第二夜 浅き夢見て朝ぼらけ
…冷たい声が聞こえる。それは、全身を突き刺す針のように鋭い、北風みたいな。
暗くて、遠い場所が視界いっぱいに広がる。自分はその中心で、ただ声を聞く。
お前は何故出来ないのだ。お前は彼と何が違うんだ。お前は何を成せるんだ。
ずっと繰り返し、浴びてきたもの。いつもいつも、迫ってきていたもの。自分を押し潰さんとばかりに、それは寄ってくる。
来るな。自分はあんな風にはならない。
来るな。自分はあんな風にはなれない。
抗おうとも、それは側で、自分をへし折らんと力をかけるから。今だって、逃れられてはいないから。
…むしろ、遮ってくれていた。否、遮ろうとしてくれていた壁を失えば。
…直撃した突風は、こんなにも痛いのか。
☆
「…う、うぅん」
「君が一番か。意外だな」
苦しげに目を開くスカイに浴びせられた不機嫌そうな声。徐々に視界が鮮明になっていき、スカイはその声の主の顔を認識する。
「…オマエは?」
「僕?僕はムウマージのヒテン。海岸でぶっ倒れてた君たちを助けた恩人だけど?」
赤みがかった紫の、とんがり帽子を被ったポケモンは、ふわふわと宙に浮かびながら、赤い瞳で目の前の少年を見る。彼、ヒテンは面倒くさそうに、手元のすり鉢で何か作業をしていた。
見れば、スカイは藁のベッドの上に寝かせられていた。暖かくて軽い毛布まで掛けられており、間違いなく誰かに看護されていたのだろう。
そういえば、とスカイは考える。確か自分たちは、『海岸の洞窟』でケー&トーを捕まえようとしていた。しかしながらズタボロに負けて、逃げられてしまい。どうにかしてダンジョンの外へ出た、ような?
「あれ?オイラの他に、二匹のポケモンがいた筈なんだが」
そう。彼の他にも、トキとミヤがいた筈。けれどこの、自分の寝ていたベッド以外、この部屋に寝床はない。彼の仲間たちもかなり傷を負っていたから、他の部屋で治療されているのだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、ヒテンは「あー、あれね」と心底面倒そうに、そのクエスチョンに答えた。
「君の仲間たちは別室。変な奴が面倒見てるから。気になるなら見に行く?僕も彼らに用がある」
「お、おう」
「じゃ、ついてきて」
オマエも割と変な奴だと思う。そんな本音はひとまず我慢して、スカイは頷く。流石に、助けてくれたであろう相手にそれは、礼が欠けているというものだ。
スカイはぬくぬくな毛布に名残惜しさを感じつつも、ベッドを降りてヒテンの後について行った。
ここはどうやら、木造の素朴な家屋のようだ。よく言えば年季の入った歴史を感じる、悪く言えばオンボロ。そんな感じの雰囲気の建物。細く狭い廊下は、数個の小部屋へ繋がる扉が両脇にあり、さらに圧迫感があるような。
そこの一番奥の一室、三つ目の部屋の戸の前で、ヒテンはピタ、と立ち止まる。スカイも習ってそこで止まる。
「リリスー、アイツら起きたかー」
ぎいぃぃ、と非常に不愉快な、扉を開ける音。いやオンボロ過ぎだろ大丈夫かこの家…いやボロ小屋は!?と言いたくもなる。スカイは黙ってヒテンに続き、部屋の中へ入る。
「あ、ヒテン!はい、もう二匹とも、目を覚ましたですよ」
茶色の毛、長い耳。首回りを覆うもふもふの白い毛皮と、筆のような大きな尻尾が目を引く。
夜空を思わせる黒と、月光の銀を混ぜたようなリボンを首に付けた、イーブイの少女。リリス、と呼ばれた彼女は、ヒテンとスカイを招き入れた。
「あ、スカイだ!」
スカイがいた部屋より広い室内には、藁のベッドが二個と、小さな机などが設置されている。そしてそのベッドの上で、トキとミヤがそれぞれ座っていた。
「意識もハッキリしてきましたし、傷も一応、手当てしましたですが」
「ふーん、了解」
リリスの言葉に適当に相槌を打つヒテン。そっけない、ぶっきらぼうというより面倒くさそうなリアクション。
ヒテンはそのままズカズカと進んで行くと、ミヤの前で止まる。応急処置はしたものの、包帯などを巻き、見るからに痛々しい様子。そんな彼に、ヒテンは問う。
「君、何者だ?」
「…」
その質問は、むしろミヤ自身が問いたいくらい。彼は困ったように、そっと視線を下げる。
「君のようなポケモン、僕は見たことないよ。この辺のポケモンではないよな?」
「…分からない。俺は、自分に関する記憶が無いんだ」
