第四十二話 誕生
閉ざされた海の情報を聞いたエンジェルは、苦戦しつつもそのダンジョンを攻略した。そんな中、奥底で謎のタマゴらしきものを発見し――?
〜☆〜
――あれから、一時間のときが過ぎた。
宝箱の中身を鑑定してもらい、その中身が大したことがないもので落胆したりと……色々あったが、今は静かに休んで、
「で、これはなんだい?」
「タマゴ?」
「落ちてきたのを拾ってきちゃダメだよ。返さなきゃ!」
「ダンジョンだからもーまんたい」
いなかった。
現在、エンジェルではラルドが持ち帰った不思議な青いタマゴについて話し合いが行われていた。
「んだぁ、この水っぽいタマゴは」
「あ、お前もそう思うよな? これ絶対水タイプのタマゴだよな!?」
「知るか! ま、俺にとっちゃあどうでもいい話だよ。大体テメェ、生まれた子供を育てられんのか?」
「こういうときに人脈って輝くんだよな!」
「他力本願なんだね」
そもそもここにいる誰も子供を育てたことがない、というかありえないので他力本願もなにも、誰かに頼らないといけないのである。
なにが生まれるにしても、ギルドやトレジャータウンの人々の力を借りないと無理だろう。
「青いグミを与えたら泣き止む。そんな子供が欲しいな……」
「そんなに手のかからない子は、精々幻のポケモンくらいだよ。それも、幻のポケモンのタマゴなんて見つかってもいないんだよ?」
「くっ……シェイミの里に行けば見せてもらえるかもしれないけどなー。ちょっと格好つけちゃった手前、やっぱり一年くらい経ってからじゃないとちょっと……」
「なにを恥ずかしがる必要がある」
「お前にはお前の考えがあるように、俺には俺の……美学があるのさ」
「単に格好つけたいだけのくせによく言うわ」
レインに図星を突かれて言葉につまるラルド。だがしかし、こんな所で終わるラルドではない。
最後の手段であるリーダーの権限を手に、反抗を――
「ま、そういうことは生まれてからにしようか。今はまず、生まれても大丈夫なような環境を整えよう」
「正論過ぎてなにもいえない」
できなかった。
〜☆〜
それからはいろいろ忙しかった。
唐突に生まれた場合を考え、まず就寝時に誰か一人起きておく。一人一時間交代でそれを続けておく。
更にタマゴは水がある場所から拾ってきたので定期的に水をかける。これは念のためだ。
「……ふぁああ」
そして今、時刻は丑三つ時の夜。草木も眠り、幽霊が徘徊する夜だ。
このあたりで最近、ゴースが見られるらしいので間違いではない。草木が眠るかどうかは知らないが。
そんな中、ラルドは水を飲み、珍しく本を読んでいた。
「ふむふむなるほど……さっぱり分からないな。なんだよ美味しいポフィンの造り方って。ポフィンなんてテキトーに作ってりゃ大体美味しくなるだろ」
と、全世界の料理が下手な人に対して喧嘩を売ったラルド。だが本人はまるでそれに気付いていない。
本を読み進めていくラルドだったが、やはりつまらなくなってきたのか途中で本を閉じ、直した。
「大半が分からないものばっかだったけど、ポフレってのが最近新しくできてるのか……甘ったるそうでちょっとやだな」
甘いのは食べられるが、甘すぎるのはさすがに無理だ。あんなものが好きだという奴の気が知れない、というほど嫌いだ。
できればミルがこれを作らないようにと願いつつ、またタマゴの観察に戻る。
「……そうだ、観察日記をつけてみたらおもしろそうだな。もしこれが珍しいポケモンのタマゴなら、生まれるまでの過程を書けばなにかもらえるかも……早速紙だ紙ー!!」
勿論何ももらえない。ただの深夜のハイテンションから起こる突発的行動である。
だが走り出したらそうとまらないのがラルドだ。貴重で数少ない紙を探そうと、金庫代わりの宝箱を開けようと――
――カタッ
「……ん? 今、なんか動いたか?」
