第三十二話 影滝島逃亡劇C
エスグとその子分たちと戦い、苦戦するも無事に倒したミル。丁度その頃、エンジェルのリーダーラルドは――?
〜☆〜
「皆、どこにいるんだー!?」
大声を張り上げながら、ずぶ濡れになった体で道の真ん中を歩いているのは黄色い鼠、というか俺。
何故、こんな大声を道の真ん中で張り上げ、見つけてくださいと言ってるのか? みたいになっているかというと。
誰も居ないからである。
「……本当、人っ子一人いないぞ。どうなってんだ、罠か?」
何故かは分からないが、誰も居ない。音すらも聞こえない。
好機と見て、支部を探してみたがそれらしき物はどこにもない。
「一体、どうなってるんだ?」
さっきから枯れ木の森の方で炎がちらちらと見えたり、野太い声が聞こえたりしてるのだが……ここから相当な距離があるので、誰かまでは分からない。
もしかしたら罠か? と考えてみたがそれもない。探知の玉を使ってみたが何の音も聞こえなかったのだ。
「本当に、どうなってるんだ……この島は」
言いようのない不安を胸に、俺はまだ探索していない北のほう。影滝島名物の巨大な滝がある方向へと進んでいった。
そして、枯れ木の森の方では。
〜☆〜
「ゴラァッ!! 待てこの糞野朗! 俺の二時間返せェッ!!!」
「し、知らないわよー!!」
枯れ木の森の中で、炎を纏う巨大な鳥とその他に追われる可哀想な鼠が一匹。というか私。
逃げようとファイヤーに威力も勢いも弱いシーストライクを食らわせたら、なんだか激昂して、私を追いかけてきたんだけど……理由は分かる。折角整えた毛を濡らされたからだろう。カマがなに言ってるやらね。
「オカマさんオカマさん、私、悪かったわ。だから許して頂戴!」
「なら、時間返せやァッ!!」
「無理に決まってるでしょ! なに、頭の炎で脳が焼けちゃったのあなた?」
「“火炎放射”! テメェらもさっさと攻撃しろ!!」
『ぎゃ、ギャアッ!!』
巨大な炎とそれに並んで発射される大量の炎。
私はシーストライクである程度の勢いを弱めると、即座に反転して逃げる。とにかく捕まったらおしまいだからね。
これまでにも廃墟などで追い掛け回されて、そこにいる部下たちに私を追いかけるように命令。どう、仲間が動きやすいようにこうして逃げ回ってる私格好いい?
……と、十分前まで思ってたけど部下の数が五十を超えたあたりで逃げる事しか頭にはなくなったわ。
「も、もう疲れたわ! だからオカマさん、さっさと降参してくださらないかしら!? リーザイン! リーザイン!」
「こっちの台詞だよ雌豚ァッ!!」
「失礼ね! 私は鼠よ、アナタほど体重重くないわ!」
「“炎の渦”!!」
燃え盛る炎の渦を、華麗なステップでよけると私は直に震える脚に鞭打って走り出す。正直言うわ、枯れ木とはいえ十本も一気に吹き飛ばすのはやりすぎだと思うの。
「聞いてオカマさん……ああ、アナタは性別無かったわね。聞いて似非オカマさん、こんな事に時間を費やすより、その荒れたお肌と毛を直した方がいいと思うの! そりゃあ私のもっちもちなお肌に妬いちゃうのはしかたないけど――」
「殺せ! あいつを殺せェッ! 殺した奴は問答無用で親衛隊に昇級だ!!」
『ギャァッ!!』
「なんで、なんでなの!?」
できるだけ穏便にことを済ませようとしてたのに、なんで怒るの!?
「このままじゃ、枯れ木が炭になっちゃうわ……とりあえず廃墟に出ましょう。仲間の一人や二人いるかもしれないし、もし化け物組なら護身用に持ってきた身代わり玉で私は逃げさせてもらえばいいしね!」
「外道ですよ! このピカチュウ外道すぎますよフィレア様!!」
「悪魔だ、悪魔がいるぞ!」
悪魔なんて、小悪魔ってことかしら。この部下たち女心が分かってるわ。主に私だけの。
なんか極悪非道な物を見る目でこっちを見てるけど、そっちは気のせいね。
「“エアスラッシュ”!」
「“電光石火”!」
フィレアが放った空気の斬撃も、私の高速のステップの前には意味をなさず。そのまま二十の枯れ木を切り裂いて……ちょっと待って、え、なにこれ。引っ付けたら元に戻りそうなくらい綺麗なんですけど。主に切断面が。
もし私がくらったら、綺麗に切断され……。
「いやあぁ! いやよぉ、こんなのいや! 私はお腹一杯食べて死ぬのよ!」
できれば木の実シチュー黄色グミ煮込みを!
