第二話 結成!チーム『スターリー』
「ここがカラータウン。ここから向こうに歩いていけば探索隊基地だよ!」
レモンを追ってやってきたのはカラータウンという町。朝早くな筈だけど、そこそこ賑わいを感じる。
…って、こんな早朝から基地に行っても迷惑だと思うんだけど…。大丈夫なのかな。
「さ、こっちこっち!」
「そ、そんな慌てなくても…」
レモンはやたらと急かしてくる。よっぽど嬉しいのだろうか。満面の笑みを見ていると、こっちまで頬が緩む。
やがて、広場らしき場所を抜けて更に西へ進むと、大きなレンガ造りの建物が見えた。
赤褐色のレンガが整然と並んだ建物で、この町の建物の中でもかなり大きい部類に入るだろう。
レモンはダークブラウンの重厚な木の扉のドアノブに小さな手をのせ、開こうとした。
ゴンッ
「ひゃっ!」
「ん?」
鈍い音が響く。
僕は咄嗟に何が起きたのか分からず、間抜けな声を出してしまった。
どうやらレモンが扉を開けようとした時、内側から扉が開けられて、すぐ前にいたレモンの額にぶつかったようだ。
「いたた…」
「だ、大丈夫?」
額を抑えるレモンに声をかけると、彼女は「平気平気」と答えた。…やや目が潤んでいたのは指摘しないのが優しさだろう。
そんなやり取りをしていると、扉の向こう…というか、建物の玄関から声が降ってきた。
「…何してんですか」
どこか呆れた感じの声がした方を見ると、隊員らしき少年が佇んでいた。
水色と黒色の毛の、四足歩行のポケモンだ。丸い大きな耳を持ち、黄色い瞳はうんざりしているのか、ややジト目になっていて、首元に白いスカーフを巻いている。
レモンは思い切って彼に用件を伝えた。
「わ、私たち、探索隊に入隊したいんです!お願いします!」
「お、お願いします」
レモンが勢いよく頭を下げるので、僕も慌てて頭を下げる。そんな僕らを見て、少年は言った。
「入隊希望者ですか。…でも、こんな時間に来るとか、非常識ですね」
「う、…す、すみません」
「まーまー、そんなこと言わずに、ね?」
少年の言葉に反論できず、困ったレモンに助け船を出したのは、彼と同じく探索隊の隊員らしいポケモンだった。
空色の身体は純白のふわふわな羽毛に覆われていて、頭のてっぺんから二本のヒラヒラしたものが伸びている。緑のスカーフを首に巻き、クリクリとした黒い瞳で僕らを見つめている。
僕らに友好的なポケモンを見て、少年は露骨に嫌そうな顔をした。探索隊でも人間関係ならぬポケモン関係が面倒そうだな…なんて思ってしまった。
「おっはよー!私はチルタリスのコード!こっちはコリンクのライトだよー。よろしくね、新入りさん!」
「わ、わわ私はピカチュウのレモン、です!こっちが一緒にチームを組む予定の、ヒトカゲのシナバーです!よ、よろしくお願いします!」
チルタリス…ひこうタイプなのだろうか?見た目通り、どこか言動がふわふわした雰囲気だ。
固くなっているレモンも、コードさんと一緒なら緊張が解れそうだな。
一方、コリンクのライトはコードさんの態度が気に入らないのか、こう言った。
「何勝手なことを…隊長の許可が必要でしょう!」
「探索隊は来る者拒まずだよー」
「僕のときは思いっきり拒否されましたよ!」
「ライトは仕方なーい」
…なるほど。これは相容れない。致命的に相性が悪いタイプだ、これ。
そんな騒ぎを聞きつけたのか、奥からもう一匹、ポケモンがやってきた。
「コードさん、ライトさん?そろそろ朝会ですよ?」
「あ、ふーちゃん!」
コードさんにふーちゃんと呼ばれたポケモンは、頭にオレンジ色の大きな花が乗った、お淑やかな雰囲気のポケモンだった。淡い緑の葉がドレスのような形を作っている。
ふーちゃん(?)は僕らを見て、すぐにピンときたようだ。
「入隊希望者ですね!では、こちらへどうぞ」
そう言って中に入るよう促す。ライトはまだ何か言いたげだったが、多分ふーちゃん(?)は彼の上司か何かなのだろう。潔く引き下がっていた。
「えーっと、このポケモン、誰?」
「知らないの?ドレディアのフローラ!カラータウン一のモテポケモンだよ!?」
「知るわけないじゃん…あと声大きい」
失礼にならないようにこそっと耳打ちしたのに、レモンの返答のお陰でその気遣いは無駄になった。…そもそも僕、記憶もないし元人間だし、知らなくて当然じゃないか…。
流石に聞こえていたようで、僕らの前を歩いていたふーちゃん改めフローラさんは振り返り、苦笑した。
「いえいえ、私はそんな者じゃないですよ」
そう謙遜した。
人気が出るのも分からないでもない。ポケモンの美的感覚は知らないが、人間視点でも普通に美人だし。
と、そんなこんなで廊下を進むと、ある扉の前でフローラさんが立ち止まる。
そしてノックをして名前と用件を伝えると、部屋へと入っていった。
僕らも当然着いていくが、部屋に入った途端、なんだか強いプレッシャーのようなものを感じた。
「テノール隊長。こちらが入隊希望者のレモンさんとシナバーさんです」
「…そうか。お前たちか」
テノール隊長は僕たちをチラリと見据えた。
彼は灰色に黄の縁取りのされた鱗状のもので体が覆われている。眼光は鋭く、竜を思わせる。…種族名はジャラランガ、というらしい。
思わずすくんでしまう自分を奮い立たせ、はい!と返事する。けれど、声は裏返ってしまい、情け無い印象になってしまった。
