第三話 初依頼は潮騒と共に
僕たちはイーブイの少年と別れ、レモンの案内で『潮騒の横穴』へ向かっている。
「『潮騒の横穴』は不思議のダンジョンなの!危険だから、単独行動はしないでね!」
駆け足で目的地へ急ぎつつ、レモンが説明してくれた。…って、不思議のダンジョン!?何で子供がそんな場所に…?
「シナバー!ここが入り口だよ!」
レモンが手で示した場所は、海岸沿いにある、大きな洞窟だった。洞窟を形成する岩は苔に覆われていて、天井からは時々、水が滴っている。
いかにもみずタイプやいわタイプが好みそうな場所だなぁ。今の僕はヒトカゲだし、不利…だよね。ここ。
「…とりあえず、ダンジョン内ではシナバーが先頭で歩いて。私が後ろを警戒するから」
レモンの目は真剣そのものだった。そりゃそうか。人命…じゃない、ポケ命がかかってるんだから。
「…それじゃ、行こう。レモン」
戦い方も、不思議のダンジョンについても、よく分からないけど、進むしかない。
そう思いながら、僕は洞窟へと進んでいった。
◆
『潮騒の洞窟』は、比較的難易度の低いダンジョンらしく、カラータウンに近いダンジョンでもあるため、子供たちが冒険気分で迷い込むことも多いらしい。今回の一件も、その類なのだろうか。
洞窟の内部はなんだか湿気が高く、雨が降った後の湿った匂いと似た匂いがする。耳を澄ますとザザザ、という音がする。海と繋がっている場所でもあるのかもしれない。
なんだか薄暗くて陰鬱な気持ちになりそう。それが僕の、このダンジョンに対する印象だった。
暗さに関しては、僕の尻尾の炎でなんとかなるのがありがたい。逆に敵を誘き寄せる誘蛾灯みたいにならないか、不安ではあるけれど。
レモン曰く、ダンジョンに生息するダンジョンポケモンたちは理性がなく、本能のままに他のポケモンを襲うらしい。探索の障害となるため、倒しても大丈夫らしいけど…できれば、戦いたくない。
でもまあ、人生…いや、ポケ生?そんなに上手くいかないよね。
不思議のダンジョンは階段を発見すれば、そのフロアから抜けられるらしい。どういう仕組みかは解明されていないため、そういったことを解明するのも探索隊の使命なのだとか。
…それにしても、レモンは探索隊について詳しいな。
そして、少し話は脱線したけど、その階段は、ダンジョン攻略の上でとても重要なもの。なのだけど。
「あれはクラブと…ズバットだね」
「よりにもよって階段のすぐ近く…」
ある小部屋の真ん中辺りに、明らかに場違いな灰色の階段がぽつんと存在した。
その周りには赤い蟹のようなポケモンと、目の無い青い蝙蝠のようなポケモンがいた。
これまでダンジョンポケモンに出会うことなくこれたはいいものの、階段のすぐ近くに待機してるなんて最悪だ。
「やっぱり、戦うしかない、よね」
「そうなるね。…でも、あの二匹にはでんきタイプの技が効果的だから、シナバーが時間稼ぎさえしてくれれば…」
…なるほど。理にかなってる。けど、身体張るのか。いや、探索隊に入った時点で覚悟はしていたけど、やっぱり怖いなあ。
「それじゃ、行くよ」
せーので通路から小部屋へ飛び込む。
当然二匹は僕らに気づく。なので僕の役割はヘイト稼ぎってところかな?とにかく、狙いやすくするため、足止めみたいなことをするしかない。
…でも、具体的にどうすればいいのかな。
キイイイィ!
