第二十六話 クレバスに潜む幽霊
探検家ハッサムによる手がかりを見つけ、遂にたどり着いた洞窟。まだ見ぬ未知のダンジョンにエンジェルは挑む事に――?
〜☆〜
――ラルド命名、“クレバスの洞窟”。
クレバスの洞窟。そこはその名の通りクレバスが多く、気を抜けば落ちてしまうほど。随分安直な名前だが、俺にそれを求めるのはあまりにも酷だろう。な?
そして、そのクレバスの洞窟には吹雪の島以上の強力なモンスターが多く、中にはエンペルトやマンムー、ケッキングにあの忌々しいグレイシアまでいる。
ここにいるのは皆、厚い毛皮を持っているか、また水や氷タイプのポケモンがほとんどだ。
そして今、先ほど上げた内の一匹――マンムーと俺は交戦中だった。
「“メガトンパンチ”!」
「ブオォッ!!」
マンムー自慢の牙による猛攻を潜り抜け、額に思い切り拳を食らわせる。それで怯んだ瞬間、俺は俺は牙を掴む。
そして、そのまま投げ飛ばす。
「うおぉ……らァッ!!」
「ブオォッ!!?」
俺のような小さなポケモンに投げ飛ばされた事が不思議だったのか、マンムーは大きく目を見開いたまま……地面に思い切り頭をぶつけ、目を回したままおきてはこなかった。
なんてことはない、ただ“電気活性≪アクティベーション≫改”の状態で投げ飛ばしただけだ。
「ふぅ……やっぱり、発動するのに時間がかかるな」
「ほう、それがお前の新しい力か」
「新しい力って程じゃない。……いや、新しい力か?」
事実、これを使っても叶わないような相手が出たら勝てないし、そうなったら他の誰かと共闘するしかないだろう。
いや、あのグレイシアみたいな奴がまた襲ってきたら、十中八九俺だけじゃ勝てないだろう。
「あーあ、なんか圧倒的な力が欲しい。町一個消し飛ばせるような」
「そんな力があったら、ディアルガ戦で苦労なんてなかったでしょうね」
「そうだよ。そんな力、神様くらいだよ」
「ディアルガのあの咆哮なら消しとばせるか……?」
いや、無理だろうな。
町一個消し飛ばせるのに俺たちを消せないなんて、俺たちどれだけ頑丈なんだよ。おれの翼どれだけの雷エネルギーあったんだよ。
「ま、そんな事言ってもしょうがないか」
「私もなにか新しくて強力な技覚えたい〜!!」
「ミル、こういう時にはラルドを一日中見張っておくのよ。そしたら答えも……」
「出てくるか! 俺とミルとじゃ戦い方からして全く違うだろ!?」
「ミルはバランスタイプだが、お前は生粋のパワータイプだからな」
「レインは道具を使わなきゃ戦闘力半減だしな」
「なんですって!?」
だが実際、そうなる事は確実だろう。
レインの戦い方は、エレキ平原や北の砂漠なら楽々突破できるレベルだ。つまりレベル23から26の間だ。
普通、26ならもう“十万ボルト”を覚えてもいいのだが、それは電撃の使い方をレベル26までに覚える技で完璧に習得した場合の話だ。
レベルが上がったからと言って自動的に技を習得できるわけじゃない。技を習得するには、そのタイプ属性の扱いや技自身を理解せねばならない。
が、今のレインはほぼ電撃を使っていない。電棘の為に使用するだけで、細かな操作はできるが、電気ショックか体中のすべての電気を使って放てる“エレキボール”くらいしか使えない。
「わ、私だって力量は上がってるし? 電気なんてそんなに使えなくても別に?」
「電棘の威力があのままでいいのか? 岩タイプにやったら確実に弾かれるぞ」
「み、水技」
「鋼タイプ」
「し、シルガを頼れば」
「空中戦」
「あんたが空飛べばいいじゃない!」
「無茶言うな! 滅茶苦茶小さい羽を作るだけで精一杯なんだよ!」
空の頂きで出した羽。
あれよりも更に一回り小さい、羽ばたいても動いてるかどうかさえわからない。
超帯電≪ボルテックス≫と解放を組み合わせて、丸一日電気を放出しないようにすればいけるだろう。うん、不可能だ。
「はぁ……もうそろそろクレバスの洞窟を抜けるぞ」
「結局、何もななかったね」
「つまらないわ。もっとこう、戦いとかあるはずなのに!」
「ダンジョンの奥には、ダンジョンを制した野生ポケモンが住んでいるが……戦うなら、戦わせてやってもいいが。ここ最近強力なモンスターが住み着いたダンジョンが……」
「お断りします」
隣で五月蝿いな、こっちはさっきの運動の熱が消えて寒いんだよ。
と、愚痴を心の中で零しつつ、俺はレインの現状打開策を考えつつ、クレバスの洞窟を抜け――
「……ちゅ、中間地点?」
――られはしなかった。
出口を潜った先にあるのは何度も見た中間地点。ダンジョン唯一の安全地点だ。
中央にはガルーラ像も建っているし、間違いはない。つまり……。
(まだ続きがあるのか?)
