第三十八話 不死の終結
やっと倒したと思ったら、炎に身を包み不死鳥としての能力で傷を癒したフィレア。狂気に包まれたフィレアを、エンジェルは――?
〜☆〜
「ギャアアアァァァ!!!!」
その身を炎に包み、その炎が晴れたら、そこには全ての傷を癒したフィレアが黒く、見ているだけで吐き気を催すオーラを纏いながらいた。
その炎も黒く染まっていき、オーラ越しに見えるフィレアの体の炎もまた黒く見える。
「な、はぁっ!? あれでも倒れないのか!?」
「計算外の攻撃だったけど、かなりの強さだったんだけどね……! やっぱり、君達化け物組が解放していなかったのが大きなかったのかな……!?」
全員による一斉攻撃。それらは本来、普通のポケモンじゃ耐えられない、それこそあのグレイシアなら普通に倒れるくらいの攻撃のはずだ。現にグレイシアは自身の防御力はそこまで高くなかった。
フィレアの伝説のポケモンの、種族的な元々の能力が普通とは違いすぎていたのか。
「まだ倒れないの……この化け物鳥め! “シーストライク”!」
そんなフィレアに向かって、レインはシーストライクを撃ち込む。水の一撃は早くはないが、揺ら揺らと動いていて陽炎があまり役割を果たしていない今のフィレアには絶好のチャンスだ。
水の一撃は、そのままフィレアに向かっていき……直撃する。が。
「ギ……ギャアァ!!!!」
「また炎を!?」
「受けた傷をその場で癒すというのかい!?」
黒い炎に包まれたフィレアは、そのまま炎を晴らすと見事に受けた傷はふさがっていた。傷を焼くというのは確かに血を止められるが、やる人なんてまずいない。それにやったとしてもリスクが大きすぎる。
そのリスクを無視して傷を癒せるのが、ファイヤーが不死鳥といわれる所以だ。
「そんなことされたら、ダメージを与えても意味無いんじゃ……?」
「いや、ダメージは受けてるよ。ただダメージを受けてできた傷を癒しているんだ」
ダメージは通っているが、怪我を負わせることができない。いや、できても回復される。
戦いは怪我が思わぬ結果を生み出す可能性がある。それを一瞬で治されてはたまったものじゃない。
「だが、ダメージは通っているんだ。あのけり……クイックショットも負担はかかるが二、三発は撃てる」
「なら……作戦を続行するよ」
「でも、作戦ってなんだ? 近づけないのに、どうやって……」
触れなくても火傷しそうなほどの熱を発するフィレアに近づくほど、馬鹿なことは考えていない。一撃で確実にやれると確定しているならまだしも、そんな不確定な状況なら、もし倒せなかった場合戦況は大きく動く。勿論、相手側の有利な方に。
「作戦は続行だ。けど、その前に段階を踏まなければならないからね。あの熱をどうにかするんだ」
「いや、それができないから悩んでるんだろ?」
「それでもやらなくちゃね。僕の作戦は、止めを誰が刺すか分からないから。ヒイロならいいんだけど、他の人が当たったときの保険だよ」
「……止めを誰が刺すか分からない?」
それはおかしいだろう。自分の考えている作戦に不確定な要素があるくらいは当たり前だし、そもそも全て確定している作戦などない。
だが、止めを誰が刺すか分からないとはどういうことだと、ラルドは考えるが答えにたどり着けない。
「ま、いいか。お前ら、あの熱をどうにかするぞ! じゃなきゃ、どっちにしろ決定打が与えられない!」
「分かってる、けど……“シャインボール”!!」
十にも及ぶ光球がフィレアに向かって進んでいく。が、その全てがフィレアの炎によってかき消され、残った物は陽炎によって作り出されたもう一人のフィレアを通過する。
「どうしようもないよ!」
「くそっ、雨も本格的になってきたし、どんどん視界が悪くなってくぞ!」
遂に本降り一歩手前だった雨も本格的に降り出してきた。これで地面も泥濘、動きにくくなってくる。これではいざというとき、碌に動くことすらできない。
「これじゃ、突破口を見つけたとしても、それを実行できないぞ」
視界を悪くし、体を打つ雨。
それに加え、近づくだけで火傷する熱。その熱さは尋常ではないだろう。
「なんで俺たちばっかり、こんな奴らと会わなきゃならないんだ……!」
空の頂での、グレイシアとの邂逅を始めとして、グレイシア、ユキメノコ、そしてこいつと、ラルドは本当にどこかの漫画の主人公にでもなったのだろうかというくらい事件にあわされていた。
