最終話 おかえり
遂に“時限の塔”の崩壊を止めて世界を救ったラルドとミル、だが過去が変われば元の未来も消える事になり、ラルドが消えてしまい――?
〜☆〜
天に光が昇っていく、その光景は儚くも美しいが、ミルからしたら憎むべき光だろう。それでも光を見て、完全に消えた事を見届けると――振り返って走り出す。
「うっ、ぐすっ……ラルド……!」
それでも歩み続ける、走り続ける。皆にこの事を伝えて欲しいというラルドの最後の願いをかなえるために。
涙で顔がクシャクシャになっても、疲労で足取りが不安になっても、一心不乱に走り続ける。それが私がラルドに出来る最後の事だと。
「はぁ、はぁ、フィリアが待ってる……幻の大地で待ってる……」
ミルがラルドが消えた場所から走ってきた道には涙が零れた後が多数ある、それだけ悲しいのだ。
「はぁ、はぁ……虹の、石舟」
あそこから僅か十秒で“虹の石舟”までたどり着く。電光石火も使っていないのに、ディアルガ戦で少し強くなったのか。
それでも気にせず“虹の石舟”に乗る。感情を必死に押し殺さないとここで大泣きしてしまう、それではいけない。
そして虹の石舟に前足を乗せ、後ろ足もそのまま乗せると“虹の石舟”がゴウゥンと動き出す。来たときのように虹は現れない。
「ラルドが……段々と……遠ざかってく」
“時限の塔”から離れて行く度にそう思っている、と同時にあそこにはもう行きたくないと思う。私から大切な物を奪った場所だから。
……段々と離れていく、その度に離れたくないと言う気持ちと離れたいと言う気持ちがミルの中で戦う。
それでも、帰らばければいけないのだ。
「……着いた」
ゴンッ、と“虹の石舟”が窪みにはまる。かなりの衝撃が身を襲ったが気にならない、今のミルは放心状態といってもいい。
「……ミル」
「フィリア……シルガは?」
「“居なくなった”よ、言ってた通りに」
「言ってた……聞いてたの?」
聞いていた、という事で少し吃驚したと同時にがっかりした。信頼されていなかったのか、という感情が更に感情を押し殺す、不思議なものだ。
「ああ、未来世界で……ごめん」
「なんでフィリアが謝るの、言ってたって何も変わらなかったよ。何も……変わらないよ」
「ミル……」
終始、心配そうにしていたフィリアだったが、帰る途中には何も言わなかった。いや、私が纏う空気が重過ぎて何も言えなかったのだ。
当然、その時の私は気付くわけもなく黙っていた。
〜☆〜
「お戻りですか、皆さん」
幻の大地の入り口へ着くとライラがいた。ずっと待っていたのだろうか、だとしたら凄い忍耐力だ。
いや、それが役目なのだから当たり前だ……私は黙ってライラの上に乗った。
続いてフィリアものり、事情を察したのかライラも終始黙って海を泳いでいた。
そして……海岸に着き、念願のギルドへと帰ってきた。
両端に立つポケモンのトーテムポール、プクリンの上半身で下に入り口があるという傍から見れば“悪趣味”と言われるであろう、厳しい事で有名な“プクリンのギルド”――そこに到着した。
「皆さん! エンジェルの皆さんが帰ってきましたよ!!」
ディルの一言で皆が一斉に来る。門が開くまでボイノなど顔を押し付けていた。
でも……ラルドがいない、シルガがいない、エンジェルが全員揃っていない現実に私は素直に喜ぶ事が出来なかった。
「お帰りでゲス!」
「おかえりなさいですわー!」
「ヘイヘイ、お帰りだぜ!」
「良く帰ってきたな!」
「お帰りなさい」
「お帰りなさい、皆さん!」
「お帰り!」
「グヘヘ、帰ってきたのか」
温かかった、皆が歓迎してくれた。
それでも……私は苦笑いしか出来なかった。
「静粛に! 静粛に! ……良く帰ってきたな、エンジェル」
「……うん」
「ペルー、治ったのかい?」
「ああ……親方様!」
あの時、未来世界から帰ってきたときと同じ様に皆が右に左に何かを避けるように行く。
すると、プリルが真ん中を歩いてくる。興奮した目で皆がプリルのほうを見るが、どうやらラルドのとシルガがいない事に気がついたらしい。今更だ。
「おかえり、ミル、フィリア」
「……ただ、いま」
「ただいま、皆」
必死に堪えていた感情が噴出しそうになる。ずっとフィリアは私に気を使ってくれていて、これは私が悪い、知らされてなかったのはあれだがそれでも未来世界の皆の気持ちを踏みにじるような真似をしてるのは解かってる。
いつまで俯いていてもしょうがない……はずなのに。
「うぅ……っ!」
