第四十七話 幽霊廃坑
マーレとの辛い別れを体験し、また一歩成長したラルド。そしてまた、いつものラルドへと戻りつつあり――?
〜☆〜
あれから四週間が経った。
夏の日差しが照りつける今、普段なら日差しがうまく遮断されるサメハダ岩も、例年通りにはいかない今年の日差しは遮断できないようで。
エンジェルは夏の暑さに負け、ほぼ全員が家からは出掛けていた。
「……あー、暑い」
「はっ、これくらいで暑いなんざぁ、鍛え方が足りねぇんだよ」
「五月蝿いお前は炎タイプだろうが。……いや、フィリアもやけに元気だったな」
「日差しが強すぎて、光合成しすぎたらしいぜ」
「あー、なるほど」
この暑さだ。草タイプのフィリアの元気はマッハでなくなっていく。
だから光合成をしたんだろうけど、この日差しの強さじゃまぁ……かなりの光合成をしたんだろうな。
「で、お前なんで俺についてきてるの?」
「テメェについていきゃあ、なんか面白ぇもんがあるかと思ったんだよ。結果は見ての通り」
「ふざけんな教育するぞ、このやろう」
「お? やる気か? 丁度いい、俺もあの焦げ鳥との戦いでパワーアップしてんだ。今ならあいつみたいなのが来てもへっちゃらだぜ」
「ほーう。その気になれば、俺はお前なんか一撃必殺だぜ? オーバーキルのバーストパンチがあるからな。それでもやるか?」
とはいっても、動く相手にはほぼ当たらない。しかもかなりの耐久を誇る奴には耐えられる可能性もある。威力は高いが一撃必殺というほどでもない、でも命中率は一撃必殺級の中途半端だけど。
それでもこいつには十分だろう。
俺とヒイロは、互いに警戒しながら、それぞれ利き足に力をこめると、一気に飛び出して……!
「こんなに暑い中、君達もよくやるね」
「ん、フィリアか――ぶほぉ!!?」
「バトル中に余所見たァ、いい度胸してやがんな!」
「と、咄嗟に炎のパンチに切り替えてくれたのはありがたいけど! そんなのよりも攻撃中止とかあるだろ!? ……ああぁ! 夏の暑さでさっき攻撃された所が!!」
ヒリヒリする! ヒリヒリする!
とかなんとか悶絶していると、フィリアが蔓で俺の肩を叩く。
「ああぁー……なんだ、一体。俺のヒリヒリを治せるのか? 治せたら感謝料として500Pやるよ」
「林檎20個分か。悪いけど僕は今、喉の渇きを早急に潤したいんだ。林檎でもできるけど、やはりこの炎天下の中に飲む水やジュースは格別だろうね」
……フィリアの手に持っているのは木の実。
そしてジュースといえばパッチールのカフェだ。
「つまりカフェに行くぞと。素直に言えよ、ほら行くぞ」
「テメェ、フィリアに対してなんて態度だ!」
「あ、あぁ!! ヒリヒリしてるところを! あぁ!!」
その前にこいつぶん殴る!!
