第七十三話 全解放
闇のディアルガの強さに諦めかかっていた俺、そんな俺をレインは荒治療で治し、そして――?
〜☆〜
……っ、意識が戻ったのか。
まだ視界がぼやけてるし、体も少し痛い……けど、さっきよりかは全然マシだ。
俺の中では時間経過が遅くなる、つまりミルはまだ――。
「こ、来ないで!」
「ギャオオゥッ!!」
闇のディアルガはミルに少しずつ近寄っていく、その威圧感や重圧≪プレッシャー≫は半端じゃない。
「怖い……でも、誓ったんだ、決めたんだ、ミルを……守るって!」
痛む体に鞭打って動かす、少々体がふらつくが関係ない。今は目の前に居るディアルガを退かせればいいんだ。
「この……ッ、ディアルガァァ!!」
「グルゥ!?」
「ら、ラルド!?」
二人とも、俺を見て驚く。当然だ、一分も経たないうちにあの技の直撃から立ち直ったのだから。
まぁ、回復してくれたレインも反動でしばらくは話しかけることすらできないって言ってたから、相当の重症だっただろう。
「有り難うな……“雷パンチ”!」
「グオオオォォ!!」
雷パンチを向ける俺に、闇のディアルガは“竜の波動”で対抗してくる。
「想定内だ……ッ」
電磁波を応用し、少しだけ宙に浮くと、見事にその技を避ける。
これは“電磁浮遊”という技の派生版みたいな感じだが、これもNとSの電磁波のお陰だ。
仕組みさえ理解すれば、電磁波同士の反発なんて、どのポケモンもできるはずだ。
「っと、“穴を掘る”」
地面に穴を掘り、そこへ逃げ込む。竜の息吹が放たれたからだ。
ついでに……次の攻撃の準備だ!
「グルル……ゥッ!?」
「引っ掛かったな!」
穴を掘るでディアルガの足元の穴を開ける、それでも大きい穴だから、こいつの足の大きさは尋常じゃないってことだ。
「暴雷を流し込む……“サンダーリバース”!!」
「ギャオオォッ!!」
足元からの攻撃に耐え切れず、思い切り脚を振り上げる、だが俺の策に嵌っている!
「三連雷撃弾“シース”!!」
「グギャァアア!!?」
自身が反撃できない程の連続攻撃にディアルガは成す術もなくやられる。俺の策に見事嵌ったって言う事だ。
そんな攻撃で、遂にディアルガが本気を出す。
「グ……グオオオオオォォォ!!」
体は紺色に染まり、体の模様は真っ赤に、より凶暴性が増す。これこそが――闇のディアルガ。
「ッ!!」
闇のディアルガは周りに小さな、でも俺達にとっては大きな岩を作り出す。そしてそれを――ミルに向かって投げつけた。
当然、こちらに来ると思っていた俺は反応も出来ずに後退してしまう。
「ミルッ!!」
「え? って、きゃああ!?」
さっきの威圧感とプレッシャーで少し混乱していたのだろう、守るも発動させなかった。
「間に合え!!」
俺自身の最高速度でミルの方へ向かう。
闇のディアルガが放った岩の正体は“原始の力”という技、ミルの安全は勿論の事だが、この技を当てると使用者の能力が上がる。
それだけは……避けたい!
「ひぃッ!」
「くそッ」
間に合わない、このままだったら……!
その時!
「どうせだったら……“シャインボール”!」
突如、ミルの周りに光の球が数十個現れ、全てが“原始の力”を阻む。
「い、一体……?」
「へ……?」
今のは……?
光で出来たシャドーボールみたいな感じだったな。
「よ、良かった……」
「……ミルもやっぱり成長してるんだな」
ミルが成長している事を、改めて感じる。それでも闇のディアルガには程遠いが。
「俺も……ミル、闇のディアルガの気を引いてくれ!」
「解かった! ……いくよ」
ミルの口元に光が集まると、収束していく。
それは輝やいていて、まるで“シャドーロアー”の正反対の技だ。
「“シャインロアー”ッ!!」
放たれた輝きの咆哮は、迷わず闇のディアルガに向かい――直撃する。
「グオッ!!」
が、闇のディアルガは少し振り払うような動作をしただけで怯みはしなかった。
でも……それだけでもナイスだ!
「俺の全身全霊を込めた一撃だ……味わって喰らえ!!」
左手を前に突き出し、俺の握りこぶしの三倍程の雷球を作り出して、右手で殴った。
「“電磁直線砲”!!」
その太い光線状の電磁砲は真っ直ぐ闇のディアルガへ向かい、そのまま直撃する。
だが、相手はドラゴンタイプ。幾ら威力が高いとはいえ、タイプ相性や異常な防御の前には何の意味も成さない。
……と思っていたが、何の意味も成さない事はなさそうだ。
「グ……グオオォ……」
痺れている……麻痺だ!
