第三十三話 人質とりが人質に
フィオレに捕まったレインを救出すべく、遂に見つけた支部へ侵入するラルド達。果たして無事作戦を成功させる事ができるのか――?
〜☆〜
巨大な巨大な、滝壺の洞窟の二倍はあるんじゃないかという大きさの滝。
その裏側にはエンジェルが必死になって探していたレイヴンの支部があった。勿論、依頼の目的もあるが、レインを救出するという目的もあって二手に分かれることになった。
ラルドは依頼の目的を達成、そしてミルは――
「れ、レインー? どこなのー?」
レインの捜索。
だが、その声は音が響く洞窟内でも微かにしか聞こえない程、小さな声。幾らピカチュウが普通よりは音に敏感でも聞き取れるはずがない。
「……でも、ここが滝の裏側だからなのかな、天井から水滴が……」
ぽた、ぽた、と一定の間隔で落ちてくる水滴は水溜りをつくっていたり、偶に首筋などにあたったりする。
怖がり者のミルにはそれがどうしても慣れないらしい、当たる度に体を震わせている。
「ひっ! ま、また首に当たった……!」
しかも、なにかの奇跡でも起きているのか水滴はほぼミルの首筋に当たっていた。
勿論臆病者のミルがそれに慣れるはずもない。水滴が落ちるたびに体を震わせている。
「それにしてもここ、複雑だなぁ。どっちがどっちなのか全然分かんないや」
滝の裏側は明らかに何らかの手が加わっていて、道もちゃんと整備されている。それでもなんら特徴的なものはないので迷ってしまう。
部屋は入り口が二つあって、反対側からも入られるようになっている。このせいで余計に迷ってしまう。
「……ラルド、大丈夫かな。こんな複雑なのに、情報なんて手に入れられるのかな……?」
一人でレインを助けるという役目を務め、臆病で一人だと常に恐怖心に身を支配されるミルがラルドの心配をするとはミルもそれなりの成長してきた証拠なのか。
そして、その肝心のラルドはというと――?
〜☆〜
「……」
透明の玉、使用済み。
戦闘準備も完了していた。
多分資料室とかそんな所にあるんだろうな、とか思いつつ、そんな重要な場所だから複雑な場所にあるんだろうな、と。
不思議玉も最後の探知の玉を使用して、さぁ行こうって時に。
「なんで、なんでこんな場所に資料室とか作ったんだ、こいつら……」
俺はもうちょっと難解なものを考えてた。ほら、隠し階段の先に、とかそんな感じ。
それがなんで……よりにもよって分かれ道に入って直の所にあるんだよ。灯台下暗しとはいうけどさ……。
そう。
資料室は、よりにもよって気を引き締めてから十秒以内に見つかってしまったのだ。短い方がそりゃあいいだろうけど、なんだかな……。
「紙とか本とか結構あったし、やっぱりここだよな」
この部屋は……分かれ道はYの字になっていて、その左の方へ行こうと足を一歩踏み出した所だ。
見えずらく、更にこんな序盤で重要な場所があるなんてない、という先入観で見落としかけた。
「え、えぇ……」
さっきミルに格好付けながら情報全部持ってきてやるよ、みたいなこと言った直後でこれは、なんか……煮え切らないというか、意気込みを掻っ攫っていかれたというか、なんというか。
「い、いや待て。こう考えるんだ。こんなに早く資料を見つけられてよかったと」
そうだ、落ち着け落ち着け。
俺の目的は情報を得ること。それさえクリアできれば後は時間があればレインの手伝いでもなんでもやればいい。
つまりこれは、神様が俺に与えてくれた最高のチャンスなのでは……?
「神様マジ神様! というわけでレッツゴー!」
意を決して、俺は扉をそっと開いた。
そうだ、俺は幸運。超幸運なんだ。だから幸運の後にもきっと幸運が続く、意を決する必要なんてない。幸運の後には幸運が続く――
「……侵入者」
「!?」
――と思ったが、どうやら運というのはバランスを調整されるらしい。
そりゃそうだ。当たり前だ。
資料とかそんな重要なものを置いてある場所に、見張りを置かないなんて馬鹿はいない。置かないなんてミルと同レベルだ。
「……」
目の前のドンメルを倒せるように、俺はバッグから爆裂の種を取り出すといつでも投げられるように体勢を……。
「……」
「?」
……あれ、首をかしげてどっかに行った? って、ああ。そうだ。俺って今透明だったっけか。
「なにはともあれ、無事に侵入成功だな」
さて、資料室を見渡してみますか。
えっと、部屋はあの部下達が二十人くらい入っても問題ないくらいの広さ……高さは2,5メートル位か?
