第三十六話 VSフィレア 後編
怒るフィレアを前に、それを迎え撃とうとする四人。フィレアの巨体を受け止め強烈な一撃を与えたラルドだったが、遂にフィレアが本気を出して――?
〜☆〜
「殺す殺す。汚ねぇ鼠如き、俺が負けるとでも……!?」
「あいつ、どうしちゃったのかしら……?」
「顎をやられて怒ってんだろ。あれ、結構力込めたからな」
そういいながら、ラルドはまだ痛む右手をさする。
そんな二人の目の前には触れるだけで火傷しそうなほど、暑いか寒いかで言えば雨が降っていても暑いと答えるこの島で、陽炎を生むほどの熱気を放つフィレア。
存在が二重に見える程の陽炎に包まれ、フィレアはその眼光を二人へ向けていた。
「見ろ、この熱気。この陽炎をォ! その昔、一つの地方を焦土にし、その身に宿す炎で世界の天気を惑わしたといわれる白き英雄レシラムにはまるで届かないが、テメェら全員を溶かすには十分なはずだァ!!」
自らのやる気を指し示すためか、一層炎の勢いが増す。
そして事実、それだけあれば溶かすことさえできる。胸元から溢れる嫌な空気――悪意によってパワーアップしたことが、それを可能にしていた。
その嫌な空気はレインやラルドの所まで届いていて、二人とも不快な顔をしている。
「これは、嫌な空気ね……!」
「だろ? あれ、あの水晶を持ったら気持ち悪くなって来るんだよ。ふらふらするくらいの」
「あのグレイシアが纏ってたっていってた黒いオーラ。あれはさぞかし気持ち悪いんでしょうね……」
「そりゃまぁ。……フィリア、なにか作戦は考え付いたか?」
「ああ。考え付いたよ。但し今の状態のフィレアには効かないだろうけどね」
「はぁ!? 意味ないだろ! そんなの!」
ラルドはフィリアに詰め寄る。折角作戦を考えるために時間稼ぎしたというのに、それが無駄だったのだ。叫びたくもなる。
といっても、完全な無駄ではない。ダメージを与えられたのだ。
「で、なんで今じゃ無理なんだ?」
「近づけない、だろう? 僕は君がフィレアを受け止めたのを見てやっと思いついたんだ。フィレアはそこから再び遠距離攻撃移るだろう。だからミルのバトンタッチでフィレアが地面に移動しても直に切り返せないような体勢になるのを待って……って作戦だったんだよ」
「で、それを思いついたらフィレアが怒ったと?」
「そうだよ。今の状態のフィレアは、近づくだけで火傷しそうな熱気がある。それに姿も二重になっていてよく見れないだろう? それにこの作戦が完全に通じるのは一回だ。二回目は警戒されてうかつに使えない」
「成る程」
触れるだけでやけどする。まるで特性ほのおのからだのようなフィレアに、レインはそうならせた元凶のラルドをにらみつける。
それに気付いたラルドは、レインから目を離すとフィレアに向き直る。
「まぁ、それだけのダメージを与えられたってことだろ。……ここからはミルとフィリアも加えた総力戦だ。油断はできないぞ」
「分かってるよ。僕は決定打はないけど、がんばるよ」
草タイプのフィリアは、決定打になりうる攻撃を持っていない。唯一炎タイプに有利であろうアクアテールも今のフィレアに態々近づいてまでする必要性がない。
ラルドは電撃を、ミルは光球を、フィリアはエナジーボールを、レインは水球を作り出すと、構える。
そして。
「“十万ボルト”!!」
「“シャインボール”!」
「“エナジーボール”!」
「“水の波動”!!」
一斉に放った。
四つの攻撃は、フィレアに向かっていく――が、フィレアのエアスラッシュによって切り裂かれ、小規模の爆発を起こす。
次にラルドは雷を放つ。が、フィレアのより強化された自由自在さの前には歯が立たないのか、そのまま雲散してしまう。
「まだ速度が上がるのか! これじゃ永遠にループするぞ!」
「ラルド! あのグレイシアの氷壁を破った技は!?」
「使う相手が止まってなきゃ、あんな威力出せねーよ!!」
バーストパンチの一番のコツはタイミングだ。一秒でもずれたら最大威力は出せない。それでも威力は高いが、あの反則な威力は出せないだろう。
「それに近距離じゃないと使えない、遠距離じゃないとあいつには届かないだろ!」
「そっか……ふぃ、フィリア! 他に何かある?」
「さぁ?」
「れ、レインは?」
「ミルも攻撃しなさい。“水の波動”!」
「うぅ……“シャドーロアー”!」
水球と咆哮は、フィレアへと寸分狂わず向かっていく。が、フィレアには当たらずそのまま通り抜けてしまう。
「あの陽炎! あいつの炎が高温すぎて凄くなりすぎだ!」