相手は神様だ、状態異常も直に治ると思う。となれば勝負はこの数秒……。
「全力の一撃だァッ!!」
闇のディアルガの脚の前へ移動し、手に雷を溜める。その大きさは暴雷並みだ。
「90……100%!!」
「ギャオオッ!!」
俺の技の溜めが終わるのと、麻痺状態が解けたのはほぼ同時だった――。
「今だ、“爆雷パンチ”!!」
雷パンチを何倍にも強化した――“爆雷パンチ”が闇のディアルガの脚を襲う。
連続攻撃でもないとたいしたダメージは期待できないが、この技なら……と思い、俺の中にある全電力を消費した一撃になった。
結果、電気はもうないが……それでも、これなら。
「! ラルド、危ない!!」
「何が……って、うわぁ!?」
倒したと思った、そうなれば幾ら歴戦の探検隊といえど一秒は油断する。
油断大敵とはよく言ったものだ、今の俺はそれを体現していた。
闇のディアルガが放った“破壊光線”があたりそうになったのだ。あ、危なかったな、おい……。
「これでもだめなのかよ、鬼畜神すぎる!」
「ほ、本当にどうすれば……ッ!?」
突如、足元の地面が罅割れる。それを逸早く察知したミルはラルドを突き飛ばし、守るを展開させる。
「――“大地の力”!?」
そして罅割れた場所から火が噴出す、“大地の力”という地面タイプの技なんだが、見てみたら明らかに炎タイプとしか思えない。
「……それでも、当たったら終わりだな」
地面タイプの中でも、恐らくこの技は威力は上位に入るだろう。
「おいおい、相手は即死攻撃持ちすぎだろ……それでも何故か負ける気はしないんだけどな」
「ラルド、来るよ!」
「グギュアアアァァ!!」
闇のディアルガも中々自分の攻撃が当たらない事にイラついているのか、相当お怒りのご様子だ。
……って、言ってる場合じゃないぞ!?
「あれって、時間を巻き戻した、あの攻撃だよね?」
「ああ、実際周りの時間が巻き戻ってやがる……でも、さっきとは違うぜ」
そう、さっきとは違う。
さっきの俺は、狂っていた。
何者かも解からない声に騙され、力を得たと勘違いした。
さっきの俺は、馬鹿だった。
こんなにも近くで、俺をずっと信じてくれていた人がいたというのに。
さっきの俺は、どうしようもない屑だった。
「だからこそ、この覚悟だけは。例え神だろうがなんだろうが、勝手に世界を絶望に染めようとしてる奴には、絶対に曲げない!」
口では言えてもどうしようか、と迷う。
だが……不思議な感覚だ、力がさっきとは違う、もっと別の所から溢れてくるような……温かいけど、なんか違う感じ。
「それでもミルを守れるなら、試してやろうじゃないか」
「ら、ラルド!? 前に出ちゃ危ないよ!!」
「大丈夫だよ、絶対に防いでやるから。約束だ」
念の為にピーピーマックスを飲んでっと……さ、来いよ糞神。俺がその……。
「俺がその腐った根性叩きなおしてやるよッ!!」
「グギュルアアアァァ!!」
今までの中では最大級の大きさの咆哮が俺を襲う。脅威だ、脅威すぎる。でも、何もしないよりかは遥かにマシだ!
「すぅ……解放、いや……全解放!!」
ふと脳内に浮かんできたこの言葉、何故かは解からない……いや、あいつだろうな。
……助けてくれてありがとな、感謝してるよ。
――なら、絶対に女を泣かせるなんて事しないでよ? このヘタレ――
「……有り難う、レイン」
闇のディアルガの咆哮が、俺を襲う――。
「ら、ラルドーーッ!!」
それと共に、ミルの声が当たりに響き――
「五月蝿い、ちょっとは自重してくれよ」
「え……?」
――それを、背中に羽が生えた天使が注意する。
「へ? え?」
「ミル、大丈夫だったか? ああ、俺が無事なんだから大丈夫に決まってるか……守って見せたぜ、約束は守る男だからな。俺は!」
どうやら、というかやはりミルは混乱していた。当たり前だ、あの技を防いだのだから。
まぁ、防御するだけで電気が全部消費されたのは言わないでおこう。
「ら、ラルド……良かったよぉ」
「え? ちょ、泣くなよ! ……まだ勝負は終わってないんだしな」
「グオオオォォォ!!」
幸せな時間を邪魔するように咆哮する闇のディアルガ、数分前まではそれが恐怖で仕方なかった。
でも今は違う、全然……とはいえないけど、そこまで怖くはない。
「さぁ、行くぜ。最終ラウンドの幕開けだ!!」
今にも崩壊しそうな“時限の塔”頂上。
そこでは、背中に白い翼を生やした、黄色い天使が叫んでいた――。
〜☆〜
「ラルド、“竜の息吹”が来るよ、広範囲で!」
「おう! よっと」
あれから俺達は少し戦法を変えた。
お世辞でも今のミルは闇のディアルガに戦うに当たっては弱いのだ、直に倒れそうで棄権だ。
だから……ミルの異常なまでの視力を使って、司令塔のような役割にした。
「しかも、っと、この翼が生えてからは飛べるようになったからな、おっと」
そう、全解放をした為か漏れ出した高電圧の電気が翼の形を形成して、しかもあまりの電圧に白く見えていたのだ。
それだけでもどれだけ強くなったか解かると言うのに、加えて飛べるときた。
これなら……全力で戦ったら、勝てる!
