第十八話 『僕』との探検!
突如、階段を転がり落ちてきたラルド。それが何故か『俺』から『僕』へと意識が変わっており――?
〜☆〜
「『僕』……って、ラルドの元々の人格の?」
「いえいえ、人格に元もなにもないでしょ? というより君にとっては『俺』の方が元々でしょ?」
「え、あ……うん」
やぁどうも。『僕』こと未来の時のラルドだよ。
訳あって、偶然意識が入れ替わっちゃって、今はこうしてここでミルさんと話している。
「で『僕』はどうしてここに?」
「『俺』が足を滑らせちゃって、頭を強く打っちゃったんだ。それで自己防衛本能の誤作動かなにかで、こうして人格が入れ替わっちゃったんだよ。勿論『俺』は今休憩中で寝てるだけだから、時間が経てばもとにもどるよ」
「う、うん。よく分からないけど説明有り難う」
「これくらいどうってことないよ」
その際に、にこっと笑う『僕』の顔は、いかにも面倒くさそうな目でいつもシルガとケンカしている、そんなラルドの顔の面影はほとんど一切ない。顔のパーツ以外では、見分けられもしない。できると言っても雰囲気や目がくりっとしていることだけ……あれ、結構見分けれる?
もうなんというか……あまりのギャップのせいか、はたまた元々なのかは分からないが……天使みたいな、笑顔です。
「それで、他の人達は?」
「え……ああそっか、ラルドの中からいつも見てるんだ」
「いや? いつもなんか見るほどの力は持ってないよ。『僕』は」
「そ、そうなんだ。他の二人はまだ寝てるよ。多分もうそろそろ起きてくると思うよ」
「ああ、もう既に起きている」
「ふぅ、寝起きは色々とつらいよね」
「……って、えぇ!? 起きてたの!?」
二人とも、ミルが言葉を言い終わったときにはもう既に顔も洗っていてフィリアの朝弱い発言はどうかと思う。
いや、実はもう既に準備をしていたのかもしれない。私が外に出ていたときには……。
「で、このピカチュウは誰だい?」
「だよねー、顔以外ラルドに似てないよねー」
「そうだね。今の発言から察するに、このピカチュウはラルド……でも、覇気がないね」
「良く言われるけど、久々に聞いたら落ち込むね……」
『僕』は、ははっ、と笑うと肩を落とす。
そういえば、ラルドも苦笑いとかする時に、ははっ、っていうのが癖だったよね。
「で、どうして『僕』に戻った? 『俺』の方はどうした」
「それはミルさんから聞いてよ。シル兄」
「「!?」」
シル……兄? え、どういうこと?
「あぁ、シル兄っていうのは、近所のお兄さん的ポジションだったからだよ――だよね? シル兄」
「……ああ」
「そうなんだ。それは初耳だね」
「聞かれなかったからな」
聞かれなかったからって……もしかしたら聞かれなかったからって、とんでも無い事を言ってないかもしれないってこと?
私が幾ら考えようとしても無駄だけどね。
「……ふむ、人間の時の性別はなんだい?」
「……格好いいよりも可愛いって言われた事の方が多い性別だよ。うん♂だね」
「顔は整っていて可愛いのに、もったいないよね」
「うわぁ、やめてくださいよ」
そういう『僕』は、凄く嫌そうな顔をしていた。それと同時に諦めたような顔も、恐らく何回も言われている内に諦めがついてきたのだろう。
私だって、君格好いいね、って言われても嬉しく……あれ、嬉しい?
