第四十八話 神速の立体戦in廃坑
例年通りに行かない猛暑の中、ミルが聞いた幽霊廃坑へと肝試しに出掛けるエンジェル。その裏で、とある影が暗躍していて――?
〜☆〜
がさがさ、と草を分ける音が静かな森の静寂の中に響く。
たまに聞こえるホーホーの鳴き声や、夜行性ポケモン、例えばヤミカラスなどの鳴き声もありかなり不気味になっている。
そんな森の中、エンジェルはどんどんと廃坑へ向かって進んでいった。
「……ね、ねぇ。もう十分怖いし、帰ろーよ。ね?」
「まだ廃坑についてないだろ。……あーあ、これが廃校ならもっと雰囲気でて面白そうなんだけどな」
「一応聞くけど、アンタのいう廃校って学校のことよね?」
「当たり前だろ。これで、しかも木造建築で古びてたらもう完璧だな」
ありがちな展開とも言えるが、王道とも言えるだろう。古びた廃校での、恐るべきホラーストーリー……!
と、ラルドがこの前、興味本位で呼んだ漫画がそんな感じだったのだ。
「知ってるかい? 幽霊写真とか、そういう類のは大体が幽霊ポケモンだってさ。だからミルも怖がらないで、さ」
「そ、それでも怖いよ……」
ポルターガイストや誰も居ないはずの場所で声が聞こえたりと、普通ならありえない現象もこの世界ではすべてエスパーやゴーストタイプの仕業と片付けられる。
もしかすれば、本当の幽霊も要るかもしれないが、少なくともラルドは見たことはない。
「でも、やっぱり結構遠いな。もう三十分はたつけど全然見えないな」
「そりゃ一時間だからな。まだまだ半分だぜ」
「うぅ、風も生暖かいし……なんかありそう」
頬をなでる風は夏、それも例年通りには行かないかなりの猛暑という事で、夜でも生暖かく、絶好の肝試し日和だ。
怖がりのミルはその怖さにいちいち風が吹くたび怯えているが、ラルド達にはいいスパイスになっているようだ。
「そういえばラルド。なんで私達、こんな如何にも探検に行きますって格好してるのよ。肝試しよ?」
「はっ、それだからいつまでたっても、お前は十万ボルトも水の波動以上の水技も使えないんだよ」
「さ、最近バブル光線とか水手裏剣とか使えるようになったから無問題よ! ……それより、なんでよ」
「もしはぐれたりしてみろ。ミルなら大惨事になるだろ? それに廃坑は色々と危険だし、ダンジョンじゃないらしいけど、もしかしたら凶暴な野生ポケモンが住み着いてるかもしれないだろ?」
ダンジョン内だけではなく、こういった場所にも野生ポケモンはいる。そして、凶暴なポケモンはダンジョン外にもいるのだ。
「へぇ……あんた、色々考えてたのね」
「当たり前だろ。俺を誰だと心得ておる」
「溝鼠でしょ?」
「鈍感鼠のへっぽこ鼠だろう?」
「おっと予想通りすぎて涙が出てきた」
リーダーの凄みが分からん奴らめ、とラルドが怒っていると、段々とポケモンが酸くなっていく。
森もおそらく、終盤に差し掛かっているのだろう。
「……! 誰か来る」
と、そんな時、がさがさという物音が近づいてくる事に気付く。
ラルドは逸早く声をかけ、茂みに隠れる。すると、出てきたのはドンカラスを筆頭としたヤミカラスの群れだった。
「へぇ、ヤミカラスの群れなんていたのか」
「三十匹はいた。もうすぐ本格的に夜になる。活動も活発になってきたという事か」
昼も夜も、変わらずポケモンは活動している。寧ろ夜型のポケモンのほうが凶暴なこともある。
これは早急にこの森を出る必要がありそうだ。
「な、なら早くでよーよ! 私もう無理ー!!」
「あ、ミル! 道も知らずに走り出しちゃ危ないよ!」
「ああもう、迷子になりやすいくせに単独行動するな! みんな、走るぞ!」
恐怖のあまり走り出したミルを追いかけ、エンジェルは走り出す。
――影が潜む、廃坑へはもう少し。
「はぁ、はぁ……急に走り出すな! 迷子になったらどうするんだ!」
「だ、だって……怖かったんだもん! 仕方ないじゃん、生物だもん」
「お前を生物というくくりにするのが問題なんだよ! 大体、五キロ先を見れるんなら迷うはずないだろ!」