突然、不快な音が響く。ズバットのWちょうおんぱWだろう。反射的に耳を塞ごうとすると、右手に痛みを感じた。
クラブのWはさむWだ。振り払うと、挟まれた部分から血が滲んでいた。
「WでんじはW!」
レモンは振り払われて動きの鈍ったクラブに近づくと、WでんじはWで弱い電流を流し、行動を妨害した。
僕も何かしなくちゃ…そう思いながら見回すと、レモンに噛みつこうとするズバットが視界に入った。
「WひのこW!」
慌てて放ったWひのこWはズバットに直撃こそしなかったが、牽制にはなった。ズバットはよろめき、気づいたレモンがWエレキネットWで拘束する。
技って結構感覚で出すものなのかも。自然と使えたし、あまり緊張し過ぎないようにしよう。
「これでトドメだよ!WでんきショックW!」
ろくに動けない二匹に、容赦なく電流が流れる。十秒も経つと、二匹は動かなくなった。
「ふー、ありがと、シナバー!」
「いや、レモンが強かっただけだよ」
「そんな事ないよ!シナバーが隙を作ってくれたからWでんじはWが確実に当たったし、もしWひのこWを打ってくれなかったらズバットにも気付けなかったよ」
褒めて貰えるのは悪い気はしないし、賞賛は素直に受け取っておこう。
でも、レモンが強かったのも事実だ。的の小さいダンジョンポケモンに遠距離技を当てるのは難しい。いくら相手が体勢の崩れた状態だったとは言え、レモンの技の精度がかなり高いのは間違いない。
「あ、シナバー、右手貸して!」
「え?うん」
言われるがままに右手を差し出すと、レモンはバッグから包帯を取り出して、僕の右手に巻き付けた。
「別に大した怪我じゃないけど…」
「ダメ。悪化したら、シナバーもだけど私も困る。キチンと処置しなきゃ」
そう言うと、手際良く巻いていった。大袈裟な気がするけど…。
とにかく、次のフロアまでの道は切り開かれた。僕らは階段を下り、B2階へと足を踏み入れた。
階段を降りると、洞窟内はさらに暗く、さらに寒くなった。こんな場所で一匹なんて、心細いだろう。早く助けてあげないと、と改めて思った。
イーブイの少年の話だと、ミントはB3階にいるらしい。なので、早く階段を見つける必要がある。
「ねえ、シナバー。なんか…嫌な予感がしない?」
「嫌な予感…?」
首を傾げる僕に、レモンは続ける。
「なんかさ、ダンジョンポケモンがやたら少ないし、イーブイも、やたらと友達の心配してたし…何かがあると思うの」
僕は彼女の言う嫌な予感や違和感について、中々共感出来なかった。
ダンジョンポケモンの数なんてよく知らないし、イーブイが友達のことを心配する気持ちはよく分かる。何もおかしくない気がするけど…。
「ミントちゃんって、チコリータだよね。くさタイプのポケモンだから、このダンジョンでは苦手なポケモンなんてズバットくらいだよ。ただでさえここ、難易度低いし、普通に出られると思うの」
「でも、実際に出られなくて依頼がされてるでしょ」
「異様に心配してたのが気になって。ひょっとしたら、あの子が恐れてたのって」
そこまで言って、レモンは言葉を切った。言うのを躊躇っている様に見える。
「このダンジョンそのものじゃない、もっと別の何かだと思うの」
◆
「隊長」
「…なんだ、フローラ」
探索隊基地の隊長室。山ほど積まれた書類やら道具やらで足の踏み場もない空間で、ドレディアの少女は隊長であるジャラランガに尋ねた。
「彼…シナバーの言っていたことは本当なのでしょうか」
彼の言っていたこと…自分は元人間で、記憶がない。そのため、この世界の常識を知らない、という内容について、だ。
人手不足ならぬポケ手不足故に入隊希望者は基本的に受け入れる方針で動いているフローラだが、シナバーに関しては信用出来なかった。
こんな怪しい者を組織に入れて、良かったのか。そう問いたくなるのも無理はなかった。
「…問題ない。何かあったら、私が片をつける」
それに、と言葉を綴ろうとして、扉を叩く音に気が付く。
「あ、どうぞー」
フローラは極めて明るい声音で、入るよう促した。
がちゃり、と音を立てて扉を開き、来訪者が姿を現す。
細長いシルエットのそのポケモンは、真っ直ぐに隊長を見据え、こう言った。
「ダイヤモンドランク隊員ウォル、帰還しました」