第七十一話 積み重なる絶望
ただ口元に現れて溜めていただけで周りの時間を巻き戻すというディアルガ最強の“時の咆哮”を二人はまともに喰らい――?
〜☆〜
「グルルルル……グオッ!!」
ただ何もせず、ずっとこちらを見つめる闇のディアルガ、哀れんでいるのか?
いや、暴走してるからそのはずはないよな……。
「痛ッ……動けねぇや」
ミルは再起不能、とまではいかないがとても動ける状態ではない。
……どうする? どうしたらこの場を切り抜けられる?
「グオオオォォ!」
そうしている内、ディアルガの口元から紫色の光が漏れる、恐らく“竜の息吹”だろう。広範囲に放つのか光線≪ビーム≫にして放つかは知らないが――直撃すれば、そこには死が待っている。
「でも、体が動かないんだよな……力が湧いてくる感触は、あるのに」
幾ら力があろうと、幾ら無尽蔵ともいえる電力を持とうと、体が動かなければ意味がない。脳からの指令を体がキャッチして技やパンチを繰り出すのだから、脳が働いても体が壊れてるのなら無意味だ。
「……段々、光が強くなってる」
どうやら俺達を消すつもりらしい、そうじゃなきゃとっくに俺達はやられている。
さて、どうしたものか……どうすれば、切り抜けられる? ミルを死なさずに済む?
俺が死んでもいいがミルはダメだ、まだ希望、未来がある。
その点、俺は世界を救うと死ぬんだ。ならいっその事……。
「死のうが、死ぬまいが関係ねぇ」
俺は動けなくなるまで、こいつと……闇のディアルガと戦う!
「グオオォォォ!!」
「来いよ、打ち返してやるよ!!」
ディアルガが口を閉じる、後少しで発射する合図だ。
同時に俺はピーピーマックスとオレンの実を齧り、飲む。
次の瞬間、広範囲で高威力の“竜の息吹”が放たれる。
それを防ぐべく、俺は最大級の“暴雷”を撃つ!
「おおおおぉぉぉォ!!!」
「グオオオオォォォ!!!」
雷と息吹の衝突、それは直撃すればユーレでも直に倒れるだろう。それぐらいの強さの技が衝突している。
「痛ッ――!?」
「ギャオッ!?」
双方の技はお互いに相殺しあい、相殺し切れなかった衝撃には当たる。
だが衝撃と言ってもディアルガの防御力は恐ろしい、今も少しのダメージしか通らなかっただろう。
一方、ピカチュウである俺はどうだ? 無残にも地べたに這い蹲っている。
「はぁ、はぁ」
更に決定的な違いは体力だ、こちらは少ない、オレンの実を食べて相殺しきれなかったあまりの衝撃を受けただけでもこのざまだ。
だがあちらは違う、まだ体力的に余裕だ。
認めない……理不尽すぎる、こんなの。
「力が……抜けていく」
湧き上がっていた力も抜けていく、絶望と言う言葉がふと思い浮かぶ。
「グォ……グオオオオ!!」
「五月蝿い!」
又も咆哮するディアルガ、こちらは精神的にやられている、頭もまともに動かない。
「……足掻け、喚け、這い蹲れ、か。いいぜ、やってやるよ」
最後の賭けだ、これでも無理だったら諦めるしかない。
「皆が託してくれた時の歯車……何があっても、あの窪みにはめてみせる」
あの時、俺が気を引くからミルは時の歯車をはめてくれ、とか言ってたらこんな事にならなかったか? ……ないな。
「……俺は認めないぜ、どれだけ攻撃しても、死ぬ思いで戦ってるのに遊ばれている様な、この感じ」
動かないはずの手を、足を、体を動かして起き上がる。今の俺はそうなっているんだろう、傷だらけなのか? ……それでも、未来世界を生きてきたレインやシルガやリードに比べりゃ……生易しいだろうな。
「俺は……認めねぇ! そんな理不尽な強さなんて! なにが神だ、自らが守護する塔が崩れたら自分も崩壊するのか? 世界を絶望色に染め上げるのか!?」
認めない、皆が守ろうとした世界を壊されるなんて。
認めない、ここまで頑張ってきたシルガ達の苦労を水の泡にするなんて。
認めない、俺の大切な者を……殺されるなんて。
全部俺が悪い、俺が非力なせいだ。
だから……非力でも、なんとしてでもミルだけは守り抜く!
「俺は……認めないッ!!」
ディアルガ、お前をッ!!
――まぁ、ギリギリ合格かな?――
レインか、何だよ合格って。
――まぁ、頑張りなよ。私はいつでもあんたを応援してるから――
ああ、有り難うな……じゃあな、レイン。
そして俺の意識は、黄色いオーラを纏うと共に――闇の中へと消えていった。
〜☆〜
あれから数十分、俺は戦い続けた。
殴り続け、けり続け、撃ち続け……とにかく、狂ったように戦っていた。
ドラゴンクローをまともに食らっても、竜の息吹を少し食らっても、尚戦っていた。
だが、そんな戦い方では限界も来る。
「がはッ!?」
破壊光線が――威力は少し弱めたが――直撃した。
「解放してても痛ぇ、どれだけ強いんだよ……!」
「グルルル……」
俺はディアルガを睨みつける、だが一方のディアルガはそんなもの気にせずに唸る、それだけでも恐怖だ。
ミルはまだ気を失っている、いい加減起きて逃げて欲しい。
「ガオォオオ!!」
「なんで止めを刺さない……? そうか、反動で」
破壊光線、強力というメリットと同時にデメリットもある。そのデメリットとは……反動が来る事。
「今のうちに……バッグから何か出さないと……!」
「グルルル……ギャアオ!!」
! 反動が解かれた……時間はもうない!