「うぅ、女の人は格好いいって言われてもどうって事ないだろうけど……男は色々あるんだよぉ……」
「……シルガ、この子は本当に男の子なのかい」
「残念ながら男だ。見てみろ尻尾を」
そう言われたフィリアは尻尾を見る。『僕』の姿と尻尾を何度も見比べる。
うん、やっぱりこの可愛らしいピカチュウは男の子だね。異論は尻尾を見てから言いなさい。
「で、なんで階段で足なんか滑らせたの?」
「え、ラルド、階段で足滑らせたのかい」
「……腹が痛い」
「シル兄! それやめて、『僕』の記憶は『俺』に伝わるんだよ!?」
「断る」
「相変わらずこういう時には断るしか言わないね、でもやめてね?」
……どうやら二人の言い合いを見る限りでは、シルガがボケで『僕』が突っ込みらしいね。うん、普段と変わらないね。
「で! なんで階段から滑ったかと言うと……皆は“凍えの霊域”って言う所を知ってる?」
「あぁ、僕は知ってるよ。なんでも半年前に発見されたダンジョンで、強力なゴーストタイプが住み着いていて中々探検が進まないことで有名なんだ」
「へぇ、フィリア物知りー」
「まぁね。ここから少し南に位置する、通常よりも長く、また頑丈な氷柱が一年と言う短い時間でできると言う事もあり、奥地には極太の氷柱が存在するとも言われているね」
流石、というべきか。
数々の書物を読み、しかも生まれてから十何年間まではお城に住んでいて、どんな本でもあったんだろうからこんなに賢くなっても可笑しくは無い。
ペリッパー新聞とかも読んでるからね、最近値上がりしたとかつぶやいてた気もするけど、私には関係ないや。
「……しかも、ピカチュウの霊を見たとも聞いたね」
「そう! それだよ、『俺』が滑った理由は」
「? どういうことなの?」
「そのピカチュウの霊が、恐らくレインだと踏んだんだね。フィリア、その霊を見たって言う証言はいつから?」
「確か、一週間前かな」
「なるほど、その日なら確かにレインが体を一時抜けていたね。人格でも眠っているあいだはラルドの体の中だけでは意識があるから、分かるんだ」
……つまり、そのピカチュウの霊がレイン。だから……滑って転んだ?
「『俺』も、いい加減レインを体から出してやりたかったんだろうね。そのせいか焦っていて……因みに今、この瞬間もこの出来事だけは『俺』は見えてるからね」
「なるほど、レインの体がそこにあるのか」
「そうだよシル兄。レイン自体も、体に戻る事はできたらしいけど、ここのモンスターは強いって言っていたでしょ? だから、戻れなかったみたい」
「そうか」
シルガはいつものように、一言そうかと呟くとトレジャーバッグを置いてある場所へ向かった。
フィリアも同じ様に、シルガの後を追ってトレジャーバッグの準備をする。
「……皆、これを見て」
「なんだい?」
私は藁のベッドに置いてあった依頼書を取ると、前足で持ってみんなに見せるようにする。
実はこれ、四足歩行のポケモンにとってはつらい。二足歩行のポケモンが一足歩行になるのと同じだ。
「……それは、依頼書?」
「そう。しかも危険度は☆6!! 遂に☆5レベルを突破したよ!」
「へぇ。やっと」
「しかも! 指定地は“凍えの霊域”なんだよ!」
「……そうか、依頼とレイン救出を同時に、ね」
そう、お尋ね者の依頼は時間というものがある。
受けてから何日も放っておいたら、お尋ね者も違う場所へと逃げるだろう。だから出した依頼が必ず受けられるとは限らない、例え家宝を奪われたとしても受けられなければ意味が無いのだ。
しかも、一日にそう何度も違う場所の依頼を受けるのはそれだけ移動しなければならないと言う事だ。流石にそれは面倒くさいし、連盟も一日の間に依頼は十つまでしか受けてはいけないとしている。いやまぁ、実際一日で受ける依頼は二つくらいだが。
まぁ、簡単に言えばこの依頼の為にもう一度出向くのは難しいダンジョンをクリアした後なので、流石に面倒くさいと言う事だ。幾ら英雄と呼ばれようがあれは奇跡なのだから。
「えっと、じゃあ準備しようか」
因みにだが、この依頼はエンジェル宛にポストへ入れられていたので問題は無かったが、これがギルドに貼ってある依頼ならば依頼の受理をしてもらわなければならない。
それも、ギルドの弟子ならば問題はないのだが。
「……あの技を、実戦で初めて使えるチャンスかもしれないね」
一人、なにやら呟くが、皆は準備に必死になっていて気付かなかった。
そして――数時間後。
〜☆〜
やぁ、どうも『僕』です。
普段は『俺』だからややこしいと思うけど、人間の時は『僕』だったので今は人間と思ってもらって構わないよ。いやポケモンだけどね。
因みに、もう“凍えの霊域”についている。……『僕』は寒いのは平気だけど、他の人たちはどうなのかな?