中間地点が有る以上、それは絶対と言ってもいいことだ。
でもなぁ……もう寒いのは嫌なんだよ。何度か戦闘したせいで、破れてきてるし。間から風が入ってきて寒いんだよ。
吹雪がないのはいいことだが、それを差し引いても寒い。空の頂きとは比べ物にならないぞ。
「……おい、レイン。ここからは気を引き締めろよ。中間地点を過ぎたら、さっきまでのダンジョンと思うな。中間地点がある場所はほぼ最終フロアに野生のボスがいる」
「ちょ、ちょっと。怖いこと言わないでよ……」
「事実だろう。今までの探検も、中間地点を過ぎれば中間地点前と比べると野生ポケモンが強くなっている。……そして、最終フロアに野生のボスがいるのも確かだろう」
「……私、帰っていい?」
「拒否する。お前は実戦経験が少ないだろう、最低でもボス相手に立ち回れるくらいにならないと、この先やっていけはしないぞ」
それは事実だ。
ボスと言っても、所詮は野生のボス。もしゼロの島レベルのダンジョンのボスだったら強力だろうが、所詮俺たちでも寒ささえなければ難なく突破できるダンジョン。そんなダンジョンのボスが強いわけがない。
「一人なら危ないかもしれないが、俺たちは四人だ。そう簡単に負けるわけないだろ」
「なんであんたはそんなに余裕があるのよ……」
「だってぇ、人間一度身も凍るような恐怖を体験したら、それと比べちゃうだろ? 俺の場合それだよ」
幾ら強かろうと。
幾ら恐ろしかろうと。
あの暴走した時の神には一歩及ばない。あの時の恐怖と比べれば、ダンジョンの敵なんて生易しい物だ。
そのせいか、ミルも今ではすっかり一人前だ。臆病もちょっとは治ったしな。
……ちょっとと表現したのは、未だ怖い話を聞きたがろうとせず、驚かせたら気絶するからだ。いつになったら治るのかね。
「さて、と。十分休憩もしたからな、もうそろそろ行くか」
「えぇ〜、私探検初心者なのよー?」
「オレンの実食べたら体力回復するだろ。さぁ行くぞ」
「はいはい分かりましたよっと」
レインがオレンの実を食べ終わると同時に、俺達は“クレバスの洞窟 最深部”に挑むのだった。
〜☆〜
クレバスの洞窟最深部。
壁が完全に凍っており、地面もすべりはしない物の凍ってはいる。
現れるポケモンもほぼクレバスの洞窟のポケモンの野生ポケモンの最高力量。……だが、それでも負ける程ではない。
レインもミルといっしょに後方支援に務め、段々と奥底へと近づいている。
「“電棘”!」
「“手助け”!」
「“十万ボルト”!」
「“波動弾”」
高速で飛ぶ鉄のトゲと、黒いゴーストタイプの球、迸る電撃に波動により形成された弾は見事グレイシアに直撃し、技を受けたグレイシアは目を回した。
「はぁ、はぁ……グレイシアを見ると、なんとなく憎しみがやってくるわね」
「私はそんなに来ないよ?」
「ミルは純粋だからね、これからもまっすぐ育ってね?」
「うん!」
「お前はミルの保護者か」
ミルの保護者第二号が新たに誕生しました。
……まぁ、俺もムカつく気持ちはある。グレイシアの皆さん、たった一人のグレイシアのせいで本当すいません! だからグレイシア全員ここに出て来い! 今すぐ滅ぼしてやる!
