3話 シャイニ王国見聞録
僕たちが歩き始めてから20分ほどで、城下町の中でも最も活気があるという、西広場へ着いた。
シャイニ王国は円を描いたような形で、王宮は南西に建てられている。そしてその周辺に広がる城下町には東西南北、計4つの広場があり、王宮に1番近い西広場周辺は商業がとても盛んらしい。
ちなみに、シャイニ王国は大まかに4つのエリアに分かれ、城と城下町があり、王族や貴族も多く住む南西エリア、畑が広がり、自然溢れる南東エリア、大きな湖を持ち、水車などを利用した産業が特徴の北東エリア、住宅地が多い北西エリアがあるそうだ。
円形の大きな広場の中心には噴水がある。広場を取り囲むようにレンガの敷かれた通路が伸び、その脇にはさまざまな店が並んでいる。道ゆくポケモンの数も多く、思わずめまいを起こしてしまいそうだ。
「ここが西広場!とっても賑やかで素敵でしょ?」
シュガーさんが青い帽子を目深に被りながら言う。シュガーさんはこの国のお姫様なので、国民に顔が知れ渡っている。高貴な身分の彼女が城下町をウロウロしていると知られれば、面倒ごとは避けられないので、服装を変えて、少しでもバレる可能性を下げている、らしい。普段と違って目元まで帽子で隠し、麻布でできた安価なケープを羽織っていても、彼女は目立つ気がするけど。
「それにしても、今日はやけに賑わっているような…」
「あら、ジェダは知らないの?今日は旅芸人がこの西広場にやってくるのよ?」
不思議そうなジェダさんの呟きに被せるように、大きな花を頭に乗せた、緑のドレスをまとったポケモンが説明する。…ん?
「あ、あれ?あなたは誰、ですか?」
僕はごく自然に現れた謎のポケモンに戸惑う。と、そんな僕を見てくすくすと上品に小さく笑いながら、彼女は自己紹介した。
「驚いた?私はドレディアのサフィーユ・ハープベル。南西エリアに住んでるの」
「ハープベル家の令嬢ともあろう者が、こんな場所をほっつき歩いていて良いのか?」
南西エリアに住んでいる…立ち振る舞いからしても、おそらく貴族なのだろう。
ジェダさんがやや呆れた表情で問うと、サフィーユさんは橙の瞳でちらり、とシュガーさんを見てから言った。
「別に、ちょっとくらいなら許してもらえるわ。それに、お姫様は出歩いて良いのにお嬢様はダメなんて、おかしいでしょう?」
「あー…。やっぱりバレてたよね」
あはは、と苦笑いしながらシュガーさんが呟く。二匹は面識があるようで、あっさりと正体がバレてしまった。やはり彼女は目立つし、存在感があるというか、人目を引くというか…。
「姫君は遊びではなく、保護した者に国内を案内しているだけだ。一緒にするな」
「案内?…そう言えば貴方、見ない顔ね。何処から来たの?」
今度は僕の方を不思議そうに、まじまじと見つめるサフィーユさん。雫型の瞳に困ったような顔のグレイシアが映り込む。
流石に城外までは僕の噂は広まっていないみたいだ。まあ、時間の問題かもしれないが。
「僕はグレイシアのソルトです。昨夜の吹雪で遭難し、行き倒れていたところをシュガーさんに救って頂いた国外の者です」
国外の者、というワードを聞くなり、サフィーユさんはえっ!と声を上げる。行き交うポケモンたちの目を引いてしまった気もするが、そんなのお構いなしで彼女は問いかける。
「え、国外から来たの!?ほんと!?この国の外って、どんな感じなの?」
「え、え」
「あ、私に対しては別に敬語じゃなくていいから!兎に角、外の世界の話を…」
「…サフィ。ソルトを困らせるなよ」
質問を矢継ぎ早にぶつけられ、たじたじになった僕を見かねてか、ジェダさんがストップをかける。…というかジェダさん、サフィーユさんには結構砕けた口調だな…。
目をキラキラさせながら好奇心の赴くままに尋ねてきたサフィーユさんは少し残念そうにしながらも、ジェダさんの言うことを聞いた。
「ご、ごめんなさいねソルト…。でも、出来たら外の話、聞かせてね」
「はい。…じゃない。わかった、サフィーユ」
「ソルト。私にはどうしてそーゆー口調で話せないの?」
堅苦しい口調を改善すべく、第一歩を踏みだした自分をちょっと褒めたい。…と思う間もなく、シュガーさんが口を挟む。やや不満を含んだ声音だったような…。
どんっ!
