第七話 親子の想い
「だから言ったじゃない!探索隊なんて危険なこと、さっさと辞めてしまいなさい!」
「クロームの頼みと言えど、私はその言葉に頷く気は無いよ!」
ギャアギャアと、レモンにしては珍しく大声で言い合いをしている。
どうしてこんなことになったのか、というと、なんだかんだでダンジョンからカラータウンへ帰ってきたと思いきや、今回の依頼主…クロームさんが、町の入り口に待ち構えていた。アブリボンという種族の女性なのだが、彼女は怪我だらけなレモンを見つけるなり、その小さな体から出ているとは思えない音量で彼女を叱り始め、それに反発したレモンと言い争いになっている、という感じだ。
最初は怪我の原因の追及から始まり、僕について問い詰め、挙句、探索隊を辞めろとガミガミ言われ、負けじとレモンも声を張る。まるで親子喧嘩だ。
周囲のポケモンが迷惑そうに二匹へ視線を向け、一緒に帰ってきたエイトは居心地悪そうに困り顔。完全に帰宅のタイミングを逃したらしい。僕はチームメイトを宥めようとするも、クロームさんから目つきですごい圧力をかけられ、手出し出来ず…。
…どうしよう、この状況。
「苦情があったから来てみれば…あなたたちでしたか、『スターリー』」
聞き覚えのある声が聞こえ、僕は希望を見出す。助けを求めるように声の主を見ると、ライトがため息をつきながら、僕らを睨んでいた。
「あなたたち、入隊早々組織からつまみ出されたいんですか。町内で問題を起こさないで下さい」
「ご、ごめん…とにかく、何とかして…」
「全く…頼りになりませんね。やはり、あなたのように怪しい者は…いえ、今はこちらの問題を優先しましょう」
頼りないって…多分、僕の方が年上っぽいらしいけど、そう思われちゃうなんて、ショック…。
ひっそりと傷つく僕をよそに、ライトは少しも恐れず、二匹に近づいて言う。
「クロームさん。探索隊に物申したいのでしたら、基地までお越し下さい。レモンさんもとっとと依頼の報告をして、民間ポケモンを家庭の事情に巻き込まないでくれませんか」
「へ?…あ。エイト、ご、ごめんね」
「いやいや、平気さ」
ライトの言葉で冷静さを取り戻したのか、レモンはエイトに謝る。エイトはすんなりと許してくれた。うーん、穏やかだなぁ、彼。
クロームさんはまだまだ言いたいことがあるようだけど、渋々といった様子で、ライトの言う通り、基地へ行くようだ。
僕らも彼女と共に広場を横切り、基地へ向かった。
◆
さて、場所は変わり探索隊本部。夕日差し込む部屋は、ギスギスとした雰囲気に包まれていた。
黒い上品な机と椅子の置かれた部屋。壁に掛かった壁時計は午後5時を知らせている。
レモンとクロームさんが向き合うように座り、レモンの隣に僕、クロームさんの隣にフローラさんが座っている。
「クロームさん。レモンさんに探索隊を辞めるよう仰っていたそうですが…ここは、レモンさんの意志を……」
「いえ、保護者として、彼女を心配しているのです。こんな子供に、危険な目に遭わせるわけにはいきません」
フローラさんは控えめに言うも、クロームさんはそれをバッサリと切り捨てる。なかなか頑固な方らしい。フローラさんとはかなり相性が悪そうだ。
あれ?クロームさんがレモンの保護者?ピカチュウとアブリボンは似ても似つかないけど…。
それに、とクロームさんは続ける。
「私は探索隊を良く思ってはいません。たとえ彼女に実力があろうと、私は認めません」
「いい加減にしてよ、クローム!探索隊の何がいけないの!私の自由にさせてってば!」
レモンはバン!と机を叩き、キッと彼女を見据える。クロームさんは少しも怯むことなく、はっきりと言った。
「あなたはまだ若い。勇気と無茶を履き違えてどんな目に遭うか、分かったものじゃない。だから私は反対するのです」
「うるさい!放っといてよ!」
ヒステリックに叫ぶと、レモンは部屋を飛び出す。ダァン!と乱暴にドアを閉める音が空気を震わす。
…クロームさんの言うことは正しいだろうけど、流石に言い過ぎじゃないかな…。レモンが心配だ。