〜☆〜
「……なんだ溝鼠か」
「溝鼠ね」
「やっほーラルド。元気?」
「全員、テーブルに突っ伏しながらなに言ってんだよ……」
ミルに至っては恐怖すら感じるぞ。なんだよ、その体勢でのその言動。
「流石に暑さには勝てん」
「心頭滅却してないからよ。波動使いの癖に生意気よ」
「それは流石に無理があるだろ」
心頭滅却しても暑い事には変わりないって、はっきり分かんだね。催眠術レベルの思い込みとかは無視しておく。
……それにしても皆、このクソ暑い中、カフェにはあんまりいないな。
「あのね、皆がここに集まるからかえって暑くなっちゃったから、皆、自分の家に帰ったりしてるんだよ」
「なるほど。それでこんなにもがらがらなのか」
タルイーズの二人も、いつもここにいるはずなのにいないとは。
タルイーズさえ動く気になるこの夏の暑さ。流石に異常すぎるぞ。
「……あ、そうそうラルド。聞いたんだけどね、面白い噂」
「いい加減、テーブルに突っ伏しながら喋るのやめろよ。気味が悪いぞ」
不気味というのか、こんな状態でシリアスな話しやられても笑う事しかできないぞ、俺。
「いいじゃん。でね、実はトレジャータウンからちょっと西に行ったところにね、有名な廃坑があるんだって」
「それが?」
「でねでね、そこね。……出るんだよ」
「幽霊?」
「夜中になると、ひゅーどろろって……ネタバレしないでよ! 折角最後まで聞けた珍しい怖い話なのに!」
ミル基準での最後までといえば、全人類が少しも恐怖心をあおられないレベルの話だろうに。こいつはなに言ってんだ。
「で、その廃坑ってどこなんだ?」
「えっとね。ここから西に歩いて一時間だって。結構近いね」
「なら、走ったら直か」
奇跡の海まで走って一時間の俺に死角はなかった。
……あ、でも色々なドーピングや強化しまくりだったからなぁ。あの痛みを味わうくりなら歩いていくか。うん。
「……? ラルド、行くの?」
「なに言ってんだ。肝試しに行くって話しだろ?」
「……!?」
怖い話じゃ物足りない。だから肝試しというものがある。
幸い、西の方は森があるから行きも帰りも結構雰囲気あるだろうし、決まりだな。
「なるほど、肝試しか」
「私は行くわ。久々に人間らしいことして見たいもの」
「僕も、久々にそういうことをしてみたくなったよ」
「フィリアが行くなら俺もだ!」
「え、ちょ、ちょっと皆……え? 本気?」
ミルが困惑している。つまりネタ程度で振った話題だったんだろう。それがこんな話になって焦っていると。
……なるほど。
「よーし、出発は明日の夜だ! 皆、ちゃんと準備していくぞ!」
『おぉー!』
「なんでもするから、それだけは! それだけは止めてください!」
やめない。
〜☆〜
只今、昨日から何十時間後もたった夜の十時だ。
夏といえども、こんな時間になれば夜は暗くて夜空は綺麗で、誰も居ない町は静かだ。
たった一つ、いつもと同じ点があるとすれば、それは間違いなく、この集団だろう。
「ね、眠い……!」
「嘘つけ。全員、今この瞬間のために昼寝したんだぞ」
そう。探検隊の朝は早く、そして夜も早い。
六時半から七時の間に起きて、そして八時までに準備。そしてそこからちょっと時間を空けて依頼を受けるなどと、かなりハードスケジュールだ。
ただし夜も早く、大体七時か八時には寝ている。
だがエンジェルは子供なので六時には寝ている。だから、今日は一切仕事せずに昼寝したのだ。決してサボリでもなんでもない。
「幽霊廃坑へ肝試し! 夏といえばこれだろ! さ、行くぞ!」
「や、やだー! 怖いものは怖いー!」
「パジャマに逃げ込むな! パジャマはジャマ、さぁ行くぞほら行くぞ!」
「うわぁー!! フィリア、レインー!!」
「仕方ないけど、これ全員参加なのよね」
「ミル。気味の度胸を鍛えるいい機会だよ。さ、来るんだ」
「つ、蔓の鞭で引っ張りながらいいこと言わないで! ……あ、あー!!!!」
ミルの悲鳴は、虚しくも夜空へと消えていくのであった。
――赤熱を帯びた脚による突きが、岩盤を抉る。
炎を纏ったパンチは向かい来る無数の岩の飛礫を、避けられないものだけを的確に打ち抜き、必殺の跳び膝蹴りは壁を易々とぶち破る。
その衝撃でこの場所が崩れるかと思ったが、思ったより頑丈でびくともしない。
「……静かな夜だ」
普段、秘密裏に使っているこの坑道も今は夜ということで使っておらず、そのポケモン以外は誰も居ない。
トロッコや線路はそのままで、たまに鉱石などが残っている事もある。
そんな中、このポケモンはいた。
「今日もこの場で、我々の作戦への一歩を踏み出しました。ボス」
そのポケモンは何かの気配に気付くと同時に、どこかへ向かってつぶやく。
それは傍から見るとただの独り言で、しかしそのポケモンはそのボスとやらに言葉が通じたと見ると、すぐさま修行を始める。
「――英雄よ、我と相見えるとき。それが貴殿の最後だ」
その言葉は、誰にも聞こえず。
次回「神速の立体戦in廃坑」