「痛っ」
「あ、す、すみません」
突然、肩に鈍い痛みが走る。反射的に声を出すと、すぐに謝罪が返ってきた。声の主は朱色の頭に小さな鶏冠が生えていて、薄い水色の翼を忙しなく動かしながらも、ぺこっと頭を下げ、謝罪しながら去っていった。後で聞いたが、黒くて大きな尾羽がおしゃれなあのポケモンの種族はヒノヤコマというらしい。やはりこの国には自分が知らないポケモンがたくさん住んでいるんだなあ。
それにしても、彼はなぜあんなに焦っていたのだろう?と思い、辺りを見回すと、すぐにその答えが分かった。サフィーユさんが言っていた、旅芸人がショーを始めようとしていたのだ。
「ねえみんな、せっかくだし、ショーを見ていきましょ!」
「いいわね、サフィーユ!私も勿論見たいわ!」
女子二匹がキャッキャとはしゃいでいるのだから、これは止める訳にはいかない。そもそも止める必要もないし、少し寄り道してしまおう。
…まあ、僕も内心、ワクワクしていたけど。封星氷穴も、その上に広がるホワイト雪原も、娯楽の乏しい場所だからね。
そして、大勢のポケモンが集まっている、広場のど真ん中目掛けて、僕たちは走り出した。
ここに暮らすポケモンたちは実に穏やかなもので、ひょこっと現れた僕たちもショーがよく見えるよう、大柄なポケモンが良い位置を譲ってくれた。そのおかげで、小柄な種族のポケモンたちも不満なく、ショーを楽しみにしながら談笑していた。
「皆さま、本日は私、チェレッタのショーにお集まりいただき、ありがとうございます。これより、あなた方を不可思議な世界へお連れいたしましょう」
半円を描くように集まったポケモンたちの中心に置かれた、木製の台の上に佇む一匹のポケモンが、よく通る声で呼びかけた。そのポケモンはマスカーニャというらしく、淡い緑色のネコのような姿で、黒い仮面で顔が隠されていて、ミステリアスな印象だった。
チェレッタさんが現れるや否や、キャアア!と歓声が湧き上がる。主に年若い少女たちの黄色い悲鳴だ。思わずさっと耳を塞ぐ。
そんな歓声にも動じず、というか最早慣れているのか、チェレッタさんは平然としながら続ける。
「まずは、今回のショーの助手を探したいのですが…」
そう言って彼が辺りを見回すと、数多くのポケモンたちが目を輝かせ、自分が選ばれたいという態度を隠しもせずに視線を向ける。うーん、と唸り、少ししてから、チェレッタさんはある一点を指し示した。
「それでは、そこの雪色のポケモン…菱形模様が特徴的な君にお願いしようか」
…そういって、こちらを指差している。雪色で、菱形模様のポケモン。…ああ、僕が選ばれたのか。
いいなー、羨ましい。決して口には出さずとも、そう確かに訴える瞳が僕に向けられる。極力目立たず静かに生きたい人生ならぬポケ生だったな…。なんて落胆しながらも、渋々と台に向かう。
「君、名前は何ていうのかな?」
「…僕はグレイシアのソルトです」
「なるほど…では、ソルト君。君もステージに上がりたまえ」
小さな階段を登り、台…もとい、ステージに上がる。こじんまりとしたステージだが、それとは不釣り合いなほどに、多くのポケモンたちが台を取り囲んでいる。
さて、と呟く声が聞こえたような気がした。僕がステージに上がると、それが合図だったのか、チェレッタさんは大きく両手を開いた。
「それでは、改めまして…旅芸人チェレッタのショーの開演です!」
◆
「…やっぱり、か」
ブロンドの髪を揺らしながら、そのニンゲンは呟いた。やや薄暗い室内で、怪しく揺らめく赤い炎が灯ったランプに、彼の顔がぼんやりと映っている。
彼はどうやら、古くて分厚い本を読んでいるようだ。黄ばんだページに印刷された文字はかなり霞んでいる上に、どんな地域のものかサッパリ分からない言語で書かれている。タイトルに関しては、赤黒いインクらしきもので完全に塗りつぶされている。
本のページをめくる乾いた音がやけに大きく聞こえるくらい静まった部屋の中で、彼はうーん、と唸り声を上げる。
「何か分かったか、主」
「…いやぁ、全然駄目だね。この本の内容は確認したけど、『黒の夜』に関する記述はない。あの国の調査隊も、結局は上からの圧力に負けた意気地なしだったんだね」
