第七十五話 さよなら
雲の中で溜めた電撃の全てを解放して放った一撃、“ライジングボルテッカー”と闇のディアルガ最強の“時の咆哮”同士がぶつかり合い、勝ったのは――?
〜☆〜
「ぐ……う゛っ」
「グォォォ……」
闇のディアルガの脳天に激突し、勢いを残したまま下に落ちていく。弱点と思われるダイヤにもあたり、恐らくはこれで倒れるだろう。
地面に手をつき、起き上がろうとする。痛かったがそこは我慢だ。
「……まさか、これだけやっても倒れないなんてないよな?」
「……」
しーん、と“時限の塔頂上”が静まり返る。殺気もない、闇のディアルガの体も紫と赤に戻っていく。
「っ、時の歯車を……はめなきゃ……!」
ミルは気絶している、多分起きないだろう。
今が……今だけがチャンス!
「はぁっ、はぁっ」
歩く度に視界が大きく揺れる、目眩なんてものじゃない程のものが襲い掛かる。歩くだけでこれなのだから走ったら……というか走れるわけがない。
「ミルの鞄に、あったはず……あ、あった」
五つ、全て揃っている。あれだけの衝撃を受けても鞄の中から出ないとはある意味奇跡だ。
「早く、早く行かなきゃ……時間がなくなる」
丁度、闇のディアルガの前に到達する、足取りもちょっと不味いなんてものじゃない。
そして遂に――倒れてしまう。
「あ……」
ドサッ、と地面に倒れる。自分の体の熱さが床の冷たさで冷やされて心地よい。
……今、心地よいなんて言っている場合ではないが。
「み、ミル……起きてくれ……!」
呼びかけてみるが、声が小さすぎて一向に起きる気配がない。
「! そうだ、復活の種で……」
瀕死状態から回復するという復活の種、思えばほとんど使っていなかったが……二つ、潰れている。
「もう一つは、あるよな」
あれだけの攻撃を受けていても無傷な物があるという。流石、探検隊用のバッグだ。
それでも、五十近くの物をこの大きさで入れれるのと、あれだけの攻撃を受けても壊れなかったり色々現実を無視しすぎだ。
「ミル、起きろ……」
もしミルが瀕死状態じゃなければそれこそ詰んでいた。ミルが瀕死になることを望みはしないが、結果的にこれは良かったと言える……最も、ラルドはそうは思っていないが。
そんな時間の中で、ラルドはミルに復活の種を食べさせようとする……が、意外に難しい。
「畜生……どうすればいいんだ?」
水も何もない、だからと言って無理に飲み込ませて息が出来なくなったらそれこそ最悪の事態だ。
(ち……くしょう、視界がぼやけてきた……!!)
体が重い、どうすればいいだろうか?
いや……一つ、あるにはあるが……ラルドは留まっていた。起きたときにそれを伝えたらミルが傷ついてしまう。
「なんで……ここまで来たのに、こんなところで……!」
そこで、俺の意識は奪われた。
〜☆〜
……ん、うん……ここは、どこ?
そうだ、なんか凄い白い電撃が見えて。安心したら意識がなくなって……死にはしなかったんだ、良かった。
「って、あれ? ラルドが私の横で倒れてる、なにかあったのかな?」
よくよく考えてみれば私に復活の種を食べさせてくれたのだと、後で気付く事になる。ただし、その直後のことなのだが。
「……そうだ、時の歯車!」
トレジャーバッグの中身を探り、時の歯車を探す。相当焦っていたので目の前に時の歯車がある事に気付かなかった。
「えっと、どこに……って、前にあった!?」
時間を無駄にしちゃったよ、と呟くと直に時の歯車を集める。
「早く行かなきゃ」
なんだか唇が潤っていたが、気にしない事にした。
床が結構揺れている、罅も入っているが落ちる事は無さそうだ。
時々倒れてしまうが、今は気にせずに時の歯車を納める場所へ向かう。
「それにしてもラルドは凄いなぁ、本当に闇のディアルガを倒しちゃうなんて」
信じてはいたが、まさか本当に倒して、しかもここまで徹底的にとは。普通のピカチュウに出来るのか?
……いや、解放? や全解放? を使えるピカチュウが普通なわけないか。
「本当に凄いなぁ、ラルドは」
どんなに憧れても私には手の届かない存在だ。なら今、私に出来ることをするだけだ。役に立たない、足手まといなんてなりたくない。
「っと、ここに、時の歯車を納めるんだよね」
石版のようなもの、五角形に時の歯車と同じ形状の穴が五つ開いている。闇のディアルガもラルドの落とした石の礫を尻尾で見もせずに壊してたから多分ここだろう。
「まず一つ目に……ひゃっ!?」
遂に塔が大きく揺れだす、因みにここで言う“大きく”は地震を少し超える程のゆれの事だ。
「うぅ、一つ目……!」
中々にはまらなかったが、一つ目ははまった。カチッ、という音が鳴ったような気がしたが気にはならなかった。
「二つ目、三つ目……四つ目!」
穴に合計四つの歯車を納める。後は……最後の一つ!
