第四十三話 エンジェル+マーレの一日
拾ってきたタマゴから生まれてきたポケモンはなんと幻のポケモンだった。ラルド命名で、そのポケモンはマーレと名づけられ――?
〜☆〜
エンジェルの朝は早い、訳でも無い。
大体、フィリアが七時丁度に起き、その次にシルガが起きる。そして料理係のヒイロが料理を始め、レイン、ラルド、そして朝食の香りにつられてミルが寝ぼけながらも起きる。
そんな感じで毎日を過ごしていたのだが、マーレはというと……。
「らる、はよー!」
「ラルじゃないですラルドです。……って、なんで俺に引っ付いてねてたんだよ、こいつ」
「君が親と認識しているからだろうね」
「みる、まだねてうー」
「ぐー」
「生まれたての子供にまで指摘されるなんて、なんて酷い」
料理のいいにおいを嗅ぎつつ、ラルドはやることが特にないので再び寝転ぶ。探検がない世界にラルドが行けば、きっとニートへと昇格するだろう。
「今、ニートを馬鹿にされたような……」
「実際そうだろ」
「失礼だね。ニートは働かなくても生きていける、そんな素晴らしい職業なんだよ?」
「根っからのニートを矯正できはしないと、俺は言いました」
「にーと♪」
とても可愛らしい声でとどめをさされかけたフィリアだったが、そこはスルーすることでなんとか耐え忍ぶ。
「さて、マーレに色々教えておこうか。なんかされたら嫌だし」
「なーに?」
「いいかマーレ。キッチンにだけは近づくなよ? 近づいたらあの怖い蜥蜴に蒸発されちゃうからな? 危ないからな?」
「うー♪」
「おいテメェふざけんな!」
「とかげ、いや!」
ラルドの嘘にも簡単に騙される生後二日目のマーレ。だが仕方ない、生後二日目なのだから。
マナフィという特殊な種族上、こんなに早く喋られるようになるだけなのだ。中身は純粋で、ミルとは大違いだ。
「ちっ……ほら、朝飯できたぞ」
「おー、今日はなんだ? なんかいつもと違う方向のいいにおいだけど」
「グミパン。面倒だからこれでいいだろ」
グミパンとは、グミをジャム状に潰し、そしてそれを塗って食べるというなんとも簡単なものだ。
ただ簡単で尚且つおいしいという点から、主婦から探検隊まで幅広い人気を誇っている。人間で言うトーストのようなものだ。
「黄色ジャムは全部俺のな!」
「ふざけんじゃないわよ、私にも渡しなさい!」
「ギャグいうなよ、寒いな」
「きーっ!!」
「ほら、落ち着いて……どーどー」
「ちゃんと二つ用意してあるに決まってんだろ。ぎゃーぎゃー騒ぐなみっともねぇ」
このように、朝食時に必ずといっていいほどなにかの騒ぎがあるのもエンジェルの特徴だ。殆どがこんな下らない争いだが。
ラルドとレインは喧嘩をやめると、さっさとグミパンを食べる。勿論自分の好みのグミジャムなので美味しさ二倍だ。
「……ん、マーレ。食べないのか?」
「んー!」
「ああ、食べ方分からないのか。……ほら、口開けろ」
「あー!」
マーレは自分で食べられないのか、仕方なくラルドはパンをちぎって青ジャムを塗り、食べされる。
美味しそうにしているあたり、どうやらよかったらしい。
「ラルド、お母さんみたい!」
「!?」
ふと零したミルのつぶやきで、残り四人は少し笑みを浮かべる。
そしてラルドは瞬時に悟った。これはまずいと。今までの経験上、必ずこいつらは煽ってくると直感した。
「小さい子供にご飯を食べさせてあげる……母親と呼ばずしてなんと呼ぶのかな」
「雄なのにね」
「……オカマ」
「近寄るなよ、気持ち悪いがうつる!」
「うつるわけねーだろ、後お前らやめろ! 虫唾が走るわ!」
「ぱー!」
「ああもう、はいはい今やるよ! ……お前ら見るなよ!」
食べ終わると、マーレの口もとについたジャムをふき取るという正しくお母さんな行為をする。
エンジェルとマーレの朝食は、これにて終了だ。
〜☆〜
エンジェルは、朝食を食べた後は基本ぶらぶらするか探検の準備だ。
