第一話 夜明けの出逢い
ざわざわ、ざわざわ。
僕は薄暗い森の中、草木が風に揺れる音に包まれて目を覚ました。
「ここは…」
ゆっくりと起き上がり、呟く。
何処だろう。見覚えのない場所だ。そもそも、何故僕はこんな場所に倒れていたのだろう?
考えながら、ふと自分の手を見て…僕は、凍りついた。
これは、僕の手の筈だ。でもその手は、夕日のような鮮やかなオレンジ色をしているじゃないか!
困惑しながら辺りを見回すと、こんな展開を待ってましたと言わんばかりに凪いだ水溜りがあった。僕はそれに駆け寄り、覗き込む。
…ああ。そこまでしてようやく、僕は現実を受け入れた。
水面に映ったのは見慣れた人間の顔…ではなく、青い目をした橙のトカゲに似たポケモン。つまり、僕はヒトカゲになってしまったらしい。
でも、どうしてポケモンになったのだろう?僕は、今までに自分の身に起きたことを遡ろうとした。
「あれ?」
でも…何故か、何も思い出せない。元人間であったことと、自分の名前以外、何も。
「僕はシナバー。元人間…の、筈だよね?」
記憶のカケラを集め、確かめるように呟く。たったこれだけのことしか覚えていない。その事実に震えた。
「誰かいるの?」
突然聞こえた声にびくりと反応する。
キョロキョロと声の主ーー多分、女の子ーーを探す。すると、木の陰から、ひょこっと誰かが出てきた。
「誰…?」
予想通り、声を掛けてきたのは女の子だった。黄色い身体に黒いまんまるの目。長いギザギザ尻尾の先はハート形で、赤いほっぺが可愛いピカチュウだ。
ピカチュウの少女は僕を見てその短い首を傾げた。
「何してるの?こんな夜明け前に。こんな森で」
「えっと…」
何をしていたのか、なんて僕自身が知りたいぐらいだ。ここは、正直に話すべきなのか?
少し思案し、意を決して事情を話すことにした。
◆
「ええー!?シナバーは元人間で、記憶喪失なのー!?」
「う、うん…」
ピカチュウは分かりやすく驚く。まあ、初対面のポケモンにこんな事を言われたんだから、仕方ないけど。
…それにしても、信じてもらうにはやっぱり無理があるだろうか。
「なるほどね…大変だね、シナバー」
「だよね、流石に信じられな…え?」
うんうんと頷くピカチュウ。彼女は、思っていた反応と違って困惑する僕にずずいと近寄り、こう言った。
「私はレモン・ミムラス。シナバー、あなたの話、信じるよ!」
…え?
出会って数分の怪しい奴の話を信じるの?
驚く僕をお構いなしに、レモンはこう提案してきた。
「あ、あのさ!シナバーは行くあて、ないでしょ?だから、よ、良ければ…私と一緒に、探索隊になってくれない?」
「…探索隊?」
◆
「簡単に言うと、『不思議のダンジョン』っていう、入る度に地形が変わったり、罠が仕掛けられてたり、凶暴なダンジョンポケモンたちがいる危険地帯を調査したりする組織だよ」
「へぇ…」
僕たちは森の中心にある丘の上に来ている。どうやらレモンは元々、日の出を見る為にこの丘へ来ていたらしい。
けど、まだ少しだけ時間があるため、探索隊についてレクチャーして貰っている。
「で、探索隊って隊員になるのは一匹だけでも問題ないの。でも、単独での調査は危険だから、ランクの低いうちは基本的にチームで行動するの」
「そのチームを組む相手がいなかったから、僕を誘ったの?」
レモンはうっ…と唸ると、言い淀む。図星だったのだろうか。
「分かった。僕もやるよ、それ」
「い、良いの!?」
たちまち、レモンの顔がパアァ…という効果音が付きそうなぐらい明るくなる。
僕は頷く。どうせ行く宛てがないし、探索隊として活動していれば、記憶に関する手掛かりが得られるかもしれない。
「あ、そろそろだね」
言われて東の空を見ると、確かにだんだん白んできた。山々が逆光で陰がかかって見える。そんな山の向こうから、眩い光…太陽が顔を出す。
「綺麗だね」
「そうだね」
やがて、レモンは急に立ち上がった。
「どうしたの?」
「早速探索隊に入隊するの!善は急げって言うでしょ?」
彼女は目をキラキラさせながら、僕にも早く立つよう促す。僕も慣れないヒトカゲの身体でゆっくり立ち上がる。
「さ、行こう!」
…こうして僕らは出逢った。
「速いよ、レモン!」
「シナバーが遅いの!」
足取り軽く、僕らは見晴らし丘を後にした。
…ちなみに、レモンは確かに足は速いけど体力はそんなにある訳ではなく、三分後にはややバテながら歩いていた。