「これで最後!!」
カチッ、と音がする。さっきは気にならなかった音だが今はそれが勝利の音に聞こえた。
遂に……これまでの事に、ラルド達が強い覚悟でして来た事が……遂に、これで終わった。
「や、やった、皆、私やったよ……!」
これで塔の崩壊が止まる、揺れが止まる……筈だった。
「あれ? まだ、揺れてる!?」
だが、塔はまだ揺れている、まだ崩壊し続けている。
「まさか、間に合わなかったの――?」
ミルの呟きは誰にも届く事がなく、辺り一面が光ったかと思うと――気を失っていた。
〜☆〜
……あれから、どうなったんだろう? ミルはどうなったんだろう、時限の塔も崩壊したのだろうか?
少なくとも、今感じている冷たさは本物だろう……なら塔は!
「残ってる……世界は、世界はまだ止まってない!!」
ミルがやってくれてんだろう、それ以外は誰も居ない。ディアルガがするとは絶対に思えないし、そもそも再起不能にさせてやったはずだ。
いや、その場凌ぎだけど。
「じゃあ、どうやってミルは復活の種を?」
……最終手段は行わなかったはずだ、あの時に意識も失ったはずだしな。
「そういえば、ミルは?」
辺りを見回すが、ミルらしき者は居ない。
まさか……。
「み、ミル!!」
「ラルドぉ、五月蝿いよー?」
……え?
「あれ、なんでここに? あそこからここまで、たっぷり二十五メートルはあるぞ」
プールで言えば子供が泳ぐ距離の目標だったような……ああ、人間の頃の知識は覚えてたんだけど、最近忘れてきた気がする。
「ま、まぁいいか。ミル、さっさと起きろー!」
「全く、ラルドは私がいないとダメダメなんだからぁ……はは」
「ちょっと、待て! なんでそうなった!? 寧ろお前の方が誰かがいないとダメだろ!?」
「もぉ、ラルドは直怒るー、短気は損気だよ?」
「起きてるよな……絶対にこいつ、起きてるよなぁっ!?」
もう手段なんて選ぶかぁ!! 問答無用で……喰らえ!
「“電気ショック”!!(弱)」
「ふぇぶっ!? ……あれ、ラルドどうしたの?」
「おま……こんな状況でお前は夢を見てたのか!? 俺なんか疲れもまだ取れてないのに!」
「ラルドがいるから安心して眠れたのかなぁ?」
「なんでそうなる!? というか俺がいるってだけで安心しすぎだぁっ!!」
「ラルド、五月蝿いよ……?」
ああもう、これじゃいつもの調子じゃないか……あ。
「そうか、いつもの……調子なのか」
「……そうだね、だから私はあえて寝たふりをして……」
「うん、ちょっと黙ろうか」
「ちょ、ちょっとラルド!? その微笑み方は怖いって!」
多分、寝たふりの件は本当だろう。嘘のように言っただけだと思う。
……これで世界も救われたんだよな、これで、あの世界ともおさらばか。
「……起きていたのか」
「え?」
「なっ……」
後ろを見ると……でぃ、ディアルガ!?