「……ミル、泣きたいときにはなけばいいんだよ?」
「我慢する事はないさ、思い切り泣けばいい」
「プリル……フィリア……うわあああぁぁぁぁん!!」
この後の事は、良く覚えていない。
フィリアから聞いた話だと私が泣きつかれて眠った時に、全てを話してくれたらしい。
……そして数日後、私はやっと立った。
フィリア達は心配してくれてたけど、私は立たなきゃいけなかった。
ラルドの、最後の願いの為にも――。
「“シャドーボール”!!」
「“エナジーボール”!」
「ひぎゃああああ!!?」
あれから一ヶ月。ラルドがいなくなってから一ヶ月が過ぎた。
その間に、私達はダイヤモンドランクになり、ギルドの修行も後少しかな? という所まで来たと思う。
「ふぅ、お尋ね者ハリーセン、無事逮捕完了」
「ひぃ……こいつら、強すぎる……!」
当たり前だ、あなたとは潜ってきた場数よりこっちはもっと大変な思いをしたのだから。……と言いそうになった。
一ヶ月前の私なら喜んでいただろう、横に居た……ラルドと一緒に。
「さ、帰ろうかミル」
「うん……」
今の私はどうなっているんだろう? やはり生気が抜けたような目をしてるのだろうか。
……前に話した、“星の停止”事件。あれは世間でも大々的に取り上げられ、私達は一躍世界を救った“英雄”となった。
でも、そんな物は要らなかった。
「転送」
そんな事を思いつつも、黄色い光に包まれた――。
……帰ったら直に部屋に直行。そして寝転ぶ。
そこにはラルドやシルガが喧嘩した後が残ってたりして、物凄くつらかった。まるでラルド達がいるようで、歩けても歩く気になれなかった。
でも今日は違った。何やら外に出たいと思い、特に支度もせずに外へ出る。
「ん、ミル。出掛けるのかい?」
「フィリア……うん、ちょっと海岸に行くんだ」
入り口でフィリアと擦違う。こんな遅くまで何をしていたのだろう、明日の探検の準備かな?
「いいけど……早く帰ってくるんだよ?」
「うん、解かってるよ」
……時間的に、そろそろ始まる頃かな。
〜☆〜
ここは――海岸。
波が押しては、引き、またその繰り返しでザザァ、と音が鳴る。ずいぶん静かなので心が安らぐ。
砂浜も適度な熱さになっており、少し足の裏が温かい。
「……やっと着いた」
やっと、という程の距離ではないのだがミルには何故かそういう気がしてならない。何故ここに来たくなったかも解からないのに。
それでもミルは歩いた、そして……丁度中間の場所へ着く。
「……やっぱり、心が落ち着かない時にはここが一番かもね」
見ると、クラブ達が泡を吹き、それが夕日と重なって美しい光景となる。絶景といっても過言ではない。
泡が光を反射して煌めき、地平線の向こうまでオレンジの光がずっと続いている……上手くいえないが、綺麗だ。
「最後に見たのは、いつ振りだったっけ……そうだ、ラルドと、初めて……会ったときだ」
思えば凄かった、いきなり「ポケモンが喋った」なんて大声で言うもんだから、怪しく思っちゃったよ。
それから私の遺跡の欠片を取り戻してくれて……感謝しても仕切れない。
「ラルド……私、臆病だったけど、ラルドのお陰でここまで来れたよ……」
あの出会いが無ければ、ずっと私はサメハダ岩に閉じこもっていただろう。ずっと臆病なままでギルドの弟子入りなんて夢のまた夢だっただろう。
でも……ラルドがいたから。
「ラルド……会いたいよ、ラルドぉ……!!」
忘れようとしてたのに、思い出したら泣いてしまう。
「うっ……うぅ、ぐすっ、ラルド……!」
「ミル! もうそろそろ……ミル」
後ろから私を呼んできたフィリアにも私は気がつかない。それほどまでの声で泣いていた。
「ふぇ……うわああぁぁぁん!!!!」
そこからはずっと、泣きっぱなしだったと思う。
所変わって、ここは時限の塔。
修復作業も粗方終わっていて、そこではディアルガはずっと外を見つめていた。
「……ミル、ラルド、お前たちには大変な想いをさせてきた」
もしラルドが居たならば、「大変ってレベルじゃねーよ」とか言いそうだが、もう居ない。
「いや、それだけではない。未来世界の住人。全てが苦労をした。現実世界の住人も、同じく……ミル、お前の悲しみが私に伝わってくる。とてつもない悲しみがな」
ディアルガはそう言うと前足で床を大きく踏みつけ、首を竦めた。
「これは私からの礼だ、受け取れッ!!」
そういうと、そらに向かって咆哮するのだった――。
〜☆〜
……あれ? ここは……どこだ?