「目をこらさなきゃそこまで見れないよ! それに、視力は方向音痴と関係ないもん!」
実際、馬鹿、いやミルは別の町へ出掛けた場合、必ず道へ迷う。
以前、一応副リーダーなので連盟本部へ出掛けたときも、複雑とはいえ見えていたら普通たどり着けるはずの本部へたどり着けず、何故か見ながら歩いているというのに全然逆方向の場所へ行っていたり。
「お前、視力と方向音痴に全振りしてるだろ!」
「方向音痴はせんてん……なんとか! 視力はこうてん……なんとかだから! 方向音痴は元々! 視力は三歳くらいから!」
「お前絶対、親と買い物とか行くたびに迷子センターに行ってるだろ」
「そ、そんなことないもん! 三回に一回は行かなかったよ!」
三回に一回に行かないとは、つまり残り二回は確実に迷っているわけで。
ラルドは将来のミルが心配になってくる。こんな方向音痴と結婚でもしたの日は、買い物も料理もろくに頼めないのだろう。
そう考えると、自然と涙が。
「……うん、ミル。将来、料理も買い物もできて、高収入の人と結婚しろよ。じゃないとお前はやってけない」
「ど、どうしたの急に。……それに料理も買い物もできるよ!」
「うそこけ〜お前、俺より料理下手じゃないか。俺のポフィン食べる? お前のこげポフィンと比べたら数百倍おいしいけど」
「う、う〜!!」
「ラルド、その辺にしておきなよ。ミルが言い返せなくて困っているじゃないか」
「おお、みんなやっと追いついたのか」
後ろを見ると、息切れしているもの一名。無表情一名。その他普通、二名がいた。勿論、息切れはレインだ。
「ぜぇ、ぜぇ……ああ、久しぶりに全速力で走った。あんたたち、何? 運動会でもしてるの?」
「お前は体力なさすぎだ。またあの道場練習するか? いい経験になるぞ」
「い、いらないわよ! あんな地獄。それに私は頭脳で勝負するからね、スタミナなんていらないわ」
確かに、レインは道具を使って頭脳というよりも小賢しい戦い方をする。
この前、水手裏剣に爆裂の種を仕込もうとしていたのには流石のラルドもお前忍者か、と突っ込んでいた。
「そうそう。私、新しい技思いついたからね。爆裂の種もたんまり持ってきてるわ!」
「なんでお前、探検用意するのを疑問に思ってたくせに持ってきてるんだよ」
「元々入ってたのよ。仕方がないじゃない、新しいアイデアは疲労しなきゃ損よ」
「誰が損するんだ。……と、ついたか」
いつもの調子で進んでいると、不意に空気が変わったような気がする。
振り返ってみると、そこには廃れ、誰も近寄らない不気味な廃坑があった。
「これが幽霊が出るっていう廃坑か。……おお、線路もちゃんとある!」
「廃坑という割にはかなり綺麗だけどね。まるで日常的に使っているかのようだけど、まぁ最近廃坑になったんだろうね」
「……う、ちょっと中は寒そうね」
「心頭滅却」
「それは暑さ、これは寒さ」
「雰囲気でてるな。面白そうだぜ」
「こ、怖いんですけど……!」
奥でぶるぶると震えてるミルは放っておき、この廃坑は確かに廃れている割に綺麗だ。だが、それでも廃坑というだけでかなりの雰囲気が出る。
奥から少しだけ出る冷気が、それもまた雰囲気をかもし出していた。
「――さぁ! 準備万端、行くぞ! 肝試し!」
『おー!』
「い、いやー!」
一名、嫌がっているがエンジェルは現在に限り民主制だ。少数派に拒否権はない。
「で、肝試しといえばやっぱり一人での行動。ということで――」
「い、いやだー!!! 一人だけは、なんでもしますら、一人だけはァー!!!!」
「ちょ、しがみつくな鬱陶しい! 分かったから、冗談だから! ……はぁ、じゃ、二人組を作ってくれ」
テキトーに二人組をつくれとだけ言うと、ラルドは誰と組もうか悩む。
フィリアはおそらくヒイロとだろう。実際目の前で強引に誘われて、フィリアも想定していたのか了承している。
ではシルガ……と声をかけようとするも、レインが既にいた。理由は単純、強いからだろう。波動の探知能力もあってラルドよりこういう場面では有能だ。