宝箱を開けようとするラルドの耳に、なにか小さな音が入ってくる。なにかが少しだけ揺れる程度だったが、それでもしっかりラルドの耳に入ってくる。
その音源がどこかと探していると――ふと、タマゴが目に入る。
「……まさか、な」
タマゴが孵るか、と思ったがそんな訳がない。持ってかえって一日も経っていないのに、孵るわけがない。ラルドは再び紙探しに戻る。
が、またカタッ、という音が聞こえる。それも何度も。
「お、おい。まさか俺の番で孵るとかなしだよな? 急に生まれたりしたとしても、どうすればいいか分からないんだぞ」
だがいつまでも独り言をつぶやいていてもしょうがない。いつでもフィリアを起こせるようにスタンバイしておいて、そーっと近づいてタマゴを見てみる。
すると、
「あれ、なんか、ここ罅割れてるような気がしなくもないことないこと……ってぇ、罅割れてるよな。これ」
タマゴの上の部分が、少し罅割れていた、
それがどういう現象かくらい、ラルドにだって分かる。そう、もうすぐ生まれる前兆だ。
「……え、ちょ、フィリアー! 起きてくれ! 生まれる、生まれるー!!」
「……お前は夜中になにを叫んでいる」
「生まれちゃうー! ……あ、シルガ! お前でもいい、これどうにかして!」
そうして指差す先には、罅割れたタマゴ。
シルガはタマゴを見ると、慌てふためくラルドと見比べる。そしてなるほど、とでもいいたそうな仕草をすると、
「後始末を俺にしろというのか」
「ちゃうわ! 生まれそうなんだよ!」
「五月蝿い。それくらい分かっている……が、どうしろと?」
「ほ、ほら! いろいろあるだろ! お湯とか用意したり!」
「寧ろ水を用意してやれ」
「あ、そうか。中々冴えてる」
シルガの言うとおり、ラルドは水を用意しようと……して、入れ物が無い事に気付く。仕方ないのでタマゴの方を水のみ場へ持っていってやる。
心なしか、タマゴが喜んでいるように見える。
「すぅー……はぁー……で、なんでお前起きてるの?」
「次の交代まで、後五分。五分前行動は基本だろう」
「ぎりぎり派の俺に死角はなかった!」
「死角だらけだろう。……どうやら、タマゴも割れてきたようだ」
シルガの言うとおり、タマゴの罅割れが早くなってきている。このまま行けば、恐らくもうすぐで孵化するだろう。
「さて、どんなポケモンが生まれるのか」
幻か、伝説か、普通に普通のポケモンか。
海流から流れ着いた珍しい物、それらが集まっているであろう奥底から拾ってきた物だ。もしかすれば、幻の可能性だってある。
「……生まれるぞ」
「おう」
どんどん罅は広がっていく。
どんどんどんどん、生命の誕生へのカウントダウンが、今――
――パキッ
「!?」
「……これはなんだ」
生まれてきたのは、予想とは大違い。
水色で、というより水っぽくて、そして体に赤い宝石がついている可愛いポケモン。
見たこともない、ポケモンだった。
〜☆〜
「〜♪」
「……で、ラルド。説明して」
「この水っぽい奴が生まれてきた。はい終わり」
「そんなこと訊いてないよ、なんでラルドに引っ付いてるのって訊いてるの!!」
「なら最初から言え!」
現在、あのタマゴから生まれてきた不思議ポケモンはラルドに引っ付いていた。
原因は不明だが、フィリア曰く刷り込みとのことだ。雛が生まれた瞬間目に入った物を親と認識するあれだ。
そしてそれと似たようなものが働いたのか、不思議ポケモンはラルドにべったり引っ付いていた。
「〜♪」
「ラルド! ずるいよずるいよ、私にも触らせてよ!」
「触りたきゃ触れ!」
「わーい! ほーら、なでなでー!」
「〜〜!!」
「痛っ!」
弾かれた。
と、いった風にラルド以外からの接触を拒んでいる。ミルも触られるだけマシで、ミルとラルドを除いた全員は触られることすらない。