「まだだ……まだ動ける」
バッグから種をいくつか取り出すと、その全てをありったけの力を込めて投げつけた。
そして、その種は――。
「ガオ……ギャオンッ!?」
ディアルガの眼前で炸裂する。
それは幾つも用意していた最終兵器、“爆裂の種”だった。
最終兵器とまではいかないかもしれないが、怯ませるのには丁度良い。
「はぁ、はぁ……動ける……!」
解放は回復までも強化するらしい、直撃したと言うのにもう動ける。これも相殺していたお陰か、あの時の自分、ナイス!
「ぐっ……」
だが、所詮はこんな体だ。回復しようがそれは体力、肉体は回復していない。
腕は? 足は? 顔は? ……全て、動かせなかった。
「そん……な……ッ!?」
動け動け動け動け動け! 俺の体、動けよ! 動いてくれよ!!
「ギャオオォォォ!!」
怯んでいたのに、復活してしまう。絶望的な状況だ……どうする事も出来ない。
ははっ……後は頼んだ、ミル。
「グウウゥゥウ……ギャオウッ!?」
口内に赤と紫の色をした球状の波動、“竜の波動”を溜めているディアルガを。
――突然、黒い光線が襲う。
突然の攻撃、所謂不意打ちに防御もとれずにディアルガは初めて倒れる。その時に起こった振動は大きな物だった。
「この技は……まさか」
俺は顔を動かし、後ろを見る。これだけでも体力を消費するがどうしても見なければならなかった。
だって、そこには。
「大丈夫、ラルド!?」
俺が守り抜こうと思った人物、そう。
ミルが、いたからだ。
危なかった……本気で死ぬかと思った。
ミルだけは守り通すって決めてたのに諦めるなんて……ははっ、とんだ弱虫だ。
でも起きたんだな……良かった。
「まさか、解放でも勝てないなんて……!」
「ラルド、大丈夫!?」
解放でも勝てないと嘆いている時にミルが駆け寄ってくる、こうなったらもう……作戦はあれしかない。
「大丈夫? ほら、オボンの実だよ!」
「有り難うな……ミル」
でも、情けないな。守ると言っておきながら、結局は守られているのはこっちじゃないか。
言った事もまともに実現できないなんて……俺はなんて弱いんだ。
だが、今からは違う。
「……ミル、ピーピーマックスを二つ飲め」
「え?」
「エネルギー全回復、それからの全力の一撃……解放してても手ごたえを感じない、もうそれしか道はない」
「確かにそうだね、でも効くのかな?」
「諦めたら終わりなんだ、いや、諦められないんだ」
言った事は守り通す、ミルは絶対に守り抜く……でも、それ以前に世界を救わなければいけない。
「救わなきゃ……いけないんだ」
ピーピーマックスを二つ飲むと、再び超帯電≪ボルテックス≫を発動する。これで電気は十分だ。
ミルも傍らでピーピーマックスを飲み、オレンの実を食べている。
「準備は十分だな?」
「うん、怖いけど、大丈夫」
「ああ……じゃあ、これを」
「これって……猛撃の種?」
猛撃の種、効果は攻撃と特攻を大幅に上げる強力な種だ。
その分、効果は短いので注意しよう。ざっと一分だ。
「いくぜ……渾身の一撃だ!」
ディアルガが俺たちに向かって咆哮する、だが声の大きさは耳を塞ぐほどではない。
これなら……いける!
「“ボルテッカー”ァッ!!」
「“シャドーロアー”ッ!!」
雷撃の突進と大きな黒い光線がディアルガに向けて放たれる。
どこに当てるつもりかは知らない、ただ当てるだけで精一杯だった。
そして、当たった場所は――胸の宝石の部分だった。
「ギャオオオォォォオオ!!?」
これまでで一番、最大級の悲鳴を上げた後――辺り一面が激しい閃光に包まれた。
それと同時に爆音が辺りに響き渡り、物理攻撃だったラルドは大きく吹き飛ばされ、ミルも少し吹き飛ばされる。
「やった……のか?」
「解からないけど……あの悲鳴なら、多分」
あの声は普通の咆哮より数倍大きかった、耳がいまだにキーン、とする。これなら……。
期待を膨らませ、ディアルガがいた部分に舞っていた煙も段々と晴れていき、出てきた物は……
「嘘……!」
「嘘……だろ?」
紫だった部分は紺色になっていて、赤かった部分は血の様に真っ赤になり、胸の宝石も同様で真っ赤に染まり、目が血走ったように、まるで目の前にあるもの全てを壊す事しか考えられなったような……狂気に包まれた目。
「そ、そんな、こんなのって……ないよ……!」
「畜生、ここ、までなのか……!?」
闇のディアルガが大地をその足で強く踏み、咆哮した時。俺達はなにも感じることが出来なかった――。
次回「それが俺の大事な物だから」