「畜生、倒し損ねたか……!?」
「ま、また戦うの?」
「ま、待て。もう構えなくて大丈夫だ、ラルド、それにミルよ」
……大丈夫って、そういわれてみれば……全身が青と水色で、瞳も狂っていない。
「ありがとう、ラルド、ミル。狂気に囚われ、狂った私を恐れず倒し、正気に戻してくれ、更には世界まで救ってくれた。本当に感謝している」
「うぐ……なんか、さっきまで叫んでばっかりだったからな、お前。そういう姿を見ると……ギャップ?」
「まぁまぁ、感謝してくれてるんだし。悪いのはディアルガじゃないよ」
「本当に感謝している、そしてすまなかった……正直幾ら頭を下げても謝りきれない」
「……神様だったけか? 神が頭を下げるんじゃねぇよ。感謝するのはいい事だが、そんなに感謝されることはしてないぞ。寧ろすまないの方が言ったほうがいいな」
「……解かっている、すまなかった。お前たちを傷つけてしまい、殺そうとまでしてしまった事を」
確かにこいつに恨みが全く無いって言えば嘘になる。こいつが元凶だし、な。
「本当にすまない……だが、何故このような事になったのか、私にも解からないのだ。元凶を見つければ即刻罰を下すのだが……」
「……は? お前が元凶じゃないのか?」
「ああ、時の歯車は納めている時期と偶に起きる時空の乱れを調和するための時期で分かれているのだが、何故か戻らなかったのだ」
「えっと、じゃあ自分で取りに行けばよかったんじゃ……」
「この空間一帯に結界が張られていて、動けなかったのだ。そのせいで暴走するまで……本当にすまなかった」
つまり、元凶は他に居るって事なのか? ……畜生、時間があればそいつをぶん殴ってやりたかったけど……時間はもう無い。
「も、もういいよ。そこまで謝られたら憎もうにも憎めないから」
「おいミル、訊き方を少しでも間違えれば大変な事になるぞ」
「……すまない」
確かにこんなに謝られたら憎めないな……それでもミルは詐欺とかにあいそうだな。お人よし過ぎるのが長所でもあり短所でもあるのか、まぁ、時が狂ったせいだからな。
「……じゃあ私達はこれで。ラルド、早くギルドへ帰ろ!」
「ま、待ってくれ!」
早く行くすぎだろ……もう下の階に行ったよ、どれだけ皆に会いたいんだか。
「……ラルド、お前はこれから訪れる事に対して覚悟は出来ているのか?」
「! へぇ、流石は時の神。解かるんだな」
話しても無いのに、な。
「ああ」
「ま、記憶がある時の俺……シルガやレインの言うとおりの俺なら“僕”の方があってそうだな……とにかく、今更そんな事言っても無駄だしな」
「……すまなかった」
「こればっかりは仕方が無い、もし星の停止が訪れなくとも俺は俺。未来で生まれるはずの人間、でもミルは現在≪いま≫に生きるポケモンだ。どうなろうと……俺達が会うことは無かったはずなんだ」
もし√で分けるのなら星の停止がおこるのを防ぐ√、つまり俺達が今した事では俺とミルは逢う事になる。
だがもし星の停止が起こらない√があったら? 未来と過去、人とポケモン、全てが擦違っている。
……俺たちは本来、逢うべきじゃなかったのかもな。
「運命とは、時に残酷だ」
「でも、犠牲なくして何かを得る事は無理だろ? 何事にも犠牲は伴うんだ」
そう、犠牲なくして何かを得ようなんて、虫が良すぎる。
これで、これで良かったのだ。
「ラルドー! 早くしないと置いてくよー!?」
「ああ、今行く!!」
「……何故、運命とはこのように残酷なのだろうか。神よ……」
楽しそうに走るミルと、一見楽しそうに見えるがその内は悲しい、そんな二人をみてディアルガは呟く。
居るかさえも、幻の神へと――。
〜☆〜
「やっとギルドに帰れるんだね、皆、元気にしてるかなぁ。ペルーはもう大丈夫かな? その前にシルガやフィリアとも合流しなきゃ。う〜、なんか、楽しみになってきちゃう!」
「そ、そうだな……」
ミルの興奮する姿は正に、遠足が楽しみで仕方が無い子供の姿を連想させる、実に微笑ましい姿だ。
「帰ったらどうしようかな、皆歓迎してくれて、パーティーとかあったりして!」
えへへ……と涎を垂らすミル、食事はあるだろうが予算が少ないギルドがそんな豪華な食事を用意している事は無いだろう。
悲しいな。
「それで、それで……!」
「……ッ」
体が……重い、さっきから重かったが、ミルもいるし我慢してたんだが……足枷がついているようで歩く事もできない。