「こいつを倒して、終わりにしたいぜ。“雷”!!」
「ギャアアァァ!!!」
ラルドが放つ雷も、オーラを纏うフィレアの前では歯が立たない。
相殺するまでもなく、元々命中率の低い雷は陽炎フィレアを通過し、そのまま雲散してしまう。
「ああもう! いい加減うざったい!」
例え攻撃があたったとしても不死鳥としての能力を使い傷を癒し、また攻撃に戻る。そんな、怒りっぽい奴だったら、怒りが塵として一瞬でたまり山になった瞬間噴火する。そんなフィレアの戦法にラルドは苛々が蓄積していた。
「喰らえ! “暴雷”!!」
ラルドの苛々、というか焦りも限界を超えたのか、暴雷を放つ。
暴雷は二つの球形の雷だ。フィレアと陽炎フィレアの見分けがつかないのなら、二択同時に撃つ。
が、今のフィレアは解放ラルドを上回る強さだ。そんなフィレアが通常時、しかも本気の全力の暴雷には程遠い暴雷を防げないわけがない。
フィレアは口元に黒い炎を集めると、それを凝縮し、一気に放つ。
進む中で大の字へと変化していくそれは、間違いなく……。
「“大文字”!?」
「ギャアアアァァァ!!!」
黒い大文字はラルドの暴雷と真っ向からぶつかり合い、そして――暴雷を飲み込み、そのまま雷を纏う黒い大文字としてラルド達へと向かっていく。
「は、はあぁぁ!?」
「暴雷を飲み込むなんて、なんつー技だ!?」
「ど、どうするのよ!?」
全員がうろたえる。目の前に迫り来るのは、普段ダンジョンで受けているような攻撃ではない。
あたればそこに待っているのは大怪我。その四文字が迫ってきているのだ。
「……守りきるよ! ミル、ポースシールドだ!」
「わ、分かった!」
「俺も一応、電気でコーティングしておく!」
フィリアがそんな状況の中で下した決断。それは単純に守ることだった。
ミルは光のバリアの三層に分かれて攻撃を防ぐバリアを、ラルドはそこに更に電気のバリアを張る。
これで、エンジェル最大の防御は準備を終えた。
電気と光を纏ったバリアは、バチバチと、メラメラと燃え盛り放電する黒い大文字を真っ向から受ける。
「ぐっ、うぅ……!!」
「ミル、耐えてくれ!」
「頑張って耐えてくれないと、僕達はここで終わりだ……だから、頑張って、ミル!」
黒い大文字はまず第一層を破る。次は第二層だが、これもあっという間に破ってしまう。
次に一番硬いバリアだが……ミルが必死に耐えるも、大文字はバリアでさえも焼き払ってしまう。
残る防御壁は二つ。それも、さっき楽々と破られた物だ。
「うっ……うわぁ!!」
「しまっ――」
その防御壁もあっさりと破られ、黒い大文字は六人を焼きつくさんとばかりに、その勢いを増し……そのまま上の方向へとずれていった。
「ひっ!」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
思わずフィリアとシルガを抜いた四人は尻餅をついてしまう。だが、それも無理はないだろうと、当たれば大ダメージの技が自分たちの上を飛んでいったのだ。そりゃ驚きたくもなるだろう。
その証拠に、当たった岩はドロドロに溶けていた。
「あぁー! これはもう無理だよ! 終わりだー!」
「こ、こらっ! お前はちょっと黙ってろ! ……んで、防いだはいいけど、どうすんだ? もうこれ以上、この状態を維持するのは厳しいぞ」
「……それでも、あの熱をどうにかしないと次のステップには進めないよ」
相手が強くなり、戦況の維持ができないから作戦をやろう、でも熱をどうにかしないといけないから戦況は維持しておかないといけない。
嫌なループだ。
「くそっ、どうすれば……!」
考えろ、とラルドは選択肢を探す。
熱を下げるには奴に水をかければいいのか、普通に一瞬だけでも熱を収める方法はないか、と様々な選択肢が脳裏を過ぎるがその中で実行できそうな物は一つもない。
詰み、といったところだろうか。
「しっかし、この雨厄介ねぇ。さっさとやまないかしら。空模様を見える限り、まだまだ強くなりそうね……」
色々な情報が欲しいラルドは、今のレインの呟きすらも貪欲に聞き取り、そしてなにもヒントがないと分かるとまた別の情報を……。
「……あ、れ?」
今一瞬。一瞬だが、ラルドの中でなにかが引っ掛かった。
