第二話 卒業試験
久々の休日と言う事もあり、ミルの提案で温泉へ行く事になったエンジェル。そして、次の日――?
〜☆〜
「……あれ? ここは……」
確か、温泉で眠らされて、その後……うん、全身が温かいから入っただろうな。寝ながら。
いや、ここまで来たんだから入らせようと皆頑張って入れさせてくれたんだよな、そうだよな。じゃないとあそこまで行った意味がない。
「……皆はまだ寝てるよな……って、今四時かよ!?」
四時とは……あれ? でも到着時が大体九時ぐらいだったから……十九時間寝てたのか。そうか、ナマケロかよ。
ケーシィも四六時中寝てたと思うけど、確か二十二時間だったっけか? おいおい寝すぎだろ。
「ともあれ、最近ミルが俺の上に乗ることが少なくなったし、結構目覚めいいよな」
何故かは分からないけど、俺が戻ってきた辺りからだったよな。
つまり俺の気持ちがミルに伝わったか、ミルも会えただけで大満足して乗らなくなったとか。
最後は自惚れすぎる、って言われそうだし絶対ないから却下。つまりミルも俺の気持ちに気付くようになった、って事だ!
……ミルの本心は後者の方なのだが、この電気鼠は分からないようだ。
「……で、最近レインが結構話しかけてくるのはなんでだ?」
――だって、やる事無いんだもん――
「はぁ、暇霊が。それで、お前の肉体はどこにあるんだ? 出来ればさっさと除去したい(俺の中から)」
――ちょっ、私を除去するの!?(このチームから)――
「……俺の肉体からな」
――ならいいわ、教えてあげましょうか……“凍えの霊域”って所よ。死んだポケモンが集まるとかなんとか――
「寒くて怖い所……ミルは却下だな、あいつは常時混乱状態みたいになる」
シャドーロアー連発や、シャインボール? やシャインロアー? を俺達に撃ったら成功する探検も成功しなくなる。
「でも、寒い所か……嫌だな」
――贅沢言わない! ……それより、私のことを“お姉ちゃん”って……――
「しつこい! それは“僕”の時の俺がお前に対する呼び方だろ!! 俺は絶対に呼ばないからな!」
前々からお姉ちゃんって言いなさい、みたいな感じで五月蝿い。
“僕”はどんな性格だったんだ、全く……。
「……」
ん? 今、物音がしたような……あれ、シルガがいない。
「トイレでも行ったのか?」
トイレは地下三階の弟子部屋通路を抜けた真横にある。
ミルが夜、トイレに怖くてフィリアや俺が付き添ってやっているのは内緒だ。
「で、お前は何故、一人で叫んでいる?」
「え゛」
あー、これは不味い。フィリアに後で怒られるな、絶対に。
〜☆〜
どごっ、ばきっ、どおぉん、びりびりびり……。
と、様々な音が聞こえる、完璧に目覚めていれば分かっただろうが、なんだろ……としか思えなかった。
「君達、朝から何してるのかな?」
「微笑むなよ! ととと、とりあえず俺は違う!!」
「嘘をつけ、レインとの会話で大声張り上げた挙句、俺を起こし、あまつさえ“電気ショック”を放っただろうが」
「お前だって、“はっけい”を……」
「とりあえず君達、今日の探検は林檎無しね」
「「やめろ!!」」
この声は……ラルド達かぁ、また喧嘩でもしたのかな? ……なんか、眠たくなくなっちゃった。
「ふぁわあ、おはよう、皆」
「「「!?」」」
あれ? 皆、驚いた顔で……どーしたんだろ。
「なん……だと、ミルが七時に起きた!?」
「災厄の前兆だよ! 何かこれから大変な事が連続で起きる前触れだ!」
「くっ、遂に世界も終わるのか……」
「ちょっと可笑しいよね! 私に対しての扱い可笑しいよね!?」
「「「可笑しくない」」」
「……え?」
因みに、何かミルにとって良いことでもない限り、ミルが起きるのは早くて八時半、遅くて十時となっている。
八時に朝の集会が始まるから……絶対に遅れる、というか遅れ無い事が珍しい。
最近はラルドの上に乗って、電磁波で目覚めが早くなる事もないから余計にだ。
「知ってるか? いつも起きない人が珍しく起きたら地震が起きるらしいぜ」
「違うよね、それ私に対してだけだよね!? しかも何で地震に限られてるの!!?」
「ほら、火事とか雷より地震の方が広範囲に渡って破壊できるから?」
広範囲にわたって……破壊って、私が起きるってどれだけ珍しいの。
「まぁまぁ、そんな事より皆。もう八時近くだよ」