ストーブの上を見ると揺らいで見える、それと同じ現象だ。そして、フィレアの炎が予想外に高熱すぎたためにそれのもっと凄い版が起きているのだ。
そのため攻撃が当てにくく、それに加え自由自在の飛行を持っているのでフィレアが使うと凶悪な武器となる。
「“炎の渦”!」
「ちっ、フィリア!」
「了解」
回転する炎がこちらに向かってくる。それならばこちらも渦で対抗すればいい。
「「“ボルトミキサー”!!」」
「あァア!?」
グラスミキサーと十万ボルトの合体技を、炎の渦とは逆回転に放った事で完全に相殺しきる。
それを見て驚いたのか、フィレアは一瞬隙ができる。
そして、それを見逃すレインではない。
「懐ががら空きよ、“シーストライク”!!」
「がっ!?」
狙いを定めて、水球を殴るとそれはまっすぐフィレアへと向かっていって直撃する。
レイン自身のレベルが低いため、そこまでダメージは与えられていないだろうが、それでも弱点のタイプだ。少なくはない。
「クソがッ、弱ェと思ってたがテメェ……一体どんな人生送ってきやがった!?」
「そうね。寝ているときでも気が抜けない状況を何年間かね」
「未来世界ハードすぎだろ、笑えなさすぎる」
時が止まり、植物の成長も止まった世界。
そこで得られる食物は、大体が時が止まっても存在し続ける不思議のダンジョン。そこに生成される林檎や木の実やグミのみ。
「星の停止の阻止、できてよかったな」
そう、何気なく呟いた一言。
だがそれを聞いたフィレアは、顔が少し引きつる。
「……あァ、テメェはやっぱり英雄だ」
「あ?」
何が、と聞き返そうとラルドはフィレアを見る。
すると、そこには胸元から嫌な空気――ではなく、黒い瘴気がフィレアを取り囲んでいた。
「英雄英雄英雄ゥウッ―ーここで始末すれば、もう誰も静寂の世界から逃れることはできない!!」
「お、おいおい……一体なにを……」
「なに言ってるの……?」
なにを言っているのか。それを知る術を、この中にいる誰も知らない。
が、今この状況が、なんとなく危険なのは分かる。
「確か、あのグレイシアもこんな感じで狂ってたよな?」
「闇のディアルガみたいだった!」
「いや、あいつは少なくともそこまで行っちゃいないだろ」
フィレアの目にはまだ若干の光が残っていた。闇のディアルガレベルで狂うという言葉すら生ぬるいほどの闇が、あのグレイシアで闇だ。
それならば、今の状態はまだぬるい。
「ハァ……“火炎放射”!!」
「ちっ、“雷”!!」
黒い瘴気に包まれた業火は、先程よりも速く、そして大きくなっていた。
それが黒い瘴気によるものなのは、眼に見えて明らかだ。
そして黒い瘴気に包まれた炎と雷は、ぶつかり合って――雷が打ち破れる。
「んなっ、そんな軽々とッ!?」
「こ、こっちに来るの!?」
「ぽ、“ポースシールド”!!」
雷を打ち破って迫る炎を、ミルは三人の前に出ると光のバリア。“ポースシールド”で受け止める。
三重のバリアは一層を破られるも、二層目でなんとか受け止める。それでも罅が入っている事から、どれだけ威力が高いのかが見て取れる。
「あの瘴気、間違いないな。闇の水晶とやらの影響か……!」
ラルドのトレジャーバッグの奥底にある、意味不明な紙束。それが奴らのパワーアップの秘訣なのだろうと、ラルドも分かっている。
だからこそ、ここで負けるわけにはいかない。それに。
「星の停止に、反応したよな……?」
星の停止に反応して怒った、ということはなにかあると、普段馬鹿なラルドは妙な所で勘を働かせた。
まるで、ラルドを親の敵でも見るような、そんな感じの視線も感じていた。
「この戦いが終わった後、ゆっくり聞かせてもらうぞ……“解放”!」
ラルドがそう叫んだ瞬間、強力な衝撃波が突風を起こす。そして黄色いオーラが俺を包み込むと同時、俺の瞳の色が翡翠色へと変化する。
自身が持つ本来の、100%の力。それを解き放つ……解放だ。
「あアァ……“炎の渦”ゥ!!」
「今の俺には、そんな物は効かねーよ! “十万ボルト”!!」
炎の渦と十万ボルト。先程までは破られる側であったはずの電撃が、今度は炎の渦を破る。
それは解放によるパワーアップの影響を表していた。
「さぁ、始めようぜ! “暴雷”ッ!!」
荒れ狂う二つの雷球は、雷鳴を轟かせながらフィレアへと向かっていく。
目の前の敵を引き裂かんとばかりに進むそれは、間違いなくラルドの中で最高級の一撃だ。
「んなものォ、“エアスラッシュ”!!」
それに対して、フィレアは木を接着すれば元に戻りそうなくらい綺麗に切り裂く、電撃をも切り裂いた空気の刃を二つ放った。
