第四話 探索隊の仲間たち
なんとか階段を見つけ、ミントのいるフロアまで来た僕たち。
レモンがさっき言ったように、ダンジョンポケモンが少ない気がするけど…まあ、多いよりは少ないほうがありがたい。前向きに捉えよう。
「ミントちゃーん!どこー!」
レモンは大声でミントに呼びかける。洞窟内で彼女の声が反響し、ぐわんぐわんと鼓膜を揺らす。
「う、うぅ…」
ふと、か細い、苦しげな声が聞こえた。気がつけば、聞き間違いかもしれない、なんて可能性を頭の隅に追いやり、僕は駆け出していた。
「シナバー!?」
レモンも声は聞こえたようだけど、少し迷っていたらしい。僕が声へ駆け寄ると、彼女も走り出した。
予想的中。僕たちが駆けつけた先には薄緑の身体に深紅の瞳、頭頂部から大きな葉っぱが生えたポケモン…チコリータがいた。
けど、様子が変だ。目立った外傷は無いけど、倒れこんで目を堅く瞑り、うう…、と呻いている。どうしたのだろう。
「僕たちは探索隊。君がミント?助けにきたよ」
…反応はない。
遅れてやってきたレモンも、チコリータの様子を見て顔を顰めた。
「…どうしたの?ミントちゃん?」
レモンは軽く揺すぶるが、それに対する反応はなし。何かにうなされてるように見えるけど…。
「…えいっ」
「ちょ、何してるの!?」
僕は思い切ってチコリータの頬を殴った。それを見てレモンは慌てて止めようとしたが、もう遅かった。
ガッ、なんて音がしそうな右ストレート。
しばらくして、少女は目を覚ました。
「あれ…私、は…」
「うわあぁ!うちの連れが申し訳ありませんでしたぁ!」
驚きを含んだ表情で辺りを見回すチコリータに向かって、レモンが勢いよく頭を下げる。大声が反響する。
「…探索隊の方、ですか?」
「そ、そうだよ。ミント、君を救助に来ました」
わあわあとパニックになったレモンを置いといて、説明する。
と、ミントは顔を青くした。
「あ、あの、大丈夫でしたか!?アイツに、会いませんでしたか、」
「アイツ?」
「はい。私、そいつのせいで悪い幻覚を見ていた、っていうか…。うなされていたんです!」
「どんなポケモンだったの?」
まず種族名を尋ねると、それは…と口ごもった。そしてミントは大きな目をふせて、申し訳なさそうに言った。
「…すみません。私も知らない種族でした」
「謝らなくていいよ。それより、早く町に帰ろう」
そう言うと僕は、慌てるレモンを宥めて歩き出した。
◆
カラータウンに戻ると、広場ではイーブイの少年が不安そうに立っていた。ひょっとして、ずっとあそこで待っていたのかな?もう日も傾きつつあるのに。
レモンは、自分の相方は女の子の顔になんてことを…なんてぶつぶつ言っていたけど、ミントは苦笑しつつ、気にしてないと言っていた。
ともあれ、僕らは二匹を無事に再会させてあげられたことに安心しながら、彼らに、二度と危険な場所には近づかないように言い聞かせて、別れを告げた。
二匹とも、とても感謝してくれていたし、探索隊って素晴らしい職業かもね。
◆
「あら、スターリーのお二人とも、おかえりなさい。どうでしたか?町の散策は」
基地では、フローラさんが出迎えてくれた。ニコニコと微笑み、僕らにこう尋ねた。
その質問に、レモンはちょっと困ったような顔をした。
「…勝手なことをした自覚はあるんですけど、私たち、ダンジョンに行ってきたんです」
「え、そうなんですか?」
「…広場に、困ってる子がいて、放っておけなくて」
