第四十話 閉ざされた海
無事、フィレア・イグニルを倒し支部を壊滅させたラルド。色々と謎はできたものの、また元の日常へと戻ってきて――?
〜☆〜
朝。七時三十分だ。
夏へと移り変わるこの季節、丁度朝に日が当たるこのサメハダ岩は地獄になる。
梅雨なので雨もふり、蒸し暑く、外に出る気力すら奪うこの最悪の季節。それでも探検隊である俺たち――エンジェルは今日も元気に朝食を食べていた。
「今日はメンドくさいから、木の実サンドだ。ほら」
「おい待て。なんで俺のだけマトマの実をはさんでるんだよ。なに、俺なんか変なことした?」
「それしかなかった」
「もうちょいマシな嘘つけ! なんなの、お前本当になんなの!」
俺はテーブルを両手で叩き、他の奴らのサンドイッチを指差す。
そこには色とりどりの木の実で彩られた、なんともまぁ美味しそうなサンドイッチが……。
「で! なんで俺だけマトマさんなの!? マトマさんもこんな嫌がらせに使われて泣いてるよ! ほら謝って! マトマさんに謝って! ついでに俺にも」
「ついでなら謝らなくてもいいなァ。安心しやがれ――水は用意してやる」
「その言葉はできる限り聞きたくなかった……!」
何が悲しくてあんな辛いものをわざわざ食べなきゃならないんだよ。それならまだ、マトマジュースの方がマシだ。
サンドイッチに挟まっているマトマの実はご丁寧にスライスされている。そして何十にも重ねられている。
全く意味がない。
「クズ! このクズ! 俺の安息の時間を返せぇー!!」
「なんだと!? 悪ぃが食事係は俺だ。つまり、食事に関しては俺がルール!」
「この馬鹿! リーダーが普通ルールなんだよ馬鹿!」
「……君達、食事中は静かにしなよ。見っとも無いよ」
そういいながら睡眠の種を取り出そうと……する前に俺は座り、渋々それを食べる。
「俺がなにしたっていうんだよ……あるとすれば、昨日寝てるお前にマトマの果汁を飲ませた事くらいしか」
「それに決まってんだろうがよォ! なんだぁ、寝てる奴にマトマ果汁って、テメェ正気か!?」
「炎タイプだし?」
「関係ねェッ!!」
まぁ、辛党と称される奴らでもマトマの果汁ジュースだけは罰ゲームでも飲みたくないって言ってるし。
それを寝ているときにやられたら……あぁ、ご愁傷様。
「分かったよ、食べればいいんだろ。全く、あれくらいで怒るなよ……あ゛あ゛ぁ゛!!」
一口食べると、それだけで強烈な辛さが俺の舌を襲う。だがこの辛さはありえない。流石に悲鳴を上げるほどの辛さはマトマにはないはず……。
「ごほっ! ごほっ! ……へんめ、まさか果汁入りか!?」
「果汁に漬けておいたんだよ。熟成されたマトマは、より一層辛くなるんだってさァ!!」
「鬼! 悪魔! このトカゲ野郎!! ……ぐふっ」
あまりの辛さに、俺はすぐに水を飲み干す。だがそれでは足りないので、水汲み場でずっと水を飲んでいた。
結局、それを食べきった後、俺の舌はとても赤くなっていたのであった。
――以上が、あれから二週間が経ったエンジェルの日常であった。
〜☆〜
あれから二週間が経った。
帰った翌日、会議が終わった後、俺はプリルへ報告をしにいった。
あの島にはレイヴンが多数潜んでいた事、その中に幹部がいたこと、そしてピンチに陥りながらも、フィリアの囮作戦でその危機を乗り越え、最後は俺の活躍で幹部を倒し、支部を壊滅させた事……以上のことを少し盛りつつ話した。
そして、そのときのことを俺は話していた。
「そこで俺はプリルにこういってやったのさ。俺のパンチは100万ボルトだ、ってね!」
「で、本当は何ボルトだったんだ? 答えろ溝鼠」
「すいません五十万ボルトです。だってしょうがないだろ! いきなりでチャージする余裕がなかったんだから! それに五十万ボルトでもかなりの威力あるからな! しかも100万ボルトなんて纏ってみろ、毛が焦げるわ!」
ボルテッカーだって、今でも毛が焦げているというのに。
ただボルテッカーと爆雷バレットは威力はそれほど変わらないのに、バレットの方は反動がないからな……ま、ボルテッカーの方が強いけどな。
「おぉ、そりゃ凄ェ。決定打を持っていないどこかのかませとは違ェな」
「そーだそーだ!」
「……ふん、火球を逸らすしか能のない貴様よりはマシだ」
「そーだそーだ!」
「……お前は黙っていろ」
「はい、分かりました! じゃ、俺は暇だからギルドにでも行ってくるわ! 帰ったらお茶用意しといてくれ!」
と、喧嘩が起こりそうだったので俺は一足先に退散する。
これが賢い者の生き方ってやつだよな! はっはっは!!
