Chapter1
02 2.キザキ
ツウ少年は、ギンガ団アジト…ならぬ、ガイア団アジトを後にした。先ほどのように、カバンから折り畳み式のテントを取り出して着替え、「本当のツウ少年」に戻る。
ツウ少年は、ボールからゴウカザルを出した。ニックネームは「ハヤテ」だ。ハヤテは、いつもに増して炎の勢いが強い。彼はお腹が空くと、いつもこうなるのだ。
だが、ツウ少年にはやらなくてはならないことがあった。
それは、ガイア団人員募集の張り紙ーとは書かず、現在ガイア団のアジトとなっている建物を解体するアルバイトだと偽っているーを、一枚残らず、しかも誰が外したのかわからないように撤去することだ。そこで、ハヤテの持ち技「フェイント」を、上手く利用するのだ。
とはいえ、この時間帯は、トバリ市民が出歩いており、ガイア団の団員にも、姿が見られる可能性が十分にあることに、ツウ少年は気がついた。
ツウ少年は、ハヤテを連れてトバリシティの一角にある少しばかり大きな家へと入った。

「ただいま。」
「あら、ツウ!おかえりなさい!」
家に入ると、随分と若く見えるツウ少年の母親、カヨコが彼を出迎えた。もちろん、カヨコは息子がガイア団の幹部であることは知らない。
「今からご飯作るわね。そうだ、二階にいるセランとアズリを呼んできてくれないかしら?」
「うん。」
ツウ少年は、二階に上がり、部屋に荷物を置くと、すぐ隣の部屋を開けた。
「あ、ツウお兄ちゃん、おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
部屋には、二人の子供、セランとアズリがいた。二人は、ツウ少年の双子の弟妹である。セランが兄、アズリが妹で、8歳なので、ツウ少年とはかなり歳が離れている。
「ただいま。もうすぐご飯だから、降りてこいよ。」
「はーい。」
ツウ少年は、それだけ言うと、一階に降りて、カヨコの料理を手伝い始めた。
「ツウはよく働いてくれるわね…毎日のようにフロンティアブレーンになる修行もして、私の手伝いもして。最近は夜も修行してるみたいだけど…。」
手際よくじゃがいもの皮を剥くツウ少年に、カヨコは言う。
「母さんに体調を崩して欲しくないから。それに、あまり身体が強くないのに、俺が修行することを許してくれたし、これくらいはしないとって思って。恩返しってやつ。ちょっとくどいかな。」
「そう、ありがとね。」
カヨコは、セランとアズリが生まれてすぐに、不慮の事故で夫ーつまりはツウ少年たちの父親を亡くし、現在は女手一つで3人の子供を育てている。しかし、カヨコは身体があまり強くなく、ツウ少年は、彼女を気にかけて、修行することを諦めかけたこともあった。それでも、病気で倒れるリスクを抱えながらも、彼に修行することを許したのは、カヨコもツウ少年にフロンティアブレーンになってほしいからだった。
ツウ少年が手伝ったことにより、ご飯の支度はすぐに終わった。タイミングよく、セランとアズリも二階から降りてきた。