……ということは、つまりだ。
「ら、ラルド。私のこと、絶対守ってね! ね!」
「えぇぇぇぇえ」
〜☆〜
一番目、ラルド&ミルペア。
理由は勿論、こんな時だけ利用されるリーダーの責任だ。正に鬼畜。
最近、こいつらリーダーを都合のいい尻ふき要員だと思っているのではないかと、ラルドは本気で疑っている。仕方がない。
そしてミルはというと、怖くて震え、一歩ずつ一歩ずつ、慎重に歩いている。
「おいミル、もうちょっと早く歩け。何も出てこないから」
「わ、分からないよ。もしかしたら、凶暴な敵が襲い掛かってくるかもよ……?」
「んなわけあるか。廃坑だぞ? それに、野生程度なら俺が一ひねりだ」
「そ、そっか……うん。ちょっと早く歩く」
といいながら、ほぼ歩く速度は変わらない。ただ一歩ずつじゃなくて二歩ずつに変わっただけだ。
いい加減にしろと、ラルドは振り返った瞬間だった。
――どこかで、なにかが崩れる音がした。
「ひ、ひぃっ!!!」
「なんだ、この音?」
落盤という訳では無いらしいが、それでもかなりの音だった。
まるで誰かが壁を壊したような、そんな音だ。
「ね、ねぇラルド。私が許すから、強制送還で、ね?」
「これだけ離れてたら、あいつらは送還されない。ほら、ここは廃坑だぞ? 元々崩れかけてた壁が今崩れただけだろ」
「そ、そうかな……」
なんとか自分を納得させようとするが、それでも恐怖を払拭する事はできないのか、また一歩ずつに戻っている。
だがラルドも諦め、このまま合流するまで行こうかと決めた――次の瞬間。
「――“とび膝蹴り”!」
「ッ、危ない!」
「へぶっ!?」
丁度右の壁が崩れたかと思うと、とび膝蹴りがラルド達を襲う。
ラルドはこれを奇跡的な速度で反応すると、ミルを蹴り飛ばし、そのまま左足で自分も飛んで避ける。
本来よけられたとび膝蹴りはそのまま地面にぶつかってダメージを受けるはずが、そのポケモンは膝が地面につく瞬間に勢いを利用して前転をすると、衝撃を和らげる。
「今の攻撃に反応するとは、流石英雄。侮れない」
「ちょっ、誰だお前は! いきなりなにすんだ!」
「我か? 我は……」
すると突然、その声の主がいるであろう場所の、二つの部分から火が噴出す。
そして今度は脚が光ると思うと、片足が炎に包まれ――その主の姿がハッキリと見えた。
「我の名は“フルド・ムルジム”。四天王にして、レイヴンのボスの右腕也!!!」
その姿は、手首から炎を吹き出し、強力な足技を得意とする、猛火ポケモンバシャーモだった。
「四天王!? ……それに、ボスの右腕!?」
「ラルド、なんで蹴飛ばしたの……って、その人、誰?」
「四天王の一人だよ! しかも、ボスの右腕って言ってる!」
「え、えぇぇぇええ!!??」
ミルは驚きを隠せず、いや隠そうともせず声を張り上げる。その表情は驚愕で彩られている。
「四天王って、アリシアやフィレアみたいな!?」
「そうだ。絶対防御を下し、自在な飛行戦を得意とするフィレアまで下した貴殿らの力、試させてもらう――“ブレイズキック”!!」
「今までとはちょっと違うけど、つまりお前も敵ってことか……なら容赦はしないぞ! “雷電パンチ”!」
フルド・ムルジムの一言により、ラルドとミルと、フルドとの戦闘が始まる。
フルドは左足で地面をけり、爆発的な加速を得ると右足に炎をまといラルドを蹴ろうとする――“ブレイズキック”だ。
ラルドはそれを見ると、即座に右手に雷を纏わせ“雷電パンチ”で迎え撃つ。が、ブレイズキックは速度も上乗せされていて、雷電パンチがやや押される。
「ぐっ……!」
「ふっ!」
「今度は回し蹴りか、でも……!」
ブレイズキックに弾かれ、体勢を崩したラルドを強烈な回し蹴りが襲うも、ラルドはこれをよけようとせず、掴む。
「くっ、そ。結構強い」
「なに!?」
「捕まえたぞ……食らえ、“十万ボルト”!」
「がっ……ぐあああぁぁぁぁ!!!」
フルドの脚をなんとか掴み取ると、ラルドは得意の電撃技“十万ボルト”で攻撃する。それはかなり強烈なようで、フルドにダメージを与える。