「あ……ラルド、行っちゃったの?」
「うん、逃げるように」
「そうなんだ……折角、昨日作っておいたポフィンを食べさせてあげようと――」
「みんな! 逃げるよー!!」
『おー!!』
「……おーおー、そこにいるのは英雄ラルドくんじゃーないですかぁー?」
「おー、カマイタチの皆さん。ところで、エイユー・ラルドくんって誰?」
「お前だよ! やいお前、この前はよくも俺たちを侮辱してくれたな! お陰で自分たちよりもレベルの高い依頼を受けて、危うく死に掛けたんだぞ!」
「いや、知らんがな」
十中八九、いや十中十といえるほどの確信を持っていえる。こいつら、ただ単に見栄をはろうとして失敗しただけだろうと。
「ほら、見てみろ! この俺の爪の傷跡を! とあるコリンクの小娘から病弱な弟のためにガバイトの鱗を持ってきて欲しいといわれてな、お前に自慢しようと挑んだら中々強くてな。結局勝ったが、そのせいでよき友となったんだ」
「おお、そりゃおめでたいことだ」
そういやガバイトの鱗はどんな病にも効くとか言ってたな。なつかしいな……俺も依頼主は違うけど、前に行ったからな。
ミルがなんとか倒したけど、やっぱりあれから強くなってるんだろうな……。
「そうそう……って、違ぇ!! それで俺は思ったんだ、親友はできたが、依頼の報酬は割に合わない。それもこれもすべて、お前のせいだと」
「なぁ、お前子供の頃に自分だけじゃない、みたいな言い訳を言って先生に怒られて放課後まで残らされたタイプだろ?」
目の前で語るサンドパンに、俺は言い放った。
というか目の前のこいつを見る限り、残念な責任転嫁やろうとしか思えない。ガバイトの鱗は薬になる。それで回復しただろうし、依頼もこなせてラッキーだ。
「え、な、なんでそのことを……」
「お、おいっ。幾らなんでも言っていいことと悪い事があるだろうが!」
「!?」
そのことが図星だったのか、なんかいきなり弱気になるサンドパン。すると横のストライクから非難の声が上がり、ザングースからもそーだそーだとどこかの馬鹿面を思い出すような声が上がる。
……えっ。
「ほらほら、トラウマ抉り出されて辛かったろう?」
「うっ、うっ……!」
「おいおい、リーダーなんだからしっかりしろよ。……ああしょうがねぇ。じゃあな英雄」
「あ、ああ……」
そしてそのまま、二人に連れて行かれるサンドパン。
……えっ、なにこれ怖い。俺が悪いの?