本棚は一つだけで、そこに本が置いてある。紙を束ねたものも。
このご時勢、紙や本は貴重だ。勿論それに字を書くインクも。
資料室、とは言っても精々本が数十冊置いてあるだけだ。フィリアの家には数百冊置いてあったが、本が好きな家系なのだろう。漫画とか小説とか、絵画とか最低レベルでも10000Pはするしな……いかにあいつの家が金持ちなのかが伺える。
「えっと、情報情報っと」
その中から今回の目的である、奴らの情報を調べる。もしなくともそれに通ずるなにかはあるはずだ。
なになに、美味しいポフィンの作り方、ね。……お、まろやかポフィンの作り方も乗ってる。……っていかんいかん。情報情報。
「他には、『必見! 探検隊の心得』なんだよこれ、見てみたいじゃないか。っと、気をとられちゃダメだ……『夏のホラー特集』? こんなのに紙使う暇あったらもっと有効活用しろよ上の奴ら……」
因みに中には人間時代から残る古びた洋館などが特集されてあった。以外に面白い。
「……ん? これは?」
見つからないように本をあさっていくと、数十冊の本に隠された一冊の本があった。
『ジュエルについて』……なんだこれ。
「なになに、著者……ハニービ・ベアイス? って、なんか聞いたことあるような、ないような?」
確か、この名前……そうだ! あの時、グレイシアと戦う羽目になった依頼、それを出した奴だった!
ヒメグマで、ジュエルの見つけ方は特殊って言ってたが、まさか本を出すほど有名とは。世界って狭いな。
「それより内容だ」
著者は今の所どうでもいい。俺が知りたいのは内容だ。あんな風に隠されたようにあったんだ、恐らくはこいつらの目的か、それに近い重要な秘密。
……ジュエルの効果。ジュエルはそれぞれ色があり、対応する色と属性が一致すれば威力が上がる。例えば黄色は電気など。
……ジュエルの歴史。ジュエルは人間時代からあるものでその性質はよく分かられていない。ただこれは自然発生するもので人間時代じゃないものも多数。
適当に読んでみたけど、大したものじゃないぞ? いや、威力が上がるってのはいいけどさ。……そういや持ってたよな。電気のジュエル。
「これがどうしたっていうんだ? こんな大きな組織作ってまで探さないといけない物なのか? ……ん?」
ジュエルについての考察でなにかチェックされているものがあった。どれどれ……。
このように対応する属性を強化するジュエルだが、それを応用する事によって強力なエネルギーを得る事も可能。もし全タイプに対応するタイプがあれば強力な威力を得る事ができるだろう……。
なんだこれ、全タイプに対応? あるわけないだろ、そんなチートタイプ。
だが、これはいい情報だ。もしこれが奴らの目的だっていうなら重大な情報を得た事になるな。
「そういや、束ねられた紙にもなにか書いてあるのか?」
ジュエルについて、の本を戻すと俺は束ねられた紙の紐を解いて一枚一枚に目を通す。
すると……。
「……全タイプに対応できる結晶?」
なんだこれ、と思ってその先を見ていくと……なにやら分かりにくい言葉が並べられていた。一応全部読んで、纏めてみると。
「悪意でパワーアップの性能を得た闇の結晶。更なるパワーアップの為今度は悪意ではなくエネルギーを入れる。無事成功。これで全タイプに対応することは可能になった。次のステップで強大な力を得る事ができる。その為にはジュエル全種類が必要……」
もう一度言う、なんだこれ?
闇の結晶ってなんだ? 悪意でパワーアップ? エネルギーを入れる? 全種のジュエル?
様々な謎が俺の中で浮かんでくるが、確実に分かる事が一つ。
――これは絶対に不味い。もってかえってちゃんと調べなければいけない。
「とにかく、紙をバッグに入れて……うわっ!?」
急いでバッグに紙を入れようとした時、後ろから火の粉が襲い掛かる。
紙があるのになにすんだ! というか炎タイプを資料室に配属するなよ! ……あれ? おい待て、なんで俺が見えてる?