「…へー」
じとり、と目を鋭くして、見つめるヒテン。そんな彼に、リリスが後ろから声をかける。
「あんまり問い詰めないで。まだ疲れてるかも知れないです」
「…そうかもね。でも僕としては、コイツは放っておいたら駄目だと思うんだ」
あくまで僕の直感だけどね、と付け加えて、ヒテンはミヤから離れていく。
その言葉に首を傾げるトキとミヤに、スカイが駆け寄る。
「おい、二匹とも…大丈夫だったか?」
「私はまあ、大丈夫。そんなに傷も深くなかったし…でも、ミヤは」
「…そういや、会った時点でボロボロだったよな。平気か?」
そう、彼は傷だらけの状態で、浜辺で倒れていた。そこからロクに治療せず、そのまま海岸の洞窟へ行くことになった。改めてトキは、自分の浅はかさを自覚して唇を噛む。
「ああ、平気だ。気にしなくて良い」
「…そうか」
しかしミヤ自身は、平然とした顔でそう告げる。まだ包帯だらけで痛々しい姿なのに、ここまで平常心を保てるとは。
ちょっと困惑気味なスカイ。その反応に軽く首を傾げるミヤ。
「そういえば、私の宝物…どこいったか、知らない?」
「宝物…あ、あの巾着の」
「そう。リリスに聞いてもよく知らないって言うから…だ、ダンジョン内に置きっぱなしになってたり…!?」
トキは目覚めてすぐに、首元に巾着が無いことに気づいた。そして大慌てで、彼女の看護をしていたリリスに尋ねるも、少女は何も知らなかった。
彼女曰く、トキたちを連れて来たのはヒテンであり、リリスは治療の手伝いしろ、と引っ張って来られただけなのだとか。…ヒテンはかなり、ポケモン使いが荒いみたいだ。
「僕も知らないぞ?君たちは海岸で倒れてた。それをわざわざ此処まで運んで看護した訳だけど、君たちの側には、巾着みたいな物は何処にもなかったからな」
「じゃあ、何処に…」
「…俺は、知っている」
口元に前足を添えて、カタカタ震えるトキ。顔は青ざめていて、とても不安げ。
そんな彼女に、ミヤはただ真実を告げる。
「トキの巾着は…宝物は、あの二匹組に盗られてしまった。…すまない、俺が止められて、いれば…」
言い終えて、目を伏せる。とてもトキに顔向け出来ないとばかりに俯くミヤ。
「これは、ミヤだけの責任じゃねえよ。オイラたちも、気を失ってた。オマエを責める権利なんて、誰にもねえからさ、気を落とすなよ」
スカイはそう言って、ミヤの肩をポフポフっと叩く。硬いような滑らかなような、フリッパーの不思議な感触を背に当てられながら、それでもなお後悔拭えず、彼は俯く。青い瞳には暗く、仄かな悲しみがあった。
「そうだよ、ミヤは悪くないわ。…そもそもダンジョンに入ったのも、良くなかったから。これは、罰なのかもね」
「……」
あはは、と空虚に笑うトキ。糸目ながらも、悲しさで瞳に涙を湛えているのは間違いないだろう。
強がるように笑う少女の姿に、ミヤはさらに罪悪感を募らせる。スカイは二匹の纏う負の感情を察知して、どんな風に声をかけるべきか迷っていた。
そんなお通夜じみた空気をガン無視して、ヒテンは話を切り出した。
「ところでミヤ、だっけ?記憶無いって言ってたよな。さらに種族も分からない、と」
「…そうだが」
僅かに顔をあげると、ミヤは肯定の頷きを返す。それを見てヒテンはふむ、ふむふむと一匹で呟く。
「ああ、そうか。分かった、なら僕が、君の正体を探るために、手を貸してやる」
「本当か?」
「もちろん。僕は嘘はつかないからね。…ただし」
ヒテンは一度言葉を区切る。自然と、その場に居た誰もが、彼の次の言葉へ集中した。…彼は話上手なのかもしれない。
そうして周囲の雰囲気を軽く操作した上で、こう言った。
「条件として…僕の代わりにやってもらうことがあるんだ」
ゴーストタイプらしい、感情の読めない瞳で。
☆
トレジャータウンのカクレオン商店。品揃えの豊富さと店主の人柄ならぬポケモン柄の良さを売りにしている、人気のお店。
あの後、トキたち一向は此処を訪れていた。理由としては、ヒテンに協力を頼んだ、その代価が関係している。
三匹はそれぞれバッグを持って、商品を眺めていた。砕くことで効果を発揮する玉系アイテム、投げるも砕くも良しなタネ系アイテム、投げ道具やリンゴまで。実に多種多様な品揃えに驚きながら、ミヤは興味津々とばかりにそれらを見ていた。…彼は、こういった商店を訪れたことが無かったのだろうか?