今日はマーレがいるため、臨時で探検は休みになり、トレジャータウンをぶらぶらするかギルドで弟子たちと話すか、カフェへ行くかの三つしかやることがない。
そして、ラルドとマーレといえば……。
「……」
「らーる! らーる!」
「おおぉー!! 可愛いっすね!!」
「これはまた珍しいポケモンだね」
「「「すげぇー!!」」」
カフェでヘラクロス、バリヤード、チームカマイタチの面々を筆頭とした集団に囲まれていた。
みんな、マーレが珍しいのか二人を中心にかなりの集団ができている。その大半、というか全てがマーレへと視線を注いでいた。
「可愛い……だるい……」
「すごい……眠い……」
「タルイーズの二人はまたこんな所で寝転んでるのか」
「最近、そろそろ貯金が底をつきそうとか言ってたぜ。それよりも英雄、その子はなんていうんだ? 教えてくれ」
「マナフィっていう珍しい種族らしいぞ。名前はマーレ、海って意味だ」
マーレという言葉を聞いて海と連想する人はこの世界にはいないので、ラルドは意味を説明する。自分でつけた名前だ、意味を知ってもらいたいと思う。少なくともラルドはそう思っている。
「へぇ、聞いた事無いな」
「当たり前だ。俺の地元特有の言葉だからな」
但し、今どこにあるか分からない地元だが。
「ふぉおおお!! 可愛すぎるッスー!!」
そして、そのままヘラクロスは鼻血を拭いて倒れた。
「お、おい! こいつ鼻血噴出して倒れたぞ!」
「いつものことだよ」
「興奮したら鼻血出る体質の癖に興奮しやすい体質だからなぁこいつ」
「気の毒すぎる……」
どんな冷徹無比な輩でも、さすがにこれには同情するだろうと思うほど同情するラルド。弱点を誘発しやすい体質など気の毒すぎて慰めの言葉も出てこない。
「ま、慣れっこだからすぐ復活するんだけどな」
どうやら本人はなれてしまっているらしい。ここまで来ると、逆に同情しなくなってくる。
「……じゃ、俺たちはこれで。ギルドの奴らに見せびらかせてやるという用事があるからな!」
「悪趣味だな。じゃ、またな英雄」
「おー!」
「おーー」
手を振り、ラルドはカフェを後にする。
目指すは只一つ、目的も唯一つ、ギルドへ自慢をしに……。
「そう考えると、如何にも自分の頭が子供なのかが浮き彫りになってくるような……気のせいか」
「ちゃー!」
「否定の言葉じゃないと受け取っておこう。さてと、そろそろか」
ギルドへの長い階段と橋を渡るのは流石にマーレじゃ無理だろうと現在、ラルドはマーレを抱えた状態で橋を渡っている。
崖なので結構高く、そこから見える景色が楽しいのかマーレははしゃいでいた。
「〜〜♪」
「遂に鼻歌を歌いだしたか。幻のポケモンの進成長速度とは恐ろしい物よ」
町を歩く人の真似をしたのか鼻歌まで歌いだす。それほど早く成長しているということで、ラルドとしてはなんとも言いがたい感情だ。
ただ子供の成長を喜ばない親はいないのと同じで、ラルドもマーレが成長していく事は嬉しく思っている。
「……お、ソーワ。久しぶりでもないほどの久しぶり」
「ややこしいですわね。あら、そちらの子は?」
「まーれ!」
「遂に自分の名前まで言えるようになったのか。あ、こいつは閉ざされた海で拾ってきたタマゴから孵った奴で、マナフィっていう種族のポケモン」
「!? と、閉ざされた海で……!? こ、こうしてはいられませんわ! 今日の依頼を一瞬でこなして、ワタクシも閉ざされた海へ行きますわ!!」
「っと、……行っちゃったか。あまりの興奮に、あいつ依頼こなしたらその空き時間分雑務があること忘れてるな」
人がほぼいないプクリンのギルドでの掟だ。その昔、エンジェルも同じ目にあったことがある。
前日、酷く疲れたので翌日は依頼を早くこなして休もうとしたら、焼き鳥ことペルーに雑務をしろといわれ、そのまま夕食の三十分前まで雑務をこなし、結局寝てしまい夕食を食べられなかったという惨事がある。