「ちょっと寒いけど、私は毛が一杯生えてるからね!」
「僕は防寒具を着てきたからね。多少の寒さはあれど、ほぼ大丈夫だよ」
「波動というものは、時に役に立つ事がある」
「……あ、因みに『僕』はなにもしてないよ」
“凍えの霊域”、凍えというだけあってとてつもない寒さ、しかも多くの氷が辺りに転がっている。何かが凍って、その氷の破片だろう。
上には大量の氷柱があって、当たったら非常に気持ちいところにいけそうだ。うん天国だね。
「……で、どうやってこのダンジョンを攻略するの? 僕は氷柱がある洞窟になんて入った事無いよ」
「ああ、その辺りは大丈夫さ。シルガが“波動弾”で氷柱を壊して先導してくれる。曲がり角で氷柱が落ちて来ました、なんて洒落にならないからね」
「確かに、幾ら『僕』でも大怪我を負いそうだね」
幾ら回復力が異常だと言えど、それは十分な休息を取るからであり、こんなダンジョンで休憩なんて自殺行為にも等しい。
しかも、ここに居る敵は基本的に霊。シルガの主力技が無効化されてしまう。
「ミルが主力になりそうだね……このダンジョンでは」
「『僕』も手伝うよ。精々“十万ボルト”くらいしか放てないけどさ」
『僕』は手に電撃を纏わせ、やる気をアピールする。死が直面していない冒険なんてぬるすぎる。これは安心して進めそうだ。
「……異常者、か」
思えば、小さい頃から言われ続け、何度もその字を見たこともありゲシュタルト崩壊してきたこともある。
勿論、ポケモンの方が怪我の治りは早いが、やはりこの体は異常だ。
……ま、『僕』の思考が一番異常なんだけどね。
「ふぅ、準備もできた、誰が敵に先制攻撃を決めるのかも大体決めた。後は……行くだけだ、“凍えの霊域”に」
「うん! 久々に燃えてきたよ!!」
「僕も。☆6なんて滅多に来なかったしね」
「……ふん。さっさと行くぞ」
「さて! 皆、心の準備は整った? それじゃ、奥地目指して……」
「出発進行ー!!!」
「「「おおおぉぉー!!!」」」
それぞれの思いが交差する中――探検は始まった。
(……奥地だろう場所から、邪悪な波動が……?)