そんな風に、ちょっと意外な反応のミヤに困惑しつつ、スカイはチラ、と怒りに顔を歪めるエネコの少女を見る。再三言うが、エネコはデフォルトが糸目であり、表情の違いは分かりにくい部類だ。しかし今だけは、百匹中百匹が、これは怒っている顔だ、と理解出来る程度には分かりやすくキレていた。
「あり得ない…ほんっと、あり得ない!」
何でそんなに怒っているのか?それはヒテンが代価として要求してきたもののせいだ。
ヒテンはトレジャータウンの、プクリンのギルドという超有名組織の一員である。ギルドというのは、探検家が修行するために住み込んだりする場所であり、探検隊たちのサポートをしてくれる施設でもある。
当然、ヒテンも探検家の端くれ。そんな彼が調査の代わりに頼んだこと、というのが…。「僕の代わりに依頼、やっといて」
どうやら彼、ギルドに居着いている癖に真面目に探検隊の仕事をやろうという気概はゼロのようで。見かねた同僚たちが適当に難易度の低い依頼を持って来て、サボリ魔ムウマージに仕事させようとしたものの…。残念、彼はこの機会に、トキたちに依頼消化を押し付けて来たのだ。
「とりあえず落ち着けよ、トキ」
「落ち着けるかー!私が探検隊に憧れてるの、知ってるでしょ!」
宥めようとするスカイに、くわっと叫ぶトキ。そう、彼女は昔から、探検隊に憧れていた。海岸の洞窟にて、スカイを止める素振りも無く、ノリノリでダンジョン内に突入したのも、そのせい。元々好奇心の強い性格であり、探検へのロマンから、探検隊になりたい、と密かに願っていた。
…と、いうのに。何だこの探検家、おかしいじゃないか!
仕事をしない、勧められた依頼に目も通さず、挙げ句の果てには他のポケモンに押し付ける!あり得ない、あり得ないだろう!
プクリンのギルドの門をくぐることを憧れ、そして諦めざるを得ないポケモンがどれだけいるのか、全く分かっていないじゃない!