「い、いや……気にする必要ないか。じゃあ、ギルドで面白そうな依頼探すか」
そうして俺は、足型鑑定を通り抜けるとギルドへ入る。足型鑑定といっても、ただ普通に俺の名前を言うだけで通してくれるんだけどな。
手馴れた手つきで梯子を降り、二階へ行く。
「おぉ……相変わらずここは五月蝿いな。流石、初代探検隊の溜り場だな」
現在はカフェに移りつつあるが、それでも探検隊たちはここで探検の話をしたりしている。やっぱり、みんなギルドが一番落ち着くんだろうな。
「さて、と。面白そうな依頼はないかな……っと」
と、俺は掲示板を見る。
……うーん、いいのがないな……最近は俺たち宛の依頼が増えてきたからしばらく見てなかったけど、依頼の数が少し増えた気がするんだが……ダンジョン化は抑えたはずなのにな。
「面白そうなのはないか……普通に困ってそうな依頼を探すか」
グミを採ってきてとかは、正直買えばいいと思うんだけどな。ダンジョンのグミと市販のグミの違いなんてないだろうに。
えっと、他には……。
「あら、ラルドじゃありませんの?」
「ん? ……あ、ソーワ」
一番困っていそうな依頼を探していると、ソーワが話しかけてきた。
そういえば、ビーグやボイノとはよく話してたけどソーワとは話してなかったな……話すか。
「どうしたんだ、なんか用?」
「いえ、用というわけでは。……それにしても、ラルドもすっかり探検隊らしくなりましたわね。思わずきゃー! と言ってしまいそうですわ」
「言ってるよ! ……お前は、ちょっと大人しくなったかと思ったけど、相変わらずだな」
「きゃー! ラルドがすっかり卒業生っぽくなってますわ! ……それで、ランクは今どれくらいですの?」
「ウルトラランクに上がったよ。ま、俺の事だからすぐにスーパー、ハイパーになって、すぐにマスターになるけどな! 十月にはもうなってると思うぜ!」
「きゃー! 頑張るのですわ!」
はははっ、もっと褒めてくれてもいいんだぜ? 俺は褒められて伸びるタイプだからな!
……あ、ちょっとハイテンションになりすぎた。
「ま、レイダースに続いて今度は俺たちがここ出身の伝説の探検隊にでもなるからさ、応援しといてくれ」
「自信満々ですわね……あ、そうそう。そういえばラルドが喜びそうな話がありましたわね」
「……話?」
それに俺が喜びそうっていったら、探検のことか? ……最近は依頼続きで楽しく探検ってできなかったし、ちょっと訊いてみるか。
「ええ。……実は最近、南の果てに、とあるダンジョンが発見されたそうですの」
「ダンジョン?」
「そうですわ。その名も、閉ざされた海! きゃー、訊くだけで面白そうですわね!!」
「おぉー……で、どんなダンジョンなんだ?」
「ふぅ、それが、どうやらとても珍しい海流とのことで、世界中の海からの海流が流れ込んでいるらしいんですわ! つまり、海の中に眠る秘宝もその中に……きゃー! 夢が広がりますわ!」
なるほど、世界中の海流が流れ込んでるのか……。
となると、確かに秘宝とまでは行かなくてもなにか珍しい物がある可能性が高い。そんなものが落ちていたら、確実に金持ち生活に戻る事ができる……!
最近は節約してたけど、依頼が増えてオレンの実や復活の種を買うようになって更に生活が厳しくなった。つまり、一攫千金のチャンスというわけで。
「行ってみたいのですけど、ギルドでの修行があるので私はいけませんわ。そこで、エンジェルに頼みがありますの。是非、閉ざされた海へ行ってどんな場所だったか教えて欲しいんですの。もう、考えただけで……きゃー!!」
「ああもう! 大人しく振舞おうとしなくていいから! 先輩っぽさを強調しなくていいから、普通に喋れ! きゃーが五月蝿くて仕方ない!」
「きゃー! ……ごほん、まぁあなたちの予定もあるでしょうし、できる限りでいいですわ。でも、もし行けたなら……きゃー!!」
「分かった分かった! 行くよ! ……ま、普通に面白そうだからな。で、場所は?」
「きゃー! 場所は南の……この近辺ですわ! きゃー!!」
そういってソーワが差したのは、南も南……海系ダンジョンが多い場所だった。
「ここか……んじゃ、俺はこれで」
俺は地図をしまうと、早速家へ戻ろうと……ああ、忘れてた。
「そうそう、ソーワ。ありがとな、こんな面白そうなダンジョンを教えてくれて」
「礼には及びませんわ。それに……」
「分かってるよ。ちゃんと話してやるって……はぁ、これでカメラとかあればいいのに」
人間時代の記憶はないんだが、そういう知識だけはある。俺も、できる限りそういった知識を使って商売でもしてやろうかな……いや、俺の本職は探検隊。商人なんて面倒くさそうなこと、やってられるか。
「んじゃま、閉ざされた海。いっちょいってやりますか!」
家に帰ったらみんなが倒れてました。
次回「タマゴ」