喪うものたち
「な、なんなのあんたたち!突然入ってきて、不法侵入だわよ!私の生徒をどこにやったの!」
先生は太い足をガクガクと震わせながら、明らかに自分へと殺気を向けている青年を見上げてる。へたりと膝をつくと、無駄に短かったスカートがめくれてセンスの欠片もない下着が見えたが、もう誰も何も言わなかった。言えなかったという方が語弊がないだろうか。皆ただひたすら、これから起きることへの僅かな恐怖、自分たちのいじめる対象の喪失への不満、うつくしい男女への羨望、憧れなどが入り混じった複雑な感情に支配され、口を開いたままぼうっとしている。そして亘も、冷静でいられたわけではなかった。ただ、無心でいた。すべての感情がぶつかりあって霧消しているのを頭の片隅では理解しながら、どうしても消えない疑問の探求は、ますますおおきくなっていくばかりなのであった。
「貴様の生徒、か。笑わせる女だ」
青年は高らかに笑い、先生は目に宿した恐怖の色を強くする。
「馬鹿だな、馬鹿すぎて手を下す気にもなれん。だが稀とくに許そう、……キュウコン」
赤と白の、玉を投げた。
「ごめんね、亘」
気がついたら亘は誰かに抱き上げられて、自分が気を失っていたことを知った。うっすらと目を開ける。睫毛の間に、さっきの女の人が目を細めて自分を見ている様子を垣間見た。きれいな顔がわずかに歪んでいるが、なんのことだかよくわからない。なんだか焦げ臭い匂いがする。頭を持ち上げるとバランスを崩したのか、身体が大きく揺れた。
「だめだ!まだ地面に足をつけちゃいけない!」
必死でもちあげようとする女の人の声でビクリとして我に返った、そうだ、せんせいは、
「あのひとは、アルが殺してしまった」
どうして、なんで、
「わけがあるんだ。ぼくたちがここに来なければならなかった理由もそこにある」
確かにあの人はあまりいい人じゃなかったけどね、人間なんだよ、どうして殺しちゃうの、いやだ、僕わからないよ、だって
「うん、そうだね。ごめんね」
女の人はやっぱり俯いて、長くてきれいな髪がさらりとおちてくる。くすぐったい。影でよく見えないが、泣いているようにも見えた。心臓がどきどきした。至近距離でみるとやはりひとあらざるうつくしさである。桜貝の色をしたくちびるが、ひたすたに亘をしずめようているのだ。色素の薄い睫毛に光がとおっててらてらしているのに、思わずみとれた。
「……エリを泣かせたのは、貴様か?」
何か次の言葉を探していたら、アルと呼ばれる青年が戻ってきたようで、ぐいと腕を掴まれた。お前も地面に落としてやろうか!ばたばたして逃れようとして、改めて村の様子が見えた。
ひどい有様だった。学校はおろか、家々でさえ原型をとどめていない。みんな黒焦げになって、柱だけが残っている。昨日まで住民たちが頑張って耕していたかぼちゃ畑、みずでみたされた水田、赤いトマトの学級菜園、も、みんな炎を上げて燃えている。田舎だから石造りのたてものなんてひとつもない、そういえばみんなどこに逃げたのだろう?……ああ、あれはさっきの、狐みたいな生き物がやったのだ。唐突に、亘は理解した。あの黄金の生き物が、一つ一つ建物を回って、怖がる人々の顔なんてうかがわずに火を放ち、この村を燃やした。そういうことだ。だから今ここには誰も生きていない。亘たった一人をのぞいて。
「あ、あの……せんせいは?さなえは?おばさんは?どこへ、いったの?」
「……殺した」
「どうしてそんなことするの!それじゃあきみが許せないと言った人たちと同じことじゃないか!」
「おまえ」
「人を傷つけることがいいことなわけがない!そんなの正義でもなんともないよ!」
亘は激昂した。
「ちゃんと説明してよ!こんなのひどすぎる!」
「……アル。話しておこう、彼には。助けようと決めたのなら、心まで救ってあげなくちゃいけない」
「そうだな。では、結界の外まで出よう」
好きでもない人のために涙があふれて、首筋を冷やした。そらはどこまでもたかくてあおくて、再び瞼は熱く軋んだ。