そんな感じで、トキは激昂しているのだ。
「まあ、気持ちは分かるけどよ。ミヤについて手掛かりを得られるかもしれないんだ、そうカッカすんなって」
「そうだな。非常にありがたい申し出だ。…確かに、怒るのも分からなくはないが」
「うぐぅ…」
ミヤもそろっと話に入って言う。仲間たちにそう言われては、流石に起こりっぱなしとはいかず。トキは怒りの呪詛を垂れ流す口を、仕方なくつぐむ。
「ただ…わざわざ俺の事情に、二匹とも協力してくれて…。ありがたいが、本当に良いのか?」
「そりゃ、困ったときはお互い様ってやつだろ。記憶の無えやつほっとける程、冷たいポケモンじゃないからな」
「うん。それに私も、ミヤの正体は気になるし。…好奇心がくすぐられる、というか」
不安げに空色の双眼を二匹に向けて、ミヤは言う。しかしその不安は杞憂に過ぎない。二匹はニコッと笑い、そう告げるのだから。
その言葉に安心して、ミヤは仄かに笑う。
「そうか、ありがとう。…でも、厄介ごとに首を突っ込んでいては、長生き出来なさそうだな」
「おーおー、じゃじゃ馬娘。言われてんぞ?」
「うるさい、スカイ!」
やいのやいの、賑やかな雰囲気。戯れるように笑い合う三匹に、誰かが近寄って来た。
「ちょっと…トキ!一体どこ行ってたの!」
「げ…」
しまった。そんな感情がまるっと、トキの顔に表れていた。ぎし、と軋む音を上げそうな、ぎこちない動きでそっと顔を、声のした方へ向けて。
そこにはクリーム色と紫色の短い毛並みを持つ、すらっとしたシルエットが。こちらは怒りの形相で突っ立っているじゃあないか。
エネコロロ…エネコの進化系であるそのポケモンはツカツカとトキの元へ歩み寄り。対照的にトキはじり、じりと後退り。しかしながら半ば駆け足で詰め寄るエネコロロから逃れること叶わず、トキはおぞましい顔のエネコロロに顔をぐいと近づけられる。
「トキ!何処行ってたのよ、貴女!朝起きたら居なくなってて…心配したのよ!」
ぴしゃーん!落雷の如き鋭い言葉の豪速球。
バツが悪そうなトキは、黙って目を泳がせる。
「何してたのか、言ってみなさい!」
「べ、別に…何してても良いでしょ!」
「よ、く、あ、り、ま、せ、ん!」
ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ。
けたたましい二匹に呆気に取られるミヤ。しまった、という顔のスカイ。
ただ、こんな場所で口喧嘩を続けるほど、周りが見えてない訳ではないそうで。周囲に怪訝な表情で覗き込まれ、カクレオン兄弟も困り顔をする中、二匹はひとまず商店を離れることに決めた。だがその移動中も、彼女たちの間にはピリピリした空気が張り詰めていたのは言うまでもない。
☆
「…スカイ。彼女は一体…?」
さて、とりあえず場所を移し、トレジャータウンの片隅にて。
未だ険しい顔のエネコロロについて何も知らないミヤは、隣で微妙な顔をしているスカイに問う。
「あ、そうか、ミヤは知らねーよな。あのエネコロロはトキの母親で、ロルロって名前。トキ、よくダンジョンに潜らないように言いつけられてたらしいな」
そう説明するスカイ。何処か切なそうな表情に、ミヤは何か言おうとするも。結局、自分が何を言おうとしているのか分からず、そうか、と呟いて終わる。
おう、そうだよ。頷き、ポッチャマも大きな双眼はピリピリした空気を発する二匹の方へ移動する。
鬱陶しいよ、心配し過ぎ!と叫ぶトキと、心配させないでちょうだい!どうして言うことを聞かないの!と怒るロルロ。過干渉を嫌がる子供と、安全を思い口を酸っぱくさせる親、という構図は、たとえポケモンであっても人間と大差無いのか。
