第七十四話 最後の一撃
怒りが身を支配し、体が黒く紅くなった闇のディアルガ。そんな最悪の敵に俺は最終手段として――?
〜☆〜
……風を切る音が聞こえる。
赤い空を上に向かって昇っていく、高速で飛んでいるので必然的に風を切る音は聞こえるだろう。
速度は“高速移動”より少し早いぐらい? だと思う。
「それでもまだ着かないのか……あの雲に」
俺の考えている事、それはあの雲の雷で電力供給、それはそれは見事な電力だろう。
そして急降下突進、つまり重力を味方にした強力な“ボルテッカー”だ。
「赤い雷か……耐えれるか? この体が」
ピカチュウという種族は電気タイプ、雷に打たれても耐えれうる力を持っている。むしろ雷を撃てる。
だが、この雷はどうやら普通のとは違うようだ、さっき受けた衝撃波、並みのものじゃない。
「いや、あいつを倒すまでは耐えなきゃいけない。というか……」
飛んでる時に、闇のディアルガの後ろ。つまり時の歯車を納めるところに石の礫を投げてみたが……見ても無いくせに尻尾で弾き返しやがった。絶対に目を盗んでいく事は無理だったな。
「今なら解からないけど……はめる時間でアウトだ。最低でもあの尻尾の直撃を三発。まともに受けたら骨が砕ける」
石の礫が触れる前の風圧で木っ端微塵だからな。おお怖い怖い。
「と、そろそろ着くな、赤い雲」
今頃ミルはどうしてるだろうか? 三分耐え切れるだろうか? ……いや、信じなきゃダメか。あいつだって信じてくれてたんだし。
「――っし、着いたァッ!!」
飛び立ってから実に一分、やっと雲についた。
後は雲の中心に……ぐっ!?
「な、なんていう眩しさ……咄嗟に目を瞑らなかったら失明してたぞ」
中はもっと眩しいにプラス熱いんだろうな……電圧も凄いだろうし、本当に耐えれるのか?
「って、こんなことしてる場合じゃない。早く中央に行かないと……!」
ミルは今頃頑張ってるんだ。俺も頑張らな……待てよ? 今で一分半だ。
溜めるのに更に一分半、急降下時間で一分……あ゛、四分かかるじゃん。
……くそ、なんで気付かなかったし、俺!! ……ああ!
――どうか、どうかミルが耐えてくれますように……!
〜☆〜
ラルドが飛び立って直、闇のディアルガは暫くラルドを見つめていた。
でも、すぐにこっちに向き直って、私を見た。こっちから先に始末しようという考えだと思う。
「うぅ……特性だとは解かってるけど、相変わらずこの重圧≪プレッシャー≫は……」
闇のディアルガの特性は“重圧≪プレッシャー≫”という、攻撃してきた相手のエネルギー――ラルドでいう電力――を、その時の攻撃に使った分だけ減らす、つまり消費量が二倍になるのだ。
「凶悪すぎるよ……きゃあぁ!!」
「ギャアアアァァァァッ!!」
まずは広範囲の“竜の息吹”、これは“守る”で防ぐ。
次は“原始の力”、これも“守る”で防ぐ。
「次は……“竜の波動”か」
私が唯一自慢できるもの、それは視力。
お陰で予備動作を見切って次の行動への切り替えが早くできる、というかそうしないと太刀打ちできない。
「って、“守る”は二回使ったから、成功する確率ないんじゃ……」
“守る”はほとんどの威力の攻撃を防げる優れものだが、連続で使うと失敗しやすいという欠点がある。
と言っても、時間を巻き戻す攻撃。言うなれば“時の咆哮”は強すぎて防げないのだが、あれは仕方がない。
「だったら、“シャインボール”!」
闇のディアルガが黒い球状のエネルギー弾を飛ばすと、ほぼ同時にそれを遮るかのように光球ができる。
黒いエネルギー弾……見た目で強そう、実際は滅茶苦茶強い。そんなの、普通は防ぎようはない……が、斜線を呼んで縦一列に光球を作れば防げる、でも難しい。
「今回だけは自分の視力が有り難いよ……ひゃっ」
それから闇のディアルガが攻撃しては、ミルが守る、というのを一分間繰り返す。エネルギー消耗は激しいが後二分と思えばギリギリ……空を見上げればラルドらしき者が雲にいる。
「……あれ? 一分で全回復ってできるのかな……」
その疑問は、現実となる――。
ラルドが飛び立ってから三分。何とかラルドの言ったとおり三分防ぎきったミル。
でも……未だラルドは来ない、多分私があれ? って思ったときにラルドも気付いたんだろう。
「も、もう無理……!!」