「ぐぅ、“火炎放射”!!」
「ッ、うおっ!?」
だがフルドもやられてばかりではいられない。自身の脚を掴むラルドに、口から強力な炎、“火炎放射”を放つ。
ラルドはそれをよけようとするも、少し当たってしまう。
「……なるほど、中々やるな」
「貴殿こそ、流石我が興味を抱くだけはある」
「……ど、どうなってるの……?」
ラルドの後ろで、ミルが困惑しているが今の二人は意識すらしていない。
互いが互いに、一触即発の状況だ。どちらかが動けばどちらかも動き、また戦闘に映る。そのタイミングを、二人は計っているのだ。
「……! “ブレイククロー”!!」
「“超帯電≪ボルテックス≫”! “放電”!」
強力な脚力を以ってして繰り出される爆発的な加速は、ブレイククローの威力をさらに上げ、ラルドへと襲い掛かる。
ラルドはそれを避けられないと見ると、咄嗟に帯電。放電で一瞬動きを止めると、それを逸らす。
「ッ、“スカイアッパー”!!」
「のわっ!?」
そんな速度で繰り出されたブレイククローをよけられたフルドは、そのまま急ブレーキをかける……ことはなく、その勢いを保ったまま再び地面をけりだし、今度はラルドの懐まで一瞬でつめると、空まで突き抜ける強力な“スカイアッパー”を繰り出す。
ラルドはギリギリで体をそらして避けると、がら空きのフルドのお腹に雷パンチを叩き込む。
「おらぁ!!」
「ぐおっ……“ブレイズキック”!!」
「“雷パンチ”……くっ!!」
だがフルドも只でやられるわけがない。その隙を突いてブレイズキックを繰り出し、ラルドの咄嗟の雷パンチで勢いは弱められた物の直撃する。
その攻撃を受けたラルドは素早く後ろへバック転で移動すると、直に体勢を立て直す。
そして思う、こいつは強いと。
四天王と名乗っているからには、必ずあの闇の結晶を持っているはずだ。だが、現時点ではそれを使わず、本気も出していないだろう。それでこの強さだ。
「ら、ラルド。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ……ッ!」
「余所見とは、我も舐められた物よ!」
フルドはラルドが少し返事をした、その間に既に自分の攻撃がラルドに届く射程に入っていた。
ラルドはミルの後ろに隠れると、直に指示する。
「ミル、守る!」
「あ、うん! “守る”!!」
「ぬ」
緑色のバリアは、フルドの高速突進をいとも容易く受け止めると、同時に解除。ミルはすぐに“シャインボール”を放つ。
「“炎のパンチ”」
不意をついた一撃、それはフルドの常人離れした反射神経により、炎のパンチで相殺される。
「あ、あれに反応できるの!?」
「常日頃から鍛錬した我の反射速度、こんなものではないぞ! “ブレイククロー”!」
「“十万ボルト”!」
迫り来る爪を、ラルドは十万ボルトで勢いを殺す。
そのままブレイククローの勢いは弱まり、逆に押し返される。
「ぬぅ!!」
「いまだミル、“シャインロアー”!」
「う、うん!」
その一撃で体勢を崩したフルドを狙い、ラルドはミルにシャインロアーの指示をだす。
これは決まった――と、ラルドとミルは確信する。ブレイククローを押し返され、体勢を崩した状態だ。幾らフルドの反射速度が優れていても、こればかりは無理だろう。
「――戦場で気を抜くとは、命を捨てたも同然……!」
瞬間。
フルドの足から炎が噴出すると、フルドの体が宙に浮く。それをもしなにかにたとえるのなら、ロケットのようなものだった。
しかし、それは逆に、バシャーモという種族は羽を持っていない。つまり身動きができない空中へ避けた時点で、自らチャンスを作ったも同然だと。
だがフルドの力は、それすらも克服する。
「ハァッ!!!」
「い!?」
「天井を蹴った!?」
空中に浮いたフルドはそのまま天井に脚をつけると、その強力な脚力で天井を蹴り、ラルドの要る場所へと一直線で向かってくる。
その速度は重力も相まって、かなりの速度で向かってくる。