「トキは、あんな風に言うけどさ…。オイラは羨ましいな、って思うよ。だってトキのことを思ってくれてる訳だし」
「そう、か」
今度はハッキリと、その黒い瞳に悲しみと寂しさと諦めが潜り込んでいた。だと、いうのに。それでもミヤはやっぱり、それっぽい言葉を使って流すことしか出来なかった。
「全く…!どうせ、またダンジョンの方まで覗きに行ったんでしょ?近づくのは危ない、やめなさいって言っているわよね!」
「つまんないよ、そんなの!」
「…また、そんなこと言って…!……そう、いえば。トキ、あの子は一体誰なの?ここら辺では見ないポケモンね」
怒声飛び交う親子喧嘩。それが小休止を結び、紫苑猫の目はミヤを映す。疑いの心が透けて見える気すらするその視線に気まずさやら不安やらを感じ、ミヤはそろりと目を逸らし。
「ミヤのこと?ミヤは、新しい友達よ。彼は記憶が無くて、困ってるらしいから。だから、私たちの家に住ませてあげようと思って」
「…トキ。つるむ友達は選びなさいって言ってるわよね。素性の分からない怪しいポケモンを、家に招かないで」
エネコロロの黒い瞳が、ミヤを射抜く。『くろいまなざし』でも使われたかのように、彼は上手く身動きが取れずに固まった。
「そんなことない!ミヤは悪いポケモンじゃない、だから…」
「黙ってて。貴方…何者なの?私の娘に手出しはさせないわよ」
「…俺、は…」
まただ。また、同じ問い。
Wミヤ…お前は、何者だ?W
それは、誰よりも自分が求めている解。自分が誰で、何をしていたのか、何を考えているのか。それを知っているのは、記憶を失う前の、『ミヤ』になるより以前の自分だけ。
ミヤは言葉が見つからない。今この場では、何を言うべきだ?弁解するか?激昂するか?懇願するか?否、どれも間違いだろう。
「ああ、そうだ。俺は何者なのか、誰も知らない。何を考えてるのかも、今まで何をしていたのかも、分からない。…貴女の、言う通りだ」
「…!」
予想外の答えに、驚きで目を丸くするロルロ。弁解も激昂も懇願もしないで、ただ言われた言葉に頷く。それは、流石に予想していなかった。
「…そう。ええ、そうね。貴方は怪しい、とても怪しいわ。…だから、残念だけど。私たちの家へ来るのはやめて」
「お母さん!」
「だけど。無闇やたらに疑うのはやめる。信用はしないけど、貴方のことを過剰に否定したりはしないわ。…この子と関わるのも、ひとまずは許すわ」
少し悩むように、定まらない目線。眉を顰めて、困ったような目元が、彼女の葛藤を語る。
ミヤは、その宣言に頷く。信用されないのも、拒絶されるのも当たり前だ。自分だって、彼女の立場ならそうする筈だ。だから、それは気にしていなかった。
この場で分かりやすく慌てる存在は、トキだけ。彼女はミヤの行くアテが無くなってしまうことを案じていた。その気持ちだけでも十分だと、ミヤは思う。
「…私も用事があるから、とりあえずさようなら、ね。トキ、貴女は今日、帰ってから話があるから。分かったわね?」
「…分かった」
よろしい、と頷くと、ロルロはその場所から去った。スラリとした容姿に見合った、何処か優雅で上品な歩き方。
母親が去っても、暫しの間、トキの表情は非常に暗かった。帰ったらお説教が待っているから…ではない。ミヤはこれから何処へ行けばいいのか、と心配しているからだ。
「トキ。あまり気にしなくて良い。あの対応は当たり前だ。気に病む必要はない」
「…でも」
「はー、本ポケがいいって言ってるだろー?あんまズルズル引っ張るなって、鬱陶しいし。切り替えろ切り替えろ」
ずっと蚊帳の外にされ、黙っていたスカイも加わって言う。仲間たちにそこまで言われては、トキとしてもあまり引きずっていられない。そう、かもと呟くと、軽く頭を振って気持ちを切り替えて。
