第三十話 影滝島逃亡劇A
コークと戦い、一度は劣勢に立たされたフィリア。だがレインの手助けがあったこともあり着実にダメージを重ねていき、最後はコークの自爆という形でフィリアたちの勝利となって――?
〜☆〜
「ふぅ、終わった終わった」
汗を拭きつつ、レインはそうつぶやく。
この島自体が蒸し暑いというのもあるがこの戦闘で何発も鉄のトゲを全力で投擲しているのだ。
「僕も疲れたよ」
フィリアは数十分にもわたる逃亡劇を繰り広げていたので地面に座り込んでいる。森とはいってもかれているので地面も湿っている。
周りの毒はまだ残っていて、フィリアたちでも強烈と思えるほどの臭いが鼻をつく。
「それで、このアーボックはどうする?」
「うーん……移動させようか?」
「無理でしょ。こいつ、確か私が四十センチだから……八倍位ね。そんなにあるのよ?」
レインは0,4メートル、コークは目測3,4メートルもある。こんな巨大なポケモンをどうやって運べばいいのか。
「じゃ、そこの岩にくくりつけておこうか。僕の蔓で引っ張るから、レインも手伝ってね」
「分かったわ」
フィリアは蔓を体から出すと、蔓でコークをくくって引っ張る。重いといえば重いが、レインも手伝ってくれているからまだ楽だったようだ。それでも終えると同時に座る込んでしまうので、やはりこれくらいしか運べない。
無事に近くの岩まで運ぶと、フィリアが拘束の種を岩やコークに植え付け縛り付ける。
「この後はどーすんの? 休んどく?」
「それが一番だね。……そういえばレイン、あの技は一体何だい?」
「“シーストライク”? 前にラルドが電磁砲を殴って加速させるって方法を試してたのよ。電気を水の波動二つ分の水の塊で代用したバージョンね」
「ラルドがね。そんな面白いこと、よく思いつくよ」
「あいつは発想だけはいいわよね。ただ、フラッシュは苦手らしいけど」
「そうらしいね」
ちなみにその理由は、フラッシュなどの光は普通自分が扱うエネルギーなどの応用みたいな感じで、光のみをフラッシュを覚えるポケモンが全員出せる訳でも無い。
電気タイプの場合、電気の光のみを出して電気はほぼ出さないという物だが、ラルドの場合光の調整が何故かうまくできず、結果全方位十万ボルトというものになってしまうのだ。
「あいつも、未来世界にいる時とは人格が違うとはいえ元は変わってないわ。光が見慣れないから、苦手なんでしょうよ」
「そういうものかな」
「そういうものよ。得意なタイプの技でも、過去のトラウマから使用できないなんて例、腐るほどあるでしょ?」
「確かに、僕の知る限りでも百五十件はあるね」
「……ちょっと多すぎやしない?」
それは遺伝性のものであったりと、様々な理由がある。がそこまで詳しくは解明されていない。
タマゴ技という、そのポケモンが生まれながらにして強力な物を覚えていたり、何か別のポケモンとのタマゴによりその生まれたポケモンとは違う種族の母方、もしくは父方の技を覚えるというものがある。
フィリアの場合、母方の方が覚えている“アクアテール”がその例だ。
「レインは特殊すぎるけどね。解剖して調べてみたいよ」
「物騒なこと言わないでよ。……ったく、将来マッドサイエンティストみたくならないでよ」
「将来はPを稼いだらどこかで平和に暮らしておこうかな? 科学も日々進歩して言っているからね。情報が普通にやり取りできる時代もそう遠くはないよ?」
「うわ、まんま人間の真似事じゃないの。流石元ニート。まぁ私は情報でしか知らないけどさ」
何でも人間は電波などを利用して情報を普通に報せられる機械を殆どの人が持っていたらしい。まぁパーソナルコンピューター、つまりパソコンのことだが子供の現代人、未来人が知りうるはずもない。
「そういえば。なんでも最近、凄いことが発表されたらしいんだ。可笑しなポケモンが見つかったって」
「可笑しな?」
「そうなんだよ。まるで、今国中が必死の思いで作り出している機械。そんな感じらしいよ。背中に大砲がついて、赤い色をしたね。勿論ポケモンさ」
「なにそれ。機械ポケモン?」
「さぁ、分からないけどね。ポケモンを改造する、もしくは一から作り出すなんてあと何百年も必要らしいし、過去のものだろうね」