「“炎のパンチ”!」
「っ、“爆雷パンチ”!」
速度を上乗せした炎のパンチと、爆雷パンチは真正面からぶつかり合う。
本来なら炎のパンチが打ち破られるはずが、速度も相まってかかなりの威力となり、爆雷パンチと相殺。フルドはその相殺時の衝撃を利用し、綺麗に着地する。
「……見たか。これが我が力」
アリシアの絶対防御でもなく。
フィレアの陽炎と自由自在な空中戦の組み合わせでもなく。
「三次元的な動きによる、高速立体戦闘……これが我の戦い方だ!」
攻略法も厄介そうな、三次元的な戦闘方法だった。
「……ライトニングボルテッカーみたいなものか」
翼が生えた状態でのライトニングボルテッカーは、地面にある障害物を利用し、音速レベルの速さまで加速して翼を羽ばたかせ、一気に突撃する技だ。
ただし、音速レベルにまで達した場合は自分の体にもぶつかったときの衝撃や音速の衝撃波のダメージが入る、かなり無茶な技だ。
「でもそれをこういう風に使われると、かなり厄介だな」
「貴殿らを倒すために磨き上げてきたものだ。当然、貴殿らの弱点も把握している」
「ほぉ、聞きたいね」
「貴殿らは、追い込まれれば追い込まれるほど強くなり、覚悟も高まる。そういう者達だ」
実際、ディアルガの時もそうだった。追い込まれて追い込まれて、そして最後にやっと全解放に目覚めた。
「そして英雄の戦い方はドーピングによる接近戦、遠距離、中距離とどれもこなせる。そして後ろのイーブイは、守るで相手の攻撃を防ぎつつ自らも攻撃していく」
「えっ、なんで知ってるの!?」
「敵の情報は全て聞いている。そして、それに対する最善な策は――」
フルドは大きく脚を上げると、思い切り振り下ろし、そして。
「守る隙すら与えず、対応できないほど早く! 高速の戦闘だ!」
「!」
脚を思い切り振り下ろし、地面を蹴り天井へと跳ぶ。そして素早くひっくり返ると今度はラルドの方へ向かって天井を蹴る。
廃坑だというのにこんなにも被害がないのは、恐らく表向きは廃坑だがこうしてレイヴンが使っているのだろう。
「“電気活性≪アクティベーション≫”、“爆雷パンチ”!」
「“ブレイズキック”!」
ラルドは電気活性≪アクティベーション≫を使い、フルドの速度に対応すると直に爆雷パンチでフルドのブレイズキックに対抗する。
その威力は、ほぼ互角。
「ぬっ……!」
「ぐぅ……!」
だが重力を見方に付けている分、フルドの方が若干有利だ。
ラルドは段々と押されていく、が。
「“シャインボール”!」
「ぬおっ!?」
横からの光弾により、フルドの力が抜けた事で一気に力をこめて、殴り飛ばした。
「ナイスだ、ミル!」
「うん! 自分でも結構よかったと思ってる!」
そう、幾ら二人が早さに弱いとはいえ一人対二人だ。それに、後少しでまた二人も来るだろう。
ラルドとミルの連携力もかなりのものだ。エンジェルのメンバーが揃うまで持ちこたえることは簡単だ。
「よし、この勢いを保つぞ! “暴雷”!」
「ぐぬッ」
二つの雷は焦げた跡を残しながら、フルドへと向かっていく。
フルドは咄嗟に後ろへ跳ぶと、そのまま上へ跳び、その雷を避ける。更に天井に達しているので、攻撃しても意味がない……訳もなく。
「“十万ボルト”!」
「この程度!」
十万ボルトで攻撃しするが、やはりフルドは避ける。天井から地面へと――そう、地面へと。
「――“チャージビーム”!」
「グヌゥ!?」
電気を束ねた一撃が、フルドが着地した瞬間を狙って放たれる。
それは僅かに掠っただけだが、チャージビームの追加効果による特攻上昇はかなりのものだ。
「やっぱり!」
「な、なにが!?」
「確かにあいつは早いけど、それでも蹴る時には少しだけの溜めがあるんだ」
本気になればわからないが、今は少なくとも少しの隙がある。その隙さえ突けば、なんとかダメージを与える事も可能だ。
そして、解決策はまだある。
「舐めるな! 我をその程度で攻略したつもりか……! 我の立体戦闘は、その程度では破れん!」