ニンゲンのことを主と呼んだのは、一匹のポケモンだった。ふよふよと宙を漂いながら移動する、黄金色の金属っぽい身体のポケモンで、紫色の目をもっている。
少しイライラとした口調で語るニンゲンに対して、そのポケモンは言う。
「お前は自分の身分を忘れたのか?なかなか皮肉のきいたことを言うじゃないか」
「う…。まあ、僕が言えた立場じゃない、か」
痛いところを突かれたようで、彼はむむ、と顔を顰めた。青白い肌に添えられた蒼い瞳が、暗い室内の僅かな光を集めて澄んだ輝きを纏っている。
こほん、とわざとらしく咳払いをして、ニンゲンは続けた。
「まあ、僕たちがあの日以来、ずっと追っていた物が急に見つかる訳ないしね。仕方ない仕方ない」
「それもそうだが…。星の巡りと照らし合わせると、そう遠くない内に、『黒の夜』が繰り返される筈だ。あまり猶予は無いぞ」
呆れつつも、ポケモンが答える。その言葉を聞いて、ニンゲンはまた難しい顔に逆戻りした。
彼はひとまず本を閉じ、その辺に積み上げられている本のタワーに、ポイ、と先ほど読んでいた物を加えた。一応、この部屋の壁には沢山の本棚が並んでいるのだが、乱雑に置かれている本を見る限り、部屋の主はかなりズボラなのだろう。
そしてぐぐっと伸びをして、小さくあくびする。随分根をつめていたのだろうか。目の下には薄くクマが浮かんでいる。
コンコンコン。控えめなノックが部屋に響く。一人と一匹は同時にドアへと視線を向けた。
「フォギー、入るよー。って、うわぁ。」
入ってきたのは大きな耳を持つ、黄色と橙色の毛並みのキツネの様なポケモン。尻尾に刺した木の枝は空色のリボンで彩りが追加されている。
彼女はニンゲンにじとりとした視線を向ける。フォギーと呼ばれた彼はそっと目を逸らす。
「あのさぁ…。この部屋、ちょっと前にアタシが片付けたよね?なんでまた汚部屋に逆戻りしてんの?」
「あははは」
「何笑ってんのよ!とっとと片付けるわよ!」
「主は相変わらずだな…」
2匹に呆れられながら、彼は積み上げられた本を整理しようと、側にあった一冊の本を適当に手に取った。
「…いつまで、なのかな」
「ん?何か言った?」
ぼそっと呟いた一言は、狐に似たポケモンには聞こえなかったようだ。大きな耳に言葉が拾われなかったことに少し安堵しつつ、彼は何でもないと誤魔化す。
「……」
無機質なポケモンは聞こえていたのか、敢えて無視しているのか。ただ無言で宙に浮かんでいた。
「それより、さっさと掃除するわよ!アタシはこっちやるからフォギーはその辺ね!」
「うー、面倒だなぁ」
嫌そうな顔をしつつも、ニンゲンは手に持っていた本を棚に仕舞う。この工程をあと何回やれば良いのやら…。彼は床に散らばる本たちを見て、それを推測するのはやめた。
ふと、本棚から少し離れた場所にホコリ被った本があるのを見つけた。あれはさっさと綺麗にしておこうと思ったようで、ニンゲンはその本を拾い上げ、ホコリを払った。
「…ホント、こんなことしてる場合じゃないんだけどね」
薄く積もったホコリの下から顔を覗かせたタイトルを見て、彼は小さく呟いた。今度の言の葉は、間違いなく誰にも聞かれていないだろう。
その本には、掠れた文字でこう書いてあった。__W雪原の王国の記録Wと。
◆
ショーというのは、こんなにも驚きの連続が目の前で繰り広げられるものなのか。
何の変哲もない帽子からきのみが出て来たり、水晶玉をハンカチで覆って、そのハンカチを取ると忽然と水晶玉が消えてしまったり、頭の中で思い浮かべた数字を、念じるだけで当てられたり。衝撃的で華やかな演目が、観客を飽きさせない。
でも、どんなことだっていつか終わりが来る。
「それでは、名残惜しいですが…次の演目で、今回のショーは終わりとさせていただきます」
ええー、と観客たちの残念そうな声が聞こえる。正直、僕もちょっと残念に思う。こんなに不思議な体験は初めてだし。
「それでは、ソルト君。この花を凍らせてくれるかい?」
唐突な発言に、僕を含めた大勢のポケモンたちはえっ、と表情をこわばらせる。彼が言葉とともに差し出してきたのは、一輪の赤い花。燃えるような鮮やかな花弁が美しいソレを、氷漬けにしろと。目の前のポケモンは平然と言ってのけたのだ。
「え、ええと…」
「良いから良いから。ね?」