「うん、そうだよね。分かった、私も前向くぞー!」
明るい顔で、そう叫ぶ。いつもの調子が帰ってきて、ポッチャマの少年も笑う。
「おう!その粋だ!それじゃ、ヒテンに押し付けられた依頼、片付けに行こうぜ」
「そうね!頑張るわよー!」
周囲の温度もパアァッと上がっていくような、元気を分けて貰えそうな空間。彼らは良くも悪くも、周囲への影響が強いように感じる。
トキ、スカイ、そしてミヤは、トレジャータウンの中心へ戻ろうと歩き出す。晴れ晴れした表情のトキとスカイ。そして何処か翳りのあるミヤ。
闇色は問う。何度も尋ねられた、その真実を。
___ミヤ。お前は、何者だ?
☆
「闇色の身体。蒼い瞳。影のような揺らぎ、白と紅」
ボソボソ、呟くのは紫色のトンガリ帽子が特徴のポケモン…ムウマージのヒテン。
彼はトキ、ミヤ、スカイの三匹をボロ小屋から追い出した後、唐突に呼びつけて彼らの看護をさせていた筈のリリスまで帰らせてただ一匹、小屋の一室で本を読んでいた。
彼は確かに、ミヤの正体を探ると宣言した。その言葉に嘘偽りは一切無く、この謎を解き明かすべく奔走していた。…書物を用いて探すというのは、いささかアナログに過ぎる手法だとは思うが。
「…幻想獣。通称幻のポケモン。あるいは伝承獣、伝説のポケモン。この辺の可能性もあるな。何せ、誰も見たことのない種族なんだから」
ぱらり、分厚い本のページをめくりながら、独り言を言う。窓一つないこの部屋は、ヒテンの手元にあるロウソク一本だけが光源。つまり、超暗い室内でぶつぶつ呟きながら本を読んでいるのだ。側から見ればミヤより怪しく見える。
「もしも、そうなら…。それは好機かもな。僕に与えられた、チャンスかも知れない」
ほくそ笑み、意味深な言葉。その真意を知る者は、彼のみだろう。
「…なら、逃がさない。逃してなるものか」
薄暗い一室の壁で、ロウソクの影が揺れ動く。ヒテンの小さな呟きは、炎が燃やしたのか。あるいは、暗闇が吸い込んだのか。
☆
トレジャータウン、その東側。広場から東へ真っ直ぐ進めば、そこには十字路がある。ここから北に向かえば『プクリンのギルド』があり、南へ向かえば昨夜の海岸が広がっている。
この十字路はただの通路ではなく、側に井戸があってそこから水を組むポケモンや、近くのカフェへ行って談笑する住民もいる。意外と、賑わっている場所だ。
そんな場所からさらに東へ進むなら、相応の覚悟が必要だろう。そこからは各地に不思議のダンジョンがあり、不用意に足を踏み入れては、どうなるか分からないのだから。
しかし、トキたちはこれからその、不思議のダンジョンへ向かわねばならない。…ロルロに止められただろうって?残念、大人の忠告も、子供の好奇心の前では無意味なのだ!
そんな感じで、カクレオン商店にて道具を調達し、ヒテンから雑に手渡された小さなバッグを各自で持って、彼らは東の出口の前にいた。
トキが紙面に書かれた依頼内容に目を通す。今回押し付けられた…もとい託された依頼は計三つ。どれも同じダンジョン内、『リンゴの森』での依頼なので、一気に終わらせることが出来る。なのにやらない、これがヒテンクオリティ。
改めて、何考えてるのアイツという気持ちになりつつ、彼女は依頼を読み上げた。
「ええと…4Fで落とし物拾い、10Fで迷子探し、最奥部でリンゴ集め、らしいよ」
「なるほどな…ん?迷子探し?」
ふむふむ、と頷くスカイ。だがちょっと待てよ?と彼は留まって。確認するように、トキに言う。
「なあ、オイラたちって探検隊バッジ、持ってねーよな?」
「そりゃあ探検隊じゃない、し。…あ!」
言われて、ハッとトキも気づく。失念していた問題点を、ようやく理解する。やば、どうするの!?と慌てるトキたちを見て、首を傾げるミヤ。
アワアワアワワ、戸惑うトキにとりあえず落ち着け!と宥めるスカイ。宥めながら、状況を理解してないミヤに説明する。
「いや、探検隊バッジって道具があれば、依頼で見つけた迷子をダンジョンの外へ送ったり、依頼達成後にチーム全員をダンジョン内から撤収させれるんだ。でもオイラたち、それ持ってないじゃん?つまり…」
「依頼で見つけた迷子を、帰らせることが出来ないのでは…」
「そうそう。だから、その依頼主を守りながらダンジョンを探検することになりそうなんだよな。依頼後の脱出に関しては、『あなぬけのたま』を使えばなんとかなるけど、一個しか売ってなかったから。ダンジョン内で見つかれば、依頼主だけ帰らせることも出来そうだがな」
そう。彼らには迷子を見つけた所で、すぐに帰還させる術が無い。だから10F以降、発見した迷子を守りながら最奥部を目指す羽目になるのだ。
一応、不思議玉の一種である『あなぬけのたま』を一つだけ、所持しているが。トキたちから少し離れた場所で、依頼主に使ってもらい、帰還させる…という動きをしたいなら、ダンジョン内で運良く、あなぬけのたまを拾う必要がある。
「ま、まあホラ、リンゴのもりって12Fまでしかないし?何とかなるよ、何とかなってよ!」
半ばお祈りしながら、トキは叫ぶ。あまりにも切実過ぎる願いだ。だがこの場にいる全員が、その願いに同意した。
「何とか、なれー!」
大音量が青空に響く。
今日もトレジャータウンは快晴なり。台風一過な町と比べて、トキたちの道のりはこれから嵐がやって来そうだが。
そんな風に騒ぎながらも、彼らは覚悟を決める。不思議のダンジョン、リンゴのもりを目指して。町の出口の土を踏みしめた。