が、二つの雷の前には無力。それは軽々と打ち破られると驚くフィレアに向かって直撃した。
「ぎっ、ガアアアァァァァ!!!!??」
そのうち一つは陽炎だったのでそのまま素通りしたが、もう一つは本物だったらしい。
「流石だね、ラルド……の解放は」
「フィリアさん、俺今物凄く傷ついちゃったんだけど!」
「知らないよ」
「そうですよねー」
ここでいつもならぶつぶつと文句を垂れ流しながら、へのへのもへじの一つでも書いていただろう。
だが今は状況が状況だ。気を抜くなんてできやしない。
「あ……がァ!!」
「っと、早くも復活か!」
「あ……あァ、“火炎放射”ァッ!!!」
「効かねーよ! “十万ボルト”!!」
解放したラルドは、エンジェル内最強に相応しい力を存分に使う事ができる。
最も、接近戦になれば電気活性≪アクティベーション≫があるので遠距離では存分とは言いがたいが。
「“原始の力”ァ!! “炎の渦”ゥ!!」
そして、ラルドの解放にフィレアもただ放つだけでは相殺されるどころか、打ち破られて逆にダメージを受けるのが分かったのだろう。
原始の力で数十個の岩を放った後、炎の渦を撃って原始の力に当て、軌道をずらすという方法をとった。
不規則な動きでラルド達に迫る渦は、一番近い岩にぶつかった後ラルド達へと向かっていく。
そしてそれは。
「え、私なの!?」
「まずはそこの鼠を一匹!!」
フィレアの隙を伺い、逆に自分が隙だらけになったレインに目掛けて放たれたものだった。
「ちょ、待ちなさい! えっと、えっと……“シーストライク”!」
「効くかァッ!!!」
咄嗟に放った水の一撃も、業火の前には歯が立たず。そのまま飲み込まれてしまう。
「間に合え、“十万ボルト”!」
不幸な事に、ラルドとレインは離れている。幾らラルドが解放状態とはいえ眼前に迫っている炎を離れたところから一瞬で電撃で逸らすなんて、できるはずがない。
そのまま炎の渦は、レインを飲み込まんとばかりに迫っていって……!
「――“神速”」
「へ? って、キャアッ!?」
直前で、レインは誰かに突き飛ばされる。
それはあまりにも速く、強く突き飛ばされてしまったのでレインはそのまま吹き飛び、地面に顔面を打ち付けることで止まった。
「痛い、鼻が……ちょっと誰、この私の美しい顔になにすんのよ!」
「どこが美しいんだ。ただ飯食いの怠け豚が。醜い顔の間違いだろう」
「なにを……って、あんた!」
炎に当たる直前、レインを突き飛ばし助けたのは……シルガだった。
「あ、あんた……今までどこにいたの!? お陰でか弱い私たちが必死で戦う羽目になっちゃったじゃないの!」
「五月蝿い。こことは反対の方向に居た」
「ああ! 途中で俺と合流したんだぜ!!」
「ひ、ヒイロまで!?」
その後ろからは、燃え盛る剣を片手に振り回す、ヒイロの姿があった。
「フィリア! どうだ、さっきの俺の活躍! 炎の渦を逸らした俺の活躍を見てくれたか!?」
「いや、直前でレインを助けたシルガの方を見ていたよ」
「くそっ! 俺の活躍がァー……!」
炎の渦がレインに当たる直前、シルガはレインを突き飛ばした。
そして対象を失った炎の渦はどこへ行ったか。それは、ヒイロが炎の剣で軌道をずらしたのだ。
「二人とも、遅かったな。もう入る隙間なんてないぞ。あいつは俺が倒して、洗い浚い吐いてもらうからな」
「物騒な事を言う。普通は縄で縛りつけ、羽を一つ一つもぎ取りながら……」
「お前の方が怖いこと言ってるの分かってる?」
「はっ、これだから底辺は。俺を見習え! まずは火炙りで……」
「お前ら一般常識を勉強しろ! これだからこのチーム内で、あんな奴が唯一の常識者になってるんだよ!」
そんなラルドの言葉を聞いたフィリアは、後ろの方でそっと睡眠の種を取り出す。
それを見たラルドは、慌てて口を塞いだがもう遅い。
「この戦いが終わったら、眠らせて即座に起こして、また眠らせるね」
「好きにしろ!」
どっちみち、この戦いは激しくなる。そんな戦いが終わって直に寝られるならラルドにとって損などない、寧ろ体力も速く回復して得しかない。
右手に雷を、体に波動を、二つの剣に炎を、それぞれ纏わせ三人はフィレアをにらみ付ける。
「さぁ、舞台は完璧。役者も揃った! 残るものは――劇と終幕だけだぜ、悪役と正義の味方のな!!」
「――やれるもんならやってみろォ!! 第二の四天王、フィレア・イグニル様が、英雄気取りのテメェらに、正義なんザねェってことを教えてやるからよォオッ!!!」
次回「満ちた不死鳥」