にこっと微笑みかけながら、花を押し付けるように僕に渡す。困惑しながら受け取ると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。色だけでなく、匂いまでポケモンを魅了することに特化した花を凍らせる…。これは、ショーに必要な準備なのか。
突っ立っていても始まらない。僕は心の中で花に謝りつつ、技を準備する。周囲の気温が低下し、冷気が当たりに充満する。
「…『フリーズドライ』!」
対象から水分を奪い、氷漬けにする氷タイプの技を放つ。みるみる内に手の中の花は凍りつき、じんわりと冷気をまとった。
僕は「どうぞ」と凍った花をチェレッタさんに手渡す。
彼はひえっひえの花を右手に持って、観客に呼びかけた。
「せっかくの美しい花が、氷漬け…とても残念ですね。しかし、もう一度、この花の美麗さを目に焼き付けたいという方のために、今から私がこの花を生き返らせましょう!」
そう高々と宣言して、チェレッタさんは花を掴む。乾いた音とともに、氷漬けの花はバラバラに崩れてしまった。…はず、なんだけど。
崩れた花は風に乗って何処かへ運ばれてしまうと思いきや、破片は瞬く間に色とりどりのシャボン玉に変身し、ふわりふわりと楽しげに漂い始めたのだ。その光景を見ていた沢山の驚き顔がシャボン玉に映り込む。
続いて、チェレッタさんはパチン、と指を鳴らす。すると一斉にシャボン玉たちが弾け、中から花が飛び出してきた!赤だけでなく、橙や白など、様々な花を見て、観客は一斉に拍手をする。
歓声と拍手の嵐に包まれながら、チェレッタさんはこちらを見、手を差し出した。
「ありがとう、ソルト君。ショーが成功したのは君のおかげだよ」
握手をするかのように伸ばされた手を握り返そうと、僕も手を伸ばす。
ポンッ!
突然、チェレッタさんは右手を丸めて握り、パッと開くとそこには、先ほどまでなかった筈の花束が乗せられていた。驚いて目をパチクリさせていると、彼はイタズラっぽく笑い、花束を僕に渡してから改めて、握手を交わした。より一層強まった歓声と拍手の音に包まれながら。
◆
ガヤガヤ、ザワザワ
まだショーの熱は冷め切らないようで、ポケモンたちは興奮気味に語り合いながら、散り散りになって広場を離れていった。
僕は、そんな中、その場に留まっていたシュガーさん、ジェダさん、そしてサフィーユの元に駆けていった。
「凄かったわね、チェレッタのショー!流石よね!」
「うんうん、ビックリしちゃった!王宮でも噂は耳にしたけど、確かにこれは噂になるのも納得ね!」
サフィーユは相変わらず、ハキハキと早口気味に語る。シュガーさんも一応、お忍びで来てるはずだけどそんなのお構いなしでペラペラと喋る。もうちょっと声のボリュームを抑えるべきじゃないかな…。多分、言っても無駄だけどね。
ウキウキな女子二匹を見て、ジェダさんと顔を合わせて苦笑いしてしまう僕らの背後から、よく通る凛々しい声が降ってきた。
「おや?シャイニ王国の現王女とハープベル家の令嬢がご一緒にいらっしゃるとは。何があったのだい?」
ハッとして振り返ると、そこには白い、鳥のようなポケモンが立っていた。緑色の、植物のような盾と大剣を背負っていて、強い眼光を持つナイトのような彼は、胸元に花をモチーフにした勲章を付けている。
「あら、リニテット。貴方こそ、こんな場所で一体何を?」
「私はこの辺りに少し、用がありましたので。その帰りです」
「…ノーメイズ家の件ですか?」
「はい。と、言ってもあの方々が私の話に聞く耳を持つ訳ないのですが」
ジェダさんは何か知っているのか、彼の話についていけているみたいだ。だけど僕はそもそも、リニテット?さんが誰なのかもわからないし、説明して…。
「彼はリニテット・ラソーン。ネギガナイトって種族で、この王国の騎士団団長なのよ」
「それにしても、ノーメイズ家に用…?なんなのでしょう?」
シュガーさんは耳打ちするようにこそっと教えてくれた。騎士団の団長…確かに貫禄があるし、強そうだなあ。
そしてサフィーユはジェダさんと違って事情を知らないようで、クエスチョンマークが頭上に浮かんでいる。
ノーメイズ家って何…?いや、僕がわざわざ首突っ込む理由は無いし、知らなくて良いかもしれないけど。