そしてそれが起爆剤となったのかはわからないが、目に見えて早くなっていく。俗に言う火事場の馬鹿力だ。
いや、ただ単に逃げ足が速いだけだろう。
「廃墟! 廃墟よ! これで化け物組に当たってくれたら私は神を0,1%だけ好きになるわ!」
逃げ回ってるうちに廃墟が遂に見えてきた! 後は責任を擦り付けるだけ!
まぁフィリアは枯れ木の森のどこかで身を潜めてるだろうし、ミルは臆病だから隠れてるでしょうね。となると必然的に会うのはあの化け物達!
「さぁ、身代わり玉は用意済み! 化け物組、覚悟ー!!」
そうして、枯れ木の森を突っ切った先に居たのは――
「あれ、レイン?」
――大の字になって寝転がっている耳長兎。通称ミルがいた。
「あれ、ちょっとなにかが逆になってるような……それよりレイン、どうしたの? そんな鬼のような形相でこっちに向かってってきゃあっ!?」
「ああもうどうして! どうして私だけじゃなくミルまでこんな目にあうの!? というよりミル、さっさと逃げるわよ!」
「ど、どうして……?」
「それは……とにかく、逃げなきゃ焦げ肉か上半身と下半身が離れちゃうわよ!」
「!?」
こげ肉という単語で驚き、上半身と下半身が離れるという単語で完全に臆病モードになってしまったミルは直に私から離れると一目散に走る。
ここで一つ。
ミルの力量は、ヒイロに次いで高い。僅差であるがフィリアには勝っている。当然力量が高ければその分素早さも上がる。更に電光石火もあるので今ではもう見えない。
つまりレインの状況はほぼ変わっていない。それどころか。
「そのままそこで突っ立ってろ、今すぐ溶かしてやるからよォッ!!」
「きょ、距離が縮んだんですけど!?」
レインは急いで逃げようと走ろうとする……が。
「“プロクスプリズン”!!」
「!?」
フィレアが放った、幾つも重ねられた炎の輪が私の動きを拘束し、そのまま形が変わって檻のようになる。
そして、五十を軽く超えた部下たちに囲まれた中、フィレアは私に近づいてくる。
「はぁ、はぁ……捕まえた」
野太い声から一転、再び全身を舐めまわすような気色の悪い声に変わると、私を拘束していた炎の檻を解除した。
それを見て逃げようとした私……だったが、突如後ろに感じた強烈な痛みとともに、意識を失ってしまう。
〜☆〜
レインが捕まってから五分後。時刻は六時四十分。
巨大な轟音を立てながら流れていく、これまた巨大な滝はなんともいえない威圧感を漂わせていた。
そして俺は近くの岩の影に隠れてその周辺を見回っていた。
「……ここら辺、警備が厳しすぎやしないか?」
見回った結果、なにやらガーディが二十匹近く居た。
多分、匂いで近づいてきた奴を即座に発見して、捕まえたりするんだろう。だが俺の前では無力!
……ん?
「なんか、明るくなってきたような」
ここは影滝島、積乱雲に常時覆われていて、今は小ぶりの雨が降っている。なのに明るい……?
いや、待て。確かプリルが気をつけろって言ってたやつって……。
「おーほっほっほ! フィレア様のお通りよ!!」
『ははーっ!』
「!?」
空から現れたのは……なんと、嘴で黄色い物体をくわえ、全身を舐められるような……なんか、品定めされてるような錯覚に陥ってしまう気持ち悪い声を発するファイヤー!? ……え、伝説の?