「まさか、効果切れ!?」
「侵入者。侵入者。ピカチュウ発見」
「「「“火の粉”」」」
その声を聞きつけて資料室のどこかから現れたドンメル達は、俺に向かって火の粉を繰り出してくる。
本を守るために、俺は電磁バリアでそれらの軌道をずらすと直に扉を開けて逃げる。見つかってしまったものはしょうがない。俺は入り口を抜けると走って走って走る。目的地は、ミルと合流したあそこだ。
「ミルの手助けは無理か……ミル、無事で居てくれよ……ッ」
俺は後ろを振り向かずに、あの場所へと走っていって――。
〜☆〜
時は遡って、ラルドが丁度資料室で本棚を見つけたとき。
ミルはびくびくしながら部屋を一つ一つのぞいていた。
「お、おじゃましまーす……誰も居ないね」
因みに中には、あれだけフィレアというファイヤーに黙ってついていっていた部下達が愚痴を零していたりと秘密結社の裏側を見た気がしたりしなかったり。
「それにしても、本当にレインどこなんだろ……レインのことだから、起きてたら騒いでそうなんだけどなぁ。まだ気絶してるのかな?」
辺りをキョロキョロ見回すミル。だがこの複雑なアジト。曲がり角も多くミルご自慢の視力も役に立たない。
結果、耳のみが頼りになる。
「……あれ、ここさっきの場所じゃ」
耳だけを頼りに歩いていたミルだが、なんと同じ道に戻ってしまう。そりゃそうだ、耳だけを頼りにしてたのだから。
そう耳だけだ。声があるほうをレインがいる場所だと勘違いしたこの兎は音だけを頼りに進んでいた。
「あれー?」
周囲を見渡しても、どこを見渡しても同じ様な道が続いている。
これじゃ、まるで……。
「迷路みたい」
同じ様な道が同じ様に続き、迷路のような道。
この道を作った者は迷路のような道にするようにして作ったのだろう。つまり。
「迷路にしなきゃいけないなにかがこの先にあるのかな……もしかして、牢屋かな?」
重要なものといえば、ミルには牢屋くらいしか思いつかない。今まで見つかっていなかったから、おそらくそうだろうと。
実際はなんとなくの勘だが。
「この先に、レインが……よーし! 迷路はちょっと得意だから、頑張っちゃおーっと!」
ミルは鼻からふん、と息を出すと右足を上に上げて叫ぶ。
結果、顎を思い切り打つことになるのは言うまでもない。序でに学習能力が無い事も。
「って、言った直後にもう手がかり見つけちゃうなんてなぁ……」
只今ミルは、標的に見つからないように、そして自分からは見れるようギリギリ壁からはみ出さないように見ていた。
なにを隠そう、その標的とは……!
「おーほっほっほ! 今日は気分がいいわ。害虫、いえ害鼠を捕まえられたんですもの!」
そう、フィレア・イグニルと一匹のポケモンである。
「よかったですねぇ」
「ほっほっほ――げほっ、ごほぉっ!! ……とにかく、これであんの憎たらしい英雄を手下に入れられるわ!」
「調査によると、仲間を人質に取られると絶対に言う事をきくような人らしく」
「これでボスに献上すれば、昇格間違いなしぃ! あの女狐を超える、ボスの右腕になる日も近いってことかしらぁ〜?」
「クウコ様を悪く言っては。また喧嘩なさられるつもりですか?」
「あの女狐をどういおうがアタシの勝手よ!」
全身を舐めまわされ品定めされている、そんな奇妙な錯覚を覚える絶対になれることはない気持ちの悪い声から、クウコという名前が出た瞬間に野太い声に変わる。
ミルはその豹変ぶりにひっ、と声を上げてしまうも、どうやら気付かれなかったらしい。
「で? あの小娘はどうしたの?」
「はっ、今は尋問部屋にて」
「それはいいわぁ。いいわいいわいいわぁ!! あの小汚い糞娘を尋問できるなんて、なんて素敵なのかしらぁ?」
「いい加減、そんな趣味を止めてください。尋問趣味なんて聞いたことありません」
フィレアのお目付け役のような男が、フィレアに臆することなく注意する。親衛隊はあのマグカルゴなので、親衛隊とはまた別のものなのか。
「フィレア様、もうそろそろ」
「着いたぁ? もうすぐで、あの溝鼠を尋問できるのねぇん?」
「はいはい」
「れ、レインがあそこに?」
喋りながら歩く事一分。遂にフィレア達はレインのいる場所に着いた。そしてミルも。
「……あらやだ、ちょっと不味いわね。あたしちょおーっとお花摘みに行ってくるわぁ」
「そうですか。なら自分もついていきます」
「勝手にしたらぁ〜?」
……そしてそのまま、フィレアはどこかに行ってしまった。
だが油断してはいけない。フィレアはトイレに行っただけだ、直に戻ってくる。
「早く、レインを助けないと……!」
ミルは急いで尋問室の扉を開くと、レインの元へと――!
