第十三話 ガタガタ山地へ連れてって
翌朝。僕らは昨日の依頼で回収してきた落とし物を、持ち主のカクレオンの元へ届けるべく、カクレオン商店を訪れた。
「おやぁー!スターリーのおふたりじゃないですか!」
「ええと、昨日の依頼の、落とし物を持って来ました」
そう言って僕は、バッグから落とし物を取り出すと、カクレオン(緑)に手渡す。
彼は落とし物を確認すると、ニッコリ笑ってこう言った。
「はい、たしかに受け取りました!ありがとうございますね、おふたりとも!」
「報酬はこれくらいで良いでしょうか?」
そう口を挟むのは紫色の方のカクレオン。彼の手には、小さな麻袋がふたつ。
「黒い紐の袋にはポケが、青い紐の袋には『ばくれつのタネ』が3つ入ってますので。受け取って下さいな」
「ありがとうございます」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ。無事に落とし物を届けていただき、本当にありがとうございます」
そう感謝するカクレオンに別れを告げると、僕らは依頼を探して歩き出す。
カラータウンはそれなりに栄えてる街なだけあり、行き交うポケモンはかなりいる。僕は他の街を知らないから、何とも言えないけど。
様々なポケモンたちを横目に見ながら、僕らは考える。
「うーん…今日は依頼、行けそうかな?」
「そうだね。体調も悪くないし…簡単なものなら行けるかな」
「あ、ひとまず、図書館で資料を探してみない?昨日の夜から、人間に関する伝承が気になってるの」
そんな風に予定を立てて、じゃあこの街の図書館で人間がポケモンになる伝承を調べてみよう、とやることを決めたその矢先。
「すみませえぇんっ!お願いがあるのですがあぁっ!」
騒がしい声が聞こえて、思わずその方向を見る。
するとそこには、真っ白な毛並みと6本の尻尾を持つロコン…アリスがいた。
たしか彼女は以前、『花咲き平原』周辺にいたところをカラータウンに案内して、この前なんかはカフェに案内したんだよね。
「久しぶりだね、アリス。今度は何処に案内すれば良い?」
「ちょっ、シナバーさん!?私、別に毎回迷子になってる訳じゃないですよ!?」
ガーン!なんて効果音のつきそうな顔で驚きを露わにするアリス。とても心外そうだ。
僕は思わず苦笑しながら、ごめんごめんと平謝り。
「ごめんごめん。てっきり道に迷ってたのかと…それで、要件は?…って、うん?」
ふと、アリスの身につけているバッグからはみ出している封筒が目に留まる。
「アリス、それは?」
「あ、これですか?」
アリスは封筒をスッと取り出すと、僕に手渡す。
封筒には…『依頼者、アリス・ネモフィラ 宛先…チーム・スターリー』と書かれていて…あれ?これ。
「僕たち宛ての、依頼…?」
「はい!探索隊基地に届けたかったんですけど、基地まで辿り着かなくて…でも直接渡しちゃえば解決!です」
「ええ…」
ドヤっと誇らしげに言うアリスに、苦笑を隠せない。やっぱり道、迷ってたんだね…。
こほん、とおもむろにアリスが咳払いして言う。
「まあ、それはともかく…わざわざ紙を読んでもらうのは面倒ですし、直接、依頼内容をお教えしようと思います」
「そうだね。どんな依頼なの?」
「それはですね…」
◆
「わ、わあ…足場悪いね、ここ…」
ゴロゴロ通り越してガタガタな岩に道を阻まれながら、僕らは進んでいく。
ここは『ガタガタ山地』というダンジョン。その名の通り、観光客お断りと言わんばかりにガッタガタな登山道が行く手を阻んでくる。大粒の石ころがあちこちに落ちてて、うっかり転んで顔面から地面に突っ込んでいったりしたらどうなることやら…想像したくもないね。
アリスの依頼内容は、このガタガタ山地を一緒に探検するというもの。頂上まで踏破したいそうだ。
こういう依頼は、もっと手練のチームに渡るものらしいけど…僕たちにも達成出来るかなぁ?