「最悪の場合、シルガのまた解放のときみたいな事してもらえさえすればいい話よ」
「解放のときって、あの幻か?」
エンジェル全員がやられた幻……ああ、思い出すだけで恐ろしい。
「……こいつの波動と同調する必要性があるから、今の波動は強力すぎて同調できない」
「くそっ! シルガ、あんた弱体化しなさい!」
「ふざけるな! エンジェルの貴重な戦力がなくなるだろ!」
「ふ、二人とも! 今は別に危ないときじゃないし、別に言い争わなくても……」
「「ミルは黙っとけ(てて)!!」」
「あぅ……」
お互いがお互いの胸倉を掴んだと思ったら、お互い電気やら水やら放出しまくり、近づいてきた野性ポケモンもその喧嘩による水と電撃でひるんだところをシルガに倒されたりと、なんやかんやで無傷に敵を倒せている。
勿論、こんなダンジョンで喧嘩なんてどんな探検隊でもしないのだが、そこはまぁエンジェルの特徴としておいておこう。
「……む」
そんな中、唯一冷静だったシルガが何かを感じた。
元々周りの気配に敏感なのに、波動を持っているせいか探知能力はエンジェルの中でもピカイチだ。これで探知の球を使おうものなら見ずに攻撃を避けられそうだ。
「……ケッキングに、エンペルトか」
「ゴガアァァ!!」
「キシャァア!!」
威嚇なのか、野太い声を出してにらみつけてくる。
だが、そんなのシルガには効かない。寧ろ鈍った体を動かせるといきまいているくらいだ。
「いいタイミングで着たな。……いいだろう、来い」
「「グオオォォ!!!」」
叫びながら特攻する二匹を前にしても、シルガは微動だにしない。したくてもできない。
シルガは冷静にその動きを見て、最小の動きで攻撃を避ける。
「グウッ!」
攻撃を避けられたエンペルトはすぐさま反転して“アクアジェット”で突っ込んでくる。
シルガはそれを避けようとはせずに、後ろへ倒れこむ姿勢になる。
「キシャァ!!」
それをチャンスと見たのか、エンペルトはどんどん加速してシルガへ向かう。だがシルガもなにもやられる気はない。
アクアジェットが直撃する、と言った瞬間に一気に後ろへ倒れこみ、そのままエンペルトの体を掴むと後ろへと投げ飛ばす。
そしてバランスを崩したエンペルトへ“波動連弾”を撃つ。これだけでエンペルトは目を回してしまう。
「一匹……次は」
「ゴガアァァッ!!」
鬼のような形相でシルガに向かってくるケッキング。
シルガはそれを避けようとしたが、ケッキングは途中で立ち止まってしまった。シルガが何故、と思っているといきなり二足になって手を握り、上であわせる。
“アームハンマー”と呼ばれるそれは、速度が落ちるかわりに強力な打撃を食らわせると言う格闘タイプの中でも屈指の技だ。
が、シルガにはそんなの関係ない。
「なるほど、力比べをしてみるのもいいな」
「ゴガアアァァッ!!!」
シルガは握りこぶしをみて不適に笑うと、両手を後ろに下げる。
それを見たケッキングは好機と見たのか、思い切り両腕を振り下ろして――
「“波動双掌”」
――波動を纏った両手によるはっけいによって弾き返された。
当然、弾き返されたわけなのでばんざいの形になり、懐はがら空きだ。
「喰らえ……“波動激掌”!」
「ゴガァッ!?」
そのがら空きの懐に渾身の波動掌――“波動激掌”を撃ち込むと、ケッキングはその巨体が嘘のように吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けると同時に目を回す。
クレバスの洞窟の中でも厄介な相手のはずの二匹を、シルガは単体で、しかも無傷で倒した。
ヒイロが剛とするなら、シルガは柔。力の流れを読み、そしてそれを利用する。波動を使えるシルガにはうってつけの戦い方だ。
「……力は戻っているか。完全に取り戻したな」
「お、おいシルガ! お前何一人で野生ポケモン倒してるんだよ! 俺にも戦わせろ!」
「悪いが、俺も鈍った体を戻したくてな」
「どこが鈍ってるんだよ。こっちは寒いから早く運動したいんだよ……痛っ、レイン、ミル、お前らなにするんだって痛い!」
いつの間にかミルまで参戦している低レベルな喧嘩はとどまる事を知らなかったが、先に進んでいくにつれて収まっていく。