フローラさんはふふ、と笑いかけると、そんなに緊張しなくても平気ですよ、と言うけど…これは、誰だって萎縮するだろう。
テノール隊長は口を開いた。
「分かった。お前たちを新たな隊員として登録しよう」
「それでは、こちらの書類に必要事項を…」
そう言い終えたと思いきや、フローラさんはテキパキと登録の準備を進める。…後で知ったが、彼女は探索隊の副隊長らしい。
僕は今、とてつも無い試練を課されている。
と、いうのも、書類を記入するには、文字を書く必要がある。けれど、それは当然ポケモンたちが使う言語で書く。…そう。僕は書類が読めない上に字が書けないのだ。
さらに、大まかな経歴なども記入しなくてはならないが、僕は記憶喪失。自分が何者かも分からないのに、そんなものが書ける訳がない。
これは事情を告げるべきだろうか。いつまでも隠し通せるものでもないし。いつか必ずボロが出る。
…そんな訳で隊長と副隊長に事情を話すと、意外なほどにあっさりと、理解してくれたし納得してくれた。
レモンの時といい、今回といい、自分がおかしいのか、ポケモンたちが疑うことを知らなすぎるのか…。もっと懐疑的な反応をすると思うのだけど。
「チーム名…チーム名…」
一難去ってまた一難。今度はチーム名に悩まされている。そう簡単に変えることは出来ないし、真剣になるのは分かるけど、そこまで悩むものなのかな?レモンが決めたいというし、僕は特に案もないから任せたけど…。
そして、うーん、とか、うぐー、とか唸っていたレモンが、いきなりペンを走らせた。
「ねぇ、これどう!?」
「いや、僕、字読めないよ」
「あ、そっか!…『スターリー』とか、どうかな?」
「『スターリー』?」
僕が聞き返すと、レモンは少し恥ずかしそうに肯定した。
スターリー…星のように、とかそんな意味…だっけ?
「良いと思うよ」
「ほ、ほんと!?じゃあ私たちは今日から、『スターリー』だね!」
「…良いチーム名ですね」
今にも跳ねそうなくらい嬉しそうなレモンを微笑ましそうに眺めるフローラさん。彼女の手には深い紺色のスカーフが二つあった。
「では、こちらはお二人が同じチームである証の様なものです」
そういえば、隊員のみんなはスカーフを巻いていたな、と思いながら受け取る。
僕は結び目が後ろにくるように、レモンは結び目が前にくるようにスカーフを首に巻いた。
次にフローラさんは革製の肩に掛けるタイプのバッグと平たい水晶の嵌め込まれた円形のバッジをこれまた二つずつ渡した。
「バッグとこれは…探索隊バッジですか?」
「ええ、そうです。通信やダンジョンからの脱出などに使えますよ」
見た目こそちょっと小洒落たバッジでしかないが、かなりハイテクなアイテムのようだ。…この世界の文明はどれぐらい発達しているのかわからないなぁ。
バッジをスカーフにつける。レモンはバッグに着けることにしたようだ。
「それでは、これから貴方たちは探索隊の一員です。他の隊員はもう出払ってしまったようなので、17時過ぎくらいに帰ってくると思います」
フローラさんは時計を見て言った。僕たちがここにきたときは6時くらいだったけど、もう三十分以上経っている。途中で隊長が部屋を出て行ったのは、先ほどフローラさんが言っていた朝会の為だったのだろうか。
「えっと、私たちはどうすれば良いのでしょう?」
「ひとまず、今日は自由にしていて下さい。依頼などについては明日から本格的に取り組んでいただくつもりですので」
ソワソワとしていたレモンだけど、フローラさんの言葉を聞いてややテンションが下がったようだ。心なしか耳がいつもより垂れて見える。
「…明日に備えるのも大切だぞ」
隊長の言葉。レモンは反射的にはい!と大声で返事した。
「うーん。それじゃあ、カラータウンを案内しようか?」
「そうだね。お願いするよ」
「気を付けて下さいね」
テノールさんとフローラさんに見送られ、僕らは探索隊基地を後にした。
◆
「カラータウンって広いけど、どこ行く?」
「んー…レモンに任せるよ」
さて、僕たちはとりあえずカラータウンをまわることにした。…けど、そこそこ広い町だから、何処に行くか迷ってしまう。
なんとなくでふらふら歩いていると、基地へ向かう途中に横切った広場に着いた。この町の中心なのか、多くのポケモンが集まっている。
「あ、あの!」
突然声がして、振り返るとそこには筆のような尻尾と、クリーム色の毛で首元が覆われているのが特徴のイーブイがいた。
彼は困ったように眉を下げ、僕らに言った。
「あの、探索隊の方ですよね?頼みたいことがあるんです」
「えっと、僕らまだ…」
「お願いです!ミントを、助けて下さい!」
切実すぎる願いに、言葉が詰まる。イーブイの少年の目は潤み、今にも泣き出しそうだった。
とても、「僕たち、今朝入隊したばかりですので」と、断れるような状況じゃなかった。
救いを求めるようにレモンを見やるが、彼女も自分と同じ気持ちなのか、歯切れの悪い言葉を並べていた。
「…わかった。その依頼、引き受けるよ。君の友達は、何処にいるの?」
「あ、ありがとうございます!僕の友達…チコリータのミントは、『潮騒の横穴』にいるはずです」
『潮騒の横穴』と聞いて、レモンは驚いたようだが、その理由は、自分には理解出来なかった。
レモンはイーブイの少年に、安心させるように言った。
「大丈夫。君の友達は、私たち『スターリー』が必ず助けるよ!」