が、フィリアも詳しい話を聞いた訳では無い。ただペリッパー新聞を読んでいて目に入っただけらしい。
それでも内容を完璧に覚えているあたり、流石は天才といった所か。これがもっと科学力の発達した時代に生まれていればもっとよかったのかかもしれないが。
と、雑談している最中。不意にコークがぴくっと動く。
「! さ、話は終わりだよ。……今、動いた」
「ええそうね。アーボックさん、目を開けなさいな」
「っ……ここは、どこだ?」
やっと気がついたのか、若干苦しそうにしながらもあたりをキョロキョロと見回す。
そしてフィリア達を見た瞬間、動き出そうとする。がしかし流石拘束の種といったところか。びくともしない。
「て、テメェら。何しやがんだよオイ?」
「あ、相変わらずドスの聞いた声ね。まぁいいわ。……ちょっと聞かせてもらいたいことがあるのよ」
レインは鉄のトゲを取り出すと、コークの首に突き出す。
手からも少量の火花が散り、いつでも発射OKといった感じだ。
「この島にいる、確か……なんだっけ?」
「“フィレア・イグニル”だよ」
「そうそう。そいつの情報を教えなさい。絶対氷壁と同等の力を持つんなら、危なっかしくて碌に探索もできないわ」
フィレア・イグニル。
果たして誰なのか、今のレインたちは少しの恐怖を抱いていた。
当たり前だ。化け物組の一角のシルガでも勝てない相手だ。それが相手となると相当厳しい。
そして返答に信じられないほどの衝撃を受ける事になる。
「……チッ、しょうがねェ。教えてやるよ。どうせ何の害もねェしな」
「で、誰なの?」
「伝説の三鳥。無尽蔵の電気を司るサンダーと、吐息だけで空中の水分を凍らせるというアリシアさまでさえも力を注がないといけないことをやってのける者達と同等のかえんポケモン」
ここまで聞いた瞬間、フィリアの脳裏に一つの伝説が浮かび上がる。
夜空を照らすほどの橙色に輝く炎を持つ、火口に入ることで体を燃やして傷を癒す。不死鳥の異名をもつひのとり伝説の主軸となるポケモン。
「“ファイヤー”だ」
「!?」
流石のレインもファイヤーという名を知っているのか、驚いた表情でコークに問いかける。
「ちょ、ちょっと待って!。それは本当!?」
「ああ」
「……あのかえんポケモンね」
暴風を引き起こし、煌めく炎ですべてを焼き、浄化させるというポケモン。
なんでも自らマグマに入って傷を癒すという不死鳥のような習性から、一部では一般ポケモンもファイヤーの炎を浴びて死んだらまた復活できるというファイヤー教なるものが存在するらしいが、まぁそれはおいておこう。
「レイン、どうする?」
「あんたが決めてよ。私、こう見えて色々と混乱中」
「そうかい。気持ちは分かるよ、僕も混乱している。……でも、一つだけ確かなことがある」
「なに?」
「ファイヤーは全てを照らす。それなのに空に光が見えなかったという事は、雲の中に隠れているかどこか身を隠せる場所にいる」
「つまり?」
「もし前者なら、僕達の姿も見られていたかもしれない」
雲のなかで見えないんじゃ? と思うだろうが、ファイヤーは空に住むポケモンだ。視力もミルほどじゃないとはいえ発達している。というか五キロ先でも楽に見通すミルは伝説ポケモンじゃ? としばしばフィリアが本気で考えるほど異常だ。
そして、ラルドは寝転んでいて空は見ていなかった。ライラも空にまで余裕はかけられないだろう。
「なるほど。そうしたらこれまでの僕たちの行動は、全て筒抜けだったということだね」
「はぁ!?」
「ギヒッ、その通りだ。アリシア様がボスを守る盾ならフィレア様は空からの見張り。後方支援の弓とも言える」
盾、弓。ときたら剣とか杖とか出てきそうなのでフィリアは考える事をやめた。このことは、だが。
「ともかくだ。一刻も早く皆に知らせないと不味いね。このままファイヤーが来るなんて、不味い状況になったら――」
フィリアが後ろを振り向き、皆を探そうと駆け出そうとした。
その瞬間だった。
「――だぁれが、来ちゃうのかしらぁ?」
「うっ!」
「きもっ!!」
突如後ろから爆風が吹き荒れ、フィリアとレインが吹き飛ばされる。