辛うじてここまで耐えれた、頑張って耐えれた、後一分なんてハッキリ言えば無理だ。
ここまで“シャドーボール”、“シャインボール”、それらを練り合わせた咆哮系の技……もう放てない。
「グオオオォォォッ!!」
「で、“電光石火”」
今も“電光石火”でやっと避けている感じだ、それも疲労で遅くなってきてるから今からは避けれるか怪しい。
「後、はぁ、さ、三十秒……耐えれば」
多分そのくらいだと思う、三分経ってから時間経過を感じる事は重要になってきている。
後三十秒、三十秒耐えれば……と、思うと頑張れた、精神的に頑張れた。でも
――肉体的には頑張れなかった。
重度なる攻撃の相殺、防御、回避、全てが積み重なった疲労は激しい。動けるのが既に奇跡だ。絶対にラルドならどうってことないと思う、でも私は……何の力もないただの一般ポケモン。
「グルルルル、グゥ……グオオオオォォォ!!!」
! この咆哮は……まさか、私一人に対して!?
コオオォ……という音と共に紅いエネルギーがディアルガの口元に集まる。
そう、“時の咆哮”だ。
絶望の淵に追いやられた私に絶望を感じさせるには十分だった。
「紅い……って事は、さっきより確実にパワーアップしてるよね……」
避けなきゃ……どこに?
どこにも避ける所なんてない、あの技に当たらなくとも私はもう動けなくなる。ならどうしたら……。
「……違う違う! ラルドは私を信じててくれてるんだ。私も信頼に応えないと、こんな事で諦めちゃ……!」
「グギュウウゥゥウ……!!」
直撃だけでも避けようと、“電光石火”で後ろへ逃げようとした瞬間。
思わぬ事態に陥った。
「へ?」
――体が動かなくなった。
無論、これは極度の疲労により体が限界になってしまい動かなくなっただけで、別に体に異常な何かを仕込まれた訳でも無い。
それでも今のミルを恐怖でパニックにするには十分すぎた。
(なんで、どうして動かないの? 何かやられた? でも、何もやられてないはず。まさか体が疲労で――?)
気付いた時にはもう遅く、闇のディアルガが首を少し振り上げていた。
「ひっ……た、助けて、ラルドォーー!!」
……ミルー!!
……え?
ミル…ミルーー!!
この声、まさか……。
ふと、涙が零れ落ちる。あまりの恐怖で泣いてしまったのか? いや違う、この涙は……。
「ミルッ!!」
「……もう、遅いよラルド」
安心の涙だろう――。
〜☆〜
時間は遡り、ラルドが飛び立ってから一分半……丁度、雲の中で充電していた時だ。
赤い雲の雷はやはり普通のものではなく、俺の体も少しこげていた。
「焦げ鼠にはなりたくないけど、早く電気が溜まるな。これなら三分以内に行け……」
続きは言えなかった、否、言葉にならなかった。
ゴオオォン、という大轟音の後、耳がしばらく聞こえなくなる。耳を塞ぐ暇さえなかった。
「ッ!? ――、――!!」
自分の言葉が言葉になっているか、聞こえないのだから解からない。
耳が不自由な人ってこんな感じなのか、と思っていると耳が再び聞こえるようになる。
「……なんていう五月蝿さだよ。これはプリルのハイパーボイスといい勝負になるんじゃないのか?」
こんな大轟音、ポケモンという生き物から出せる。そう思うと人間ってつくづく貧弱だなぁ、と思ってしまう。実際、人間は武器を持たなければ本当に弱い。
「……そろそろ電気が溜まってきたな、これならもう行けるな」
三十秒ぐらい経って電力がマックスになる。これって結構早いよな。
「よし、そうと決まったら直に――」
ピカッ――ゴオオォン。
効果音がつくならこれが相応しいだろう。強力な光に包まれ、轟音と共に雷が俺に直撃する。威力は信じられないほどだ。
……思考は無事に働くんだな、死ぬ前は冷静になれるのかな? 生物って。
「へへっ、体が……本当に焦げ鼠になっちまった」
体の所々が焦げており、俺の周りがバチバチと言っている。帯電しているのだろう。
「やばい、体が。体が動かない……!!」
雲から抜け、俺はそのまま落ちていく。初のスカイダイビングがこんなだなんて嫌過ぎる、というか嫌だ。
「どうすればいいんだ……ッ!?」
全解放とは凄い物だ、視力まで上げるのか。……そのお陰でミルの状態が見えた、感謝しないと……いや、できない。
「ミルがやられる……闇のディアルガに、やられる……ッ」
畜生、動け、動け、動け!!! 俺の翼!