ミルは俺が膝をついた事に気付くことなく先へ進んでいく、気分は上々だろう。
こんな気分がいいのに、俺のせいで悲しみが襲ってくるなら、いっそ気付かないで死んだ方が……。
「……体から、光が」
体から光の球が昇っていく。ミルの物とは似ている様で違う、一定の高さまで行くと消える。それはまるで俺が今からなることを実現しているようだ。
儚く散っていく、今までの人生が散っていく、それは美しいようで酷い。
「あれ? ラルド、早く来ないと置いてっちゃうよー?」
俺が居ない事に気付いたのか、こちらへ振り向くミル。こちらを見た瞬間驚いたのは光のせいだろう。
「って、ラルド。どうしたの? 体から光が……」
「……ごめんな、ミル。今まで隠してきて」
「隠して? って、何を隠してたの?」
「この光はな……俺が今からなる事の前兆だ」
「え……ラルドが今から、なる……?」
ミルはすぐさま光を目で追う、後は解かると思う。光が天へ昇っていき――消えていく。
「まさか……どういうこと、なの?」
「ミル、矛盾って解かるか?」
「それぐらいなら……確か、本で読んだのだったら、“論理の辻褄が合わない”とか……パラドックス? だっけ」
「ああ……時間の矛盾、俺も聞いてから思い出したんだけどな。この世界には“タイムパラドックス”という言葉がある」
「時間の矛盾……どういうこと?」
あまりにも突飛しすぎた話でミルの頭はこんがらがり、困惑した表情で固まっている。少し見て解かるほどに、な。
「つまり、この世界が星の停止を迎えない、ならば俺がいた星の停止が起こった世界はどうなる? 簡単だ、さっき言ったように“辻褄”が合わなくなる」
「じゃ、じゃあ一体どうなるっていうのさ!」
「俺達は消える、いや違うな。最初から“居なくなった”事になるんだ」
「ラルドが……最初から居ない?」
「そうだな、例えば目の前に木の実があるとします。ミルならどうする?」
「……バッグにしまう」
フィリアなら恐らく「その場で食べる」。シルガなら「踏み潰す」なんだろうけど、ミルはこういうんだな……体がさっきより数倍重くなってきた、もう喋るのも難しい。
「で、でもな。もしミルが過去に遡ってその木の実を食べたとしよう。じゃあしまったはずの木の実はもう無い、なのにバッグに存在していたら可笑しいだろう? ……これが時間の話になったのが、“タイムパラドックス”だ」
「じゃ、じゃあ! ラルドも、シルガも、レインもリードも、皆が消えちゃうの!?」
「消えるんじゃない、最初から俺達は居ないんだ。この世界では」
「っ! なんで……なんで、そうなるの?」
「理解が早くて助かるよ……でも、なんでそうなるの、とはどういう意味だ?」
「なんでラルドが消えなくちゃいけないの!? なんで皆が消えなくちゃいけないの!? なんで、なんで……!」
……ミルは白い、穢れを知らない白だ。白すぎる。
それに比べ、俺は穢れきった黒だ。こんな現実も慣れた感じで対応している。
そんな白を、俺は汚そうとしている。
「そうだな、ミルは正義のヒーローが何の犠牲も出さずに、悪の親玉を倒せたとしよう。犠牲は出なかったか?」
「何の犠牲も出さずにって言ってるから、そうなんじゃ……?」
「いいや、出てる。悪の親玉が正にそれだ」
「で、でも悪いのは……!」
「ミル、何者にも犠牲は付き物なんだ。その犠牲が偶々俺達だったって訳だ」
「や……嫌だよぉ、皆が消えちゃうなんて、そんなのってないよ……!」
……今の俺は納得させるために言いたい事は言った。
なら次は、俺の……俺が思う本当の想いを伝えるか。
「ミル、ここから俺の本心がちょっと口から出てしまう。訊きたくなかったら耳を防げ」
「なにが……?」
「俺だってな、生きていたい。ミルや皆と修行していたい」
「へ? ……っ、じゃあ!」
「でも、もう後戻りは出来ない。出来たとしてもそれは……俺、いや違うな……『僕自身』を否定してしまうことになるから』」
「僕自身……? って、僕?」
「俺の記憶はもう無い、なのに頭に浮かんだんだ、この一人称が。リードの言うとおり俺は引っ込み思案で臆病なミルの男バージョンみたいな奴だったろうな」
ミルの男バージョン、人間は知識は知ってるけど姿は忘れたな……ミルの様な人間の男か、どういう事になるんだ?