それぞれの、思いを秘めて。
〜☆〜
“凍えの霊域”に入ってから、既に五分は経っていた。
フィリアの知識どおり、敵はゴーストタイプばかり。しかも、確かに強敵ばっかりだ。これではミルばかりに任せてられない。
しかも、当のミルはゴーストタイプが少し苦手らしく、見かける度に誰かの後ろへ隠れてしまう。
「……『僕』はあまり外は見てなかったけど、『俺』はこのチームのリーダーをやってたんだ」
「そうだね。明らかに異色なこのチーム。多分、リーダーと一メンバーが未来人の探検隊なんて、どこを探してもないだろう」
「違うよ。これから三人になるんじゃないか……それに、君も十分異色だよ」
「そうかな」
家出してきたお嬢様、か。途中に話は聞いたけど、随分漫画のような話だね。『僕』じゃ信じられないよ。
こんなに異色なチームなら、ミルも異色かもね。
「おっと、“十万ボルト”」
「ゴオォス!!?」
どうやら、後ろからゴースが迫ってきていたようだ。“不意打ち”されてたかも……これからは気をつけようか。
と、言っても。突然壁から現れて“驚かし”てくることもあるから、気をつけてても危ない。
「……まぁ、それでも、未来よりは楽だよね」
あらゆる物が、底辺の暮らし。漫画みたいとか言っていたけど、漫画なんて結構貴重で、そんなに買えなかったからね。
その点、ポケモンはいいな……らくだ。
「おいラルド、氷柱が落ちてくるぞ」
「うわっ……もう、そういうことはもうちょっと早く言ってよ!」
「悪いな」
「全く、これで怪我したらどうするの!」
「知るか。帰れ」
「加害者が開き直っちゃってもう……」
この探検が終わった後、フィリアやミルから聞いた話では『僕』と『俺』でも要らない所だけは似ているんだ。
そう思っていたらしい。
「……あれ、いつの間にか敵がいるね」
「これは……“ランプラー”だね」
ランプラー。
魂を求めて町を彷徨う、その名の通りランプのようなポケモン。但し中の炎は紫色で不気味だが。
肉体と魂が分離すると同時に、魂を吸い取ってしまうと言う恐ろしいポケモンだ。
「……『僕』が戦っちゃうと、レインが吸い取られるかもしれないね」
「別に私だけでいいよ。このくらいなら……しゃ、“シャドーロアー”!!」
頼もしい、実に頼もしいよミル。
でもね、体を思い切り震わせながら言っちゃうと、とってもやせ我慢にしか見えないからね。注意しよう。
「――、――!?」
黒い咆哮に飲み込まれ、悲鳴を上げる隙も与えられなかったランプラー。シャドーボールで十分だと思うんだけどなぁ。
「……じゃあ、進もうか」
「はーい」
もう敵ポケモンはいないし、居たとしてもランプラーでも十分高い能力を持っているのだ。これ以上に強いポケモンなんて、もう現れて欲しくはない――。
「ゴオォ……」
――よ、って言おうとしたらこれですよええはい。
「しゃ、シャンデラ!? そんなポケモンがここに居たのかい!?」
「見るからに炎、霊だね」
シャンデラ。いざないポケモン。
シャンデラの出す特殊な炎に包まれると、魂が燃やされて抜け殻だけになるという、なんとも恐怖なポケモンである。
体中から燃え上がる紫色の炎、それを揺らして催眠術にかけたり、その内に自慢の高い特攻から放たれる“オーバーヒート”なんて喰らった日には、魂ごと消されているだろう。
「な、なんでこの辺りには、魂を持っていったり消すようなポケモンばかりがいるのかな?」
「知らないよ」
「うん、ミルには聞いてないよ?」
「酷い!?」
さて、後は皆に任せるとして……え、お前は戦わないのかって? だってしょうがないじゃん、魂を消されちゃ僕かレインか、はたまた二人とも。消されちゃうんだよ?
嫌じゃん、そんなの。
「……ま、援護射撃くらいはするよ」
「もう、私しか戦えないなんて……」
現実を見てよ、周りには草タイプと格闘タイプしかいないんだよ? 『僕』も魂を消されるリスクがある。
これ以上は言わなくても分かるでしょ。
「うぅ……早く終わらせるよ! “シャドーセリエス”ッ!!」
シャドーボールを天に放ち、それがシャンデラへ規則正しく向かっていく。
ゴーストにゴーストは効果抜群。効果的な攻撃が、しかも一片に襲い掛かってくるのだ。
当然、それには相殺しかなく……。
「ゴオオォォ!!!」
「ッ、この火の燃え具合は……“オーバーヒート”!?」
しかも照準はミルに定まっている。多分、少し後ろに下がってから放とうとしているのだと思う。事実、少しだけ体を後ろにずらしている。
ならば、ミルに指示をするしかないだろう。
「ミル! “守る”をして!」
「え、なんで?」
「良いから早く!」
ミルは理解していないだろうが、『僕』の指示通りに“守る”を展開する。今のミルの周りには、ほとんどの攻撃を通さない緑色の壁が存在している。
これを破るには、ミルよりレベルが上、しかも技の威力も相当高くなければならない。
「ゴオオオォォォ!!!」
「!? お、オーバヒート!?」
やっぱり、シャンデラの狙いはシャドーボールごと“オーバーヒート”でミルを焼き尽くす作戦だったのだ。
だとすれば、『僕』の行動はよかったと言う事だね。
「うぅ、全然分からなかった……」
「まぁ、仕方ないよ」
さてと、じゃあもう一度ミルに攻撃をしてもらおうか。
「ミル、悪いけどもう一度――」
「――“アクアテール”!!」
? なんだ、今の声……。
と、『僕』は声が向かったであろう場所……シャンデラの方向を見る。するとそこには、水を纏った尻尾でシャンデラを攻撃する、フィリアの姿があった。
……え?