それは些細なものだが、大きなもので……。
「雨、……雨?」
自分の頭をフル回転させ、雨の情報を手繰り寄せる。
そして思い出した。技の中に、雨を降らせる雨乞いという物がある事を。そして、それによって降った雨には、水技の威力をあげ……そして。
炎の勢いを弱める。
「! これだ、これだ! レイン、雨乞いをするんだ!」
「は、はぁ? 雨乞いって、アンタ、こんな状態で雨降らせて何する気? デメリットしかないじゃないの」
「……いや、なるほど。炎の勢いを弱めるってことかい?」
「ああそうだ」
雨乞いによって降らされた雨は、通常の雨とは少し違う、特殊な雨だ。
水エネルギーによって水の粒を雲の中で作り出し、それを雨にする。元が水エネルギーからできたものなので鎮火せいもあり、水エネルギーに溶け込むので水業の威力もアップする。
そして今のフィレアの熱を冷まさせるには、丁度いい技だ。
「レイン、雨乞いだ」
「わ、分かったわよ! どうなっても責任は取らないわよ……“雨乞い”!!」
そう叫びながら、レインの手に水色のエネルギーの塊ができる。
それを上空へと掲げ、思い切り放つ。放たれたそれはぐんぐんと昇っていき、そして……雲の中へと溶け込んだ。
すると、突然雨の勢いが変わる。
「……あ、雨がいきなり強く!?」
「な、なんなのこれ!? 勢いが強すぎるわ!」
「し、尻尾の炎が小さくなりやがったぞ!?」
「これは……雨乞いか?」
この状況の中、唯一冷静なシルガはなにが原因でこうなったかを推理する。
雨がいきなり強くなり、風も吹き、怪しげな黒雲に空は閉ざされている。正に嵐だ。
「……なるほど。元々不安定なこの島の雲に、更に雨が降っている状態で雨乞いが加わったから不安定な気候が雨へと変わり、それでこんなに凶悪な雨になったのかな」
「冷静に分析してるところ悪いけど、見ろ! 右のフィレアが掠れて見えるぞ!」
「え? ……本当だ! ぶれて見えるよ!」
「ギャア!? ギャアアァァ!!?」
フィレアも自身の陽炎が揺らいでいるのが信じられないのか、錯乱したように暴れまわっている。が、すぐに冷静……にはなっていないが、落ち着きを取り戻し、忌々しそうにこちらを叫びながらにらみつける。
その目は憤怒で彩られていて、こちらが元凶だと分かっているのだろう。体から燃え上がる火が勢いよく燃え上がる。
「……お手柄だよ、ラルド。これで作戦が進められる」
「やっと、か。それにしても遅かったな。それで、作戦って?」
「それはお楽しみだよ。ミル、シルガ! 準備をしておいてくれないかい?」
「わ、私!?」
「ああ。この作戦の鍵は、シルガのクイックショット、ミルのバトンタッチ、そして運にかかっているからね」
そうやって不敵な笑みを浮かべるフィリア。運にかかっていると言ったが、このフィリアの表情は運に頼っているとは思えないほど自信に満ち溢れている。
幾ら考えた所でフィリアの考えなど凡人には理解できないが、それでも運に頼るなんて作戦とは考えづらい。
「ま、いいか。フィリア、お前の作戦に期待してるぜ」
「任せておきなよ。君があっと驚くような作戦だからね」
そういい、フィリアはフィレアのいる上空を見る。そこにいるのは、憤怒に塗りつぶされた黒い不死鳥。
対するは、英雄の探検隊、エンジェル。
「さぁてと、四天王様。俺たちの真の力をごらんあれ!」
黒いオーラに包まれたと不死鳥と、翡翠、蒼、真紅それぞれのオーラに包まれた三人。
こうなった三人を止められるのは、ここには誰も居ない。
「決戦、開始だ――!」
今ここに、不死鳥との決戦の――幕が上がる。
「“暴雷”!!」
「“波動槍”」
「“業火霊”ァ!!」
「ギャアアアァァ!!!」
三つの技が一斉に放たれ、黒い業火に阻まれる。
だが解放というのはエネルギー総量をも増やす。普通よりも強力な技を、三つ同時に弾くなど不可能に近い。
黒い業火に阻まれるも、三つの技はそれを打ち破りフィレアを打ち抜いた。
「ギャアッ!!?」
だが勢いは弱まっていて、更にこれは牽制の攻撃だ。
フィレアに直撃こそしたが、あまりダメージを受けたようには見えない。
それでも傷は負うので、フィレアは自分を炎で焼き尽くし、また不死鳥としての力を見せ付ける。が、その程度で絶望するようなエンジェルではない。