日によってない日もあるが、今日はきっちりある日だ。
「可哀想に。あいつも同じ運命を辿るんだろうな。……行こうか」
「いこー!」
ソーワを哀れみつつ、ラルドはギルドへと入る……前に足型鑑定を受ける。
「足型発見。足型発見」
「誰の足型? 誰の足型?」
「足型は、ラルドさん!」
「なんだラルドか。入っていいぞ」
「いい加減やめにしろよ。このやり取り」
誰に対してもやっていると思うと、絶対に喉が枯れるだろうとラルドは思い、終わるときに聞いてみたところ、全く喉が渇いていないというので驚いた記憶があった。
慣れとは恐ろしいと、ラルドはその時思った。
そんなことを思い出していると、鉄柱が開く。
「すごいー!」
「俺の自慢のギルドだからな。当たり前だよ。なんてったって、世界を救ったこの俺、英雄が卒業したギルドだからな!」
「らーる、すごいー?」
「凄いぞ、お前の何十倍の大きさの奴を倒したからな!」
「すごいー!」
きゃっきゃと喜ぶマーレを見て、ラルドは頬が無意識に緩む。そんなことには気付かず、片手でマーレを持ったまま梯子を降りていく。
「んで、ここが地下一階だ。その下が、地下二階な」
「みるー!」
「ほー、そんなに見たいか。じゃ見せてやるよ!」
それから、ラルドの説明講座が始まった。
まずは依頼掲示板を説明する。主に救助活動が載せてあることや、たまに面白そうな依頼があること。
隣にお尋ねものポスターがあり、いつもエンジェルではミルを筆頭とした女性陣と男性陣による依頼かお尋ね者かの争いがあること。また、女性陣はミルを除いてそこまで乗り気ではないこと。
おそらくほぼ分かっていないだろうが、教えるという行為自体をラルドは楽しんでいた。
「これが父性本能というやつなのかな……いや知らんけど」
「らーる、下ー?」
「ああ、分かってるよ。いいか、下にはな、焼き鳥と妖精がいるんだ」
ペルーが焼き鳥という事は間違ってはいない、さらにプリルも焼き鳥自身が妖精のようなお方だといっていて、強ち妖精も間違いではないだろう。
「よーせい? やきとり?」
「そうそう。にしてもやきとりの発音だけはいいな。なんかあったのか?」
日頃から焼き鳥焼き鳥と言っているので、生まれたときに言いまくっていたのを聞いていたのだろうかとラルドは推測する。が、そんなもの幾ら推測した所で意味がないのでさっさと下に降りる。
「さ、ここが弟子達以外はほぼ入ってこない地下三階だ。お前にゃあんまり興味ないと思うけどな」
「わー、けしきすごー!」
「ほー、ミルと同じ行動とりやがった。初めては一応ミルも自重してたけど」
逆に言うと、ミルとマーレの脳内回路はほぼ同じだという事だが、それには気付いていないらしい。
因みにほぼ使っていないので忘れていたがバルコニーもある。だが小さく、なぜこんなことに予算をつかったというくらい利用頻度が少ない。
「お、ラルド。昨日ぶりだな。どうだ、マーレの様子は?」
「お、ペルー。まぁまぁだな。成長速度だけは超速いけど」
生まれて一日でここまで話し、歩けるポケモンもそういないだろう。歩いているというより、マーレの場合浮いているといってもいいだろう。何故か、不思議な力かなにかで浮いている。
「幻のポケモンだからな。そこらへんは分からないぞ……それで、あの子をどうするつもりなんだい?」
「? どう、って?」
「当たり前じゃないか。幻のポケモンだ。本来は見る事さえ稀少なのに、こんな所で育ててみな。研究材料として持っていかれても知らないよ」
「そんな展開はないだろうけど、まぁ、その時になったら考えるよ」
「全く、お前という奴は……そんなんじゃ、いざ危機に面したとき、対応できないよ!」
「そんなことはあんまりないから安心しろ」
