第十二話 どうか嫌いのタスキかけないで
「ただいま戻りましたー」
「おっかえりなさ…うわー!どしたのその怪我ぁー!?」
本部に戻って扉を開けて早々、ドうるさい出迎えを食らって頭がガンガン痛む。青と白の、フワフワな羽毛を持つチルタリス、コードさん。彼女は…そんなにオーバーではないけど喧しいリアクションで、僕らに駆け寄る。
「うっわー!ヤバヤバだよその怪我!とりあえず、フィリーグー!」
ドタタタと音を残して走り去るコードさん。鳥ポケモンなのに割と走るの速いな…いや飛べない状況を考慮したら脚力も鍛える必要あるのかな?なんて、至極どうでも良い疑問。
少し待つと、コードさんはハピナスを連れて戻ってきた。彼女…フィリーグ・ロクターさんはこの町の医者だから、常に基地にいる訳じゃないけど、今日は居たのか。よかったよかった。
「酷い怪我ね…急いで治療しなきゃ」
そう言って彼女は医務室へと場所を変えて、詳しく僕らの傷を見る。ところで、さっきからほぼ意識のないレモンを、コードさんが担いでいってくれた。彼女が出迎えてくれたのも、かなり幸運だったかも?
そして僕は椅子に座り込み、レモンは藁のベッドに倒れ込む。あまりに体力の消耗が激しいから、僕はレモンを先に診て欲しいと頼んだ。
「ひゃー。重症だねえ。危険度Xのダンジョンしか行けない筈なのに、どーしてこんな怪我をしたの?」
「コードの言う通りね…。強力なダンジョンポケモンが生息してるダンジョンには、まだ入れないでしょ?一体、何処に行って来たの?」
2匹は僕に、そう問いかける。そうだ。僕らはまだまだ駆け出しのノーマルランク隊員。危険度X…5段階ある階級の内、最も難易度の低いダンジョンに分類されるものにしか行けない。だからこんなボロボロになるとは考えにくいよね。
「えっと…『雨神湿原』で、落とし物拾いの依頼を受けて…行ってみたら、ミナヅキ…さん?に、襲われて」
「えっ?」
「ええー!?」
正直に話すと、2匹はとても驚いた顔をする。
「いやいや、いやいやいや!あのミナヅキが?私たち探索隊を襲うとか、無いでしょ!」
「そ、そんなに…」
「そうだよ!めっちゃ優しいんだよミナヅキって!理由も無く私たちを攻撃する訳ないよ!」
「でも、もし理由があったら…?」
すごい勢いで否定するコードさんに、若干気押される。彼女がここまで言うということは、本当に彼は…ミナヅキは、人格者だってことなんだろう。
そんなコードさんとは対照的に、フィリーグさんは考え込むように、ふと呟いた。
理由が、あったら…?
フィリーグさんは治療の手を止めることなく、続ける。
「もしかしたら…やむを得ない事情があったのかもね」
「…そういえば、来るな、立ち入るな、って言ってました」
「ええー。何でだろ?」
確かに、戦闘中に、彼は僕らがダンジョンに来たことを怒ってるような様子だった、気がする。徹底的に、侵入者を拒絶してたけど…。なんでだろう?
コードさんも僕の後ろでうーん、と考えこむ。黙々と治療を続けるフィリーグさんの表情も、やや険しい。
「なんか見られちゃまずい物でもあったのかなー?」
「うーん…でもあそこって、もう探検済みじゃ…」
「そーそー。危険度のランク付けされてるトコ、大体調査してあるからねー。今更ー?って感じするよね」
そう。階層や生息するダンジョンポケモンの種族傾向、それらから導き出される危険度のランク付け。『雨神湿原』は、これが設定されてるくらいには、調査の進んだダンジョンなのだ。
また考え込む僕たち。
…と、その時。
「コードオォー!報告書から逃げるなあぁー!」
そんな怒声が聞こえ、びくりと身体がすくむ。この声はもしかして、エルシアさん?