それと同時に聞こえた、低い、だが女のような声に二人は吐き気を覚える。レインに至ってはきもっ、と口に出している。
「おほほっ、随分と間抜けねぇ。流石アリシアの親衛隊ね」
「なんだと!?」
「まぁいいわっ。そ、れ、よ、り! こーんな可愛い子達を殺すのはやーだけど、ボスは神子以外はどうでもいいって言ってたからねぇ!!」
気持ち悪い声と口調のファイヤーは、炎を身にまといながらこちらをコークとは違う意味で全身を舐められているような、気持ち悪い感覚に陥る。
ともかく、不味い状況だって言うのは馬鹿でも分かる。
「……レイン。戦闘後に申し訳ないんだけど」
「はいはい。分かってるわよ」
フィリアの声でレインは水の球体を作り出すと、即座に前に持ってくる。
そして溜めなどせずそのまま殴ると、即座に背を向け走り出す。
「ぶっ!!」
「ひゃ、……さっ、さっさと逃げるわよ! 二手に分かれて!」
「確かにね。賢明な判断だよ」
もしここで二人とも捕まるなんてことになったらそれこそおしまいだ。
そう思い、二人とも全力で走る。
が、ファイヤーは水が苦手だ。これはまだ分かる。
ただファイヤーにとって、強力な水は自分の肌や毛を乱れさせる害悪な物でしかないのだ。
「こんの……雌鼠がぁっ!! ようしゃしねぇぞォッ!!!??」
「ちょ、怒りすぎじゃ」
誰だって、何時間かけて必死に整えた髪にいきなり水をかけられたら怒る。ファイヤーの場合、それが異常なだけだ。
「あ、レイン!!」
フィリアが止まれと声をかけたがもう遅い。
伝説の鳥ポケモンと、橙色の藍色の瞳を持つピカチュウ。その二人の追いかけっこの火蓋がきって落とされた。
〜☆〜
時はさかのぼる事、数十分前。メンバー全員が逃げている頃。
強力な視力を持つ長耳兎は、危険など考えず、只単に逃げるためだけに。
何故か廃墟が並ぶ道のど真ん中を歩いていた。
「こ、ここどこぉ……?」
涙目になり、声も震えている。元々臆病なのが、みんなとはなれてこんな薄暗く、君の悪い場所に来てしまったのだからまだましといってもいい。
自慢の視力を頼りに追ってからは逃げているものの、いつ追いつかれるかは分からない。
「ええと、みんなー、どこー?」
臆病が敵に見つかる危険などを忘れさせたのか、大声で仲間を呼ぶミル。
「い、いないの……?」
辺りをきょろきょろと見回すが、人っ子一人いない。
そういえばさっきから蒸し暑さが増してきたのか、汗もかいてくる。尋常じゃないほどだ。
ミルは汗を拭うと、再び歩き出す。
「ふぅ、ふぅ……暑いよ……」
だが暑さはどんどん増してくる。真夏といってもいいくらいだ。
それは歩いていくたびに増していく。そして、幾らなんでもおかしいと馬鹿なミルでも気付いた瞬間――辺りがいっせいに明るくなる。
「え、ふぇ!?」
「まぐぐー。やっとみつけたんだなー」
「「「ぐぅー!!!」」」
「「「がうっ!!!」」」
「ふぇ、ふぇえええええ!!??」
ガーディ三匹、マグマッグ三匹、アーボ三匹にマグカルゴ一体がいつの間にか周りにいた。
ミルは当然気付いては居なかったので驚く。臆病ものなので常人よりも驚く。
「な、なんで? なんでいきなり!?」
「ふつーにまわりこんでただけなんだなー。だから、おどろくのはやめてさっさと倒れて欲しいんだなー」
「い、いきなりなに言ってるの!? というかあっちいってよ、私はみんなを探さなきゃいけないのにぃ……」
涙目でパニックになりつつあるミル。脚も震え、完全に臆病な兎モードだ。
「どーでもいいんだなー。さっさと倒して、やすみたいんだなー」
「いや、あの……へ?」
周りを見れば、既に戦闘準備が整っている。ガーディは口から火が漏れ、マグマッグは体から炎を噴出、アーボはその細く、長い舌をちろちろ、とちらつかせる。
そして目の前には殻から時々炎を噴出させる、一万度の太陽の表面温度よりも高い体温を持つマグカルゴ。
「フィレア・イグニルさまの親衛隊、“エスグ・カルグ”があいてするんだなー!」
『ぐおおーー!!!』
「も、もうやだぁ!!」
涙目になった兎モードのミルを取り囲むマグカルゴ――エスグと九匹のポケモン。
こちらでも、新たに一つの戦いが始まろうとしていた。
次回「影滝島逃亡劇B」