「この気持ちは多分、俺も、勿論“僕”だって共通で思っている。……自分自身を否定しない、拒絶はしても否定はするな。どれだけ嫌がっても、自分自身だから」
「そんなの、解かんないよぉ……ラルドの言ってる事、難しすぎて解かんない……」
「つまり、『人生とは人に生きると書く。生憎今はポケモンだけど……人生と言うのは人の生き様だと自分は思う。人生と言うのは自分で創り、歩んでいく物だ、決して同じ道に戻る事はない』……解かったか?」
「ら、ラルドは、皆と会えなくなっても、平気なの……?」
「……正直言うと、どうなるのか解からなくて怖い。怖いけどな、“俺”はリーダーだ。皆を包み込み、安心させる。俺の翼で」
「っ……そんなの、遅いよ……」
「ああ、遅すぎる。ミルも包み込めなかったよ、俺は大馬鹿者だ」
本当に遅い、ここまで来てやっと皆が楽しても一人で戦える力を手に入れたし、皆を確実に包み込める強さを持った。
本当に遅い。
「行かないでよぉ……馬鹿……!」
「遂にミルにまで馬鹿って言われ始めたか。本当の事だから言い返せないけど……ははっ、もう喋る気力すらなくなってきやがった」
「お願いだよ、もう寝てるときに乗らないし、ちゃんと言う事聞くから……行かないでよ」
「おいおい、言う事聞くって俺はお前の親でも何でもないぞ? 我侭なのは困ってたけどな」
「お願い……私、私、ラルドがいたからここまで来れたんだよ? ラルドがいたから私、ここまで頑張って来れたんだよ? なのに、ラルドがいなくなっちゃったら……私、どうすればいいの?」
「フィリアがいる、ギルドの皆がいる。トレジャータウンの人達も居る。だから大丈夫だ」
励ましてみるが、泣き止む事は無い。でも、でもこのままじゃだめだ、絶対にだめなんだ。ミルが立ち直るまでは消えない、消えたくない。
「ラルド……!」
「ミル……いい加減にしろ」
「え……?」
「いつまで泣いていても変わらない、変わらないんだ。誰でも涙を流す事はある。でもお前の場合どうだ? 我侭、現実を否定してるんだ。認めたくない、認めるもんかって感じに」
「ち、違っ――」
「何が違う? ……いいかミル、さっき言ったとおり俺も生きたい。生きたいよ、でも自分を否定したくないし……何より」
何より。
「俺はミルが大好きだから」
「……!?」
「勿論、皆も大好きだ。だからあんな暗黒の世界にだけはしたくない。元は優しいポケモンでも自我を失い、襲い掛かってくる……そんな世界にだけは、したくないんだ!!」
「わ、私……は……」
「……もうすぐ俺も消える。その前にお前に言う事があるんだ」
「な、なに……?」
絶対に言わなきゃいけない、そんな目をミルに向けると泣きそうになりながらも必死に潤んだ目で俺の目を見つめる。
……俺がいじめてるみたいじゃないか。
「ミル、フィリアと合流してギルドに帰ったら……この事を世間に伝えてくれ」
「なんで、なのさ……」
「もうこんな事を二度と起こさないためにだ。こんな悪夢のような事件は起こしたらだめだ、というかミルが起こさせるんじゃない」
「それならラルドも――」
「言っただろ? 俺はもうじき居なかった事になる、でもミルは消えない。ずっと、死ぬまで居る……そして、次で最後だ」
「最後……?」
本当にいじめてるようで罪悪感が少しあったが、今はこの事を言う事の照れくささの方が勝っていた、本当に言おうかな……いや、言うべきだ。
「こんな得体のしれない奴とチームを組んでくれて有り難う、こんな馬鹿な奴を心配してくれて有り難う、こんなどうしようもない奴を励ましてくれて、体張ってくれて有り難う」
そして……。
「こんな、俺なんかを、引き止めてくれて……有り難う」
……正直、今の俺の顔がどうなってるのか解からない。
涙でぐしゃぐしゃになっているのか? それとも冷静なままで保って居られてるのか?
――泣きたいときは泣きなさいって、言ったでしょう? 自分で――
「……こんな時に、出てくるなよ……」
ああ、これで安心して――
「私も!」
「?」
「私も、こんな私の為に頑張ってくれて有り難う! こんな私を守ってくれて有り難う! こんな、こんな私を大事な物だって言ってくれて有り難う!!」
「……ああ、どういたしまして」
「私、ラルドのこと……好きだよ」
「俺もだ、さっき言ったとおりな」
「……鈍感」
「何で!?」
……ああ、今まで楽しかったなぁ。
『何でポケモンが喋ってんだーー!!?』
思えば、ここから俺の奇妙でファンタジーな日常が始まったんだよな……。
『ミル……私はミルって言うの。よろしくね』
ここで、ミルの宝物を取り返す為に動いたよな……ああ、滅茶苦茶苦労した。
『私と……探検隊になって!!』
『え……な……何だってぇぇぇ!!??』
ここから、俺達の探検隊生活が始まって……。
『僕はフィリア。種族はツタージャさ』
初の正式なお尋ね者戦で、フィリアと偶然逢って……これも運命だったのか?
『――力、欲しい?――』
ヨウム戦で負けそうになった時、初めてレインの声が聞けたときだ。擬似解放も出来たよな。
『俺はシルガ……リオルのシルガだ』
ああ、今思えばこいつこの時から冷静でうざい感じだったっけ、今思えば懐かしい。
「ははっ……じゃあな、ミル」
「……うん、ばいばい。ラルド」
ああ、これで――
「さよなら」
――思い残す事は、何も無い。
次回「おかえり」