「いいや、それには決定的な弱点がある! 今まではお前のその攻撃力でなんとかなってきたかもしれないが、俺には通じないぞ!」
「なにを……“跳び膝蹴り”!」
再び天井へ跳ぶと、天井を思い切り蹴り炎を纏った蹴りを放つフルド。
確かにそれは早く、力強い一撃だ。しかしそれでも、ラルドは真正面から迎え撃つ。
弱点を造るために。
「行くぞ!」
「ハァッ!!」
威力が高く、ラルドが迎え撃つつもりなので確実に当たるといっていい跳び膝蹴り。元々の威力に加えてフルドの攻撃力も合わさり、それは強力な一撃となる。
それでもラルドは逃げない。ひきつけ、引きつけて――
「“シャインロアー”!」
「なっ……!? グオオッ!!?」
「ぶっ!」
突然、横から襲い掛かったシャインロアーによって、ラルドもフルドも大きく吹き飛ばされる。
「がはっ……馬鹿な、味方もろともだと!? 貴殿らが、まさか……!」
「はっ、お前はただ高速で天井と地面を移動しているだけと思えば簡単だ。天井と地面の間、つまり空中が弱点になる」
「そうだとしても、味方もろとも技を撃つとは思えん」
「甘い甘い。モモンの実の百倍の甘さくらい甘い。勝つためなら、多少の犠牲はやむをえないぜ」
破壊光線並みの威力を持つシャインロアーの直撃はかなりつらい、が、それでも決定的にフルドとラルドとは違うものがある。
「それと、じゃじゃーん。これなーんだ!」
「それは……オレンの実!?」
「正解だ。そしてこれをこう、がぶっと」
ラルドはバッグから取り出したオレンの実を口に詰め込むように食べると、飲み込む。これで体力を回復する。
「卑怯な……!」
「知るか、こっちはいきなり勝負しかけられてんだぞ!」
いきなり勝負を仕掛ける方が悪いと、ラルドは思っている。確かに向こうは回復はできないし、ラルド達は仲間もまだいるが……。
と、ここでふと思う。
「あれ、俺たちの方が悪役っぽいんだけど……まぁいいか。さ、オレンの実もちょっとは持ってきてる。お前の負けは決まったようなものだ!」
「……ほう、ならば、我も本気をだすか」
そういって立ち上がるフルドの目は本気で、雰囲気も一瞬でより張り詰めた物へと変わる。不利になって、態々手加減する必要はないと思ったのだろう。
「我の立体戦闘を、上下だけだと思っているのならば、それは大きな間違いだ」
「なに?」
「ま、まだ何かあるの!?」
「ふん。我の立体戦闘は上下だけには収まらぬ……見よ、これがわれの本気だ!」
フルドは炎を噴出させ、天井へ脚をつける。そして天井を蹴ると、そのまま下……ではなく、横の壁へと向かっていった。
「横!?」
「立体戦闘なのだから、これぐらいは当たり前だ! ……そして!!」
そして、横から下、上、下、横、上、と高速でトリッキーに移動するその姿は、段々と捉えられるものではなくなっていく。
加速し続け、二人の視界からフルドが消えた瞬間。
「“ブレイズキック”!」
「ッ、ぐっ!?」
横からフルドが現れ、ラルドにブレイズキックを思い切り決めた。
「は、早い!」
「貴殿のライトニングボルテッカー、参考にさせてもらったぞ……!」
「お、俺の!? ……いや、それよりも!」
なんで自分のライトニングボルテッカーを知っているのか、と思った。
あの技は全解放時にしか使っていないはずだ。そして、全解放もディアルガ戦だけのものだったのだ。
それを何故、このポケモンは知っているのだろうか。
「……色々、聞きたいこともできた……俺も、本気ださせてもらうぞ」
「上等、“スカイアッパー”!」
「ッ、“メガトンキック”!」
「ぐぬ!?」
超近距離からのスカイアッパー、それもかなりの速度の物だが、それをラルドは素早く背を曲げる事で避ける。そしてその時の勢いを利用し、メガトンキックでフルドの顎を思い切り蹴り上げた。
「ぐぉ……中々!」
「当たり前だ、仮にも英雄だぞ? それに、お前に聞きたいこともできた。早く倒させてもらうぞ!」
「やれるものならば、やってみろ。ハッ!」
「ちっ、また立体移動か!」