「相方が呼んでるようね、コード」
「ひえぇ…怖すぎる、会いたくないよ…」
「行きなさい」
「ひゃい…」
静かながら圧を感じる声に背を押されるように、コードさんは渋々、医務室を抜けてエルシアさんの元へ。…依頼終了後の報告書、サボってここに来てたのか…。
苦笑する僕に、レモンの処置を終えたフィリーグさんが向き直る。
「…とにかく、今回の件は隊長にはきちんと報告する必要があると思うわ。大袈裟でもなんでもなく、これは本当に、危険な事だから」
「…わ、分かりました」
真剣な顔で、そう言い聞かせられては頷くしかない。
その後、僕は治療を受けて…レモンも僕も、しばらくここで休ませてもらうことにした。
◆
さて。夕食もとり、報告書提出のお時間です。
僕はレモンの部屋にて、提出する報告書を作成中。
簡潔に、されど要点が抜けてないように、レモンが書き上げた文書を読む。
「…ねえ、シナバー」
「何?」
「ミナヅキ、何で私たちを拒絶したんだろ?」
「…さあ、何でだろうね」
書くことは出来ないけど、読みに関してはほぼ完璧。この世界の言語、星音文字につらつらと目を通しながら、パートナーの言葉に答える。
レモンは僕ほど負傷は激しくなかったけど、体力の消耗が酷かったらしい。医務室で少し休んだおかげか、意識もはっきりしてきたようだ。
彼女も不思議に思っているようだけど、ミナヅキが僕らを襲った動機に関しては、本当に謎。
「あと…明日、落とし物を渡しにいかなきゃね」
「だね。…流石に今日は、そんな余裕なかったからね」
そう苦笑して、文章を読み終える。
一応、こうゆう報告書は落とし物を回収してくるところ…つまり、ダンジョンから脱出した段階で書くらしい。負傷した状態じゃ、落とし物を渡しに行っても相手方が困るし…。後日、受け取った報酬とかは別の書類を出すとかなんとか。
「よし、じゃあ僕がこれ、提出してくるね。レモンは先に休んでて」
「…分かった。ありがとう」
そう言って僕は部屋を出ようと椅子から立ち上がる。
正直、今日の依頼の最中に見た、すごい技…大量の電気を操るあの技についてちょっと聞きたいけど、今は聞いてる状況じゃないよね。
…また先送りか。
っていうか、色々気になる点を、さりげなく聞いてはいるけど、はぐらかされてばっかりなんだよね。話しにくいのは分かるけど、少し寂しい。
「シナバー」
「ん?」
「…ちょっと話したいことあるから、後でまた、ここに来てくれる?」
「…分かった」
そう答えて、今度こそ僕は、彼女の部屋を後にした。
◆
パタン。扉の閉まる音を認識して、私はため息を吐く。
…ああ。言ってしまった。
後悔は無い。ただ、緊張があるだけ。今まで誤魔化していた、私に関する話を彼に、語るんだ。
夜のひんやりとした空気に、何処か攻め立てられるような錯覚を覚えながら、私は彼の帰りを待つ。
数分後、彼は再び、私の部屋を訪れた。そして椅子に座り、私の方を見る。
「レモン、話したいことって?」
「色々、今まで話せなかったこと…全部、って訳にはいかないけど、話せることは話しておこうと、思うの」
そう宣言して、深呼吸。
シナバーは急かすことなく、静かに次のセリフを待つ。彼の青い瞳をまっすぐ見ようとして…少しだけ逸らして、話を切り出す。
「まず…」
「…あ、待って」
私たちの声は、丁度被ってしまった。思わず互いに顔を見合わせると、ちょっと困ったような、パートナーの顔。その眉の下がった表情が、なんだか少し可笑しくて、クスリ、と小さく笑うと、手の平でジェスチャー。『お先にどうぞ』と、話を促す動き。
「…レモン。今日の依頼の時…ミナヅキとの戦闘で使ってた技…アレ、威力こそ凄かったけどさ。…もしかして、反動の重い技だったりする?」
「…?うん、そうだよ。あれはWボルテッカーW。なんか急に、使い方が浮かんできた、っていうか…土壇場でのことだし、よく覚えてないけどね」
シナバーも無知ではない。少なくとも、ポケモンの技に関する知識はそれなりに学習中みたい。
WボルテッカーWはピカチュウ族だけが使える、強力なでんきタイプの技。大量の電気を纏って相手に突撃して、ダメージを与える。…単純ながら高い威力を誇る技で、かつ代償として、使用したポケモンの体力をゴッソリ持っていく。諸刃の剣って感じだね。
彼は、そうなんだね、と軽く相づちを打つ。その声音からは、上手く感情を読み取れない。
「ねえ、確かにWボルテッカーWは強力だけど、あんまり使わないで。あんなにフラフラで辛そうなレモン、見たくない…」
「それ、は…」
…約束出来ないよ、そんなこと。
そんな言葉はひとまず飲み込み、彼の顔を見る。シナバーの表情はとても暗く、不安が伝わってくる。でも…。
いや、さっき話そうとした内容に移ろう。
「ええと、リシャレットと、『フレッシュフォレスト』で戦った時のこと、覚えてるよね」
「え?うん、もちろん」
「…あの時、彼が、私を生き残り、って呼んだ」
「生き残り…たしか、レモンの両親は、昔に…」