後ろからは五十を超えたあたりで数えるのをやめたほどの人数のポケモン達。しかもファイヤーが通る道にはレッドカーペットが敷かれている。
「って、おいおい、地面濡れてんだぞ? そんな所でカーペット敷いたら泥がつくだろ」
「そうだよ! もっと物を大切にしなくちゃ!」
「おお、どこのどなたか存じませんが、俺と同じ感性をもつなんて、気が会うかもねミルさん」
「そうかな? ……って、えぇ!? ラルド!? どうしてここに……むぐっ」
「おい、静かにしろ。見えるだろ、あのファイヤーとその愉快な仲間たちの姿」
「むっ……うん」
五十匹もいるとか、シャレにならんぞ……本当はそれ以上にいるが、止めたあたりの数で言う。
「さっきフィレア様って言われていた……多分だが、この島の主。あのグレイシアと同じ実力を秘めた奴だ」
「え、えぇ!?」
「だから静かに! ……そういえば、あいつのくわえてるアレ。なんなんだ? お前の桁外れの視力なら見えるだろ?」
「うん……えっと、えぇッ!?」
「だから静かにしろ」
こいつは物事に一々驚かなきゃ生けていけないのか。こいつ、臆病にポイントを振った奴の末路だろ。
異常な視力はフィリアがそういう環境だったんだろうね。イーブイはその環境に完璧に適応するから、という理由で長年の議論は終結したが……取り柄が視力だけ、か。
「ぷっ」
「ちょっとラルド、今馬鹿にした?」
いやだって、これは笑わなきゃ人間じゃない。……あ、ポケモンだったっか。
「もう……くわえられてるのは、レインだよ」
「……は? うそだろ?」
あのレインが? 自分で勝手にモンスターハウスに入って、涙目で俺とシルガを当てに逃げてきて、縛り玉使って後は自分でやれって言ったら纏めて攻撃して、動けるようになったからまた涙目になって俺たちに身代わり玉使ったあの馬鹿悪魔が?
その後麻痺させて関節技決めて、海へ投げようとしたのは言わないでも分かるだろうが、え? あのレインが?
「レイン、誰かに追いかけられてたみたいで。私はレインが逃げなきゃ……になるから逃げて、って言われたから直に逃げたんだけど、気になって……」
「んで俺を見かけたってことか」
そうか、元から追われてたのか。
「で、どこでお前はレインとであった?」
「マグカルゴと残り九人倒して……その直後」
「!?」
マグカルゴと九人? それって集団リンチを自力で抜け出した、というか返り討ちにしたということか?
……ミルって案外強いよな。幻の大地とか、闇のディアルガ戦経験してるから分かるといえば分かるけど。
「で、レインが来て逃げ出した、か。どれだけ臆病者なんだお前は!!」
「ひぅ、ごめんなさーい……でも、こげ肉か真っ二つって聞いたら、流石に逃げると思うよ?」
「俺ならそいつを逆にやる」
「ラルド、私今ラルドにある種の言いようのない恐怖を感じたんだけど」
「気のせいだ。さぁ敵の動向を見るぞ」
急な話題転換で話を違う方向へと向けさせるのも、結構なスキルがいると思うんだ。
とにかく、今は敵に集中だ。
「……ファイヤーがそのまま歩いていって、数え切れない奴らの内の何人かがついて行って……ちょちょちょい、滝の裏側に行った?」
ここからでもよく聞こえるくらいの轟音を立ててるんだぞ? 滝壺の洞窟は裏に洞窟があったからまだしも……いや、待て。
あの巨大滝は轟音を立てて流れていて、大きな湖を造っている。それが枝分かれした池で俺は匂いを落としたわけだ。
そして、滝の裏側へ通じるように自然の道があるのだが、まさかそこに支部が?
「滝壺の洞窟みたいなものか?」
「そうみたい。でも、滝の裏側でも離れてて影響ないよ」
……滝壺の洞窟と同じじゃないか。
いや違う、滝壺の洞窟は滝に隠れて道が見えなかった。が、この巨大な滝は別だ。大きいがために、どうしても隙が生まれる。
ファイヤーも入れるから相当だろうな。
「でも、こんなにガーディがいるんだよ? どうやってあそこまで……?」
「俺は匂いを落としてるし、大丈夫だけどミルはどうだ?」
「匂いを落とす? ……分かった、だからそんなに濡れてるんだ!」
「正解。その様子じゃ匂いは落としてないようだな」
じゃ、俺一人でこいつらを気付かれずに倒すか……しょうがない。なんとかするか。
「とは言っても、どうする? 俺、何の策も思いつかんぞ」
「うーん……ラルド、ドロンの種で透明になれば? 匂いは落としたんでしょ?」
……あ、そうか。におい落としたんだから、透明になってもバレないのか。じゃあ、作戦の幅も広が……待てよ?