「…なるほど。良いことを、しましたね」
とくに咎める訳ではなく、フローラさんはそう言うと、僕らを手招きした。
木張の床を、誘われるままに歩いていく。長い廊下の両脇には、沢山の扉が並んでいる。
そして、一際大きな扉の向こう、長いテーブルが真ん中にどん、と置かれた部屋に着いた。
「ここが食堂です。夕飯のときに、皆さんにあなたたちのことを紹介しましょう」
「わ、分かりました」
自己紹介とか考えた方が良いのかな…。隣のレモンが、緊張でガチガチにならないといいけど。
そうこうしているうちに、食堂にポケモンたちが集まってきた。
◆
「と、いう訳で、新しい仲間のお二人です。では、自己紹介を」
テーブルの端の方にちんまりと座っていた僕らに、フローラさんが声をかける。ひとまず、僕から自己紹介しよう。
「僕はシナバー。見ての通り、ヒトカゲです。戦い慣れていませんが、きっとお役に立って見せます!」
立ち上がってそう言い終えると、ぺこりと頭を下げる。…少し緊張するな、こういうの。
僕に続くように、レモンも立ち上がった。
「私はレモン・ミムラスです。種族はピカチュウです。よ、よろしくお願いします!」
部屋がパチパチと暖かな拍手に包まれる。
フローラさんが言った。
「お二人のチーム名は『スターリー』。シナバーさんがリーダーを務めます」
…ん?僕がチームの、リーダー?
…こんな状況で聞き返す勇気はなく、後で確認したところ、チームメンバーを登録する用紙のリーダーの枠に僕の名前が書かれていたそうな。
僕が混乱しているのを他所に、あるポケモンが元気良く自己紹介を始めた。
「はーい!私、チルタリスのコード!コード・ホライゾン!チーム『ハーモニー』のリーダーやってるよ!」
「やかましいよ、コード。僕はコードの相方のエルシア・イブニング。種族はニャオニクス。気軽にエルって呼んでね」
「『ハーモニー』…ゴールドランク隊員が目の前に…」
今朝も出会ったチルタリスのコードさん。と、その隣にいるのは青い猫のような容姿のポケモン。白い模様の入った体に折れ曲がった耳が特徴的なニャオニクス…エルシアさんは、コードさんを呆れ顔で見ていた。コードさんはいつもあの調子なのかな…。
『ハーモニー』の二匹を、レモンは憧れの眼差しで見つめていた。
ちなみに、探索隊はチームにはランクなどはないけど、隊員ごとに実力の指標としてランクがつけられるそうだ。一番下…僕らみたいな新入りはノーマルランクから始まり、スーパーランク、ハイパーランク、ブロンズランク、シルバーランク、ゴールドランク、プラチナランク、ダイヤモンドランク、マスターランクの順で上がっていくらしい。
「あたしはテールナーって種族のスピカ・イルミナ。チーム『ヴィザドリー』のリーダーだよ」
黄色と橙色の体毛に大きな耳を持つ、狐のようなポケモン…テールナーのスピカさんは、尻尾にさした枝を弄りながら言った。年齢は僕らと大差なさそうだ。
「私はコジョフーのテトライナ・アーゼル。スピカのチームメイトだ。テトラと呼んでくれ」
次に自己紹介したのは白っぽいオコジョに似たポケモン。キリッとした印象に違わず、低めの声でハキハキと語った。
「…最後は僕か。…僕はコリンクのライト・ウォールフラワー。知ってるでしょうけど。チームは無所属です」
コードさんと同じく、今朝出会ったコリンクのライトが、最後に自己紹介する。…なんか、こっちを睨んでる気がするんだけど…。
それに、無所属って、どうしてだろう?