「そう。殺された。ところで、私の両親って、何かを研究してる、科学者とか、そんな感じだったの。記憶は朧げだけどね。…そして疑問だったのが、何でリシャレットは、私が家族で唯一の生き残りであることを知ってるのか、ってこと」
「レモンの両親って、何の研究してたんだい?」
フルフルと首を振り、分からない、と言葉無しに伝える。何せ、物心つく前のことだ。ハッキリとしたことは全然分からない。…最も、何となく予想こそついてるけど、まだ話したくない、って感じでもある。
「でも、彼が私を生き残り…あの日、家族を失った事件での生存者だって気づいた心当たりは、あるの」
「それって、どんな?」
その質問に、私は息が詰まる。…ああ。きっと。私が、あの両親の血を引いてる限り、この運命は付き纏う。
「私の両親の研究してたことと関係あると思う。というか、間違いないかな…研究内容、ちょっとだけ予想つく気もするけど、まだ確定じゃないし教えられないから、この点も掘り下げられないけど…」
でも、と言葉を続ける。
「私の両親、多分、あんまり良くない研究を、してた。…そんな気が、するの。そして私は、恐らくそれが原因でリシャレットに襲われた…。だから、シナバーに、これだけは聞きたいの」
震えそうな、自分の声を精一杯、ぴんと背を伸ばすように見栄を張って。尋ねると同時に、口の中に苦味が広がる。
「…私と一緒にいたら、きっとシナバーだって巻き込まれる。今回のミナヅキの件で、危うく死の手前に追い込まれたシナバーを見て、思ったの。私といたら、またみんな不幸になる、傷つく、居なくなる…だから、聞きたいの。……こんな私と一緒に探索隊を、続けてくれる?」
ああ、言った。言い切ってしまった。
シナバーが、オーバーキルにも程がある攻撃を加えられる直前。私の脳内にフラッシュバックしたのは、両親を失った前後の記憶と、『フレッシュフォレスト』での出来事。
家族を失って以来付き纏っていた不安と、とうとう起きてしまった、依頼中の激戦。そのふたつが混ざって、脳の奥が鈍い痛みに支配された、あの出来事。
…また、同じようなことになるかも。いや、なるだろう。だから、本当ならこんな目に遭う筈じゃなかった彼には、確認しておきたかった。
「…そんなの、決まってるじゃん。僕らはチーム・スターリーなんだから。レモンに着いていくよ」
「…シナバー」
「それに、僕についても、よく分からない点が多すぎるし。むしろこんな変なやつと一緒にいて、レモンは平気なのか、なんて思ったりするんだよ」
そう言って笑うシナバーを見ていると、何だか今までの不安が馬鹿らしくなってきてしまう。
…ふふふ。謎だらけの不思議な少年と、怪しげな因縁を持つ少女のコンビなんて、まるで小説みたい。
この部屋の明るさまで変わるような、彼の笑顔に元気つけられて、より一層、彼と共に頑張りたいと思えた。
「…ところで。僕も謎な点が多すぎるけど…僕、何者なんだろ?」
ふと、彼が疑問を溢す。
たしかに、彼についてはよく分からない。間違いなく人格者だし、なにか企んでいるようには感じないけど、少し不穏な感じがする。
「人間は、この世界では、伝説上の存在に過ぎないからね。架空の生き物だと思ってるポケモンが大半だよ」
「ううん…でも僕は以前は、絶対に、少なくともヒトカゲではなかった気がするんだよ」
人間。それは古くから伝わる伝承にたびたび描かれる、謎多き生き物。かつてはこの星のあらゆる場所にいたけれど、約三千年前に絶滅したのだとか。
そして最後まで、人間が住んでいた終焉の地。それがここ、星の大陸…らしい。
仮に、彼が本当に人間なら、彼らは実在したということになる。それと同時に、何故現代に人間がいるのか?という謎が浮かび上がる訳だけど。
「人間がポケモンになる現象とか、何処かで語り継がれてないかな?」
「私の知る限りでは、無いかなぁ。…その内、調べてみよう」
どこかしらでは、そういった伝承が残っているかもしれない。探してみる価値はあるだろう。
「…ふあぁ。考えてても仕方ない。そろそろ寝よっか」
「そうだね。おやすみ、シナバー」
「おやすみ、レモン」
彼が去ると、部屋の明るさががくっと下がったような気がした。目に映る空気の透明度が下がるような、そんな錯覚。
「はあ。今日も、疲れたなぁ」
私は藁のベットに飛び込んで、息を吐き出す。次いで大きく息を吸うと、枯れた草の何とも言えない匂いが胸いっぱいに広がる。
「私、少しは踏み出せたかな」
目を閉じて、考える。
結局、重要なことは何も言えてないけど。でも、警告した上で、彼の気持ちを、本音を聞けた。それだけで、私は。
…自分が彼を騙している、そんな感覚を拭える。ちょっとだけ、自分を嫌わないで済むような。盲目的に自己嫌悪してしまう心を抑えて、視界をクリアに保てるような。そんな風に、思える。
私はきっと、周りを困らせるだろうけど。朧げな記憶が告げる危険信号にそっと、黒い布を掛ける。
大丈夫。大丈夫にしてみせる、から。