「わぁーい!探検です!ありがとうございます!」
「喜ぶのは山頂に着いてからにした方が良くないかな?」
「…確かに。シナバーさんの言う通りかも?」
浮かれてはしゃぐアリスに声をかけると、彼女はハッと我に返る。その姿が何だか可笑しくて、僕とレモンはほんのりと笑う。
そんな訳で。僕が先頭でアリス、レモンが後ろに続く形で、僕たちはダンジョンを攻略していた。
ここの難易度はXで、階層は10Fまで。そしてまたもや僕の苦手ないわ、じめんタイプが多く棲息している。あとはくさタイプのポケモンもちょこっと暮らしているね。
僕らにとって、あまり有利ではないポケモンが多いから、少し苦戦を強いられるけど…それでも特段、危険な目には遭わずに、6Fまで辿り着けた。
「もう折り返し地点ですね。楽しい時ってあっという間!」
そんな風に、ちょっと名残惜しげに呟くアリス。そんな彼女の姿を見ていると、ふと思ったことが。
「…よっぽど探検が好きみたいだけど。探索隊に入る気とかは無いのかい?」
こんなにも楽しそうに、探検しているのだから。彼女にとっては天職だと思うけど。本当に、僕たちと冒険するだけで満足なのだろうか?
そんな風に問い、答えを聞こうとしてた時。
僕はふと、足を止めた。それと同時に右の拳に炎を纏う。
「おらぁっ!」
そんな叫び声と共に、振り落とされる白い棍棒。迷いなく振り下ろしてきたそれを、僕は身体を捻り、躱す。
続けて容赦ないWほのおのパンチWで相手を突き飛ばすと、レモンとアリスはサッと、少しだけ後方へ後ずさる。
「出たね!ダンジョンポケモン!」
「いってぇ…は?いや、オレはダンジョンポケモンじゃ、ねえっ!」
咄嗟の受け身でダメージを軽減したらしい。それでも負傷した部分をさすり、顔を顰める謎のポケモン。だけど彼はアリスの言葉を聞くなりそれを否定し、再び棍棒を片手に走って来る。
茶色の身体に、白いガイコツを被ったポケモンは、骨の棍棒でまた、僕の頭を狙う。僕は避けながら相手の向かってきた方向へ回り込み、そのまま距離をとる。
「くそっ、またスカッたかよ!」
「WりゅうのいぶきW!」
そう悪態つくポケモンに向かって僕は薄紫の息吹を浴びせる。彼はガイコツの奥の瞳を歪ませ、舌打ちしながら姿勢を低くして僕へ突進する。
「死に晒せえぇっ!」
彼は骨をこちらへぶん投げてくる。回転をかけながら高速で接近するそれを、軽くしゃがんで避ける。
骨が通過すると姿勢を戻して、武器である骨を自ら捨てたポケモンに向かって距離を縮めようと、踏み込みかけて…。
「うっ!」
「馬鹿が!くらえっ!」
後頭部を、先ほど通過した筈の骨によって殴られる。脳がぐらぐら揺れて、視界がぼうっとする。
骨はブーメランのようにUターンして主の手元へ到着する。それを掴み、彼は怯んだ僕に追撃をかけようとする。
…でも僕は、一匹で戦っている訳じゃない。
「WてだすけWします!」
「…チャンス!WくさむすびW!」
「はっ!?」
レモンは謎のポケモンの足元を狙って、技を放つ。突如地中から生えた萌黄色の草が輪を作り、相手を転ばす。アリスの援護もあり、それはかなり強力な攻撃になった。
草のトラップにかけられて転ぶ彼に、続けざまにアリスがWこごえるかぜWを吹き付ける。冷たい風は彼の身体から熱を奪い、動きを鈍らせる。
「くっそ、小賢しいっ…!」
「WほのおのパンチW!」
「くっ…!」
僕はまだ頭の中を駆ける気持ち悪い感覚をぐっと堪え、死角から炎を纏った拳を振るうけど、骨によって防御される。
そのまま彼は僕を突き飛ばし、サッと距離を取って体勢を整えようとする。
「WこなゆきW!」
「うぜぇなあ!WスピードスターW!」
アリスが広範囲に放った粉雪は、相手が放つ星形の光によって相殺される。さらに彼はアリスに詰め寄ると、手刀を食らわせる。
「きゃあっ」
「WほねこんぼうW!」
痛みに体勢を崩すアリスに向かって、彼は骨を横薙ぎに払って攻撃する。重度の打撲を負い、彼女はそのまま倒れこむ。
「死ねっ!」
「WでんこうせっかW!」
トドメを刺そうとする彼へ、レモンは一瞬で近づくと同時に尻尾で殴りつける。脇腹を突かれ、よろめくポケモンの元へ、僕はWかえんほうしゃWを撃つ。