「え? ……あ、七時五十五分だ」
「そうか、じゃあ中断して行くか……あーあ、楽しかったのに」
「私を弄るの楽しい!?」
「十中八九の人が楽しいって言うと思う」
い、嫌だぁ……。
〜☆〜
ふぅ、遅れた遅れた……あ、ペルーか。
「エンジェル、遅いよ!」
「まだ八時前だろ?」
「五分前行動ってのを知らないのかい!!」
「俺の辞書に“五分前行動”なんて言葉はない」
「自分の辞書を主軸に物事を考えるんじゃないよ!」
五月蝿い……ん? 皆がなんか話してる、小声で話すなんてよっぽど良い知らせか悪い知らせか、どっちかだな。
見る限り悪くは無さそうだな、事前に情報が流れてるって事はソーワかフウさんか、後、未だに料理は事前匂いをかいで調べる。俺の中では軽いトラウマなんだが……これはフウさんのお仕置きか悪戯って事だよな。
「末恐ろしい……で、皆が小声で話し合ってるけど。まーた何かやらかしたのか?」
「違うよ! それを言うならラルド、お前の方だろう!」
「……しょうがないだろ、ミルがこんなに早く起きたんだぞ」
「え? どこにミルが……ええっ!! み、ミル……なのかい」
「ふぇ、ペルー、どうしたの?」
ざわ……ざわ……。
あ、ミルのせいで更にややこしくなった、皆が驚くなんて流石だな。万年遅刻王ミル。
「で、話と言うのは……お前達、前にでな」
「何々、私達、悪い事した?」
「成る程、これからギルドへの忠誠心を戻すために酷い事を……」
「焼き鳥は美味い」
「一旦お前達は黙れ、それと悪い事じゃない、寧ろいいことだ」
あ、シルガのぼけがスルーされた。
「……皆、大丈夫か? よし、では言うぞ……エンジェル。お前達はプクリンのギルド、卒業だ!!」
「「「え……」」」
えええええぇぇぇぇぇぇえ!!!??
――一時間後――
「で、卒業する為には試験を……で、無事クリアして……目当ての宝を取ってきたら……これでいい、分かったな?」
「私……も、ダメ」
「ミル! 死ぬな、お前が倒れたら俺も……ぐふっ」
「説明すると、ペルーがあの後、僕達と部屋に戻って卒業に関しての話をしているって感じだね。一時間は続いたけど、僕は慣れてるし、シルガも大丈夫らしいよ」
足が……血流が、あぁ……。
「親方様は用があるようで、出掛けられたが、必ず昼までには出発するんだぞ!」
「分かっているが、こいつらは?」
「「もう動けない……」」
「二人とも放っておいて大丈夫なんじゃないか? それに、ラルドは回復が早いんだろう?」
はぁ!? ちょっと待てペルー表でろふざけるな俺だって辛い物は!
「じゃあな、くれぐれも遅れるんじゃないよ」
「待てよ!」
そう言うと、ペルーは窓から飛んでいく。窓辺には青い羽が目だ……おいおい、なんで窓から出て行ったんだあいつ。
後、あいつは絶対に次に会ったら焼き鳥確定だな。誰がなんと言おうと焼き鳥だ。
「じゃ、じゃあ準備しようか。幸い時間はまだある」
「どれだけの鈍間でも適当な準備が揃う程の時間が残っているのに、幸いは可笑しいな」
「なんだって?」
「俺は準備をする。後は頼んだぞ」
そう言うと、こちらは普通に扉を開け……おい、不完全の“神速”で走っていったから扉を突き破りやがったぞ、あいつ。
「今日は快晴なんだ、君の神速にも対応できるスピードが外では出せるよ!」
「そっか、ツタージャって日光に当たると素早くなって元気になるんだっけ」
「おーい、戻ってこーい」
……返事がない、どうやら既に犠牲者何人かを出しているようだ。
「じゃ、行くか」
「うん、行こっか」
変な所で、気が合うよな。俺達って。
〜☆〜
「っと、他に買うものは……ん、ボイノ?」
サメハダ岩に向かおうとするボイノの後姿が見える。卒業試験は形だけしか知らされてない、何でも“神秘の森”というダンジョンから宝箱を取ってくるだけらしい。
でも……何も無い事を願うが、念のためだ。
「おーい、ボイノ!」
「お、ラルドじゃねぇか。よかったな、お前達も卒業試験を……受け……」
「……どうしたんだ? 卒業試験って何かあるのか?」
「ああ、この試験は飛びっきり難しい。俺が保障する……お前にある事を教えてやろう」
「ある事?」
丁度いい、俺も聞きたかったところだ。
さぁ、どんな事でも……きやが
「“神秘の森”には、“悪の大魔王”がいるっていう噂なんだ」
れ……え、“悪の大魔王”?