「ご機嫌よう、ラソーン家の勇猛なる騎士様。私はこちらの新たな国民…ソルトさんに、国内をご案内していたところです」
スッとこんな言葉が出てくる辺り、やはり彼女は王女なのだと実感させられる。穏やかな笑みを讃え、柔らかい声音で語るシュガーさん。オーラに圧倒されてか、誰も声を出せなかった。
「ふむ。そういえば今朝、国外からの来訪者がいると聞いたな。フウセイヒョウケツとやらから来たという…それが君なのか」
コクリと頷くと、リニテットさんはなるほどと呟き、納得したような表情に変化する。
「ならば、そろそろ戻った方が良いだろう。我が王は心配性だからな。王女様がなかなか帰ってこないと取り乱すかもしれない。私も城に向かうところだ、共に帰るとしよう。護衛がジェダだけでは心細かろう?」
「…別に、俺一匹で十分だと思うんですが。近頃、平和ですし」
リニテットさんの言葉にやや不満そうに応えるジェダさん。彼も強いのは間違いないけど、騎士団の団長ともなれば、別格なんだろうな。
「まあ、リニテットさんも一緒なのね!楽しそうだわ!」
能天気に喜ぶサフィーユ。…あれ?サフィーユはこの辺に住んでるんだから、僕たちには着いてこないと思うけど…。
「いやお前、俺たちに着いて来ないだろう。何喜んでいるんだ」
「ジェダさん…何もそこまでハッキリおっしゃらなくても…」
ズバッと言うジェダさん。彼に言われてようやく大事なことに気づいたようで、サフィーユさんはハッとした。
「ま、代わりにジェダが家まで送ってくれるだろう。任せたぞ。…ちなみに団長命令だから拒否権は無い」
「パワハラで訴えますよ。…はあ、取り敢えず、そろそろ帰るぞ、サフィ」
「も、もう少しだけお話させて、ジェダ!」
「おやおや。楽しそうですね、皆様」
賑わっているところににゅっと現れたのはチェレッタさん。彼の出現は予想外だったようで、その場の全員が一瞬、動きを止めた。
そんなことはお構いなしで彼は話しかけてくる。
「おや?どうかなさいましたか?まるで幽霊でも見たみたいに固まって」
「び、びっくりしたわ…神出鬼没な男なのかしら?貴方って」
なんとか絞り出すように、サフィーユが問いかける。旅芸人だし、何処からともなくあらわれるのはイメージに合うといえば合うけど、心臓に悪いよね…。
当の本ポケはキョトンとしている。驚かせた自覚がないのかと思いきや、そうではなく。
「…男?私はメスなのですが」
「……え?」
いきなりお出しされた爆弾発言で、またもや場が凍りつく。
え…あんなに少女たちにきゃーきゃー言われてたのに…?
「よく間違われるんですよね。チェレッタは正真正銘、メスです。ヨズイラ家の一匹娘ですから」
衝撃的な事実を聞かされ、困惑中の僕たちにペラペラと話す。顔立ちや声の感じ、立ち振る舞いからオスだとばかり思っていたよ…。でもたしかに、チェレッタ自身がオスだとは一言も言ってないな…。
「それにしても、お城へ向かうのですね。私もいつか、王宮でショーを披露したいものです」
「チェレッタさんの腕前なら、そう遠くない内に叶うと思います。頑張ってください!」
シュガーさんに激励の言葉を贈られ、少し照れたように視線を逸らしてから、チェレッタさんは何かを思い出したように手を叩いた。
「あ、私、この後用事がありました。すみませんがこの辺でさようなら、ですね」
そして手を振り、ショーに使った小道具などを詰めたカバンを抱えて足早に去って行く。その後ろ姿を見送ると、僕たちは王宮へ、サフィーユたちはハープベル家の屋敷へと向かって歩き始めた。
気がつくと、空はやや朱色を帯び、街並みは西陽に照らされていた。
暖かな光に包まれて、色彩に囲まれて。幸せそうなポケモンたちが道をゆく。外に広がる雪原と違い過ぎて、夢なのではと錯覚してしまいそうだ。…本当の自分は、まだ吹雪の中を彷徨っているんじゃないか、と。そう思ってしまう。
「ねえ、ソルト。この国のこと、どう思う?」
シュガーさんが、控えめに問いかける。
「ううん。まだ、あまり良くわからないけど…良い所だと、思うな」
「…それなら、良かった!」
安心したように、ニコリと笑う。その笑顔を見て、少しだけ、胸の奥にホワホワとした、くすぐったい思いが浮かんだような気が、した。