「いいぜいいぜ、面白くなってきやがったなぁ!!」
「ああ、そうだな!」
「戦闘狂が増えたか」
「なんか言ったか? “十万ボルト”!」
「ギャアッ!!」
強力な電撃は、フィレアに向かうもフィレアの翼の薙ぎ払いによって起きた“熱風”によって打ち消される。
「おいおい、まさかこれが全力じゃないよな? あのグレイシアの言うとおりだと、その状態は解放だったよな? 伝説のポケモンが解放して、それでも解放した一般ポケモンに負けるなんてことはないよな?」
「ギャ……ギャアアアァァァ!!!」
「……何故怒らせる」
「元々怒ってたし、なによりもまずは作戦の要であるミルから意識を遠ざけろ。短期決着が重要なんだ」
そうだ。解放できるとはいえ、その効果は強力な代わりたった十分で使用者の体を激痛で蝕む諸刃の剣だ。
三十分で体の節々が激痛を訴え、一時間経てば痛みでもうなにがなんだか分からなくなる。実際、あれは痛みという範疇からはずれた、別次元の痛みだ。
「この島に来てからの俺は冴えてるからな。まずはお前ら二人から意識を遠ざける! って言っても、あいつは空から見てる。だから――」
「なるほど、本能で動いている今の奴に、怒らせお前だけを見るようにすると、随分目立ちたがり屋だな」
「俺の話の意味理解したよなぁ!?」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、テメェら手ぇ動かせ!! “炎の斬波”!!」
炎の波が、フィレアを切り裂こうと迫る。だがフィレアはそれすらも焼き尽くす黒い炎を口から吐く。
ヒイロとフィレアの炎対決は、フィレアの方が強いらしい。
「分かってるよ……ん?」
「どうした」
「今一瞬、なんか黒い炎が……いや、違和感を感じたんだ。気のせいだろうけどな。“十万ボルト”!」
一瞬、ラルドはフィレアに言いようのない違和感を覚えるが、それは気のせいだと振り切り、フィレアへ電撃を放つ。
ちなみにミルとフィリアは待機だ。レインはなにかごそごそしており、なにをしているか三人は分かっていない。
「……ギャアアァ!!!」
そこからは、同じ繰り返しが続いていた。
ラルドが電撃を放てば、フィレアは黒い火炎放射で相殺。シルガが波動の槍や弾を放てば熱風で逸らし、ヒイロが火を吐き斬撃を飛ばせばフィレアはそれを逆に燃やした。 ただそこに、若干の違和感がラルドには感じられた。
そんな競り合いが続き、時間もあと少しとなった頃。
――フィレアが動き出した。
「ギャアアァァ!!」
「! なんだ!?」
黒い炎を口元に集め始める。巨大な火球を造ろうとしているのだ。
そうはさせないと、ラルドは雷を放つ。巨大な火球なら造る前に止めれば問題解決だ。それに、続けるにしても雷が当たればかなりのダメージになる。
と、ラルドは思っていたのだが。
「ギャアアァァア!!!」
「な、なんだと!?」
「……これだけの速さで、あの火球を?」
「どういうこったァ!?」
雷が到達する前に、火球は完成してしまった。
そしてその火球が放つ熱は凄まじく、周囲の空間がかなり歪んでみえるほどだ。
実際にゆがんではいないので、雷もそのまま進んでいく……が、使い手であるラルド自身が歪んで見えるので、手元が狂い、雷はそのまま明後日の方向へと向かって飛んでいってしまった。
「しまった!」
「どういうことだ……あれほどの火球を数秒で?」
「……待てよ」
あの時感じた違和感、それはもしかしたら、この火球を作り出すための前準備だったのではないか。
フィレアの存在は掠れて見えているが、更にその掠れが口の部分だけ大きかった気がしたのだ。
「そうか……あの時の、あれは準備だったのか……」
「なぁに言ってんだ! あれどうすんだよ! フィリアはどう思う!?」
「……フィレアと同じくらいの大きさの黒い火球か。正直、君たちが協力しなければ相殺はできないだろうね」
「わ、私はあんなの防げないからね!?」
「分かってるよ。お前が根性なしってことくらい」
「それはそれで傷つくよ……」
そういって、ラルドは少しでも場の空気を和らげようとするも目の前の現実からは逃れられない。しかも火球は少しずつ大きくなっていく。
そんな火球を目の前にして、未だになにかしているレインもレインだろう。
「ギャアアァァ!!!」