そして、十分で四階進んだ頃……遂に奥底へとたどり着いたのであった。
「……寒いな。異様に」
「なにかが氷漬けになってたりして」
「こ、怖いこと言わないでよ!」
「どこにホラー要素があったんだ」
このようにふざけているようだが、彼らは決して気を抜かない。なぜならそこは野生のボスがいる危険なフロアなのだから。
「もしかしたらゾンビとかいたりして……オォー」
「きゃああぁぁ!!」
「居るわけないだろ! そんな非科学的な者!」
「既に非科学的存在であるお前が今更何を言っているんだ?」
ふざけているようだが、彼らは気を抜いていない。繰り返すようですが、彼らは決して気を抜かない。
「あの回復力だけは評価してやってもいいわね。あんたなら腕が千切れても一年たてばもうすっかり元通りなんじゃない? なんなら一ヶ月とか」
「そんな異常じゃないぞ俺は」
骨折は二日三日で治るが、さすがに部位欠損は酷い。普通ならほぼ治らないだろう。
「……ん、ちょっと待って。何か……あるよ」
「なにか? ミル、それはなんだ?」
「ちょっと待ってね……えっ」
ミルがそれが何かを確認しようと目を凝らした瞬間、驚いた表情のまま固まる。
どうしたのかとラルドが目の前で手を振ろうとした瞬間、物凄いスピードで走り去っていった。あのスピードは戦闘時か、緊急事態のみしか出さないスピードだ。
「まさか……」
先程レインが言っていた氷漬けになっているというのが、まさか……当たっているのか?
ラルドがそれを頭の中で可能性の一つとして捉えた瞬間、悲鳴が聞こえた。
「この声、ミルだ!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
「……どうやら急がねばならんらしいな」
ラルドが走り出すと同時に、シルガも走り出す。レインも一瞬送れて走り出す。
そして、三人がみた光景とは――
「……な」
「こ、これって」
「……これが行方不明の真相か」
二十年前、突如行方不明となったハッサム。
そして何故そんなに有名なハッサムが何故行方不明となったか。
その答えが、目の前にあった。
「こ、氷付けのポケモン!?」
「ハッサム……探検家ハッサムなのか」
「あらま、凄いわね」
「虫じゃない虫じゃない虫じゃない虫じゃない虫じゃない」
一人隣で五月蝿いが気にしない。
……一方、ラルドは考えていた。何故氷漬けになっているのか、何故有名な探険家がこんな風になっているのか。
「……可能性は、二つだな」
一つ目は、何らかの事情で帰れなくなり、そのまま氷漬けになった。
が、この可能性はないと思われる。幾ら何でも氷付けにはならないだろう。しかもこの氷付けの形は自然の物ではない。
それこそが第二の可能性。それは……。
(誰かに弱っている所を……氷漬けにされた!)
そして、俺は確信した。
急に当たりに吹雪が吹き始めたのだ。これはもう、可能性が一つに絞り込まれ、尚且つ少し厄介な状況になったと言う事を示しているようなものだ。
つまり、ここにはボスがいたのだ。
「誰だ!? 姿を見せろ!!」
「……ハアッ!!」
甲高い声とともに、吹雪が一気に晴れる。
それは、とある場所を中心に突風が吹いたような晴れ方だった。つまり……。
「ボス!」
そう俺が確信したと同時に、“吹雪”が向かってくる。
その攻撃を俺は“雷”で完全相殺すると、同時に“エレキボール”を放つ。
が、エレキボールが当たる前に横からの“粉雪”により軌道をずらされ、当たる事はなかった。
「……オォ」
「見たところ、理性はないみたいだけど。ラルド、どうする?」
「理性がないなら、多分そこまで強くはないだろうな」
理性があるというのは、それだけで一つの武器になる。
理性があるのと、ないのとでは大きく違う。理性がない状態なら技の細かい操作などができず、なんの変化もない技そのものしか放たないので脅威ではない。逆に理性があれば厄介なことこの上ない。
これなら、多分一人でも倒せるだろう。
「……よし、じゃあ俺一人で――」
「――俺が行こう」
俺が一人で行こうとすると、後ろからシルガが俺の声を遮って前に出る。
いや、ちょっと待て。俺が一人で倒すんだぞ?