なんだろうか、今日の俺は物凄く冴えてる。どれくらいかというと、フィリア並みだ。
「いい作戦を思いついた。とってもいい作戦だ。たった少量の電気で相手を気絶させる、素晴らしい作戦を!」
「ラルド、その笑顔なんか怖いよ? フィリア並に」
失礼だな、と言いかけたがフィリア並みという言葉に俺は何も言い出せなかった。あんな怖い表情してたのか、俺。
因みにこの話を後でフィリアにうっかり言ってしまったとき、蔓の鞭で海へと落とされそうになったのはまた別の話。
「よし、作戦を伝える。と言ってもミルにやってもらうことはただ気をひいてもらうだけだ」
「……」
「冷ややかな目で見ても無駄だぞ」
活躍したいとか、そんなレベルの話じゃないんだぞ? この調査は。
後ろ盾とか言ってた気もするが、気分が高揚したからだな。今は非常に帰りたい。
「じゃ、行くぞ!」
俺はドロンの種を口に入れると、姿が透けていく。そしてミルのバッグから飛びつきの玉を取り出す。……仕方ないだろ? ミルのバッグに空きがあったんだよ。
この飛びつきの玉、なんでも最近結構な量を仕入れてきたとかで買っておいたものだ。その数五つ。他にも大量に仕入れてきた不思議玉を五つ買ったが役に立たないだろう。
「一斉のーで!!」
「“シャドーボール”!」
『!!』
俺の掛け声とともに放たれた黒い玉はガーディ達のいる場所の中心へと見事に直撃する。
俺はミルを標的にしたガーディ達を見て、すぐさま飛びつきの玉を使うと、一瞬で一匹のガーディまで近づく。
飛びつきの玉の効果は一番近い壁、若しくは敵の直近くまで一瞬で移動するというものだ。それをドロンの種と合わせて……。
「“電気ショック”!」
「!?」
首筋に電気ショックを当てると、気絶してしまう。
それを見て混乱しているガーディ達……だが、ここで終わるわけがない。
直に飛びつきの玉を使うと同時に電気ショックを首筋に当てる。死ぬんじゃ? と思う人もいるだろうがそれはない。加減はしている。
ガーディの一人がやられ、また直にやられたためガーディ達は混乱している……これが狙いだ。
その後、俺は三つの飛びつきの玉を使い、混乱して敵がどこから来ても反撃できるようにか固まったガーディ達に自分の作戦が上手くいきすぎた笑いかけたが、それを必死に堪えて最大の“ディスチャージ”を食らわせてやる。
これで見張りは全滅だ。
「よし、やったぞ!」
俺の作戦が上手く行きすぎだ! なんだこれ、俺今日冴えてるよ! こういういいことがあったら悪いことがあるんだろうけど、そんなこと気にしないくらいの嬉しさ! 今度からフィリアの代わりに司令塔やってあげようか? うん?
「あっはっはっは!!」
「ラルド、幾らなんでもそんな大声で笑ってたらバレちゃうよ?」
おっと、どうやら五月蝿かったようだ。すまないな。
……この溢れ出る高揚感、これがハイテンション。スーパーハイテンションにもなれそうなくらいだ。
それじゃ、見張りも倒した事だし、次の作戦へ進む。
「ミル、とりあえず匂いを落としてこい」
「うん」
ミルは指示通り匂いを落とすと、枝分かれ川から上がってこっちへ来る。
水滴で凄い事になってるが別にいい。乾くまで待てばいいことだ。
……よし、水滴もなくなってきたな。
「いいかミル。お前に緊急用の爆裂の種五つと、縛り玉、透明の玉を渡す」
「う、うん……ラルド、爆裂の種を渡す手が震えてるよ?」
俺の中で渡したくない気持ちと渡さないといけない気持ちがぶつかりあい……しょうがない。
「ミル、俺の、俺の爆裂の種を頼んだぞ!」
「そんな大事なものなら渡さなきゃいいのに。……ありがとね、ラルド」
「どういたしまして……じゃ、作戦を伝える!!」
フィリアがいてくれたら俺よりも的確な指示を出してくれるんだろうが、無い物ねだりはよくない。
それに、今日の俺は冴えている。
「いいか。まず、二手に分かれるんだ」
「うんうん」
「俺達の目的は二つ。そして、俺はそのうちの一つをこなす」
「なに?」
「相手がなにをやっているか、だ。この島で何を探しているのか、それが知りたい」
元々、調査に来たんだ。普通はそうするだろ。
だが、それだけじゃない。あの厄介なゴーストデビルめ。
「お前の役目は、レインの居場所を探してくる事だ。救出できるなら救出してこい」
「……そっか! レインになにかったら危ないもんね!」
そしてミルはなるほど、と言わんばかりに右前足で左前足の平を叩き、顎を地面に強く打ち付ける。
ぷっ、と噴出しそうになったがここは我慢。
「その通り! いいか、絶対に捕まるなよ? ……分かったら行くぞ!!」
「うん!」
俺は調査。ミルはレインを探し、あわよくば救出。
道具も完璧で、匂いも落とした。これで捕まる事はないだろう。
もしフィリアならもっといい作戦を出していたんだろうと思うけど、時間がないんだ。
俺とミルは、透明になって、支部の入り口へと――。
次回「人質とりが人質に」