白くて、まるで虚無の空間。いや実際そうだろう。
「……動けない」
それもそうか、俺は死んでるんだから。いや、居なくなったのだから。
再び生まれなおすまでずっとこのままだったりして……笑えないぞ、おい。
「ははっ、これから一生この状態って事も……」
『有りえるな』
「あれ、今なんか声が聞こえたんだけど……気のせい? 恐怖で人に飢えたか?」
『いや、違う。ここは――貴様の意識の中だ』
「俺の……意識? というか、この声は……ディアルガ!?」
起き上がろうとすると、起き上がれた。動けないというのは無かったらしい。
それにしても……何故ディアルガがここに?
「何でここに来た?」
『単刀直入に言おう、お前は復活できる可能性がある』
「ディアルガ……お前それ、本当なのか?」
『ああ、だが貴様は復活したいか? 他の者を差し置いて、復活するべき覚悟、それに値する物はあるか?』
「……つまり復活するべき物がないといけないのか?」
『いや、それだけの覚悟があるなら……前へ進め、それだけでいい……去らば』
それだけ言うと、霊のように消えていく。霊体だった可能性もあるかも。
でも……真剣だった、いきなり現れていきなり消えるのは吃驚したけどな。
「……皆を放って、自分だけ復活できるか、か……」
……決まっている、決まっているじゃないか。
ここで迷って時間をくったら、二度と会えないのかもしれない、ディアルガならするかもしれない。
「それだけの眼だった、あいつは……」
さて、皆を差し置いて戻れるか? ふ……あえて言う。俺は無理だ!
皆を差し置いてなんか行けるわけ無い、行ったら罰が当たる……でも、皆の思いを差し置くなんて事、俺には出来ないな。
「戻れるって言うんなら……皆、戻るよな?」
不意に、声が聞こえた。
『ふん、精々リーダーの務めを果たしてくるんだな』
『ま、いいんじゃないの? 貰える物は貰っときなさいよ』
『お前だけが抜け駆けしようと、誰も文句は言わない。言った奴は俺が斬ってやろう』
「……有り難う、その声が幻聴でない事を祈るぜ!!」
そういうと、俺は前に向かって走る。
その声があいつ等自身の声だと確信できたから――。
〜☆〜
「うぅ、ラルドぉ……!」
「ラルドは……皆は、もういないんだよ……ん?」
「ひぅ……ふぃ、フィリア?」
「へぇ、成る程。ちょっと遅かったけど……ミル、後ろ」
「後ろ……?」
そこにあったのは、光だ。光球が集まり形を作る。
その光景にミルは疑視感を覚える。だって、これは……!
「あ……あ……」
「行っておいで、ミル」
フィリアがミルの背中を押す、勢いでミルは前へ倒れこみ――
「ラルドォッ!!」
「ふぅ、戻ってこれ……って、うおっ!?」
――光球から現れたラルドに、思い切り抱きついた。
「ラルド……会いたかったよぉ」
「ちょ、顔が滅茶苦茶になってる、というかその顔で擦り付けるのやめれ!!」
「だめ……?」
「ダメな物はだめ! 上目遣いでもだめだ、まずそういう事はするなぁッ!!」
「ちぇ、ラルドの意地悪。ちょっとくらい許してくれたっていいじゃない」
「今度、お前の顔に塩水ぶっかけてやろうか?」
「やめて!?」
軽くコントみたいな言い合い。
でも……これが俺たちにとっての普通、日常だ。
「これが日常なんて可笑しいと俺は思うのだが」
「却下、ラルドの意見は取り入れないよ」
「裁判長ぉ!!」
「ふふっ……でも、まぁ」
くそ……なんだよ、人が折角帰って来てやったというのに、この仕打ちは!
「ねぇ、ラルド」
「どうした?」
「――おかえり」
ああ……そうだな、俺も改めて言うか。
ただいま、俺の――最高のパートナー。