一人で探検する事など、エンジェルにはほとんどないので安心だ。その上、ラルドはリーダーだ。必ず、探検には必要な存在である。
別にリーダーバッジをフィリア辺りに渡せばラルドが行かなくてもいいが、ばれたときのお咎めを考えるとやはりラルド+αとなる。
「そうだ。プリルにも見せてやろうか。あいつも驚くだろうな」
「親方様はそんなことでは驚かないぞ」
「わーぁ、これは驚いたね。マナフィかなぁ?」
「ほら見ろ」
「!? ……って、親方様!? 書類はどうしたました!?」
「全部終わらせたよー、お陰でお腹ぺっこぺこだよー。セカイイチーセカイイチー」
書類をすべて終えたというのに、プリルはいつもと変わらず、相変わらずセカイイチである。
「たまには他の食べようと思わないのか?」
「金のリンゴなら食べるよー」
「ギルドの全財産を終わらせる気ですか!」
まず、そんなものは探検中にも手に入る確率がレア中のレアで、全財産を払っても手に入る確率はそこまでないのだが。
ラルドは相変わらず、セカイイチを愛しているプリルに呆れる。
「全く。早くセカイイチを卒業しないと、ペルーの胃に穴が開くぞ」
「大丈夫。穴が開いたら防げばいいんだよ」
「黙っててください! アンタも、そんなことばっかり言ってたら、つつくよ!」
「あっ、ちょ、痛い痛い! 分かった分かった、出て行きますよ! ……ほら、行くぞマーレ」
「あー! まだー!」
「すたこらさっさー」
ペルーの機嫌が悪くなったようで、ここは素直に退散する。余計な厄介ごとに巻き込まれたくはないのだ。
知らない間に謎の組織から目を付けられているラルドが言えたことじゃないが。
「それにしても、今日はやけに人が少ないよな……なんかあったのか?」
「なになにー?」
「いや、人がすくないな、と。お前に言っても分からんだろうけどな」
いつもと比べて人が少ないとラルドは思う。が、別にすぐに元通りに戻るだろうと、気にはしなかった。
「お、もう日が傾き始めた。……そうだマーレ。海岸へ行ってみるか?」
「かいがん?」
「そう海岸。海があってさ、お前の故郷みたいなもんだ。生まれはここだけどな」
「ふぅさと?」
「そうだ。冷たくて、しょっぱくて、気持ちいいんだよ」
最初にミルとラルドが出会ったのも、再開したのも海岸と、なにかとラルドは海岸には縁がある。今頭の中で数えただけでも、最初と未来世界からの帰還時と再開時で三回もある。
そんなことを考えつつ、海岸への道を歩き、海岸へと到着する。
「到着っと。……お、泡だ」
到着すると同時に、目の前を泡が通り過ぎる。おそらくクラブの泡だろう。それが風でこちらまで来たのだろうか。
と、いうことは、とラルドは海を見る。
すると見事に、クラブの泡と夕日が重なる、あの景色があった。
「きれー♪」
「だろ? ミル絶賛の景色だぜ」
勿論、ラルドの中でも思いで補正もあるかもしれないが、一番の景色だ。霧の湖での景色も空の頂での景色も、やはりこれには叶わない。
波の音を聴き、ラルドはそのまま……の前に、マーレが声をかける。
「らるー、これ、海ー?」
「ん? おお、この水が海だ。触ってみるか?」
「うー!」
マーレは興味を持ったのか、自らラルドの腕から離れると海へ飛び込む。
やはり水タイプというだけあって、海が気持ちいいのだろうか。今まで見た事無いくらいはしゃいでいる。
「らーる!」
「う、おぉ!?」
ラルドはその光景を微笑ましく見ていると、急にマーレから水をかけられる。
「や、やりやがったな! 食らえ、二倍にして返してやる!」
「キャッキャ♪」
負けじとラルドもマーレに水をかけるが、マーレはそれを楽しみこそすれ、不快に思う事は無かった。
結局、それは日が暮れ、フィリアに呼ばれに来るまで続いたのであった。
――そんな楽しい日々が続き、それから一週間が過ぎた、夜。
「……」
幸せな日常は、知らぬ間に砕けかかろうとしていた。
次回「一難去らずにまた一難」