「シルガ。お前は三週間ボス級の奴と戦ってない。体の方もあれだし、俺に任せてくれないか?」
「却下。お前は十分戦っただろう。だが俺は探検すらまともにしていない……お前も味わうか? 三週間、病室で情けなく寝るだけの生活を?」
「うん、今回はシルガさんに一人でやってもらおうか!」
「「え〜!?」」
二人がなにやら不満そうな顔をしているが、これは仕方ない。
シルガの目が本気だった。あれは夜襲でもなんでもする目だ。下手したら腕が一本消し飛ぶかもしれない。
「我慢しろ! 俺の腕が消し飛んでもいいのか!?」
「あんたなら一ヶ月で元に戻るでしょ!」
「無理だよ!」
あんな目で見つめられて、正気で居られるわけがない。
これぞ恐怖……圧倒的恐怖……!
「……まぁいいか。シルガの戦いも、ここしばらく見てないからな」
もしかしたら三週間のブランクを取り戻すために何か新しい技とか考えてるかもしれない。その動きに合わせて連携しなきゃいけなくなるだろうし、やらせて得はあっても損はないだろう。
さぁてと。
お手並み拝見と行きますか!
この時、どうして俺はエンジェルで一、二を俺と争う実力を持つ奴をこんなにも舐めていたのか。やはり三週間のブランクが原因なのか。
どっちみち、この後俺は言葉を失うことになる。
〜☆〜
ユキメノコとの戦闘を開始したシルガはまずユキメノコの方へ向かって駆け出した。
当然といえば当然だ、シルガは遠距離よりも近距離攻撃の方が得意なのだから。
そして、ユキメノコの方へと駆け出すシルガをみて、ユキメノコはただ一直線に向かってくる馬鹿だと思ったのか、同じく一直線で、速い代わりに細い“冷凍ビーム”を放つ。
だがシルガはそんな馬鹿ではない、速度を落とさず、且つ当たらない。そんなギリギリの所で避けると再びユキメノコへ向かう。
それに驚いたユキメノコは体を一瞬硬直させる。それを見逃すシルガではない。
「“見破る”」
「ッ!?」
ゴーストタイプにノーマル、格闘タイプの技を当てることができるようになる技“見破る”を使うと、同時に“真空波”でユキメノコから離れる。
そのせいで体勢を崩したユキメノコに、シルガは近づいて膝蹴りを喰らわせる。通常攻撃なため威力は低いが、その代わり自分のエネルギーがなくなることはない。
そのまま蹴り上げ、踵落とし、横蹴り、双打掌を食らわせる。その猛攻にユキメノコは耐え切れず、吹き飛ばされてしまう。
「カッ!?」
「まだだ……“バレットパンチ”」
そして最後に、弾丸の如き速度で放たれる鋼タイプの“バレットパンチ”を食らわせると、ユキメノコは壁に激突してしまう。
「ギャッ……」
壁に激突し、ユキメノコは地面に倒れこむ。
そのままユキメノコはぴくりとも動かず、倒れたのかと思うほどだった。
「……やった、と思ったが、そうではないらしい」
「コォオ……」
ユキメノコは、連続攻撃により多少ダメージを負っているがまだまだ戦えるといった感じだ。
生き残る、ただそれだけで戦っているユキメノコは遂に自らの特性を活かした最大の戦法を取ることにした。
「……“霰”、か?」
「コオォ」
ユキメノコが使ったのは、数少ない天候技の一種である“霰”だ。
少しずつ、氷タイプ以外のタイプのポケモンの体力を減らしていく。砂嵐と同じような天候だ。
そして、霰状態では“吹雪”が必中になる。霰を巻き込むからだそうだ。
「なるほど、霰によるダメージと吹雪の必中で倒す作戦か。悪くない……が、甘い!」