「く、ぐわあぁー!?」
高温の炎に身体を焼かれ、彼はついに膝をつく。既にこのバトルの勝敗は決した。
彼に駆け寄り…いや、詰め寄り、僕は問いを投げる。
「君は誰だい?見たところ、ダンジョンポケモンじゃないみたいだけど。何で僕たちを襲ったの?」
そう。まず疑問に思ったことは、僕らを襲った動機。
ダンジョンポケモンは、基本的に言葉を操ったりしない。だから彼は、ダンジョンポケモンではないのに、僕らにわざわざ攻撃してきたということになる。そんなことをする理由が、分からない。
僕は、理不尽な攻撃に対する怒りから、睨みながら彼に問う。すると謎のポケモンは地に膝をつきながら、そっぽを向いてボソボソと答える。
「…オレはルグス。カラカラのルグス・フェイシー。オマエたちを襲った理由は…答える義理なんて無いだろ」
「いや、フツーに答えてもらわなきゃ!探索隊の偉い方にシメられるよ!」
口を挟むアリス。彼女はレモンから受け取ったオレンのみを頬張りながら、彼に動機を語るよう言う。
ルグスはキッとアリスを睨む。そんな彼へ僕は無意識のうちに冷ややかな視線を送ると、彼は舌打ちして、やがて観念したように話し出す。
「オレは…色々あって、旅してんだ。その道すがら、お尋ね者を倒したりしてる。賞金稼ぎみたいなモンだ。それでオレは、オマエたちをお尋ね者だと思ったんだ。だから襲った」
そう言い終えると、「もう良いだろ」とでも言いたげな顔。
「私たちの種族のお尋ね者は、何処にも張り出されてないけど…」
「いーや、オレはあるお尋ね者を追ってるんだ。そのお尋ね者は、何ていうか…とにかく、種族だけ見て違う、と判断出来ねーんだ」
レモンの疑問に対して答えるルグス。
すると彼は立ち上がって、その場を去ろうとする。そんな彼に、僕は反射的に声をかける。
「…君は何故、そのお尋ね者を追っているんだい?」
「関係ねえだろ。鬱陶しい…じゃあな」
真白なガイコツから覗く瞳に、ちらりと炎が燻っているような。そんな幻覚を見てしまうくらい鋭い眼差しで、彼は僕らを一瞥する。
「…怪我させて悪かったな」
そう言って彼は、今度こそこの場を去って行く。その小さな背を見送ると、僕は座り込む。
「…つ、疲れた」
「お疲れ様…強かったね、彼。オレンのみでも食べて、体力回復しとこう」
そう言ってレモンは僕にきのみを手渡す。青く丸い果実を齧りながら、僕は呟く。
「…この調子で山頂、行けるかなぁ」
流石に予想外の消耗で、少しだけ弱気になってしまう自分がいる。まさかあんなに手強いポケモンと戦うことになるなんて、ダンジョンでは何があるか、本当に分からないものだ。
そんな発言に、アリスは「いいえ!」と叫ぶ。
「行けない訳ないです!だって、あんな強敵に勝ったんですよ!このダンジョンに彼以上の実力者がいるとは思いにくいですし…平気ですよ」
確かに。アリスの言うことも一理あるかも知れない。
このダンジョンは危険度の低さから分かる通り、あまり強力なダンジョンポケモンはいない。なら、ルグスを倒せた僕らに勝てない相手なんかいない!と言えば、そんな気もする。
…あまり後ろ向きに考えててももったいない。彼女の言う通り、絶対踏破できる!くらいの気持ちで挑むとしよう。
「…それじゃ、頂上目指して頑張ろう!」
「そうだね。頑張ろー!」
「ええ!絶対、この冒険を成功させちゃいましょう!」
◆
淡い青の身体に大きな丸い耳。ウサギっぽい体型のポケモン…ニドランは、僕に向かってWどくばりWを食らわせようと突撃してくる。
「ニードー!」
「WはじけるほのおW!」
僕が口から吐いた火の玉は、周りに火花を飛ばしながらニドランを焼く。
敵は身悶えこそしてるけど、体力を失いきった訳じゃない。
「続けてWでんきショックW!」
「にっ、ニドー!」
そこにレモンが電撃を浴びせる。するとようやく、ニドランはぐったりと力尽き、地面に伏せる。
「しおー!」
「させませんよ!」
密かにレモンの背後へやって来ていたのは、白と茶の角張った、橙色の目のポケモン。その小さなポケモンはコジオというらしい。
コジオはレモンにWずつきWしようと襲いかかるも、間に割り込んだアリスのWまもるWによって阻止される。