「レイン!!」
「あ、ミル。早かったわね?」
行ったら、なんとそこには地面に寝転がっているレインの姿があった。
隣には一本の縄があり、恐らくはこれでレインを縛っていたことが……。
「って、そんなことはどうでもいいよ! レイン、なんでこんなところで寝転がってるの!?」
「縄抜けって、知ってる?」
「知ってるけど! ならなんで逃げなかったのさ!?」
「もうミル。落ち着いて落ち着いて。……扉が開かなかったのよ。かぎかかってたみたい」
「え?」
思い返してみると、そういえばちょっと目を逸らしたときにがちゃっ、という音がなったような……とミルは自身の記憶を探る。
そして、はぁ、と溜息を着くとすぐにレインを起き上がらせる。
「レイン、急いで逃げよ! ここは敵のアジトで、危険なの!」
「分かってるわよ。でもミルが入ってこれたってことは、鍵はかかってなさそうね」
レインは背伸びをすると、歩き出し。
「さ。こんな所でぐずぐずしてらんないわ。さっさとここから脱出するよ。行くわよミル!」
「う、うん!!」
そういってミルを引き連れるレインの姿を見た人は、格好いいと思うだろう。ミルもそう思い、おぉ、と言いながら着いていく。
そして、気をよくしたレインを優雅な足取りで扉を引き、扉の外へと……!
「ぶっ!?」
「えぇっ!?」
行くことなく、扉に思い切り顔面を打ちつけた。
「い、痛いわね! 何するのよ、この扉!」
「落ち着いてレイン! 扉はなにも……あれ、まさか」
扉が開かない。もしかしたらと思ってドアノブをまわすが、最後まで回らない。
つまり。
「と、閉じ込められたーー!?」
「えっ、うそ!?」
「おーほっほっほ! そのとおりよぉ!!」
どうしようかと二人が焦っていると、外からあの声が聞こえる。そうフィレアだ。
「ととと、トイレに行ったんじゃ!?」
「馬鹿ねぇ。伝説のポケモンがトイレなんてするわけないでしょう?」
「ミル、ちなみに私もトイレなんて行かないわ」
「わわわ、私も……トイレなんて……」
「「無理しないでいいわよ」」
「うわぁーん!」
完全にミルが涙目になってしまう。これでまともな会話は不可能だ。
レインはさてと、と言って扉の向こうに話しかける。傍から見ると扉に話しかける狂人にしか見えないが。
「うっさいわね! ……で、あんたよくもミルをはめてくれたわね?」
「あったりまえじゃなーい? そこの美味しそうな女の子、ミルって言うの?」
「ひっ!」
「ほうら、そんな声出されて見なさい。気付かないはずないじゃないの」
「……!?」
あの時の声、聞こえてたんだ……とミルが気付いた所でもう遅い。
「あんたたちの尋問は、まぁ英雄を取り押さえてからにするわ。それまで首を洗って舞ってらっしゃい!」
「あんたはその荒れたお肌を洗った方がいいわよ」
「うっせぇんだよこの溝鼠! 電気タイプ風情が俺に叶うとでも思ってんのか!?」
「あらやだ怖いわね」
「ちっ……まぁいいわ。さよなら。次に会うときは、あんたたちのメンバー全員引き連れてくるから楽しみにしといた方がいいわよぉ。それじゃあねぇ!」
その声が聞こえるのが最後で、もう声は聞こえてこない。どこかへ行ってしまったのだ。
ラルドの敵の情報を見つける役目は、大成功。
ミルのレイン救出は――最悪の形で失敗してしまった。
「どうしよー! ラルドー!! フィリアー!!」
「最後に! 一口だけでもいいから木の実シチューの黄色グミ煮込みを頂戴ー!!」
二人の叫びは、誰にも届かずに響くだけであった。
次回「天才による救出作戦」