そんな思いに気付いたのか、フローラさんは僕を見、次に扉を示した。追いかけなさい、ということだろう。
僕は静かに立ち上がり、レモンを追いかけた。
◆
探索隊基地の裏手には、ちょっとした畑がある。薬草やらきのみやらを育て、ダンジョンで使う道具などはある程度、自給自足しているのだ。
とは言え、まだ栽培開始には早い。作物の植わっていない畑は少し荒れていて、寂しそうに見えた。
何故そこを選んだのかは自分でも分からないけど、私は畑の側にちょこんと座り込み、クールダウンを図っていた。
…新米探索隊宛てに依頼が来た、と聞いた時点で、嫌な予感がしていた。わざわざ未熟な者に依頼したがるポケモンなんていないから。そして、依頼主の名前を見て、予感は的中してしまった。
「私は、ダメなのかな…。やりたいことをしちゃ、いけないの…?」
すっかり弱気になって俯く。今日の依頼はお世辞にも完璧にこなせたとは言えないから尚更、気落ちしてしまう。
ザッと土を踏み締める音を、種族特有の長い耳がとらえる。
「…レモン」
「シナバー…ゴメンね、迷惑かけて」
立っていたのはチームメイトのシナバー。彼は私の隣にそっと腰掛け、顔を覗き込んだ。
「ねえ、レモン。クロームさんとは親子…なの?」
「……それ、は」
言葉に詰まると、彼は焦った様子で、別に言いたくないなら言わなくて良いよ!と早口で言う。パートナーの優しさと素直さに思わずクスリと笑ってしまう。
「…そうだよ。血の繋がりは一切ない、義理のだけど」
赤い空を見上げながら、私はポツポツと語り出した。
「私、6才くらいの頃に家族が殺されちゃって。身寄りのない私を拾って親代わりとして育ててくれたのがクロームなの」
シナバーは言葉を失う。…そりゃ、いきなりそんなこと言われたら、なんて言えば良いか分かんないよね。
聞かせると同時に、記憶の奥から当時の出来事がフラッシュバックする。力任せに破壊された、かつての我が家。戦闘慣れしていないにも関わらず、襲撃者から大切なものを守り抜こうとした両親。訳も分からず、泣きながら逃げ出した自分。時が経つにつれて、その情景は色褪せていく。
「嫌なことを思い出させて、ごめん」
「ううん。…もう、割り切ってるから。あの頃のこととか、あんまり覚えてないし」
シナバーは優しい。自分が何者なのか分からないはずなのに、芯を持っていて、誰かに寄り添える。……私なんかとは、違って。
「クロームって旦那さんが探索隊やってたらしいけど、探索中に亡くなってしまったの。だから、私も入隊を反対されてて…。結局、家を飛び出して、町はずれで野宿生活をしてたの」
同じ最期になって欲しくない。もう、看取る側になりたくない。そんな思いがあるんだろうけど。私はそれを振り切って駆け出したんだ。
シナバーは複雑そうな表情で、私の綴る言葉に耳を傾けていた。
「とにかく、私は『スターリー』のレモン。探索隊を辞める気はないよ!」
笑顔を浮かべ、そう宣言する。これだけは、譲れないから。
◆
一方、基地では未だにピリピリとした空気が流れていた。
レモンとシナバーが立ち去った後、クロームは頑固な娘に頭を抱えた。彼女の力量を、自分が一番知っている。だが、あの調子ではいくら言っても無駄だろう。
そう考えたクロームは席を立ち、フローラに言い放った。
「私を隊長室まで連れていってちょうだい。直談判したいの」
「ええっ…は、はい。こちらです」
流石に隊長の手を煩わすのは躊躇われたが、フローラはクロームとは初対面ではない。彼女の性格をそれなりに知っており、止めても無駄なのは分かりきっていた。だから、戸惑いつつも案内し始めたのだ。
「久しぶりね、テノール」
「…レモンを連れ戻す気か」
隊長室にて、クロームは敬語すら使わず、テノールに話しかけた。空気は張り詰め、呼吸することすら躊躇してしまう。おそらく、隊員…主にシナバーがこの場にいたら、あわあわとしだしてしまうだろう。