「“ボルテッカー”ッ!!」
「ギュアアアァァァ!!」
飛べるので地上じゃなくてもボルテッカーを使えるようになった。
その分、スピードが速すぎて使いこなすのが難しい……でも、良かった。
「グルルル……グオオオオオオ!!」
「ッ!? う、五月蝿……!!」
「お、大きすぎるよ……!」
この咆哮は要注意だ、俺は咄嗟に耳を塞いだから少しは軽減できたが、ミルはいきなりで防げなかったらしい、耳が痛いだろうな。
「グオオオッ!!」
「今度はこっち!?」
次に俺の方に向き、“波動弾”が数発放たれる。これを見ると……シルガを思い出す。
(! しまった、他の事で――)
避けることはこの距離では不可能、しかも波動弾は避けてもある程度の追尾性能がある。
「ぐっ!」
当然といえば当然だが、避ける事なんて不可能で……直撃する。
「痛ぇ……やりやがった、って、うわぁッ!?」
落ちた所を見計らったかのように、横なぎの“ドラゴンクロー”がクリーンヒットする。
「更に痛い、でも……やるしかない、か」
背中の翼を全力で羽ばたかせ、衝撃波を少し生むと地面に着地する。正直どこの漫画だよ、って言いたくなる。
「現実だからな……これが」
「ラルド、右から“切り裂く”来るよ!」
「おう!」
今更だけど飛べるって便利だよな、こういうのも楽に回避でき――
「グガアアアァァァ!!!」
「ッ!!」
不味い、本気で怒って狂いやがった!
事実、紺色や真っ赤とか、そういうレベルじゃ無いほど濃い。黒と血以上に赤い色だ。
「ら、ラルド、空、空見て!!」
「空……って、これはなしだろ……」
自身のエネルギー弾を空中へ放ち、隕石の如き速さで落下させて相手に当てるというドラゴンタイプでも最強クラスの威力の――“流星群”だ。
「あんな量、この翼で防ぎきれるのか?」
「解からないよ……でも、最低でも十五はあるよ」
いつの間に放ったのか……先程の“波動弾”の時か、もしくは咆哮の時か……。
「全解放をしても、勝てるのか。こいつに」
今の闇のディアルガは未来で見たときよりも不味い感じがする。時が止まる直前だからか?
「来るよラルド! “流星群”が!」
「ちっ、こっちも技で迎え撃つぞッ!!」
“シャインボール”や“電撃連波”、幾多の技を繰り出すも、やはり“流星群”は強すぎる。
残り五つが、止められなかった。
「しょうがない、翼で――」
……? 翼が、無い。
「まさか電気を使い果たしたのか!?」
こんな非常事態なのに、“超帯電≪ボルテックス≫”を忘れてた。
なんて馬鹿なんだ。
「どうする……ッ」
すぐそこまで迫っているので、今から充電をしても無意味だ。
畜生! 全解放状態でもこれかよ!
「“守る”」
「え」
横でミルが守るを発動させていた。
ふぅ、コレで安心……待て、これだけの流星群を受け切れるのか?
「うっ!」
「ミル!」
守るを展開していても後ずさる事もある。力不足なら破られる事もある。
なら俺にできる事はただ一つ。
「大丈夫か?」
「ラルド……押さえててくれるの?」
「当たり前だ、俺に出来る事はこれぐらいだからな」
「ラルド、有り難う」
「礼なら防ぎきった後に言え!!」
「うん。解かってる!」
五つの流星が守るに直撃する、がミルはこれを防ぎきった。
強い衝撃に耐え、罅が入ろうと力を抜くことなく、俺達は防ぎきった。
「うぐっ……」
「痛い……でも、こんなのでやられる訳には!」
最後の一つが消え去ると同時に守るが解かれる。
これだけでも結構な力を使っただろうな……現にミルは息切れが激しい。こうなったら……。
「ミル、ここで待っててくれ」
「ど、どうするつもりなの?」
「考えがある。でも耐え切られたらほとんど負けたと考えてもらってもいい。その為に、ミルを巻き込むわけにはいかないんだ」
「そ、そんなに凄い技なんだ……」
威力は解からないが、少なくともミルが考えているように凄い技ではない。
ただ――制御が出来ないと言うだけだ。
「じゃ、絶対に動くなよ」
「うん、ラルドを信じるよ」
これが決まらなかったら? もしミルに当たってしまったら? それ以前に全然違う方向へといってしまったら?