これでこの場に集まったポケモンたちの名前と種族名はすべて把握した。けど、これ…。
「人手不足ならぬポケ手不足…」
一度しか依頼を受けていない僕でもわかる。探索隊の仕事はあまりにもハードなのだ。レモンの話によると『潮騒の横穴』は難易度の低いダンジョンらしいけど、それでも難しいし危険なのだ。
彼らの元に届く依頼は、きっとその比じゃない。大変な仕事を、この人数でこなしているんだ。
すごいなぁ。素直に僕はそう思った。
◆
夕食を終えて、僕は案内された小部屋で過ごしていた。
万年人材不足で部屋はそれなりに空いているらしく、僕らはそれぞれ個室を貰えた。
こじんまりとした部屋で、小さな窓とカーテン、テーブルと二つの椅子は手作りのようで暖かみがある。壁際に置かれた戸棚。そして藁でできたベッドと毛布。必要最低限の家具しかない。
本当なら自分の持ち物を持ってくるんだろうけど、生憎、僕にはそんな物ないからね。…そういえば、レモンも何も持ってきてないよね。僕と出会ってすぐ、ここへ来たから。
カーテンを閉めて、ベッドで倒れ込む。ぼんやりと考えごとをする。
考える事はもちろん、自分の現在の状況。
どうして、ポケモンになったのか。何故、記憶がないのか。僕はこれから、どうなるのか。
そして、もう一つ。今日の依頼で出会った、チコリータの少女。彼女がうなされていた原因と思わしきポケモンのことも気になる。
何のためにそんなことをしたのだろう?……他人に見つかってはいけない事情があって、口封じのためにだとしたら、殺した方が良いだろうし…。ひょっとして、ミントの意識が戻ったのは運が良かっただけで、下手したら……。
ふるふると頭を振り、目を閉じる。今は考えても仕方ない。それより、明日に備えて眠るに限る。
探索の疲労もあって、僕の意識は驚くほどすんなりと、沈んでいった。
◆
「はー?見つからなかったー!?」
その夜。何処とも知れぬ森の中で、二匹のポケモンが佇んでいた。
大声を出したポケモンは、白と桃を基調とした、大変可愛らしいポケモンだ。うさぎのような長い耳を揺らし、大きな瞳は相手に非難の色を示していた。
もう一方は、夜闇の中、よりいっそう濃い影を落としている、漆黒のポケモン。暖色の瞳は爛々と光ってすら見える。
桃色のポケモンは、その外見からは想像できないほど荒々しい口調で、黒色のポケモンに食ってかかる。
「お前、本当かよ。たしかにいるはずだろ、生き残りが!あの町に!」
「まあまあ。そう騒がない騒がない。ボクが探した範囲では、って話だよ」
ギャアギャアと深夜の森に響く声で喚くポケモンを宥める黒色のポケモン。落ち着いている、というよりは桃色のポケモンほど事態を重く見ていないのだろう。
そしてその様子が気に食わなかったのだろう。フン、と顔を背けて、くるりと踵を返す桃色。
「ったく。こっちは真剣にやってるのに…もういい。自力で見つけてやる」
「えー?あの町に行くのー?コニカルが調査してるし、ついでに見つけてくれるんじゃない?」
「アイツの役割は例の件の調査。『リストアー』の排除は含まれてねーよ」
能天気に言う黒と呆れる桃。対称的な二匹は、それぞれ別の方向へ歩もうとしていた。
「まあ、今に見てろよ。お前みたいな無茶で危険な方法は使わない。足がつかないように、なおかつ優雅に、不安因子を消してやるさ」
「しれっとボクのやり方を否定しないでよー」
「うるせぇな。大体、お前の方法はバレないだろうが、手段を選ばない感じが透けて見えんだよ。あと相手が危険が危ない」
「なんか言葉変じゃない?あと…キミだって、手段選んでないように見えるけど?」
桃色はむ、と言い淀む。相手の言うことにも一理あると思ったのか、はたまた、言い返されるとは思いもよらなかったのか。
「まあ、どうだって良いさ。マスターの願いの為に動くのが俺だからな」
「ふーん。大変だね。ボクはあくまで協力者でしかないし、関係ないけどさ」
そう言い終えるや否や、黒色はふっ、とその姿を消した。後に残されたのは会話相手のポケモンただ一匹。
はあ、と息を吐き、そのポケモンは歩き出す。___カラータウンを、真っ直ぐに見据えて。