テノールは古びた紙に目を通しながら、クロームに問う。確認するまでもなく、彼女がそのために来たのは確定だが。
クロームはスタスタと机に近寄り、言った。
「そうよ。あの子に危険なことはさせられない。…あんたの手駒にさせてたまるか」
「…そうか」
話はそれだけか。目だけでテノールはそう語る。レモンを憂いるクロームのことを、いとも簡単にあしらおうとした。
「昔から…あの頃から変わらないわね。他者に冷たくて、何も語らない。だから、アイツは…」
「た、隊長ー!」
クロームの言葉を封じるように、部屋の外から声が投げかけられる。
扉が開き、一同がそちらを向く。そこに立っていたのは、肩で息をしているシナバーだった。
「シナバーさん?どうしたんですか?」
「そ、それが…」
「隊長、私に練習場の使用許可を下さい!」
シナバーの後ろから顔を出したのはレモンだった。彼女はクロームを見つめ、力強くこう言った。
「…私の実力が分かれば、少しは納得してよ、クローム!」
そうか、とクロームは理解する。彼女は練習試合を見てもらって、自分の主張を通そうとしているのか。
頭ごなしに否定されて、少し考えたのだろう。でも。
「…私の意見を変えられるかしら?レモン」
「…もちろんだよ!」
◆
遠くの空が紺色に染まりつつある。家路を急ぐ鳥ポケモンの影が高い高い頭上を通過する、そんな時間帯に。
探索隊基地の前に、隊員が集まっていた。
薄い茶色のサラサラとした砂の上に、真っ白な砂で線を描いただけの、簡素なフィールドの中央に佇むのは、小柄なピカチュウの少女__僕のパートナーであるレモンと、ツンツンした態度の先輩__ライトだった。
「自分の家庭事情に僕を巻き込まないで欲しいんですけど…」
「でもさー、今回適任だよね、ライトって」
のほほんとした口調で話すのはコードさん。彼女を見るなり、ライトはさらにうんざりした顔をする。
でも、確かに適任ではある。手加減をしてこなくて、実力も桁違いに離れている訳じゃなさそうだし。
「ご、ごめんなさい…でも…」
「あーもう黙ってください。今更どうしようもないですし」
僕はちらり、と隣のクロームさんを見た。彼女は、険しい表情でレモンを見つめていた。
「それでは、始めますよ」
コートの側に置かれた磨かれた岩の上まで石段を登り、フローラさんが言う。彼女が審判を務めるらしい。
辺りが緊張に包まれる。レモンの体が震えているのが、遠目からでもわかる。
「バトル…スタートです!」
◆
「うう…」
うめきながら目を開けると、そこは知らない天井…ではなくて。
「え。医務室?」
「レモンさん、大丈夫?」
桃色と白の丸っこいボディにつぶらな瞳とポケットをちょこんと乗せたようなポケモンは、心配そうに私を見ていた。
彼女はハピナス。カラータウンの医者で、医務室に時々来てくれる。
「練習試合だったかしら?あなた、ぶっ倒れて病院に担ぎ込まれたのよ?」
言われて、記憶を遡る。
たしか、ライトが相手で…。私よりも圧倒的に電気の扱いに長けていて、翻弄されてて…。
「随分ぐっすり眠ってたし、かなり疲れが溜まってたんじゃない?お大事にしなさいよ」
「あー…」
そうだ、疲労だ。戦っているうちに、溜まっていた疲れで思考が鈍って、判断が遅れて…。フローラさんに止められて、倒れて。
藁のベットに敷かれたシーツを整えながら、考えを整理する。おそらく、あのバトルは負け扱い。クロームは認めてくれないだろう。きっと、私は探索隊を…辞めさせられる。
◆
「なるほど。そうだったのですか」
僕は今日の依頼のことを、フローラさんに教えた。
今回のレモンの動きにはキレがない、というよりも、明らかに疲れが出ていた。それはきっと、依頼で出会ったニンフィア…リシャレットとの戦いの影響だろうと、推測を語ったのだ。
…レモンは本調子ではなかった。クロームさんは、そのことを考慮してくれるだろうか?あの試合の結果のせいでチーム解散なんて、理不尽過ぎると思うのだ。
なんて、第三者の僕はぐるぐると思考を巡らせていた。