肝心な時だけ飛べないのかよ、こんな大事なときだけ動かないのかよ。
何が、何が“エンジェル”だ。天使じゃなくて堕天使だろ!!
「動け……動けぇっ!!」
――五月蝿いわよ、雛っ子さん――
「な……レイン!? って、あれ、体が動く!?」
――折角休んだのに、また休まなきゃいけないじゃない……ここまでさせたんだから、絶対に勝ちなさいよ。馬鹿――
「……お前はお前で、狙ったかのようなタイミングで出てくるな。本当に狙ったんじゃないのか?」
――な、失礼ね! ってか、あんたは礼の一つもできないの!?――
「ああ。急に出てくるな、吃驚する」
――はぁ、相変わらずね……まぁいいわ。私はまた休むから、今度こそ終わらせてね。ばいばい♪――
「……そっちも相変わらずハイテンションキャラなんだな」
少し冷静になった、ってか完璧に冷静になった。
考えてみたら俺、取り乱しすぎだな。冷静さを失ったらダメじゃないか。
……紫の光か、クロドの時もこれで……ふん。
――有り難な、レイン。
どういたしまして、と聞こえた気がする。気のせいかもしれないが、聞こえたと思っておこう。
「って、ミルはどうなった!?」
翼を形成し、宙に浮くとすぐさま下を見る。
すると、闇のディアルガがあの技を放とうとしていた。しかもミルは遠目でも解かるぐらい疲れている。
「畜生……ミルー!!」
出来るだけこちらに気を引くため、最高速度で降下していく。その速度は“高速移動”の約二倍だ。
「ミル……ミルーー!!」
「……――」
どうやらミルはこちらに気付いたらしい、闇のディアルガも少し止まっている。
これはチャンスだ!
「ミルッ!!」
「……もう、遅いよラルド」
――! ミルの声……ミルが言ったのか。
……ははっ、確かにその通りだ。時間の計算を間違え、雷に打たれて折角の降下距離も少なくなり、あまつさえレインに手を借りたんだもんな。非難されても仕方ない。
本当……この戦いは皆に手を貸してもらってばっかりだな。
「だから……せめてこの一撃だけは、絶対に当てる!!」
「グオオオォォォ!!」
遂に闇のディアルガがこちらに完全に気付き、顔をこちらに持ってくる。
あの技の色が本来より紅く染まっている、これも暴走の影響だろう。
「ゴアアアアァァァァアッ!!」
そして、その咆哮が――放たれた。
「! ……怖い、確かに怖いぜ、この技は。時間を巻き戻す程のだもんな」
それでも……それでも!
「打ち返してやるよ! この技は皆の想いが集まって出来た技と言っても過言じゃない!! 来いよ、闇のディアルガァッ!!」
今、俺が持てる最高の電撃を身に纏い、最高の速度で立ち向かう。
「これが……これが俺最強の技――“ライジングボルテッカー”ッ!!」
神々しい程の白と、凶悪な赤、それらが混ざり合った雷を身にまとった天使が、狂気に囚われた神に――
「グオオオオォォォ!!」
「うおおおおぉぉぉ!!」
“ライジングボルテッカー”と“時の咆哮”はぶつかり合い、五秒程、でも両者にとっては何分も続いたと思える競り合いに……決着がついた。
「グオォッ!?」
「これで……これで、終わりだぁーーー!!」
――鉄槌を下した。
次回「さよなら」