「え、ちょっと、なんで君が水タイプの技を!?」
「“アクアテール”。本来、ツタージャは覚えられない技だけど……生まれながらにして、特殊な技を覚える事例だってある。そういうことだよ」
「……い、所謂“天才”ってこと? は、ははは……」
天から与えられた才能、生まれながらにして特殊。そんな特殊の中の例。
なんというか、『僕』って才能だけで言えば凡人だよね。生まれながらに手を付け加えられたから、こうして『異常』の成功体になってるんだけど。
「……そろそろ行くぞ」
あ、忘れちゃってたね。
〜☆〜
あれから数分、天井から「ふざけるな」と言いたくなるほど落ちてくる氷柱に、面倒臭いを通り越す感情を抱く程出てくるゴーストポケモン達に苦戦しつつも、『僕』達は順調に進んでいた。
というより、やめてほしいよ。そんなに多く出てくるのだけは。
「……随分と長く歩いたね」
「恐らくだけど、ここが奥地周辺なんだろうね。寒さがより一層厳しくなった」
「氷柱の数も増えたし……危ないなぁ」
「より俺の仕事が増えてしまう」
「そうでしか存在感示せないんだから、これからも頑張ってね」
天井の氷柱が、シル兄の“波動弾”で粉々になっていく。正直言うと氷の破片が頭に当たって痛いです。
……お腹が減ってきたなぁ、林檎でも食べよ。
「いっただっきまーす」
氷柱には気にしなくていいし、林檎はおいしい。これぞ正に一石二鳥。……だよね?
「! 奥が見えてきたよ」
「え、本当!?」
「……やっとか」
「早く行こうよ!」
『僕』も、体力はまだまだあるけど早くレインの魂を解放したいもんね。『俺』にも数秒で戻れるし、これは確実に一石二鳥だよ。
「へへっ、私が一番乗り!!」
「と、『僕』も負けないよ!」
ミルが得意の四足歩行で氷の道を駆ける。僕もその後を追って奥地へと向かう、が……。
最悪の、それも最高の光景を見てしまった。
「――遅かったみたいね」
「え……?」
「……これ、は」
「二人とも、走ったら滑る……よ」
「ちっ」
シル兄が後ろの方で舌打ちをする音が聞こえた。よほど不味い状況なのだろう。いや、不味い状況だ。
そうだな、奥地に巨大な氷柱があった。どうやら、今『俺』の記憶を除いた限りでは噂にもなっていたらしい。
そしてその大きさは、この大きい広場を僕が見えてる方向で横に三等分したときの、三分の一のスペースは取っている。
そして、氷柱の真下に――レインは居た。
「な、なんでそんな所に……というか、あなたは誰なんですか!!」
僕が声を張り上げた先に居たのは、水色の体を持ち青いもみ上げのようなものが頭についているポケモン……“グレイシア”。
「あら、あなたは前に一度私に負けたじゃない。……まぁ、いいわ」
「……こんな所まで着いてくるなんて、相当僕達に恨みでもあるようだね。名前は?」
「ふん、本来あなた達に教えてあげる儀理なんてないけど、いいわ、特別に教えてあげる」
そういうと、グレイシアの周りに目に見えて分かるほどの強力な冷気が纏わりだし、周りに氷ができる。
これは、空気中の水分を凍らせているのだろう。他に凍るものなんてないからね。
「私の名前は“アリシア・フィアーレ”。最強の氷ポケモンよ!」
「アリシア……フィアーレ? どこかで聞いたことのあるような、ないような……」
「フィリア、思い出せない?」
「……思い出せないね」