上、下、横、四つの壁をそれぞれ複雑に移動し、速度を上げるその戦法はかなり厄介なもので、同時に自分のライトニングボルテッカーも客観的にみればこれだけ厄介だったのかと知る。
そして、大きな蹴りの音がすると同時に。
「“雷電パンチ”!」
「“二度蹴り”!」
それぞれの技がぶつかり合う。
奇跡的に、フルドの技に反応できたラルドだったが、フルドはそれを呼んで二回攻撃できる技“二度蹴り”でラルドを襲った。
結果、ラルドは一回目の蹴りを止められたが二回目のけりを止められず、大きく吹き飛ばされる。
「くそっ、その速さは反則過ぎる!」
「幾ら筋肉を弄ろうが、種族の差は越えられぬということだ!」
「うおっ!?」
再び移動をし、ラルドへ攻撃を仕掛けるフルド。それを何とか避けるも、劣勢なことに変わりもなく、ラルドは何とかしようと考える。
相手の動きを止める方法を、今までの経験から考える。考える……そして、思いつく。
「ここの高さは……結構高いな」
1,9mのバシャーモがこうも自在に跳び回れるほどだ。大きいに決まっている。
ラルドは電気をチャージする。頬の電気袋から大量の電気が漏れるほどに、だ。
「なにをしようが、止められはしない……! 行くぞッ!!!」
「来い!」
「“跳び膝蹴り”!!」
「“ディスチャージ”!」
高速の跳び膝蹴りは、ラルドに触れる寸前、ラルドから溢れ出る強力な放電が跳び膝蹴りは中断され、フルドにもダメージが入る。
「なるほど、直前までには反応できるという事か」
「それくらいできなきゃ、英雄とは呼ばれないからな。……“アイアンテール”!」
「ふっ!」
フルドの要る場所へ、硬化した尻尾を思い切り振り下ろすが、強力な脚力によってそれは避けられ、地面が砕ける。
その砕かれた岩は、空中をまい……ラルドはそれを、十万ボルトで吹き飛ばす。
「喰らえ!!」
「ッ、“高速移動”!」
高速で移動し、迫り来る岩を避けていくフルドだったが、それでも岩の群れの前にはやはり避けるだけでは無理があったのか、空中で岩にあたる。
その隙を見逃すほど、ラルドは優しくない。
「“十万ボルト”!」
「私も、“シャドーロアー”!」
「ッ……“火炎放射”!」
十万ボルトとシャドーロアーと、火炎放射による対抗。だが二つと一つで威力が違いすぎるため、火炎放射は直に押し負け、フルドは二つの直撃を受けて吹き飛んだ。
天井に背中を打つと、そのまま重力に身を任せ地面へと落ちていく。
ラルドは追撃するため、フルドへ向かって走る。手には強力な雷を束ねている。
「まだまだァッ!! “爆雷パンチ”!」
「……ッ」
二足歩行で走り、フルドへとその爆雷の拳をめり込ませる――と、思われた。
「“ロケットウォーク”!!」
「はっ!?」
だがそれは、フルドの脚から噴出した強力な炎の推進により、はずす事になった。
「じ、“十万ボル」
「遅い、“炎のパンチ”!」
「!?」
フルドの拳は的確にラルドの顔のど真ん中を打ち抜き、ラルドは後退する。その間に、フルドも起き上がる。
「痛っ……今のはなんだ!?」
「足から炎が出てたけど……まさか、あれで?」
「そうだ。足から炎を出し、宙に浮く。これで、ある程度の空中操作も可能だ」
「なるほど。そういうわけか」
先ほどの放電やシャインロアーのような不測の事態にでも陥らない限り、空中でもフルドはある程度動き回る事が可能ということだ。
更に、これだけで四天王が終わるはずもなく、確実にまだなにかあるとラルドは踏んでいた。
「……英雄よ。貴殿との勝負は確かに心踊る。だがやはり、そろそろ我も終わりにしなければいけないようだ」
「あ?」
「足音から分かる。貴殿の仲間が近づいてきている……そうなるとかなり厄介となる。ならばこのチームの精神、戦術的支柱である貴殿を率先して倒すのは道理」
「ま、確かに」
実際フィレア戦も、ラルドがいなければもっと苦戦していたか、或いは負けていただろうし、アリシア戦などラルドがいなければそもそも生きていたかどうかすら怪しい。向こうは完全にこちらを殺しにかかってきていた。