「……で、どうすんの? この子。種族も分からないのよ?」
「それよりもまず、名前はどーすんだ? タマゴか?」
「それは流石に。でも、どうする? 名前は必要だよな?」
「当たり前だよ! うーん……水っぽいから、スイ!」
「んな安直な名前付けられるか。ウォーターてのは」
「それも安直だ!」
エンジェル内のネーミングセンスがない者達があぶりだされた瞬間だった。
だが、名前といってもそうそう簡単に浮かぶ物ではない。まず簡単に浮かんだ物を名前にするなど愚の骨頂だ。
ラルドは唸りながら考えると、一つ閃いた。
「マーレ、ってのはどうだ?」
「マーレ?」
「ああ。俺の記憶で、海って意味。ぴったりだろ?」
その理由は、見た感じでは体が水っぽくて、なんだか海そのもののようなイメージがするからだ。
「うーん、ま、いいんじゃないかな? マーレ、いい名前だよ」
「海のように寛大で穏やかな心を持って育って欲しい、って意味もこめていると後付してみたり」
「台無し」
「はっ、雨とかそんな安直な名前の人に言われたかないね!」
「わ、私にだってちゃんともっと他の名前があるわよ!」
「偽名……?」
若干レインへの不信感が強まった所で、話は戻る。
「それで、このポケモンの種族はなんだ? フィリア、分かるか?」
「調べてみたけど、分からないね。新種のポケモンか……うーん」
「フィリアでも分からねぇならもう無理だな! 別に種族なんざどうってこねぇよ!」
「種族特有の育て方ってものがあるだろ、このスカポンタン!」
「あぁ!? オタンコナスだとォ!?」
「言ってない言ってない」
喧嘩が始まるが、それでも種族が分かるわけがない。
フィリアは家から持ち出した資料を目に通そうと、席を立つと――
「お前たちは相変わらずだねぇ」
「は? ……え、ちょ、おま」
「お前、とはなんだい! 仮にも元ギルドメンバーの癖して、副親方に対してその口の聞き方はなってないよっ!!」
「ぺ……焼き鳥さんじゃないですかぁ!?」
「そうそう、敬語で……ってぇ、なんで私を一々焼き鳥って言い直すんだい!!」
――なんと、ペルーが降りてきた。
なにかの土産なのか、袋を持った状態で。恐らくなにかの食べ物だろうか、いいにおいがする。
「……ん、ラルド、お前の体に引っ付いているそれは……もしかしてマナフィじゃないのかい?」
「マナ、フィ?」
「〜♪」
「マナフィ。かいゆうポケモンと呼ばれていてねぇ、発見した例も少ない。幻のポケモンのはずだけどね……なんでお前が」
「ダンジョンから拾ってきた。閉ざされた海で」
「拾ってきた物を孵化させたのかい!?」
驚かれるが、今はそれどころではない。
ついに分かったのだ、このポケモンの種類が。それもマナフィという、とんでもなく稀少で珍しいポケモンだということが。
「……マナフィ、っていうのか。お前は」
「ちーう、まーれ」
「!? しゃ、喋ったよ、今!!」
「違う、マーレだって言いたかったんだろうね。それにしても、ここまで成長速度が速いとはね」
「なんだかよくわからないが、お前たちも今の生活に充実しているのはよく分かったよ……ま、困った事があればいつでも私に聞いておくれ。卒業したとはいえ、私はお前たちのギルドの副親方なんだからねぇ」
「俺たちは違うけどな」
「ね」
「いい雰囲気ぶち壊しだよもう!」
と、色々滅茶苦茶だが、それでもこのチームはやっていけている。これからもだ。
そこに子育てが入ったくらいで亀裂が入るようなチームではないないことは、火を見るより明らかだ。
「……じゃ、これからよろしくな。マーレ!」
「あー♪」
新たに生まれた命を育てようと、エンジェルは今、一丸となって――
「私もよろしくね!」
「うー!」
「あ痛っ!」
それよりもまず、他の人に懐かせないといけないようだった。
次回「エンジェル+マーレの一日」