「僕のパートナーに危害加えないで、よっ!」
僕は再びWはじけるほのおWで、相手を焼くけれど、今回の相手はいわタイプ。ほのおタイプの技はあまり通りが良くない。
「W10まんボルトW!」
「WてだすけWします!」
「しおぉー!?」
アリスのWてだすけWが、僕らを強化する。彼女のバフの乗ったW10まんボルトWによって、コジオは戦闘不能となる。
「…うん。この辺には、他に敵は、いなさそうだ」
「ある程度追い払えたみたいね。今の内に、階段を探しちゃおう」
襲いかかってきたダンジョンポケモンを返り討ちにすると、僕らは探索を始める。
しばらくしたら、このフロアの離れた場所にいたポケモンたちがやって来るかも知れない。今の内に、次のフロアに繋がる階段を見つけてしまおう。
「しおー!」
「うわっ!?」
通路を進み、二つに分かれた道の右側へ進もうとした矢先。唐突に突進してきたコジオが一匹。避けられずモロに食らってしまうけど、反射的にWりゅうのいぶきWで攻撃する。
「WこおりのつぶてWも食らえー!」
「しおっ!しおー!?」
すぐ後ろのアリスも、空気を瞬時に冷却して氷の塊を作りだすと、コジオへぶつける。
二連撃によって体力を削り取られたコジオは、あっという間に瀕死になる。
「大丈夫、シナバー?」
「う、うん。ちょっとウッカリしてたかも。びっくりしたな…」
不意打ち過ぎる攻撃に今更動揺しつつ、僕は改めて角を右に曲がって進む。この道はかなり長いみたいで、先が見えない。
僕らがいるのは8F。山頂はもう目と鼻の先だ。
「あ、イトマルがいますね。念の為、WてだすけWを掛けておきます」
「ありがとう。さて、相手は気づいて…いるみたいだね!」
「イトイトー!」
アリスは通路の奥…およそ18メートルくらい先のダンジョンポケモンに備えて、事前にWてだすけWを使う。それと同時に、敵も動き始めた。
黄緑の身体に縞模様のある脚を沢山持つ蜘蛛型のポケモン、イトマルは僕に向かって、WかげうちWで攻撃してきた。
バックステップでそれを躱わすと、僕はWはじけるほのおWで相手を燃やす。効果はバツグンな上にアリスの援助もあるんだ。少しオーバーキル気味ですらある。
イトマルは甲高い悲鳴と共に、ぐったりと力無く倒れる。少し可哀想なことをしたかもと思いつつ、僕らは更に奥へと進む。
そして僕らは、かなり大きな部屋へ着いた。一気に視界が開けたものだから、先程までとのギャップに少し戸惑ったり。
でも、ぐるっと辺りを見回してみても…何処にも、階段は見つからない。この部屋はハズレだったらしい。特にアイテムが落ちてる訳でもないから、かなり肩透かしを食らったような気分。
「仕方ない。分かれ道の方まで戻って、違う道を進もうか」
「そうですね!」
さらにさらに、この部屋は行き止まり。他の部屋へ通ずる通路も無いので、本当に来た意味がないのだ。
こうなれば仕方ない。切り替えて、元来た道を戻ろう。そう思って、僕らはこの大部屋に背を向ける。今度はレモン、アリス、僕の順で進んで行くってことになるね。
「___やっほー!また会ったね!」
「…え?」
ひゅっと、不自然に冷たい風が背を撫でる。後ろから誰かに声をかけられて、僕は思わず、振り返ろうと首を回して……。
どごっ。
「ぐっ…!?」
「シナバーさん!?」
「な、なんでここ、に…?」
鈍い音が脳内に響いて、少し遅れて痛みが広がる。低い呻き声を上げる僕の視界が、一瞬だけ激しくブレる。…視界に声の主を収める前に、僕の意識が飛び去りそう。
通路側からは慌てるアリスの声と、驚愕するレモンの声。どちらも咄嗟にこの状況を飲み込めてはいないみたいだ。…まあ、僕だって自分の身に何が起きたのか、分かってる訳じゃないんだけど。
一気に暗さを増す視界。どうにかフラフラな意識を集中させて、半ば意地っ張りで、背後に佇む誰かを一目見ようとする。
「こんにちは、シナバー。…ちょっとだけ、眠っててね」
黒い、影そのものな身体と、橙色の瞳。ゆらり、風も無く身体の一部が揺れている、そのポケモン、は…。
「いい夢見てね、シナバー」
あの時、の………。
「…っ、シナバー!」
視界が暗転する。必死の叫びを認識する前に…僕の身体はがくりと、地へ伏せていた。