食事を終えて、ツウ少年は再び外に出た。偽のポスターを撤去するためだ。しかし、まだ時間帯的に早いので、トバリデパートで、不足道具の調達を行うことにした。
家からトバリデパートへは、歩いて10分くらいだ。時間があるので、ツウ少年はゆっくりとデパートに向かう。途中、通行人に挨拶攻めにあったりもしたが、彼は一人一人に丁寧に挨拶をした。トバリシティの市民は、みんなツウ少年のことを知っている。何せトバリからフロンティアブレーン候補が出たのだ。誰もが注目するだろう。
挨拶攻めから抜け出し、ようやくトバリデパートにつく。ツウ少年は、そのままデパートに入ろうとしたが、デパートの裏の方から気がかりな声が聞こえてきた。
「オラァ!金出せや!」
「金出せばぶつかったこたぁ、許してやる。だが、出さぬばこれだ。」
「ううっ…それだけはお許しください…ひぃ。」
男の声と、悲鳴混じりの少女の声。何やら揉めているようだった。ツウ少年は、気になってデパートの裏側へ周り、影から様子を伺った。
「早く出せっつってんだろ!」
「誰か助けてぇ…。」
見れば、15歳くらいの少女が、男二人にカッターを向けられ、身体を震わせて泣き叫んでいる。
「チンピラか…。」
誰が見てもまずい状況である。ツウ少年は、デパートの影から男二人の前に飛び出した。
「何だてめぇ。こいつの彼氏か!?」
男の一人が、ツウ少年にカッターを向けた。ツウ少年は、男二人の顔をちらっと見た後、男二人からカッターを奪い取った。
「おいこら!何すんだ返せっ!」
男の一人が、カッターを奪い返そうとしたが、ツウ少年はそれを軽くかわした。彼は身体能力も優れているのだ。
「…その女の子を返してくだされば、カッターはお返しします。」
「クッソ、お前正気か!お前から先に片付け…アレ?」
男が言葉を言い終わらないうちに、ツウ少年はカッターを持ったまま、あらかじめ繰り出しておいたキーマに少女を乗せて地面から離脱した。
「こら、待てっ!あああ…ポケモン持ってない。」
情けない声とともに、男たちは急に弱気になり、地面にへなへなと足をつく。そのタイミングで、騒ぎに気づいた誰かが通報したのか、警察が男たちを取り押さえた。市民からは歓声が上がった。

ツウ少年は、市民のざわつきのない、ポケモンセンターの前に着陸した。
「あ、あのぅ…そ、その、ありがとうございましたっ!」
ピンクの髪をまっすぐに下ろした小柄の少女は、キーマから降りると、ツウ少年に深々と頭を下げた。そのとき、彼女のカバンから、何か手帳のようなものが、とあるページを開いて落ちた。
「あわわわ…。」
そのページには、「夢のジムリーダーになるべく、日々精進せよ」と書いてあった。彼女は、顔を赤らめた。
「あの、見ましたか?…あはは、意気地なしの私がジムリーダーなんて…。」
彼女は、ツウ少年にぎこちない笑顔を見せた。ツウ少年は、黙ったままだったが、彼女が笑顔を見せたことにホッと安堵の笑みを浮かべる。
「私、あなたの名前、覚えておきます!…良かったら、お名前、教えてもらえませんか?」
「ツウ。俺は、フロンティアブレーンを目指してる。」
彼女の質問に、ツウ少年はようやく口を開く。その瞬間、彼女の顔がパッと明るくなった。
「フロンティアブレーンですか!?かっこいいですね!!私、キザキっていいます、もうご存知でしょうけど、私は一応…その、ジムリーダー目指して頑張ってます!!」
キザキと名乗った少女は、目を光らせた。
「キザキさんは…トバリの市民じゃなさそうだけど、どこから来たの?」
「ホウエン地方…って分かりますか?そこの、カイナシティっていう街から来ました。」
「ホウエン…!?」
そんな遠くから…。ツウ少年はちょっと驚いた。彼はホウエン地方に何度か行ったことがあるので、その遠さを知っていた。わざわざ遠方からシンオウ地方にやって来た彼女は、シンオウのジムリーダーを目指しているのだろうか。
時刻は9時を過ぎていた。先ほどまで歓声の上がっていた街も、通行人は少なくなり、閑散としている。
「…キザキさんは、これからどこに行くんだ?」
「私、いつもホテルで寝泊まりしてるんで、今日もトバリのホテルで…。」
「そっか。」
泊まる場所があるなら安心だな、と、ツウ少年は胸を撫で下ろす。
「それじゃあ、今日は何かいろいろありがとうございました!…わ、私のこと…キザキって呼んでください!また、ツウ君には会える気がするの…。」
「キザキね。また会おう。」
キザキは、駆け足でホテルの方へ行ってしまった。ツウ少年も、キザキにはまた会える気がしてたまらなかった。
ツウ少年も、朝からガイア団の仕事を散々した挙句、チンピラのこともあり、疲れが見えていた。そこで、今日のところはポスター撤去は断念し、後日行うことにした。




■筆者メッセージ
ジムリーダーを目指す少女、キザキの登場です。ツウ少年はフロンティアブレーンを目指しているので、いい関係になりそうですね、友達として。
P.S. こちらも文章の訂正をさせていただきました。
ぴのかざね ( 2013/11/22(金) 17:10 )