「くれぐれも気をつけるんだぞ……じゃあな」
それだけ言うと、一目散に逃げていく。
実際は違うんだろうが、俺にはそう見えた。というか、そうとしか見えなかった。
「変な奴……皆、そろそろ戻ってる頃だよな。別行動は正解だった」
そう、俺の近くにミルがいないのはそのせいだ。別行動の方が手っ取り早く買い物を済ませられる。
と、言っても。これぐらいなら別行動じゃなくても一緒だったかもな……復活の種二つ、オレンの実十つ、癒しの種五つ、ピーピーマックス十五つ。爆裂の種十六つ。
不思議玉はフィリアが持っていて、俺は回復系、ミルも同じく回復系でシルガは知らない。
「じゃ、パッチールのカフェに……お、ヒメにヘス!」
因みにパッチールのカフェとはパッチールの“クルル・フラーラ”が経営するカフェであり、クルルさんが勤める木の実や種、林檎やグミでドリンクなどを造るパッチールのドリンクスタンド、ソーナノの“ナノ・レジャート”とソーナンスの“ナン・トジャーレ”が勤めるビックトレジャー。
ビッグトレジャーは不要な物と交換で物が貰え、くじを貰うとくじ引きが出来たり。他には最近、リサイクルを利用してパッチールのカフェで雇った探検隊が宝や新たなダンジョンを発見する、というのも考案されたらしい。
「ラルドか、どうしたんだ?」
「いや、見かけたから。それより二人は神秘の森にいつも遊びに行ってるんだよな?」
「ええ、レベル上げにも最適だし、なにより泉で遊ぶのは楽しいもの」
「それで……悪の大魔王って知ってるか?」
「「悪の大魔王?」」
二人は顔をしかめ、首をかしげる。どうやら知らないらしい、というか存在しないんじゃないか?
「訊いた事無いな」
「私も、多分どこかの誰かが流したデマなんだと思うけど」
「ガセだな」
「へぇ……有り難う、じゃ、俺はこれで」
「おう、卒業試験、頑張れよー!!」
「頑張ってねー!!」
ダイヤモンドランクで、これをクリアすればウルトラランクに近づく……よし、頑張るぞ!!
「えぇ!? 悪の大魔王!?」
「ああ、デマだと思うけど、って言ってたからな。多分本当だろう」
ここはパッチールのカフェ、その中のテーブルの前で座っている。
椅子にだぞ? ……二人が並ぶようにして座っているため、周囲からの視線が痛い。別にそういうのじゃないんだけどな。
「そうなんだ……なら安心だね」
余談だが、見て分かるとおりミルの怖がりは凄い。
ある夏の日に怪談をしようとしてもミルは直に寝るし。
一人で夜にトイレも行けない。
夕方に死角から驚かしたら恐怖で失神。
全て実話である。
「二人はまだ来ないのか……ドリンクでも飲むか?」
「白いグミと黄色グミ、若草グミと橙グミで!」
「はいはい……そこで待っとけよ」
グミを四つ受け取ると、ドリンクスタンドへ急ぐ。
グミは賢さの基礎を上げる力が秘められているらしいが、ドリンクにすると更に良くなるらしい。
凄いな、おい。
「……前に誰か居るのか」
着いたと思ったらポケモンが一匹。多分、これは“グレイシア”という種族だ。
垂れ下がったもみあげの毛のようなものと水色の体色が目立つ、ミルの進化系の種族だったはず。
「ええ、お願いするわ……あら、あなたは?」
「え、ああ……ただのピカチュウです」
「……もしかして、英雄ラルド?」
「あー、そんな言われ方もしてたな」
「本当!? 凄い……でもサインなって持ってないからな……そうだ、握手してくれない?」
「は、はぁ……いいですよ」
マシンガントークというか何というか、流石のラルドもこのテンションには着いていけない。
でも、悪い気はしないよな……。
「わぁ……ふふっ、ありがとね。英雄さん」
「ああ……見たところ、あんたも同い年ぐらいだよな」
「ええ、あなたと同じ十四歳よ」
同じ……どっちかというと、フィリアより常人のイメージのお姫様、って感じだな。
主に言葉遣い。
「“アリシア・フィアーレ”さん、出来ましたよー!!」
「あら、出来たみたい。常連になると名前で呼んでくれるから助かるわ……じゃあね、英雄さん」
「あ、ああ」
……一般的に言えば綺麗の部類に入るポケモンだったけど、それよりあのテンションが気になるな。英雄とか嫌なだけなのに、しかもあんなに喜ばれた事無いぞ。
「……ん? 垂れ下がってるやつの内側に……黒い羽みたいな紋章がある」
なんだろうな……一体。
「さ、次の人どうぞ!」
――ま、知り合って一分も経ってない人の紋章なんて別にいいか。
「黄色グミと白いグミ、若草グミに橙グミ、頼みまーす!」
因みにその後、ちゃんと二人も戻ってきて、十一時までカフェで話していたとさ。
「ふぅん、あれが……“英雄”兼ね“神子”か……面白そう」
次回「卒業試験は集団で?」