うように動かない自分の体に、戸惑うフルド。
その隙を、ラルドは的確に突く。
「……確かに強かったよ、お前は」
「シャアァ……!!」
「それでも最後に勝つのは、俺たちだ!」
叫びながら、フルドへ突進するラルド。
そして、触れる瞬間。
「――皆に与えたダメージ、しかときっちり受け取れェッ!!!」
「シャ」
強大なエネルギーの爆発が、強力な拳とともにフルドへ襲い掛かって――
廃坑の奥に倒れる、六人の姿。
倒れたのは、四天王フルド・ムルジム。立っているのは、英雄エメラルド。
勝者、エメラルド。
次回「戦の後には休憩を」