いや……これは賭けだ。無くなるとあれしかもうない。
「行くぞ……“ボルテッカー”!!」
「ぼ、“ボルテッカー”!?」
驚くだろうな、あれだけ言っといて出した技が“ボルテッカー”なんて。
ピーピーマックスも残り最後のを飲んで全回復した、ただ全解放時には超帯電≪ボルテックス≫が出来ないのに驚いた。
「一か八か、“ライトニングボルテッカー”!!」
「ガウゥッ!?」
ボルテッカーを纏った状態で周りの柱を蹴って蹴って加速させる。丁度ミルは俺が蹴る柱の外に居るので安心だ。
これ、柱の目の前で急停止して反対向いて蹴って……の流れだけでも非常に難しい。
「速すぎるんだよ、この技はッ!」
「グギュグアァァ!!」
闇のディアルガも必死に“竜の波動”を撃つが当たらない、もうちょっとこいつが賢かったら柱に攻撃して、っていう手もあったんだが……暴走状態で助かった!
「おらあああぁぁぁッ!!」
「グ――ッ!?」
そして、高速のボルテッカー、“ライトニングボルテッカー”が闇のディアルガに直撃する!
闇のディアルガは怒りの声を上げる前に、悲鳴の声を上げる前に攻撃されたので声にすらならない。強力な技だ。
「う゛っ、ごふぅ……はぁ、はぁ」
「ち、血!?」
その速さは音速と言ってもいい。普通に音速の速さで攻撃する“マッハパンチ”という技がある。でもそれは体への負担が少ない、何故ならスピードが上昇するに連れて威力も低くなっていくからだ。
だが“ライトニングボルテッカー”は違う。
音速の速さで地を駆け、翼を使い、飛んだ後もそれは維持される。
速さと威力はほとんど同じだ、速ければ速いほど威力も少しずつ上昇していく、“マッハパンチ”はポケモンにも人間にもあるリミッターというものが邪魔をしているのだ。
「大、丈夫だ。体が慣れてない、だけ……ッ」
だがラルドは全解放状態、解放だけでもリミッターを解除するのに、この状態では限界以上の力を出せる。
だから威力、速さに比例して体も壊れていくのだ。
「や、闇の……ディアルガは、どうなって、るんだ?」
「……まだ倒れてくれないらしいよ」
「ッ、そうか」
顔を上げると“ライトニングボルテッカー”が当たった場所だけ焦げている闇のディアルガがいた。その表情は苦痛に満ちている。
可笑しいぐらいの強さだな、おい。
「……しょうがないよな、これは」
正真正銘、最後の賭けが俺にはまだある。
でも成功すれば……いや、決めたじゃないか。死んでもミルは守ってみせるって。
「そうと決まれば、ミル。時間稼ぎをしてくれ」
「そうと決まれば、って、何か案があるの?」
「ああ、正真正銘、最後の賭けがな」
「ほ、本当に!? さっきのでも凄かったのに、まだ何かあるの!?」
「本当だ、だからミル。三分。三分持ちこたえてくれないか?」
「う、うん! ……けど」
ミルは前を見る。そう、さっきまでなら何とかいけたかもしれない。でも……今のこいつはハッキリ言って化け物だ。
「全身が奇妙なまでに黒いし、血以上に真っ赤だし……怖いよ」
「ああ、それでも、お願いだ。逃げ回るだけでもいい。三分持ちこたえてくれれば……ミル、お願いだ!」
「……本当に、三分だけ?」
「嘘はつかない」
「もう……解かったよ、三分だけなら頑張れる」
そういうとオボンの実を口に入れる。ピーピーマックスは残念ながら無い。
「ミル、絶対に死なないでくれよ」
「私は死なないよ、ラルドが悲しむもん。ショックで倒れちゃったらダメだしね!」
「……本当に、有り難う」
俺はミルが死なないように願うと、空へと羽ばたく。スピードは結構速いと思う。
「……死なないでね、ラルド」
この言葉で、俺の胸が強く締め付けられたのは言うまでも無かった。
「……ッ、ああ!!」
でも、ミルを安心させるために返事をする。
断言する、この技では死なない! 死んでたまるか!
「さてと、闇のディアルガ……ちょっと私に付き合ってね」
「グオオオオオォォォォ!!!!」
その雄叫びは、ミルは勿論、ラルドまで聞こえたと言う――。
次回「最後の一撃」