フィリアは賢いらしいから、多分どこかの本にでもフィアーレという人が載っていたのを見たのだろう。それが何者かは知らないけど、多分大した事無い人なのは確かだ。
フィリアは何でも知っていると、ミルから道中散々聞かされたからね。
「で? その“アリシア・フィアーレ”さんが何の用かな?」
「いえ、ボスから命令があったのよ。「神子が目覚めた、早急に排除して来い」ってね」
「……なるほどね。でも、『僕』が本気を出せば君は消えるよ?」
「それもボスから聞いたわ。あなたが力の調整をまだできない事は予想済み、だそうよ」
「へぇ、君のボスはよく調べてるね」
これだけ知っているのならば、僕の出生の時に居た人? いや、でも人間は未来世界では全滅したはずじゃあ……。
「ふふっ、私の指令は早急に排除しろ。勿論その為には私が扱える最大級の水晶を持ってきたし、それを最大限に活用するわ」
「つまり?」
「私はあなた達が、纏めてかかってこられても勝てるって事よ」
『僕』はその瞳をじっと見る。
どうやら嘘を言っている様子はないし、ボスっていうのも相当知識を持っている。
でも……気がかりな事が一つ。
「なんなんだよ、いつお前に『俺』が負けた?」
「空の頂で、私の防御壁の前に敗れ去ったわ」
「!?」
……『俺』は、考えられる限り最大限に電気で自分の体をいじっていたけど、どうやらそれでも負けたらしいね。『俺』が手加減するなんてよっぽどの事がない限りない。
「さて、無駄話もここまでにして、さっさと戦っちゃいましょう」
「……望む所だな」
「僕も、負けないよ」
「私だって!」
皆、それぞれ戦闘を前に意気込んでいる。当然、『僕』だって意気込んでいないはずがない、レインの体を一刻も早く返してやらないと、『僕』にも『俺』に今後大きな負担がかかってしまう。
それはいけない、どうにかして、負担を取り除いてやらねば『俺』は限界に到達できない。
「後、言っておくけど。この巨大氷柱、あまりの重さに耐え切れず、天井画から離れそうになっているから、注意して戦ってね」
「なっ」
「な……」
「え!?」
「なんだって!?」
それは、つまり……下にいるレインに被害が及ぶってことじゃないか!
「な、なんてことを……!!」
「ふふっ、その顔。憎悪に満ちたその顔、良いわ」
「あなたはなんだ、人をいじめて楽しいって人か!?」
「さぁ……もういいでしょ? さっさとかかってきなさい」
アリシアは、口をつりあげ、目も本当に楽しそうにいている。
だがしかし、それは今からくる戦いで『僕』達をどうやって叩きのめすかで、楽しんでいるのだろう。
でも、『僕』達もプライドが無いわけじゃない。絶対にこの人を倒して、レインを助ける。
「じゃあ、そのご好意に甘えさせてもらって……行くよ皆。なるべく天井は刺激しないようにして……あの人を、行動不能にしよう!!」
「戦闘不能だ」
「シルガ、リーダーの指示には従うべきだよ」
「絶対に負けないんだから!!」
「じゃあ、皆言いたい事は言った? これからそんなのもできると思うけど……まずはこの私、絶対氷壁の“アリシア・フィアーレ”を倒してから口を開いてください」
「「「「言われなくても!!」」」」
“凍えの霊域”奥地。
そこでは、英雄と呼ばれし探検隊と、英雄の一撃を止めた者……その強者同士が、今――ぶつかり始めた。
次回「絶対氷壁VSエンジェル」