つまりエンジェルは、無意識的にラルドを頼りにしている。ミルなど、特にだ。
「そこのイーブイも、ボスからの話だと弱そうに見えるが敵に回ると防御の点においては優秀とのことだ。潰しておくほかはない」
「そ、そうかな……」
「照れてんじゃねー!! 今は敵の目の前だぞ、しかも油断できないような!」
「そう、英雄の言うとおりだ。決して油断してはならない……“高速移動”!」
その一言ともに。
フルドの姿が、一瞬揺らいだかと思うと視界から消えうせる。
「!」
「高速移動、さっきも使ってたからな、速度上昇か!」
「その通りだ。……そして、我はいままで大技ばかり繰り出していたが、我の本気は違う」
「なにを」
「我の本気は……こうだ! “ブレイククロー”!!」
「ッ、うわっ!?」
急に現れたかと思うと、ラルドをお腹をブレイククローで攻撃し、そしてまた姿が見えなくなる。
そう、スピードタイプの真骨頂、スピードの真の戦い方ともいえる戦法だ。
素早いことを活かし、相手が捉えられない速度を維持しつつの攻撃と、かなり厄介な戦い方だ。
「ら、ラルド! こういう時の放電だよ!」
「いやダメだ。俺が発動する瞬間に、あいつは直に射程圏外へ逃れられる」
「じゃ、じゃあどうすれば?」
「……なんとか耐え忍んで、あいつが疲れるのを待つか」
「え、えー!!」
ミルは不満だろうが、それしか今は思いつかないのだ。
ここにフィリアの一人や二人でもいれば話は違うのだろうが、今は居ない。
「話し合いは終わりか? ならば――とどめだ!」
「ら、ラルド!」
「ぐっ……!」
焦りだけが積もる中、遂にフルドは止めを刺そうと壁を蹴り――そして、直にまた、なにかが壁に叩きつけられた。
それは、赤い体毛を持つバシャーモ……つまりフルド・ムルジムだった。
「あ、あれ……フルドが、なんで?」
「壁を蹴った瞬間叩きつけられたみたい、というか蹴りつけられたというか、あいつの速度を的確に打ち抜ける奴なんて、エンジェルじゃ一人だけだろ」
「……あっ!!」
ミルも思い出したのか、嬉しそうに振り返る。
フルドが誰だ、とでも言いそうな鋭い目つきで見たのは、青い体毛に覆われリオルでは本来扱えないはずの強力な波動をバンバン使いこなすリオル。
「随分と苦戦しているようだったな。感謝しろ、助けてやったぞ」
「そりゃどうも。シルガ様!」
シルガ・ルウス、そして。
「僕たちも、到着だよ」
「中から変な音がすると思ったら、やっぱこうなってんのか」
「ハロー、って、そこのバシャーモなに?」
「み、みんな……! 来てくれたんだ!」
「集合、してしまったか……!!」
先ほどまでは焦りとどうしようもないという気持ちで一杯だった二人だが、直に気持ちが切り替わり、先ほどとは打って変わって何が来ても大丈夫だと思った。
なぜならば――
「さぁ、全員集合した。後はフルド、お前を倒すだけだ!!」
皆が揃っているのだから。
「やれるものならば、やってみろ」
「あら、六対一の癖に妙に強気ね」
「レイン・コキュートか……残念だが、貴殿の戦い方は、今からの我にはあまり通用しない」
「げっ、なんで私の名前を!? ……って、ああ、連盟にもレイヴンがいたわね」
「それよりも、レインが通用しないって、どういう意味だい?」
「そのままの意味だ。流石の我も、貴殿らが揃えば勝ち目はない……これさえなければの話だがな!!」
そういって取り出したのは、禍々しいオーラを放つ黒い結晶。人々の悪意の結集したものともいえる、闇の結晶だった。
「パワーアップか!」
「この状態の我に、英雄は苦戦したが、更にパワーアップを積み重ねれば……!!」
結晶から溢れる悪意のオーラが、螺旋状にフルドの腕を伝っていく。
それはやがて体へと周り、足へと回り、全身へと回り……そして遂には、全身を取り巻く黒い瘴気となった。
「――貴様らの快進撃も、ここまでだ。我が全て潰させてもらう」
「やれるものならやってみやがれ、この雛上がりのチキン野郎!」
次回「加速する疾風」