シルガはそのまま決着をつけようと、脚に炎を纏い、一気にユキメノコへと駆け出す。そして、ユキメノコを炎の脚が捉えた瞬間――炎の蹴りはそのまま虚空を切った。
「なっ……どういうことだ」
確かに今のは、完全に捉えたはずだ。なのに外れた。
シルガは様々な可能性を頭の中で考え、そして一つだけ当てはまる物があった。
特性“雪隠れ”だ。
霰状態のとき回避率が上がるという特性で、霰により姿がのぼやけるというのが原理だそうだ。
これの砂嵐版の“砂隠れ”というものがあるが、それはおいておこう。
「くっ、厄介な事をしてくれたな」
「コオォ……オォッ!!」
そして、はずした瞬間を好機と見たのか“吹雪”を繰り出すユキメノコ。
が、シルガはまだ使っていなかった“見切り”を発動する事で回避。傷一つ負わなかった。
「……なるほど、これは厄介だ」
霰による少なく蓄積されるダメージ。吹雪の必中。そして雪隠れ。
どれもが厄介なものだ……但し、波動を使うシルガに、このような常識は通用しない。
「だが……波動使いを、舐めるな!!」
全身が青い波動で包まれ、量側についている房を浮き上がる。
波導だ。攻撃するのが波動。探知用が波導と少し違うのだが、別にはどうでも探知は出来る。
そしてその波導を使うことで、ユキメノコの位置を的確に察知する。
リオルやルカリオという種族は波導を使う事により目を閉じていても戦う事ができる。それが何を意味するのか、もう分かっていただけただろうか。
つまり、シルガに影分身や目眩ましなど、少しだけ怯む程度しか効果がない、ということだ。誰だって目に異物が入ったりしたら驚くだろう。
「“波動弾”」
必中技である波動弾をユキメノコの居る方向へと放つと、小規模の爆発が起こる。
幾ら必中とはいえ、若干の追尾性能を携えているだけだ。真反対な方向に向かって打ち出して当たるかといわれたら、当たるわけがない。
シルガは爆発の起こった場所に瞬時に移動すると、脚に炎、右手に波動を纏う。
ユキメノコは自分の居る位置が何故、と思い動きが一瞬止まる。そして、それはシルガと戦う場合致命的な隙となる。
シルガは燃え盛る両足でユキメノコの顔面を挟み込むと、そのまま後ろ向きに回転して地面に足を思い切り振り下ろす。
当然、顔を挟み込まれているユキメノコに全て衝撃に伝わり、ユキメノコは若干混乱する。
「“真空波”!」
「コカッ!?」
そして、真空の衝撃でユキメノコを叩き伏せると同時に、自らが空中へと上がる。
準備は整った。
「行くぞ――」
それは、シルガがラルドとの最初の戦いのときに放った技。
五十万もの電撃と互角にやりあった、重力を味方につけた技。
「――“波動掌”!」
シルガが繰り出せる技の中でも、高威力の技。
重力を味方につけているので当然だが威力は高く、そして速い。
ユキメノコは真空波によって叩きつけられていた事もあってか、動けず、波動掌が来るのを待つしかなかった。
そして、ユキメノコに掌が触れた瞬間。
「キッ、コカアアァァッ!!!??」
強烈な衝撃がその身を襲い、そしてユキメノコの居る地面が罅割れる。
その一撃は重く、そして鋭い。鳩尾に綺麗に入ったためか、はたまたもう既に体力が残っていなかったのか。
どっちにしろ、シルガはこのボスを五分で倒したのだ。
〜☆〜
俺は最初、目が可笑しくなったのかと思った。
流れるような連続攻撃に、強力な一撃。それらが組み合わさった流麗な戦い。
という風に、思わず俺が小難しい言葉を使うほどの戦いだという事は理解していただけたかな?