「わわっ、どうしよどうしよ! この世の終わりだよ!」
「あんなので終わるほど、世界は弱くないぞ」
「君達、静かにしてくれないかい。……いいかい? これはチャンスなんだよ」
「……なに?」
これがチャンス? とラルドは首を傾げる。
目の前には超巨大火球。後ろにはなにもないが、避けても待っているのは敗北の未来だけだ。このまま長期戦となるとこちらが圧倒的に不利だ。
「だから、この攻撃を避けない。相殺もしない」
「殺す気か!」
「君なら死なないだろうけどね。まぁマゾを拗らせた訳じゃないよ。簡単さ、逸らせばいい」
「……!」
「だからヒイロ、君は攻撃を逸らす係りに任命――って、もう来たんだね!」
見ると、フィレアがその甲高い声を上げながら火球を放った直後だった。
このままでは、直撃してしまう。
「ヒイロ! 君に僕からのお願いだよ。この攻撃、なんとしてでも逸らしてもらいたいんだ!!」
「フィリアのお願いなら、例え腕がもぎ取れようと、心臓握りつぶされようとやってやるぜ!!」
お願いはお願いでも、『フィリアから』のお願いはヒイロを動かすとき一番効果的な言葉なのだ。普段、疲れていて料理を作るの面倒くさいと言っていても、フィリアの名前を出してお腹が空いたといえば必ず造るような奴だ。
それが本人直々に頼まれた物だから、ヒイロの顔はいつに鳴く真剣だ。
「さぁフィリア、俺の勇姿、きちんと見ててくれよ――」
二刀を一刀に持ち替え、その真紅の双眸で目前の火球をしっかりと見つめる。燃え盛る黒い火球は、フィレアの奥の手といってもいいくらいの技だろう。だがそれをどうにか防いでこそ、最大の隙ができる。
「いっけぇえ!!! “爆炎切り”ィィッ!!!」
思い切り振り上げられたそれは、黒い火球に徐々に蝕まれていく。
だが、ここで負けるような男では、ヒイロは決してない。
雨の影響で威力が下がっていようが、条件はあちらも同じだ。決して引くわけには行かない。
「ぐ、おおぉぉ……!!」
たった数秒しか経ってはいないというのに、ヒイロの体感時間はそれよりも長く感じていた。スローには感じていないのに、体感時間は長く感じる。
そんな炎同士のぶつかり合いも、遂に……。
「う……おおぉ!!!」
「ギャ!!?」
終わりのときが来た。
黒い火球は炎の刀により徐々にずらされていき、そしてそのまま跳んでいった。
それを見たフィレアの顔は、マメパトが豆鉄砲を食らったように見える。つまり、チャンスは今だ。
「今だよ! みんな、攻撃の準備をしておいて! シルガ、クイックショット!!」
「ああ。解放解除」
クイックショットも相当負担のかかる技だ。それを解放ありでやれば相当な負担がかかるであろうことを見越し、シルガは解放を解いてからクイックショットを行う。
そして、シルガが準備態勢に入った瞬間。
「ミル! “バトンタッチ”!」
「わ、分かった!」
「“クイック――」
慌てるミルを待つことなく、シルガは体を低くしクイックショットを放とうとする。
「“バトンタッチ”!」
「――ショット”!」
瞬間。辺りが煙に包まれる。
いきなりのバトンタッチに皆驚き、驚愕の顔を浮かべる。それはいきなり入れ替えられたからだ。
そして……。
「――はぁ!?」
「ギャアッ!?」
フィレアの丁度真上に、いきなりラルドが現れた。
「ちょ、いきなりかよ……!」
だが、さっきのフィリアの言葉で準備はしていた。後は、それを実行するのみだ。
「ギャア!」
咄嗟の反撃のためか、フィレアはその高速の翼でラルドを叩き落とそうとする。だが、こんなことくらいラルドの想定の範囲内だ。
体を少し横に移動させ、少し上へ上がって翼を避ける。幾らなんでも避けられるとは思っていなかったのかフィレアは驚きに満ちた表情でこちらを見ている。
「よく分からないけど、俺の一撃、味あわせてやるよ!!」
翡翠のオーラが消え、代わりにラルドの右手に力がこめられる。見ただけで凄い力だと分かるその右腕は、強力な電撃が纏われている。
そして更に、重力もプラスされたラルド最強の腕力を以ってして繰り出される技は。
「ギ、ギャア!?」
「食らえ――」
確実にフィレアの顔面を射抜き、
「――“爆雷バレット”!!!」
「――ガッ」
ありえないような力でフィレアの頭を殴り飛ばし、そのまま滝の方へと落ちていった。
次回「会議」