しかも、あれだけの戦いだったにもかかわらずシルガは霰によるダメージ以外で無傷だ。頭可笑しいじゃないのお前、ってなるくらいだ。
「あ、頭可笑しいんじゃないのお前?」
あ、レインが思わず言ってしまったようだ。
まぁ確かに、シルガの戦い方が幾ら力の流れを読んで、それを利用する柔だったとしてもこれは異常だ。
波動を使えるからだろうか……それにしては強すぎるような、ないような。
「……あぁ、うん」
正直ごめん。舐めてたわ。
三週間のブランクがあるから舐めてたわ。
シルガマジやべー、っべー、マジっべー。
「……終わったか」
「あ、ああ。お疲れ様。ところでシルガさん、後でその戦い方教えてもらうわけにはいきませんでしょうかねぇ?」
「無理だ。お前には合わない。第一、お前は俺より強いだろう」
「えぇ、だって直に抜かされそうなんだもんな。このままじゃ」
「……そんなに直抜かせるのなら、俺の今までの苦労はなんだ」
そんなこと言ってもな、俺もう万策尽きたぜ? もう何も怖くない、なんて前に思ってた俺が恥ずかしい。殺したい。いや心の奥底だったから誰も知らないけど。
「あ! ラルド、見てみて!」
「なんだよ! 俺は今自分の無能さと出来る限りシルガの戦闘方法を盗むための方法をだな……ん?」
ミルが何やら五月蝿いので、指差す方を見ると、なんとあのハッサムの氷が割れ始めていたので。
あれ、これって不味いの? なんか氷付けになった後砕いたら体がぱーん、みたいな展開になるとかお約束だよね? ね?
「どどど、どうしよう? これダメだよな、ダメな奴だよな!?」
「ラルド、そんなにうろたえないでよ……わ、私まで怖くなってきちゃうよ!」
「うわぁ! 人殺し! シルガに罪着せるぞ!」
「何故」
「あんたたち、静かにしなさい!」
そうしてうろたえている間にも、氷はひび割れて生き、そして――
〜☆〜
「いやぁ、助かったでござる。まさか二十年間も氷漬けだったとは……拙者、死んだと思っていたでござるよ!」
「は、はぁ」
あれから数十分。
氷の中から無事に出てきたハッサム、ブレドを基地内にて介抱した俺たち。無事に目を覚まし、俺たちの食料一か月分を喰らったブレドは今、無事に帰ろうとしている所だ。
「それにしても、ここも変わったでござるな。以前はまだまだ未開の地という感じでござったのに。これも二十年の差でござるな!」
「二十年パネェ」
流石二十年。パネェ。でもそれ以上に凄いのは二十年も氷漬けになっていたことをすんなりと受け入れたブレドだ。
過ぎてしまった事はしょうがないでござる、とか。マジパネェよ。
「で、なんであんたはあそこで氷漬けに? 見たところ、あのユキメノコはそれほど強くは無かったけど」
「いやぁ、拙者、食物も道具も尽きてしまってな。気絶してしまい、気付いたら……ということでござる」
「なるほど」
ようはドジを踏んだってことか。なんだ、凄腕の探検家も間抜けだなぁ。
「ついては拙者、何か恩返しがしたいのでござるが……」
「いや、別にいいよ。吹雪の島の奥にダンジョンがあるってことをプリルに報告したら、新情報として国からPがもらえるって話しだし」
レイダースでも発見できなかったダンジョンを発見したということで、俺たちはなにやらPを貰う事になった。確か最低でも100000Pだったかな……どっちにしても、金が増えるという事はよいことだ。
「いや、なにか……そうでござるな。少し探検隊バッジを貸してはもらえぬだろうか?」
「ん? いいけど」
何するんだ? と訊いたら少し待つでござる、とか言われたんだけど。え、まさか時間がかかるの? もしかしたら滅茶苦茶凄い機能を付けてくれるとか?
と、色々想像しているうちに終わったようだ。
「はい、終わりでござる」
「ああ、有り難う……ん?」
見ると、なにやら星が探検隊バッジにくっついていた。
え? ナニコレ?
「それはシークレットランクという探検隊連盟の中でも特に功績を残した物がてにいれることが出来る秘密のランクでござる。それを貰えば、探検隊連盟からの極秘依頼を受けれるようになるでござる……では、拙者はこのへんで! また会おうでござる!!」
「あ、ちょ、おい待て!!」
制止の声をかけるも、ブレドには聞こえなかったのか、そのままどこかへ行ってしまった。
まぁ……いいか、別に。悪い物では無さそうだし。
「はぁあ。疲れた。送り返すのに俺一人で行かせるなんてなんて奴らだ。さっさと帰って晩飯食べて寝るとするか」
夕暮れの日差しを浴びて、俺は基地へと歩き出す。
その姿は、とても英雄なんて物には思えない。歳相応の少年の後姿だったという。
因みにその後、このランクのことについて訊きまわったがなんの成果も得られなかった。
流石シークレット、と心の中で思ったのは俺だけじゃないはず……はず。
次回「ランク7の大仕事」